「ららら♪クラシック」今回は今からおよそ160年前の日本にタイムスリップ。
1853年ペリー率いる黒船が浦賀沖に出現。
日本を震撼させました。
その黒船開国を迫るだけでなく西洋音楽も運んできていた事をご存じでしたか?毎年7月横須賀市で開かれる…演奏されているこの曲実は…でも…そこで今回司会の美濃さんがスタジオを飛び出し黒船が運んできた音楽を…黒船来航と音楽の深〜い関わりを見つめます。
「ららら♪クラシック」今日は「夏休み特集」です。
いつもと少し趣向を変えましてクラシック音楽と歴史の関わりというのを見つめてみたいと思っています。
面白そうですね。
注目するのはどの時代なんですか?こちら日本の歴史が大きく動いた1853年黒船来航の時に注目したいと思います。
それでは早速今日のゲストをご紹介しましょう。
「お笑い界の黒船」と呼ばれた男パトリック・ハーランさんです。
(衣良美濃)よろしくお願いします。
(笑い声)お願いします。
僕ペリー先輩に憧れてますんで。
パックンはいかがですか?クラシック音楽というのは。
僕ほんとに物心が付いてからずっと聖歌隊に入ってず〜っと歌ってましたしそのあとは大学でグリークラブにまで参加して結構歌ってますよ。
じゃあ音楽歴は長い。
音楽歴は長い。
その割には詳しくない。
アッハッハッ!好きな作曲家は?まあベタですけどモーツァルトですよ。
実際にペリーの黒船には興味はおありなんですか?まあ…机に置いてあったんですけど僕はペリーのね旅行記持ってるんですよ。
ペリーがやった事は半端ないなと思いますよ。
これを読むと…他の国にできなかった他の人にできなかった事はなんで彼にできたのかとかも分かったんですね。
今日はいろいろ教えて頂ける事もたくさんありそうですね。
頑張ります。
よろしくお願いします。
今回はですね美濃さんがスタジオを飛び出して自ら調査してきてくれました。
まず最初に向かったのはどちらですか?ペリーが最初に上陸した場所からスタートしたいと思います。
VTRどうぞ。
ペリー公園にやって来ました。
ご覧下さい。
こちら大きな記念碑が建ってますけれども実は私ここ地元なので毎週ここでよくデートしたりとかいろんな思い出ありますけどもここに160年前にねペリーが来て上陸しているんですよね。
久里浜にやって来たペリー艦隊の様子です。
上陸したのは300人。
一糸乱れぬ隊列で集結しました。
その中には40人の軍楽隊も含まれていたのです。
行進の様子を描いたこの絵に楽器を持った人がいますね。
つまりペリーは開国を迫っただけでなく音楽も運んできていたんです。
一体どんな音楽がそこには流れていたのか非常に興味深いんですけれども今日はすばらしい助っ人をお招きしています。
奥中康人先生です。
(2人)よろしくお願いします。
調査を手伝って下さるのは…幕末から明治にかけての音楽史が専門です。
ちょっとこれご覧下さい。
はい。
奥中さんが取り出したのは久里浜にやって来た鼓笛隊の絵です。
軍楽隊に交じって10代半ばの若い鼓笛隊も上陸していたんですね。
非常にかわいらしいユニフォームで。
何でしょうこれ?首から提げた太鼓と何かトランペットのような…。
(奥中)ラッパといっていいと思うんですけれども。
ところでその彼らが演奏した音楽の中に私たちが知ってる音楽が何曲かあるんですよね。
例えばタタタタターラッタッタターララ…。
そうですね。
今日本では「アルプス一万尺」というタイトルで…。
手遊びしますよねよく。
・「アルプスいちまんじゃく」それがアメリカでは「ヤンキー・ドゥードゥル」というタイトルで昔から広く歌われてる歌として…なるほど〜。
でも先生この番組一応「ららら♪クラシック」という番組なので…う〜ん…。
美濃さんの鋭い突っ込みを受けて…次に奥中さんが案内してくれたのは…1854年ペリーが2回目に上陸したのが横浜です。
2回目の時もやはりペリーは音楽をいろいろ演奏してたんですね。
そのヒントになるようなものがここにあるという事なのでちょっと入ってみましょうか。
はい。
ここにはいろいろなものがあるんですが…船ですか?
