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迷宮の王 作者:支援BIS

第1部 ミノタウロス

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第6話 冒険者ギルド長の困惑




 ここミケーヌの町の冒険者ギルド長であるバラスト・ローガンは、困惑していた。

 事の起こりは、サザードン迷宮九階層と十階層をつなぐ階段付近でミノタウロスを見た、というCクラス冒険者の報告であった。

 いうまでもなく、ミノタウロスは十階層のボスモンスターである。
 ボスモンスターというものは、ボス部屋の中にいるものであり、その部屋を出ることはない。
 これは初心者講習で冒険者の卵に最初にレクチャーする基礎知識の一環であり、サザードン迷宮に限らず、あらゆる迷宮に共通する常識である。

 だから、最初に報告を聞いた受付の職員は、見間違いか記憶の混乱であろう、という所見を添えて、緊急度の低い案件として処理した。
 以前にも、あり得ない場所でミノタウロスが目撃されたことがあり、調べてみたら、それは大柄な人間の剣士で、魔獣の頭部を素材とする兜を装備していたのだと判明した。
 似たようなケースだろうと判断されたのである。

 ところが、それから三日ほどのうちに、十階層のあちこちで、銀貨やポーションが放置されていたという噂話が広がった。

 もともと十階層は、人気の低いエリアである。
 銀貨もポーションも魅力的ではあるが、何しろ灰色狼は強すぎる。
 一匹なら、まだ階層適正範囲であるが、集団戦闘が得意という妙なモンスターなのである。
 速い足取りで常に回廊をうろつき回っているし、遠くから敵の匂いや音を感知するため、最初は一匹を相手していても、手間取っていれば、どんどん集まって来るのであるから、始末が悪い。

 また、十階層のボスであるミノタウロスも、何でこの階層にこれほど強力なボスが、と思わせるモンスターである。
 倒す苦労の割には、獲得経験値は高くない。
 ドロップ品も凡庸である。
 ごくまれに、極めて希少な武器が出るが、それは他の階層のボスも同じである。
 その上、スキルドロップがない。

 スキルドロップとは、ボスを倒したとき、新たなスキルが得られる現象である。
 通常の修行で得られるスキルがドロップすることもあるし、スキルドロップでしか得られないスキルもある。
 ドロップするスキルはランダムであるが、ボスモンスターごとにドロップしやすいスキルの傾向はある。
 そのボスからしかドロップしないスキルもある。
 深い階層のボスほど、強力なスキルをドロップする。
 だが、スキルをドロップするのは、十一階層以下のボスであり、ミノタウロスからは落ちないのである。

 要するに、期待できる見返りに対し、必要な労力と危険が高すぎるため、十階層は素通りされやすい階層なのである。
 回廊を徘徊する灰色狼をやりすごすための疑似餌や匂い袋は、ギルドでも定番の売れ筋商品となっている。

 迷宮に潜らず、護衛や討伐や採取その他のクエストで生活する冒険者にとっては、ミノタウロスを倒すだけでBクラスが取れ、クエスト請負の幅が広がるというのは魅力的であるが、その場合、狼は必ず回避する。

 それなのに、十階層で、狼を倒して回っている物好きがいる。
 ドロップ品を放置したままで。

 バラストは、ギルド職員たちに、十階層に関する情報を集めるよう命じた。
 すると、まず、エリナ・カーという戦士の冒険者カードと残留アイテムが、十階層のボス部屋の前で回収された、という記録が出てきた。
 こちらは、異常とまではいかない。
 ボスモンスターに闘いを挑んで敗北し、ボス部屋の付近で力尽きて死ぬ、というのは、時々は起こることだからである。
 しかし、マルコ・ヘスという剣士がミノタウロスをボス部屋の外で見かけたという報告は、事実であるとすれば異常な出来事である。

 「ミノタウロスが、灰色狼を倒してるのか?」

 モンスター同士が争っているというなら、それもまた妙なことである。
 どうやったらボス部屋の外に出せるのかは思いつかないが、強力な支配呪文などを使えば、ミノタウロスに狼を攻撃させることは可能かもしれない。
 そんなミノタウロスが徘徊しているとすれば、看過できない。

 とにかく調査してみるか、と考えて、バラストは、探索依頼書を書いた。
 依頼者は、ギルド長であるバラスト・ローガン。
 請負資格はBクラス以上。
 依頼内容は、十階層を調査し、ミノタウロスの所在と様子を確認するとともに、不審を感じたら討伐すること。

 冒険者たちがたむろする一階に降りる。
 クエスト掲示板の前に、多くの冒険者がいる。
 その中に、パジャ・ン・ド・マユルの姿がある。
 優秀なスカウトであり、この任務には、まさにうってつけである。

