(黒柳)これは40年前にご結婚あそばした時の今日のお客様。
ご主人は作曲家の浜圭介さんでいらして大変なヒット曲お出しになっていらっしゃる方で。
左側が今日のお客様。
本当に…歌手でいらっしゃいますが奥村チヨさん全然お変わりがないので驚いておりますが。
ありがとうございます。
40年間お幸せだそうで本当に…。
はい。
同じ40年で。
おめでとうございます。
そうですね本当にね。
そうか。
あなたが結婚したのと『徹子の部屋』の…結婚したのと同じっていうことですよね。
どうも。
おめでとうございます。
おめでとうございました。
何といっても奥村さんの大ヒット曲『恋の奴隷』。
はい。
あれはもう本当に大ヒットでしたね。
ありがとうございます。
でもあの頃はあの歌詞がちょっと嫌だったんですって?当時はね。
ええ。
ですけどもまた何十年か経って60年代のファッションとともにその歌を若い人たちが歌ってくれたっていうことがすごくうれしかったです。
そうですよね。
カバーして随分ね皆さんね歌ってるのが随分大ヒットでした。
はい。
ちょっとVTRご覧いただきます。
えー!「あなたと逢ったその日から」うわー懐かしい。
昭和44年ですよ。
そうです。
20…んっ?22ぐらい?うわ…うわ…。
可愛い。
うわ…。
若いですね。
まあね。
ちょっと違う感じ。
だいぶ違いますよ。
フフッ。
テレビのメーキャップなの?これが。
自分でお化粧してました。
この頃はヘアメイクとか…ないから自分で下手ながらお化粧してました。
「あなた好みのあなた好みの」ガリガリでした。
40キロすれすれぐらいしかなかったんです。
この頃寝る時間もなく…。
そうですってね。
はい。
小悪魔とかそんなふうにね呼ばれていらして今もちょっとそういう感じが残ってるのすごいなと思って本当本当に。
びっくりした。
これでしょ?当時のこれが。
そうです。
40キロガリガリです。
可愛い。
いや可愛くないです。
本当にね余裕がなくもうお仕事お仕事で…。
1日に3回公演なんてあったりしたんですって?はい。
日劇のコンサートとか3回なんです。
その間に取材を受けてそれが終わると生放送の歌番組のベスト10番組に行くんですけれど一番最後に出て車の中でお化粧を舞台化粧から変えるんですけどもう見たらひどい顔です。
でもまあ当時のね画面はそんなには…今のようにははっきりしてなかったたぶん。
怖いですよね今ね。
でも40年前に結婚なさってお幸せで。
芸能生活50年?はい。
すごいですね。
長いですね。
なんかあっという間じゃないですか?徹子さんどうしたんですか?まんまで。
何が?お変わりなく。
いやいやそりゃね変わってますよ。
昔の私のが時々映るじゃないですか。
よその方をお映しする時…。
変わってないようでもやっぱりそれは変わってますよ。
お久しぶりにお会いしたんです。
本当にかなりお久しぶりに。
肌が奇麗で驚いちゃいましたもん。
あなたに教えていただいた氷で冷やすっていうのを随分やってましたよ。
すぐそれをなさるっていうことがいいんですよ。
私もいいと思ったら必ずすぐ続けるんです。
私も続けて…。
あとさっき言ったようなねこういうところが全部下がってこないようにマッサージをちょっと…筋肉をねやって。
またちょっと冷やして。
だから肌が張っていらっしゃいますもん。
大変ですよ。
すぐ寝ようと思ってもそれやんないといけない…。
私も大変なんです。
若い時はそんなことしなくてもねお化粧したまま寝てもパッと起きたら奇麗なんですね。
若さって酷ですよね。
でもあなたすごい。
おいくつとは言わないけど…。
イヤッ言わないで。
本当に驚きます…。
驚きます。
今でもこんな可愛くていらっしゃるんですもんね。
びっくりいたします。
とんでもないです。
さっきの結婚式のお写真ですけどあれなんかご自分で全部お化粧も何もなすったんですって?この時。
そうです。
ヘアメイクさんいなくて。
主人のお父さんが…病院に入院なさってて。
あらら。
そして札幌まで行って主人のお父さんが教会まで来てくださって。
私…その時ちょうど初雪が降ったんですけど。
元々服飾デザイナーになりたかったので歌手よりも。