(奥中)はい。
実は船の甲板で幕府の要人70人が招待されて盛大なパーティーが開かれていたんです。
軍楽隊の演奏に加えて当時アメリカで流行していた白人が黒人の格好をして歌ったり踊ったりするミンストレル・ショーも開かれていました。
公演プログラムも残されています。
演奏された曲の中には「草競馬」や「ケンタッキーの我が家」で知られるフォスターの歌曲も含まれていました。
フォスターだったんですね。
すごく身近な感じがします。
「おおスザンナ」とか小学校の時にフォークダンスで踊った覚えがあります。
19世紀の後半のアメリカではやっぱりヒットソングをたくさん書く流行作曲家だったんですね。
ですからそういう音楽を…ところでこのショーを見た幕府の要人たちは何を感じたのでしょうか?こんなエピソードが残っています。
ショーを見た松崎満太郎は感動のあまりペリーの首に両腕を回して「日本もアメリカも心は一つ」と何度も叫んだそうです。
ペリーは後に日記の中で……とこぼしています。
ともあれ当時流行していたアメリカの音楽や踊りは多くの日本人を魅了したようです。
ほお〜!ミンストレル・ショーまでやってたんですね。
ちょっとびっくりですね。
でも実際にね「アルプス一万尺」であったりフォスターであったりという音楽がその黒船に乗ってきた鼓笛隊とか海軍の軍楽隊によって演奏されてるっていうのは…。
「アルプス一万尺」はいまだに僕娘とやってますよ。
アメリカでも手遊びしますか?ううん。
あれは日本独特なんですね。
分かんないですけどアメリカは「ヤンキー・ドゥードゥル」として普通に親しんでる曲です。
「ヤンキー・ドゥードゥル」という曲はアメリカ人だったら誰でも歌えるんですか?100%歌えますよ。
ちょっといいですか?一節。
へえ〜!それをアメリカ人が今喜んで歌っている。
それが自分の曲になったんですよ。
今はアメリカ全土が…ではちょっとこちらをご覧下さい。
久里浜にやって来たペリー軍楽隊が持っていた楽器を描いた…。
太鼓は分かりやすいですね。
はい。
太鼓ありますね。
その下はシンバルか何かじゃないですか?でも中国の楽器っぽいですよね。
ドラとかね。
ひもがちょっと付いちゃっています。
この辺りにもちょっと横笛だと思うんですけど…。
それ木の枝ですよ完全に。
竹っぽいですね。
尺八みたい。
いやあこれは日本にとってはほんとに想像を絶するような大イベントなんですね。
でもペリーがその時やった一番大きな仕事って何だったと思います?ひと言で言うと開国なんですけどあの旅行記に書いてあるのは住民の皆さんとふれあうとボタンとかにものすごい興味を持つんだって。
ボタンとかポケットとか日本の服装にないような…。
ないですね。
和服にないじゃないですか。
そういう所にもものすごい興味を持ってるからほんとは知りたい!好奇心の塊だったんですけどそれは当時の幕府が抑えてた。
日本の皆さんが…好奇心を爆発させるようなきっかけになったわけですね。
さあという事でここで日本が激震していたこの1853年当時ヨーロッパでは一体どんな音楽が流れていたんでしょうか。
また日本はどうなっていたのかおさらいしておきたいと思います。
イタリアの水の都…この街のオペラハウスフェニーチェ座でヴェルディの傑作「椿姫」が初演されたのが1853年です。
また天才ピアニストリストが超絶技巧を駆使した「ハンガリー狂詩曲」を発表した時期でもあります。
(「ハンガリー狂詩曲」)ヨーロッパではロマン派の充実期を迎え数々の名曲が生まれていたんですね。
歌舞伎の傑作が誕生していました。
今でも人気のこちらの演目…。
またお座敷での遊びうたである端唄が流行し始めたのもこの年でした。
1853年はヨーロッパと日本それぞれ独自の音楽文化が花開いていた時期なんですね。
なんかアメリカが情けない。
どうしてですか?日本の伝統芸能もヨーロッパの伝統芸能もものすごいレベルまで達してましたけどアメリカはフォスターっていうちょっとやっぱり大衆向けの…。