 「パジャ」

 「お、ギルド長様じゃねえか」

 「ちょうどいい。
 この依頼を受けてくれんか」

 「どれどれ。
 ほう?
 なんでまた牛頭なんぞを調べるんだ?」

 バラストは、事情を説明した。

 「なるほど。
 事情はわかったけど、この報酬、ちと安すぎじゃねえか?」

 「ミノタウロスがボス部屋にいて、異常が何もなければ、それを報告するだけでよいのだ。
 今のところ、明らかな問題が確認されているわけではないから、これ以上の報酬は設定できん。
 わしに貸しを作ってみんか」

 「ほう。
 あんたに貸しかい。
 悪くねえな。
 分かったぜ。
 請けさせてもらう」

 「その話、あたしたちも、かませてもらえないかしら」

 横から割り込んできたのは、魔法使いのシャルリア・リードであった。
 その後ろに、剣士のレイストランド・ユリオロスがいる。
 ともに、間もなくAクラスに上がるであろうBクラス冒険者である。

 「うげっ?
 シャルじゃねえか。
 冗談よせよ。
 この報酬、二人で分けた日にゃ、赤字になっちまう」

 「三人よ。
 レイも行くわ。
 クエスト報酬は、あんたが一人で取ればいい。
 ドロップ品は、山分けで。
 あたしたちは、ギルド長への貸しができれば、それでいい。
 その代わり、報告は、あんた一人でしてね。
 牛頭を倒したら、あたしたち二人は、下に行くから」

 「あ、そういうことかよ。
 お前ら、はなから下で狩りするつもりだったな?
 行きがけの駄賃てわけかい」

 「ええ。
 レイと三十五階層で狩りをするの。
 転送サービスを使うか、悩んでたのよ。
 高いからね。
 十階層に寄ってクエスト済ませて、あとは走って降りることにするわ。
 ギルド長、それでいいわね?」

 いいも何もない。
 シャルリアとレイストランドなら、それぞれ一人でも、ミノタウロスの撃破にじゅうぶんである。
 この二人がいれば、パジャは毒矢を節約できるだろう。
 そういえば、レイストランドは、ミノタウロスのレアドロップを狙っていると聞いた覚えがある。
 もしかして、最初からミノタウロス討伐は、予定のうちだったのかもしれない。
 逆にシャルリアとレイストランドだけでは、調査の精度に不安が残る。
 この三人で行ってもらえれば、言うことはない。

 「無論だ。
 よろしく頼む」

 「だって。
 パジャ、よろしくね。
 あ、あと、消耗品は割り勘ってことで」

 パジャは、踏みつぶされた蛙のように、渋い顔をした。
 が、次の瞬間、何を思いついたのか、にやりと口をゆがめた。

 三人は、迷宮に入って行った。




 半日が過ぎてもバジャは帰らず、バラストが嫌な予感を募らせていたころ、ギル・リンクスが訪ねてきた。

 大魔法使い、ギル・リンクス。

 辺境の孤島に生まれ、数々の冒険で名を上げ、ついにはバルデモスト王国の魔法院に招かれ、魔法院元老にまで上りつめた男。
 悪魔を封印したとか、古竜を使役するとか、天界の反逆者を殲滅したとか、尾ひれのついた武勇伝が、まことしやかに語られている。
 大陸中にその名を知られ、子どものお伽噺では、大魔法使いといえばギルを指す。

 そんな伝説級の人物でありながら、少しも驕るところがない。
 思うままに贅沢のできる立場であるのに、財や権力には見向きもせず、世界の平和と人々の幸福のために、尽くし続けている。
 物静かで思慮深い性格をしており、基本的には研究中心の生活をしているが、事あればどんな困難にも平然と立ち向かう胆力と行動力の持ち主である。

 バラストにとっては、若き日に冒険をともにした盟友であり、冒険者としての心得を一から教えてくれた良き先輩でもある。
 なぜかギルは、バルデモストの王に厚く信頼されている。
 それもあって、ギルドの顧問に就いてもらっている。

 「ギル、久しぶりだな」

 「うむ。
 王宮からの依頼で、マズルーの魔道研究所の手伝いに行っておったのじゃ。
 帰国報告に参内したが、王が夕食をしながら話を聞きたいということなのでな。
いったんこちらにあいさつに来たのじゃ。
 おぬしも元気そうでなにより、と言いたいが、何か心配事かの?」

 「顔に出ておったか。
 いや、実はな」

 と事の次第を説明した。

 「シャルリア・リードというのは、アイゼル・リードの縁者であったかの?」

 「娘だ。
 ああ、そうか。
 アイゼルは、あんたの弟子だったか」

 「そうじゃ。
 ふむ。
 では、一度、十階層に降りてみるわい」

 そういうと、ギルは消えた。
 瞬間移動の魔法である。
 適正の問題で、習得できる魔法使いは少ない。
 たいていの場合、この魔法を使う魔法使いは、ほかの魔法がほぼ習得できない。
 このギルドでは、瞬間移動の魔法で冒険者たちを送り迎えする専門の魔法使いを二人雇っているが、いずれも戦闘力は皆無である。

