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迷宮の王 作者:支援BIS

第1部 ミノタウロス

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第7話 天剣パーシヴァル





 「天剣(てんけん)」パーシヴァル。

 コン・ド・ラ・メルクリウス・モトゥスという族名と家名と敬称が示す通り、直閲貴族家の当主であるが、同時に、Sという最上級のクラスに至った冒険者でもある。

 わずか十二歳にして冒険者の世界に足を踏み入れ、十四歳でAクラスとなり、十五歳のとき、ゾアハルド山賊団の討伐に参加し、圧倒的な武勲を上げて、Sクラスとなった。
 十六歳のとき、父の死により家と爵位を継いだが、めったに朝議にも出ず、一年のほとんどを各地の迷宮に潜って過ごす孤高の剣士である。

 直轄領は持たないとはいえ、国から多額の年金を受け取る立場であり、また家格からいって顕職に就くべきであるのに、名ばかりの役職を得て、気ままに暮らしている。
 本来、そのようなことは許されないのであるが、他国の使節に紛れ込んだ刺客の刃が国王に迫ったとき、これを見事に取り押さえた功績と、「あの者は好きにさせておいてやれ」という国王の言葉により、いわばお墨付きを得たような状況にある。

 「天剣」というあだ名は、パーシヴァルの剣の師が、少年時代のパーシヴァルの剣技の冴えと成長力に感嘆し、「まさに天剣」と賛えたことに()るらしい。

 人付き合いを嫌うのと、上流階級の出身であるため、反感を持つ冒険者も多いが、悪い人物ではない、とバラストは思っている。
 仕事のえり好みは激しいが、いったん交わした約束を破ったことはない。
 人の邪魔をしたり、悪口を言うことはない。
 ただただ強い敵と出合って闘い、倒してさらに強くなることにしか興味がない。
 死に直面する危険の中でしか、おのれの生の充実をかみしめることができない、そんな不器用な人間なのだと評価している。

 バラストは、こんな質問をしたことがある。

 「パーシヴァル殿は、一度優勝したのち、天覧武闘会に出場されていないようだが、理由をお聞きしてもよろしいか」

 それに対する答えは、意外だが納得できるものであった。
 ただ一度出場したとき、準決勝で魔法使いと闘った。
 その魔法使いは、目くらましと補助魔法を駆使して距離と時間をかせぎ、なんと彗星召喚を行ったのである。

 メテオは、最大級の破壊力を誇る、範囲殲滅魔法である。
 武闘会の個人戦でこれを使うというのは、まったく常識をはずれている。
 詠唱時間も長く、消費魔力も多いし、一人の人間に対して使うには、大がかりすぎる。

 メテオの直後、審判は、闘いを終了させ、魔法使いの反則負けを宣言した。
 この判断が、パーシヴァルには承服できなかったというのである。

 確かに、対戦相手を殺してはならず、また死んでしまうような攻撃をすることは、大会規則で禁じられている。
 しかし、どのような攻撃が死ぬほど危険であるかは、相手と攻撃の仕方による。
 こちらは刃引きさえせぬ真剣を使っているのである。
 また、現にこちらは、ろくに怪我さえしていない。

 ただ、恩寵アイテムをもってしても、完全にはメテオの魔力を吸収しきれず、また、吹き上げられた砂塵や瓦礫と大地の振動で、一瞬ではあるが、攻撃も防御もできがたい状態になった。
 つまり、相手は有利な状況を作り出すことに成功したところだったのである。
 パーシヴァルからすれば、技巧重視の高速型剣士である自分から、メテオなどという大型魔法を撃てる時間を確保したことは、相手のスキルの高さを示す以外の何物でもない。
 こちらの能力や所持アイテム、反応を読み切ったうえで、メテオという決戦魔法の、その余波を有効に使って場面を作り上げたセンスの良さには、最高の賛辞が与えられてしかるべきなのに。

 「あとであらためてよく調べ、よく考えて、得心した。
 メテオは発動点が遠い。
 また、込めた魔力が多いほど、攻撃点での半径が膨らむ。
 発動点がもっと近いか、私の体を直撃するだけの攻撃であれば、アレストラの腕輪で吸収できたであろう。
 また、私の体でなく、周囲の地面が狙いと分かっていれば、ほかの恩寵アイテムを使用することも、移動してかわすこともできた。
 だが、攪乱(かくらん)と弾幕と高速な詠唱と破天荒な戦術により、何を狙っているか、私に悟らせなかった。
 彼は見事で、私は遅れを取った。
 とはいえ、まだ反撃は可能であった」