それで自分でお帽子も全部ドレスも全部ウェディングドレスも全部自分でデザインして。
すごい。
生地も選んで…はい。
すごい。
あれから40年。
「あれから40年」。
あれから40…。
「あれから40年」…。
それからすごいですよ。
このケーキの赤いところは…チョコレートかなんか?シュークリームなんです。
シュークリーム。
すごい。
当時としてはもう随分すごかったでしょうねこれね。
珍しいことで。
そうですね。
この時38キロまで痩せました。
なんで?あんまり忙しくて?はい。
骨と皮です。
骨と皮。
でもあなたお背はちょっと小さい?何センチぐらい?158あったんです。
じゃあ普通よね。
それで三十何キロ?38キロです。
すごい。
本当仰るように骨と皮だったと思いますよね。
今増えました?少しは。
少し増えました。
42キロ800から43キロ。
でもまあね…。
少ないですか?少ないでしょ。
そうですか…。
普通の大人の女の人にしたら。
でもいいでしょどんな洋服でも着られるから。
うんそうですね。
でもなるべく…最近夫婦のテーマは「健康が一番」ということでウォーキングしたりとか昨年の秋から。
またあなたのご主人が…びっくりしたんですけど。
これご主人ですよね。
浜圭介さん。
まあ浜圭介さんも作曲のヒット曲の多い方で。
私調べたんですけども八代亜紀さんの『雨の慕情』。
「雨雨ふれふれ」。
それから北原ミレイさんの『石狩挽歌』ですね。
それから『街の灯り』堺正章さん。
それから『北空港』桂銀淑さん。
そういうのをもうたくさんたくさんすごい作曲のヒット曲をお持ち…ご主人ね。
そのご主人のあなたとご一緒の写真見てたら全然お変わりがないので…。
そうですか?あなたはそりゃあれこれやっていらっしゃるからわかるんだけど。
男の人ってあれこれやってないと思うのにこんな変わらない。
でも主人は主人でねもうお酒もたばこも3年半ぐらいやめてひたすら毎日ウォーキング。
やっぱりね。
皇居1周。
ひどいと皇居2周しちゃうんですよ。
だから「やりすぎは駄目よ」って私が言うんです。
すごいのねでもね。
「何でも程々よ」って奥さんとして忠告するんですけど。
やっぱり若い奥様だからさやっぱりほら仲よくしていくのにはね…。
そうですね…。
歳は同じぐらい?そうです。
半年お兄さんです。
でも学年は一緒です。
だからあちらもちょうどお仕事を始めて50年。
そうです。
だけどもあちらのほうがちょっと…あなたがあちらの曲を歌ったぐらいですからあちらはかなりやっぱり先にプロになってたのかしらね?そうですねはい。
感じとしてはね。
でも2人で散歩して手つないで散歩…。
手はつながないです。
手つながない?そうなの?はい。
手つないだっていいじゃない。
ウォーキングする時はね…。
どんどん歩いて?そうですね。
散歩して?はい。
やっぱりもうね私があまりにも車ばっかりで歩かないのでもう駄目だよって怒られちゃって。
そうですってね。
それで去年の秋にもう駄目だ歩かなきゃと思って。
「何だ。
ちょっとだけ…。
もう帰ってきたの?」って言われちゃうんですけど。
でも女性は…20分ぐらいでもいいんですってね。
そうですって。
ただ続けることが…。
私も30分毎日歩いてるんですけど。
さすが…。
でもこの間言われましたよ。
「30分歩くと大変だと思うけど15分歩いたら15分で戻ってくればいいんだから」。
そう…。
ああ。
そうなんですよ。
そうですよね。
15分歩くと思えばいいんですよ。
それとかね例えば今日歯医者さん行くとかありますでしょ?途中で車を降りる時にうーんと遠くで降りて…。
あと歩いていく。
歩くんです。
だからそういうふうになんか考えていかないとただウォーキングウォーキングってなるとねなんか嫌になっちゃう。
おっくうになっちゃう。
それからほら冬は寒いしさ風邪でも引いたら嫌だと思うでしょ?夏は暑いでしょ?熱中症になったら嫌だと思うでしょ?そういうのがあるからその合間を縫って歩いていく…。
でもまあ私はジャイアント馬場さんからね夜50回ヒンズースクワットっていうのをやるのと歩くのとやってくださいって言われたのでね。
すごいですね。
お二階に2回行く…マンションの2階にチャッチャッチャッて行って帰ってくる。