(笑い声)パックンはいかがですか?逆に日本に来て日本の音楽とか何か文化に驚いたみたいな…。
古典芸能に関してはいかがでした?僕予備知識全くなく…
(笑い声)例えば雅楽とか日本の古典音楽は音階が違うじゃないですか。
それ結構理解するのに時間かかったんですね。
演歌のこぶしもそうなんですけど西洋音楽の音程と音程の間の所をずっと遊んだりする…。
ウイイイーン…っていう。
あれ譜面はどうなってるんだろうとかどうやって伝承するんだろうとか思ったり。
なんでしょうね日本の音楽のこの不思議な感じ。
でも確かにパックンがおっしゃるとおり長く鎖国してたからこそ花開いて成熟している日本文化は誇り高いものだったという事も改めて感じます。
面白いですよね。
でももうかなりね収録進みましたけどまだねたどりついてる感じないですよね。
というかペリーとクラシックを結び付けるのは無理があったんじゃないですか?焦らないで下さい。
ペリーとは関係ないでしょクラシック音楽は。
いえいえ…焦らない焦らない。
実はですねこのあといよいよ衝撃の事実が判明します。
その前にちょっとブレーク!今回もたくさんの曲をおすすめ頂きました。
それではメッセージと共にご紹介します。
まずはこちら。
美しい音楽と家族の思い出が深く結び付いているって本当にすばらしいですね。
続いてご紹介するのは…夏休みに家族連れで涼みにいかれる方も多いんじゃないでしょうか?そして一番多くおすすめ頂いたのはラヴェルのピアノ曲…確かにさまざまな水の表情を映し出してくれる名曲ですよね。
暑〜い夏。
今日ご紹介した名曲たちが少しでも暑さを和らげてくれるといいですね。
「おすすめクラシック」次回…メッセージお待ちしています!今日の「ららら♪クラシック」は…ペリー艦隊1回目の上陸地久里浜では「アルプス一万尺」の名で親しまれている曲が演奏された事を確認。
更に2回目の上陸地横浜では船上パーティーでフォスターの歌曲が演奏された事も調べ上げました。
でも…クラシック音楽の痕跡を求めて美濃さんたちが再び調査にやって来たのは横浜のメインストリートの一つ…ここ?実はペリーがやって来た頃ここには増徳院という立派なお寺がありました。
ちょっとこれご覧下さい。
これが当時のこの場所の…。
この辺りのスケッチになるんですけれども。
1854年ペリー艦隊の兵隊の一人が航海中に亡くなりました。
この絵はお寺に埋葬するため遺体を船から墓まで運ぶ葬列の様子です。
(奥中)この当時のアメリカの軍隊ではこういう兵隊さんが亡くなった時にはいろんな曲があるんですけれどもこの時には…それをじゃあ日本人はここで初めて…。
(奥中)耳にしたんでしょうね。
楽器持ってる人がいますね。
(奥中)ここに2人。
(奥中)そうですね。
2人しかいませんけれども。
たった2人で演奏された「葬送行進曲」。
一体どんな響きだったのでしょうか?今回2人の演奏家に協力してもらい当時の演奏を再現する事にしました。
横笛はファイフと呼ばれるフルートの仲間です。
有名なマネの「笛を吹く少年」で描かれているのがまさにファイフです。
高い音が印象的ですね。
一方当時の太鼓の特徴は縄を締めたり緩めたりして音の高さを調整していました。
また底にはスネアと呼ばれる響き線が張られています。
この楽器はレプリカなので金属のスネアですが当時は羊の腸が張られていたそうです。
元町を練り歩いた太鼓にもスネアがしっかり描かれているんです。
この絵を描いた人細かい所までよ〜く観察していますね。
それでは演奏して頂きましょう。
(「葬送行進曲」)久里浜横浜とね黒船が運んできた音楽というのを見てきましたけれどもその音楽が日本人に残した影響というのは先生どんなふうに感じて…。
それはもう大変なものですよ。