 それがパーシヴァルの言い分である。
 やっとわくわくするような闘いに出合ったのに、そこで試合は終了とされた。
 いったい、あのあと、相手はどのような攻撃を仕掛けてくるつもりだったのか。
 それは自分を打ち倒せるものであったのではないか。
 そう思えてしまうほどに、すばらしい敵手であった。
 それなのに、相手の勝利と判定するならともかく、パーシヴァルの勝ちだというのである。

 憤懣(ふんまん)やるかたない判定ではあったが、審判に申し立てをするのは、パーシヴァルの流儀ではない。
 だが、

 「判定の不可解さを我慢しながら翌日の決勝にのぞんだが、何の意味も喜びもない闘いとなった。
 あれほど弱い剣士がなぜ決勝に残れたのか、準決勝の判定以上に不可解であった」

 のだという。

 この会話からしばらくたって、バラストは、関係するいくつかの情報を得た。
 準決勝の審判は、ある貴族家お抱えの武術師範で、その貴族家はパーシヴァルに恩を売ったと思い込んでいるらしいこと。
 決勝の相手が当時の国王の愛妾の兄であったことは周知の事実であるが、気を利かせた宮廷雀の一人が控室のパーシヴァルを訪ね、勝ちを譲るよう勧めたらしいこと。

 なるほど。
 あほらしい話ではあるが、まあ、ありそうな話だ。

 そう思いながら、そのあほらしさを、あほらしく思い、自分の勝利を不当と憤るパーシヴァルに、好ましいものを感じた。
 思い出すのは、あのときの別れ際である。

 「とはいえ、あの魔法使いとの対戦は、有益な経験であった」

 「ほう?
 何か学ぶべき点でも?」

 「うむ。
 あれ以来、どのような人間と、あるいはモンスターと対決していても、心のどこかで思うのだ。
 次の瞬間にはメテオが飛んでくるかもしれないと」

 それが珍しくも天剣の言い放ったジョークだと気が付いたのは、扉が閉まったあとだった。

 その天剣パーシヴァルが、死んだ。



 バラストは、一階に降りて、受付に行った。
 パーシヴァルの冒険者カードを持ち込んだのは、八人のDクラス、Eクラス冒険者であった。
 リーダーは誰かと聞けば、リーフ・モランという名のスカウトが、発見したのは自分であると名乗り、パーティーを組んでいるわけではないと付け加えた。
 アイテムを持ちきれなかったため、通りがかった冒険者に、手伝いを頼んだのだという。

 そうだ。
 ドロップアイテム。

 迷宮で冒険者が死ねば、カードとアイテムが残る。
 カードとアイテムをギルドに届けて登録すれば、所有者本人が現れて異議申し立てをしない限り、一か月後に、アイテムの所有権は、拾った人間とギルドで等分される。

 所有者の遺族から願い出があった場合は、遺品アイテムは遺族に優先的に買い戻しの権利が与えられるが、冒険者の遺族が金銭に余裕があることは、まれである。
 買い戻すとしても、身につけていた物などのうち、ごく安価な物を形見として引き取るのが精一杯ということがほとんどであり、優良なアイテムが買い戻されることは、まずない。

 ギルドの取り分を金銭で納めるか物納するかは、拾得者に決定権があり、物納の場合でも、アイテム選択の優先権は拾得者にある。

 高価なアイテムには、魔法による所有の印が刻まれるのが普通であり、横領も横流しも、調べられれば判然とする。
 届け出さえすれば、まず間違いなく欲しいアイテムは合法的に手に入れられるのであるから、希少なアイテムほど、ちゃんと届けられるものなのである。

 受付横の床に、天剣の死亡ドロップらしい品々が、無造作に積まれている。
 ちらと見ただけで、めまいのするほど希少なアイテムもあるのが分かる。
 それにしても、ずいぶん量が多い。

 冒険者は、ザックと呼ばれる特殊インベントリが使える。
 レベルが上がるほどに、ザックへの収容可能数は増える。
 パーシヴァルなら、とんでもない容量のザックを持っていたであろう。

 金目の物に無頓着そうな、あの男が、どれほどの高価で希少な品々を、無造作にザックに放り込んでいったか。
 あの男の死とともに、ザックも消滅し、中のアイテムがその場に現れたはずである。

 冒険者カードは、三度も鑑定させた。
 このドロップアイテムも、天剣ならではの質と量である。
 やはり、死んだのだ、天剣は。

 バラストは、モランとほかの冒険者から、カードとアイテム発見の状況について、くわしく話を聞いた。
 受付の係員に、カード鑑定の結果を取得者に伝えてよい、と許可を出し、取得者の権利について説明し規定通りに手続きを進めるよう、指示をした。
 そのあと、思いついて、アイテム鑑定の結果が出たら、一覧表の写しを提出するよう、言い足した。
 ギルド長の部屋に戻るべく、階段に向かったが、その足は重かった。
 急に老人になったように感じた。





