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スライムのラプソディ―私が先輩を大砲にブチこむまで→ 作者:弐進座

第一章 先輩、朝です。起きやがれ。

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第一章/1 先輩、朝です。起きやがれ。

 早朝、やや白みがかった空を一隻の飛行艦が疾走していた。
 陽莱帝國軍、練習巡航艦〈麻乃亜(マノア)〉。
 つい先ほど増速し、第三戦闘速度で目標空域へ急行中だった。
 練習艦とは、文字通り士官候補生や艦兵見習いの教導任務を目的とした軍艦だ。だから大半の乗員は、まだ年端も無い十五から十八の少年少女だった。
 たった今、足早に艦内を歩いていく彼も例外ではない。
 ギドー・ハッケは、とにかく急いでいた。彼の足はとっくに最大戦闘速度に達している。
「はあ~」
 先ほどからため息を何度もつき、内心では諦めと焦燥が渦巻いている。
 目的の部屋の前についた彼は申し訳程度にノックをすると、ドアノブに手をかけた。
「入りますよ、メルティ先輩」
 室内に光が指す。
「発令所の声が聞こえなかったんですか? 何度も呼びましたよ」
 部屋の中は薄暗く、物音一つしやしない。
―ああ、もう! やっぱりだよ!! 聞こえちゃいねえ。寝てやがるんだ。
 手近にあったランプに灯をつけた瞬間に絶句、またもやのため息だった。
 部屋の中は足の踏み場もないほど散らかっていた。この部屋の主は士官学校を首席で卒業したが、整理整頓については全く何も学習しなかったらしい。
 一瞬の眩暈を振り払うと、ギドーは足の踏み場を造りながら、部屋の奥へと突き進んだ。
「先輩、起きてください! 緊急事態なんですよ!」
 軍服やら本やら、あと訳のわからない置物などを蹴り飛ばしていく。
 その途中、どでかい水槽の前でギドーは立ち止まった。
 水槽にはなみなみと水が満たされている。その水槽は手入れがよくされていて、中には水草や置物が飾られ、色とりどりの小魚が気持ちよさそうに泳いでいた。
 部屋の中で、この一角だけが唯一小ギレイな点だ。
―いつのまにこんなモノを持ち込んだんだか
 水槽の中を凝視すると、ギドーは深呼吸をした。
 目標捕捉、距離はゼロ零。
「起きろって言ったでしょうがあああああっ!!」
 怒声とともに突き出された鉄拳が水槽を直撃する。それは表面に対して垂直に命中、水面を大きく……天井まで波打たせた。
 天井へ駆け上がった波が大きく揺らいだ人型に変わる。ざわめいた波が抗議を上げた。
「なぁによう、ギドー君。こんな朝っぱらに起こすなんて」
 その不安定な人型の波は眠そうな声で文句を言うと、足元から形を整えていった。
 引き締まりすぎず瑞々しいしなやかな脚線、それが腰から胸元にかけて均整のとれた体型となって描かれる。
 そうして出来たスレンダーな女体の頂点に端正な顔を造り、ようやくギドーの先輩ネイシ・メルティの起床が完了する。
 ネイシ・メルティ。彼女は希少な絶滅危惧種族の生き残りだった。数十年前、陽莱帝國が施行した希少知性護持令により保護された存在でもある。
 学術名では意思生物、形態可変知性物界、粒子門、珪素生物網、媒介知性目、液状媒介属、液状知性種と呼ばれる。
 もっともそんな長ったらしい名前で呼ぶ輩は滅多に無い。せいぜい融通のきかない学者ぐらいだ。
 一般的には『スライム』と呼称される。
 メルティは大あくびとともに背伸びをした。なめらかな光沢を放つ背面を小魚が泳いでいく。初めて見る者なら、この時点で腰を抜かして意識が夢の中へぶち飛ばされていただろう。
 しかしギドーは違った。メルティとは士官学校からの付き合いになる。彼にとってはこんなものは日常茶飯事にすぎない。
「『なによ』じゃありませんよ。緊急事態だってのに、いっくら伝声管で呼んでも怠惰な艦長殿が来ないんで、律儀な副長様が叩き起こしにきたんです」
 焦れた心が眉間に皺を寄せる。
「緊急事態? なになに竜でも現れたの?」
 暗い室内でもはっきりとわかるほどメルティは瞳を輝かせていた。その瞳の中を忙しげに小魚が泳いでいく。
 ギドーはあきれ顔で返した。
「竜? 冗談じゃありません。そんなもの現れた日には、あなたに知らせず即座に退避してますよ」。
「退避? どうして? そんなの面白くないよ?」
「面白くなくてけっこう! 忘れたんですか? この艦は旧式の練習艦なんですよ。竜なんて来た日には瞬く間に鉄くず(スクラップ)ですよ。ああもう、そんなことより早く服を着てください。なんてだらしない」
 目のやり場に困り、ギドーは顔をそらした。
 半透明の身体は、あらゆるところが色んな意味で透けて見えている。
 メルティは誘うような笑いを漏らした。
「なに? 欲情した?」
 戯言をとりあえず無視してギドーは床にうち捨てられた服を順番にメルティにぶん投げた。メルティは口を尖らすと、投げられてくる服を手馴れた仕草で受け取った。といっても、投げられた先で突っ立っておくだけなのだが。
 服はメルティに命中すると、べちゃりと音を立てて体に吸い込まれていく。吸い込まれた服の仕立てに合わせてメルティは体の形状を変えていく。
 下着から軍袴、そしてシャツを投げ込まれ、最後に詰襟の上着を投げ込んで、陽莱帝國艦隊第一種軍装が完成する。袖口には一本の白い刺繍が縫いこまれていた。それは少尉士官補の証だった。その白線が取れないうちは、まだまだ見習い扱いだ。ちなみにギドーの場合、さらに下級の士官候補生なので刺繍は二本縫いこまれている。見習いのさらに見習いというところだった。
「あ~あ、軍服ってなんでこんなに窮屈なのかしら?」
 再び背伸びをしながらメルティはぼやく。ギドーは肩をすくませた。
「同意したいところですが、あなたが言うと格段と説得力に欠く台詞です」