だから…若さと元気の秘けつですね。
まあね。
元気は元気ですよね。
ちょっとずつでもいいから「何かを毎日」が大事なんですね。
だんだんねやりたくないって…だらっとしてるとそのほうが楽だから。
楽ですね確かに。
楽ですよね。
顔を冷やすにしてももうやめたほうが楽かなと思う時しょっちゅうあります。
そうですそうです。
マッサージだってしなくたって別にいいんじゃないのと思うんだけどやっぱり90になった時少しでもましにいようと思ったらね。
やっぱりね90とか100歳近くなった時のお顔とか…やっぱり元気さも違ってくると思うので。
やっぱり違ってきます絶対に。
頑張りましょう。
浜圭介さんというご主人がお作りになった『終着駅』。
あれ本当に初めの頃の?はい。
主人の初めてのヒット曲なんです。
初めてのヒット曲。
私は私で『恋の奴隷』のシリーズから大人の歌に脱皮したい時期ですごい悩んでた時期なんです。
じゃあちょうどいい…。
その新しくお入れになったのをちょっと聴いて…音だけですけど聴いてみます。
浜圭介さん仕事を始めて50年。
あなたも歌い始めて…。
「悲しい女の吹きだまり」「だから今日もひとり明日もひとり」「涙を捨てにくる」「真冬に裸足は冷たかろう」「大きな荷物は重たかろう」「なのに今日もひとり明日もひとり」「過去から逃げてくる」でも今お歌いになると言葉の意味やなんかがよくわかるでしょ?昔はわかってなかったなみたいな。
そうです。
やっぱり歌って本当に…大人になればなるほどすごくやっぱりわかりますね。
そうでしょ。
今の伺っててもね。
ええ。
今もうぴったりですもんね今お歌いになるのにね。
そうですね。
だから歌って本当奥が深くてやっぱり年齢重ねたほうがすごく心が出せるっていうかまた表現も違ってくるという…。
でもご主人もよく…50年前ですか?はい。
50年前よね。
50年前に今あなたが歌ったらいいだろうと思う曲をお作りになりましたよね考えてみると。
でも当時はメロディー先行で。
主人がたまたますごく作曲家として悩んでいた時期で。
ニューヨークに行ってる時に…景色を見ながら書いた曲なので。
そう。
えー。
それで主人と私のレコードディレクターの草野さんっていう方が同じディレクターの方で「チヨさんにぴったりの歌があるからこれ歌いなさい」って提供してくださったら…。
そうなの?そうなんです。
「ああ私こういうのが歌いたかった」…。
映画音楽みたいなのが歌いたくて。
よくあの…ソフィア・ローレンの『ひまわり』とか…。
マルチェロ・マストロヤンニと一緒にやった…。
ああいう映画音楽ものすごく高校生の頃から好きで。
だからああいう洋画の映画音楽のような歌を歌いたかったんです。
ちょうどよかったのね。
今ねお歌いになってね。
今のは新しくお入れになった…。
クラシックバージョンなんです。
ただあなたはこのところずっとご両親の介護が随分長かった?介護っていうあれじゃないんですけど。
父が亡くなって3年ぐらい経ったらね母がもうだいぶ高齢になってたんですね。
それでなるべくちょっとお仕事はオフにして…3年前から全部オフにして母のそばに少しでもいてあげたい…。
そうですよね。
一番最後の最後はもうハワイにいる時に…ハワイが大好きで両親が。
それで私が車椅子一生懸命押して…。
その明くる年の…去年ですね。
4月に亡くなったんですけど亡くなった時にああ精いっぱい車椅子を押して…私なりにね一生懸命…。
そうよね。
あれだけ忙しかったあなたがねそれやめて…。
でも随分ご長命で…お父様は98歳でお亡くなりになったんですってね。
ハワイから帰ってきて1週間目にバタバタっと肺炎で…。
お母様も97歳で…。
そうです。
去年亡くなったっていうんですから随分あなたはやれるだけやった…。
でもやっぱり泣いちゃうやっぱり…。
まだまだやっぱり…親っていう…。
私本当に思ったんですけどよく母が口癖のように「私も寝たきりになったらねもうつまんないから死んだほうがましだわ」なんて言ってたんですよく母が。
でもとんでもないですね。
寝てていてもいいからいてほしかったっていうのが正直です。
そうですね親ってね。