 六階層だと?
 あり得ない。

 いや、天剣が六階層を通ったこと自体は、不思議ではない。
 深い階層を探索しているはずの天剣が、まったく転送サービスを使わないので、専属契約をしている瞬間移動術師でもいるのかと、聞いたことがある。
 何しろ相手は大金持ちである。

 「いや、転送は使わぬようにしておる。
 走る、という鍛錬は、何より重要と心得おるゆえ」

 という返事だった。
 なるほど変人だな、と妙な感心をした覚えがある。

 天剣が六階層にいたことは、あり得る。
 しかし、天剣ほどの冒険者を倒せるモンスターが六階層にいるなど、あり得ない。

 迷宮は、何が起こるか分からない場所である。
 九十階層とかの深淵であれば、天剣といえど、単独では危険があろう。
 最下層のメタルドラゴンには、一対一では、さしもの天剣も敵うまい。

 だが、六階層だと?

 違う。絶対に違う。
 モンスター相手に遅れを取ったとは考えられない。
 ということは、相手はモンスターではないのだ。
 モンスター以外の何者かが、天剣を殺した。

 おそらくは、卑劣な罠や、仕掛けを使って。
 まともに闘えば、何十人の敵といえど、さばけない剣士ではない。
 そして、迷宮は、軍隊を一度に投入できる場所ではない。
 そこでは、一人一人の技と心が生死を決める。
 権力によって兵員や武器を大量投入して勝てる場所ではないのだ。

 だからこそ天剣は、迷宮を愛したのに。
 そこを唯一の住処と定め、人としての栄華にも、醜い諍いにも背を向け、ただ冒険者であろうとしたのに。
 そんな天剣を殺しやがった。

 くそっ。
 どいつが、どんな手で、天剣をはめやがった?

 「バラスト!
 いるのだろう?」

 はっとした。
 ギルの声である。
 どうも、先ほどから呼ばれていたようだ。

 「す、すまん、ギル。
 入ってくれ」

 ギル・リンクスが、扉を開けて部屋に入って来る。
 バラストは、立ち上がって、ギルをソファーに招く。
 自分もその向かいに座った。

 バラストが平常心を失っていることは、ギルの目には明らかだったろうが、それについては何も言わず、静かな声で、

 「すまんな、来るのが遅くなって。
 王のほうでも、いろいろ、わしに用事があってな。
 話も長くなった。
 そのあと王宮に泊まり込んで、丸一日かけて、急ぐ用事だけ片付けてきたのじゃ」

 と話しかけた。

 「そうか。
 あんたも大変だな。
 朝食は?」

 「済ませてきたよ。
 王と一緒にな。
 王子たちも同席した」

 「たち?」

 「うむ。
 最初は第二王子だけじゃったが、第一王子はお元気かとわしが聞いたら、王が召された」

 「へえ!
 さすがはギルだ。
 王妃たちはご陪席かい?」

 「第二王妃だけじゃったな。
 王が、第一王妃は風邪ぎみで、今朝は遠慮していると、仰せられた」

 「今朝も、だろう。
 それと、『第二王妃の申すには』ってのが抜けてるぜ」

 「ふむ。
 お主の耳には、そのように届いておるのか」

 「違うっていうのか?」

 「それは知らん。
 ただ、第一王妃も第二王妃も、心根は優しいかたじゃと思う。
 宮廷に、権力とその使い方をめぐって、さまざまな思いや立場があり、軋轢(あつれき)が生まれるのも無理からぬことではあるが、人を決めつけて見るのは、思考の放棄じゃ」

 「う。
 同じようなことを、何十年か前に言われた記憶があるな」

 「はは。
 人から見ればあちらがモンスターだが、あちらから見れば人がモンスターだ、という話のことかの」

 「それそれ。
 あんときは、ちょっとショックを受けたなあ。
 一番悪辣(あくらつ)な盗賊より、人間がモンスターを襲うやり方のほうが非道(ひどう)だって、納得させられたんだからなあ」

 「人が思う非道の基準からすれば、の話じゃ。
 モンスターにとっての幸不幸、正義と非道、善と悪、成功と失敗、獲得と喪失。
 それが人間と同じであるとは、わしも思わん。
 けれど、それでいて、人とモンスターとに共通することわりや価値も、どこかにあるとは思うておる」