ペリーがやって来た翌年からもう日本人は…大体それから10年間ぐらいの間に日本中でスネアドラムをたたく人たち軍隊の道具としてそれに合わせて行進をしたりとかしたんですがそれがだんだん発展していって明治に入ると…更に10年20年たっていくと日本にもピアノであるとかバイオリンであるとかオーケストラであるとかオペラであるとかそういうものにつながっていく原点が横浜久里浜にあったという事ですね。
ペリーが運んでくれてたんですねやっぱり。
音楽をクラシックを…という事ですね。
ペリーが来てないとこの番組もなかったかも分からない。
別の職業に就かれてたかも…。
私もですよね。
あらま。
ペリーに感謝ですね。
そういう事です。
ほんとだ。
ペリーがクラシック音楽持ってきてくれたんですね。
最初に日本ではやった楽器がスネアドラムだっていうのは…。
ちょっと衝撃でしょ?でもあの一人の乗務員が亡くならなかったら届かなかったかもしれないですね。
でもこの乗務員24歳の若さだというので考えたら切ないですよね。
異国の地でね亡くなって。
しかもね鼓笛隊の2人だけに送られたってあんなにいつも質素なもんなんですかね?軍隊の葬送行進の場合階級が低かったり若いという兵隊の場合は2人とかの少人数で行われていてでもこの曲結構有名な人のお葬式でも演奏されているという記録が残っています。
例えばアメリカ独立戦争の父…超大物ですね。
この葬送曲?そうなんです。
このヘンデルのね。
それからリンカーン大統領も。
更にちょっとこちらをご覧下さい。
軍楽隊がすごい。
(パックン)すごい!何この人数。
スケール感がありますよね。
あっチャーチルが!すごいですね。
じゃあペリーさんが日本に来て最初に鳴らした曲というのがこれほど由緒あるクラシックの名曲だったという事になるわけですね。
ちょっとね今まで私たちあまり聴く機会のなかった曲ですが…。
でも今名前が挙がった人はみんな政治家でも超大物ばっかりですからポピュラーな曲だったんですねすごく。
僕も頑張ってね死ぬ日が来たら…。
軍楽隊で。
国葬で。
コミックバンドとかどうですか?衣良さん何なんですか急に。
なんか楽し〜くこう…。
(笑い声)でもこれだけあれこれ知ってしまうとそろそろちゃんと聴きたくなりますよね。
うん。
本物聴きたいね。
それではヘンデルのオラトリオ「サウル」から「葬送行進曲」をお聴き下さい。
(拍手)すばらしい。
ねえ。
これで送られた方はある意味幸せじゃないですか?そうですね。
ジョージ・ワシントンチャーチルパックンですもんね。
そうですよね。
いいメンバーに仲間入りさせて頂きますわ。
でも僕聴いてて思ったんですけどただ悲しいとかしっとりしてるだけじゃなくてヘンデルらしい格調の高さとか威厳がありますね。
そうで2015/08/06(木) 10:25〜10:55
NHKEテレ1大阪
ららら♪クラシック「黒船が運んできたメロディ〜日本人が西洋音楽に触れた瞬間」[字][再]
夏休み特集第1弾!クラシック音楽と歴史の関係を見つめます。今回は黒船が来航した1853年に注目。ペリー艦隊が運んできた西洋音楽とはどんなものだったのか徹底調査。
詳細情報
番組内容
夏休み特集第1弾!!クラシック音楽と歴史の関係を見つめます。今回は黒船が来航した1853年に注目します。ペリー艦隊が運んできた西洋音楽とはどんなものだったのか徹底調査。そこから浮かび上がってきたのは、「アルプス一万尺」で知られるアメリカ民謡や、フォスターの歌曲、さらにはあの大作曲家の名曲も演奏されていた事実でした。果たしてペリー艦隊が届けたクラシックの名曲とは何だったのか乞うご期待。
出演者
【ゲスト】パトリック・ハーラン,【出演】管弦楽…東京フィルハーモニー交響楽団,【司会】石田衣良,加羽沢美濃,【語り】服部伴蔵門
ジャンル :
音楽 – クラシック・オペラ
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
劇場/公演 – ダンス・バレエ
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