「で、何が起きたの?」
 艦橋へ向かう途中でメルティが問いただす。
「半刻ほど前に伝信士のノウレンから微弱な救難伝波(SOS)を平文で受信したと報告があったんです。国籍は不明ですが、受信内容から状況を察するに空賊に襲撃を受けた模様です」
「へえ、楽しそう」
「頼むから今の台詞を艦橋で吐かないでください。あそこには監察将校どのもいらっしゃいますから」
「え~、あの無能さん艦橋にいるの?」
「はい、いらっしゃいますよ。だから今みたいな台詞は厳禁です。いえ違いますね。いなくても厳禁です」
 ギドーが鼻先に人さし指を立てると、メルティは渋々頷いた。
 監察将校は政府中枢から派遣される軍人だった。全軍に派遣されるわけではなく、主に帝國本土外で活動する部隊の一部に配属されていた。派遣期間も派遣人数もまちまちだが、軍内部では歓迎されない客人だった。というのも、その主たる任務が軍内の規律を評定することだったからだ。要はお目付け役で、派遣された部隊からは「餓鬼の使いじゃねえんだから、ほっといてくれ」と思われていた。
 この観察将校が面倒を引き起こしていた。
 曰く「このままでは予定航路を外れ、到着予定日までに目的地に着かない恐れがある。これは重大な違反行為になる」だそうだ。つまり救難伝波を無視しろと仰せだった。監察将校にとって国際法で定められた救助規定よりも司令部の立てた予定の方が優先されるらしかった。
―だからこそあなたを叩き起こしたんです。
 内心でギドーは呟く。
 ギドーには確信があった。メルティなら助けに行く。なせか? 彼女の好物はトラブルだからだ。猫にマタタビ、メルティにトラブルだった。
―指揮官からの正式命令なら、監察将校も文句は言えまい
 〈麻乃亜〉の指揮権は艦長のメルティにあった。メルティが「助けに行く」と命令すれば、監察将校でも撤回できない。監察将校の任務はあくまでも「監察」だからだ。
 それがギドーなりの目論見だった。その能力と義務がありながら、救いを無視する感性を彼は持ち合わせていなかった。
「ああ、そうだ。先ほど聞き忘れていましたが、いったいそりゃ何ですか?」
 ギドーはメルティの額を指した。その先では極彩色の熱帯魚が群れをなして涼しげに回遊している。
「これ? ほらぁ、この前よ(寄港)ったペシミンデの魚市場で買ったの。イイでしょ?」
「『イイでしょ?』じゃありません。艦内で動物を飼うのは禁止です」
 刺すようなギドーの視線からメルティは目を逸らした。
「か、飼ってるわけじゃないもの……た、食べたら生き返ったの! あれよ、不可抗力ってやつよ」
「なるほど。それなら後で調理班に渡して、ちゃんと料理してもらいましょう。刺身とかどうですか? みんな喜びますよ。生鮮食品は貴重ですからね」
「なっ! あ、あれよ、スライム種独特のアクセサリーってやつ……みたいな」
「ああ、なるほど。アクセサリーなら着脱可能ですね。今すぐ外してください。華美な服装は軍規違反です」
「ううっ……ギドーのイジワル! イジワル副長!! ケチ! ケチ副長!!」
 「ケチ」と「イジワル」を連呼しながらメルティは地団駄を踏んだ。床を踏みしめるたびに、ビチャビチャと水しぶきが廊下に散っていき、衝撃で体内の魚が右往左往する。
「はいはい、どうとでも……」
 眉間を押さえ、何かを吹っ切るようにギドーは頭を振った。
「とにかく艦橋でそいつを見せるのはやめてください。それをどうするかは後でゆっくりと話しましょう」
「ううっ、わかった」
 メルティは体液の流れを操作すると、魚を首から下へ強制的に降ろしていった。心なしか魚たちも不満げにこっちを見ているようだ。
「ゴメンね、君たち。ちょっと隠れてて。文句はこの頭の固くて、怖い、わからずやで、ケチで、あと実家が金持ちで……」
「発令所に着きますよ! 艦長!!」
「フンッ」
 最後に「絶対飼うからね」と呟いたのをギドーは聞き逃さなかった。そして今日何度目かのため息をまたついた。
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