 ところが、ギルは、強大な攻撃魔法と、パーティー戦で非常に役立つ付与魔法に加え、多層範囲探知や瞬間移動や、各種の高等補助魔法も使いこなす。
 範囲瞬間全回復魔法さえ習得しているらしい。

 まさに大魔法使いだな。
 それにしても、相変わらず、身軽なことだ。
 必要と思えば、さっさと動いてくれる。
 ありがたいことだ。

 と、バラストは思った。
 ギルが消えたとき、バラストの胸のつかえも消えていた。

 だが、その安心は、ほんの短い時間しか続かなかった。
 お茶一杯を飲む時間もなく、ギルが帰還し、三人の冒険者カードをバラストに見せたのである。
 十階層のボス部屋には、三人のカードと装備が残されていたという。
 どう考えても、三人は死んだと見るべきである。

 「アイゼルは、今この街におるのか?」

 ザックと呼ばれる魔法の収納袋から、三人の遺品を出しながら、ギルは聞いた。
事務員に調べさせたところ、アイゼル・リードは依頼を受けてパダネル湿原に行っているということが分かった。
 帰還は何週間か先になるらしい。

 ギルは、慎重に対応するよう助言して、王宮に行った。
 バラストは、冒険者パーティーを派遣することにした。
 しかし、動員可能な冒険者を集める前に、新しい情報が飛び込んできた。

 九階層でのミノタウロス目撃情報である。
 目撃者は、若手の冒険者五人。
 いずれも今年冒険者となったばかりではあるが、バランスもよくチームワークも高いチームである。
 五人とも、覇気と向上心を持ち合わせており、バラストは密かに将来を楽しみにしている。

 バラストは、一階に降りて、直接五人から話を聞いた。
 分かったことは、五人を簡単に殲滅できたはずなのに、ミノタウロスが攻撃を仕掛けなかった、ということである。

 それにしても、九階層だと?

 バラストとすれば、何かの間違いではといいたいところであるが、この五人がそろって勘違いしているとは考えにくい。
 記憶も話しぶりもしっかりしている。
 とすれば、このミノタウロスは、明らかに異常である。
 階層を越えて移動するモンスターなど、あり得ない。

 そもそも、迷宮のモンスターは、上の階層も下の階層も、認識できない。
 いや、認識しているかもしれないが、移動できるという発想もないし、実際にもできない。
 人間にとっての天界や冥界のようなものなのであろうか。
 階段自体、見えないのである。
 目の前で、冒険者が階段に移動すると、消えたように見えるらしい。
 無理に移動させようとしても、階段に踏み込んだモンスターは、死んでしまう。

 実は、迷宮の階段というものは、基本的には人間にも見えないのである。
 一階層には、誰でも入れるが、二階層には下りられない。
 騎士や冒険者などの恩寵職を得たとき、初めて、階段を見ることも、足を踏み入れることもできるようになる。
 もしも、モンスターが階層を越えて移動できるようになったとすれば……

 それは、まるで、モンスターの冒険者ではないか。

 混乱するバラストのもとに、次々とミノタウロスの目撃情報が入った。
 九階層どころか、八階層、七階層からも目撃情報が上がってきた。
 目撃時間の情報を総合すれば、次第に上の階層に移動してきていると思われる。

 バラストの混乱に拍車をかけたのは、どの場合にもミノタウロスが攻撃してこなかった、ということである。
 また、どの証言でもミノタウロスは単独であったという。

 パジャとシャルリアとレイストランドの残留アイテムも、調べてみた。
 何の手掛かりも残っていない。
 全員ポーションの残数が少ないことから、長時間にわたって激しい戦闘が行われたのではないか、と推測できたぐらいである。

 しかし、あの三人が、ミノタウロス相手に手こずるというようなことがあるのか。
 まして全滅などということが。
 そのミノタウロスが、たまたま強力な個体であったとしても、あの三人であれば、足止めしておいて逃げるぐらいのことはできる。
 最悪の場合、一人か二人の犠牲が出ても、誰かは生還できる。
 百歩譲って、何かのトラブルがあって、全滅したとしても、パジャが何の情報も残さず死ぬというのは、いったいどういうことなのか。

 本当に敵はミノタウロスなのか。
 そのミノタウロスは、本当に単独行動なのか。

 結局、この夜、新たな探索パーティーは、派遣できなかった。

 翌日になった。
 ミノタウロスと、派遣した三人のことが気になりながらも、要務に追われているうちに時間が過ぎ、夕刻となった。
 すると、日帰りで浅い階層を探索していた冒険者たちが帰還し、報告が上がってきた。
 今日は、ミノタウロスが六階層で目撃されている。
 いずれの場合も、人間との戦闘は発生していない。
 ミノタウロスがモンスターを倒していた、という目撃情報はあったが。

 次の日の朝、衝撃的な知らせが、バラストのもとに届けられる。

 死亡ドロップと思われる冒険者カードとアイテムが受付に持ち込まれ、鑑定により、カードの持ち主はパーシヴァル・コン・ド・ラ・メルクリウス・モトゥスと判定された、というのである。




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