 「あんたは、人間以外と、ずいぶん付き合いがあるらしいからなあ。
 というか、あんたは、まだ人間なのか?」

 「こりゃ、ひどいな。
 うむ。
 これを非道(ひど)いというのじゃ」

 二人は一緒に声を上げて笑った。
 いつの間にか、バラストの気鬱も怒りも鎮まり、普段通りの明晰な思考力を取り戻していた。

 「ところで、一階の受付近くで、殴り合いの喧嘩が起きておったが、あれは何じゃ?」

 「は?
 殴り合いの喧嘩?
 いや、聞いてない。
 今か?」

 「何やら、荷物の運搬で、約束した金額では足りないから、現物を寄越せ、などと言っておったの」

 「ああ。
 なるほどな。
 よく分かる話だ。
 事前にどんな取り決めをしたか知らないが、あれはもめて当然だ」

 「もめて当然、とは、ギルド長の珍しい発言を聞くものじゃ」

 いや実は、とバラストは事情を説明した。
 そのうえで、天剣を罠にはめた卑劣な陰謀を、どう暴けばいいのか、ギルに相談した。

 「いや。
 それは、順序が違う」

 「何の順序が違う?」

 「よく考えてみよ。
 事の発端は、妙なふるまいをするミノタウロスが目撃されたことじゃ。
 そのミノタウロスは、確かに実在し、だんだんと上の階層に上って来ている、と推測される。
 アイゼルの娘たちのパーティや、パーシヴァル殿の行方不明も、その流れの中で起きておる。
 なるほど、ミノタウロスごときに倒される四人とも思えぬが、かといって、今のところ、ミノタウロス以外に探索すべき対象が明らかになったわけではない。
 いずれにしても、ミノタウロスが本来の活動場所を離れて移動しているのは、異常なことには違いなく、放置できぬ。
 まずは、ミノタウロスを発見するのじゃ。
 そして、倒すのじゃ。
 そのとき、それ以上の常ならぬ事が見据えられればよし、そうでなければ、あらためて探索と検証を進めればよいのじゃ」

 この言葉を消化するには、いささか長い時間が必要であった。
 しかし、沈黙のあと、バラストは、しっかりした声音で返事をした。

 「おっしゃる通りだ。
 まずは、ミノタウロスに当たらねばならない」

 「うむ。
 今からわしが、迷宮に入る。
 一階層から順に十階層までを探索し、ミノタウロスを探し出して撃滅する」

 ありがとう、とも、申し訳ない、とも、バラストは言わなかった。
 この人物に対しては、逆に失礼に当たると思ったからである。
 ただ深く頭を下げた。

 「これを渡しておこうかの」

 いつの間にか、ギルの右手に、耳ほどの大きさの、多層殻を持つ貝殻が握られていた。

 「これは……セルリア貝?」

 「そうじゃ。
 セルリアの花によく似た色をしておるじゃろう。
 セルリアの花言葉は、乙女の恋心、というらしい。
 まこと、恋する乙女のような、淡く、切なく、はかない色をしておる」

 「おおお?
 急に詩人だな。
 何か、思い出でも?」

 冷やかしのように尋ねるバラストに、昔な、と心の中で返すと、ギルは、虹色に輝く貝殻を顔に寄せ、白い口ひげを揺らして、ふっと息を吹き込んだ。
 すると、貝殻の内側に、青紫に輝く光の球が生じた。
 貝殻をバラストに渡し、ギルは言った。

 「今、この貝に、わしの命の波動を記憶させた。
 この光の球が輝く限り、わしは生きておる」

 「おいおい。
 わしより早く死ぬつもりか?
 というか、あんた、冥界の王に恩を売って、死なない体にしてもらったんじゃないのか?」

 「ははは。
 噂とは面白いものじゃな」

 とはいえ、置き土産は、バラストに安堵を与えた。
 安堵する自分の心を見つめて、バラストは、自分が天剣の死に、いかに動揺していたかを知った。
 同時に、ギルの思いやりをかみしめた。

 「ありがとう、ギル」

 にっこり笑って瞬間移動を発動させかけた大魔法使いは、ふと思いついたように、バラストに言葉をかけた。

 「幸せな死に方があるかどうかは、わしは知らん。
 けれども、このように生きたいという生き方を見つけることができ、死に至る最後の瞬間まで、そのように生き切ることができたとしたら、それは幸せな人生であったといえるじゃろう。
 人生の値段は、本人以外には付けられぬ。
 他人が付ける値段は、死体の値段か、さもなくば、その他人にとっての思い出の値段じゃ」

 まるで遺言のように言い残し、ギル・リンクスは闘いに赴いた。
 その言葉は、この大魔法使いの生涯最後の言葉となった。




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