最後の最後まで両親頭がしっかりしてたので会話してくれるじゃないですか。
そうですね相談事とかね報告とか色々ね。
だからやっぱりね寝たきりであろうが何であろうがいてほしいです1日でも。
そうですね。
でもまあそれだけおやりになったんだと思いますけど。
随分…さっきのお写真にもありますけどハワイにもいらしたり自由にあちこち出かけたり…。
でも一緒にね母が遊んでくれたんですよ。
私親孝行なんてほんのちょっとしかしてないんですけど…自分で親孝行って言うのおかしいですけれども。
結局私が幸せだったんです。
させてもらって。
でもあなたのご主人もお優しい方なんで「あなたが好きなようにしなさい」って仰ってくだすったんですってね。
ですからそうやって主人が毎年冬と夏1カ月間ハワイに親のために出してくれたので本当に主人に感謝しているのとそれから母がいつも主人に「浜ちゃんごめんね」「いつも智代ちゃん長い間借りてごめんね」って言って…。
そう。
でもあちらのまたご両親…お母様なんか特にご長命なのね。
はい。
百何歳とかって。
主人のほうは102歳で去年やっぱり…。
そう…。
亡くなったんですけど。
だから母と主人の母は同じ年…4月と6月なんです。
そうなの…。
一周忌なんです今年ね。
でもまあ随分…お母様はね97歳98歳?ぎりぎりまで…ぎりぎりまでやっぱり一生懸命自分で…子供に迷惑かけたくないかけたくないって自分で…一人でお風呂入ったり全部自分でやってた人ですから…。
あちらも102歳っていうことですから子供としてはそれだけ有名で忙しかったにしてもやれるだけのことはおやりになったんだってきっとね思っています。
はい。
さて『徹子の部屋』においでいただいたのはご結婚なさって6年目の時にこちらにおいでくだすったんですよ。
ちょっと初めての…ちょっとご覧ください。
「ご結婚なさって6年間はどんなふうにお過ごしだったんですか?」「なかなかあまり良妻になりきれず…」「じゃじゃ馬ですから」「そうですってね」「そうなんです」「でもご家庭の取り仕切りはやっていらした?」「重要なポイントは全部しましたね」「あとはなるべく甘えるようにしてなるべく手伝ってもらうことにしてるんです」「あっそう」「それで2人ともお酒が好きですからよく一緒に飲みに行ったり。
お仕事以外…とにかく遊ぶことを全部一緒になんですね」「いいですね」「亭主関白っていう言葉がとても嫌いな人なんです」「ですからすごく私にはもう…向いてますね」「そう。
何もかも一緒にしていらっしゃれば色んなことをお互いにわかり合って随分…食べることから何から随分いいわけね」「そうですね。
おいしいものを食べるのも好きですし」「あとやはり結婚してそしてどこでも連れていってくれるもので」「やはりいい意味でね社会勉強が随分できました」「またご主人が手のかからない方でいらっしゃるんですって?」「まるでかからないです」「ですから…やはり独身生活が長かったこととそれからそういうことが全然苦にならないんですね」「お掃除とか何かにつけても自分が率先してやってくれたり…」「お料理も作るの好きなんですよ」「いいわね」「だから私は本当に旦那さん…旦那様に恵まれてますね」恥ずかしい。
メーキャップがご自分だったから変な顔とか仰ってたんだけど可愛いです…。
恥ずかしいです。
いまだに主人お料理上手なんですよ。
そうなの?でもねやっぱり…お料理上手だと助かりますね。
そりゃいいですよね。
そりゃそうよ。
楽ですよ。
でねプロ並みに上手なんですよ。
そう。
どうしてそんなにお上手になったんでしょうね?やっぱり…主人に聞いたらものを作る人間はやっぱり発想がね面白いから…。
なるほど。
だから楽しいって…。
これとこれとこういうふうにしたらこんなになるんじゃないかとか色んなふうに…。
だからよくテレビでお料理番組見てるんですよ。
私じゃなく主人が。
でもあなたは小さい時のお洋服やなんか全部お母様が作ってくださったお洋服着ていらっしゃるからいつも可愛いお洋服着ていらっしゃるんですけど…。
うち5人兄弟だったんですけどね母はね全部手作りなんですよ。
可愛い可愛い本当に可愛いわね。
このコートも全部手作りなんですよ。
あっそう。
ええ。
本当にねあなた可愛いの。
いやいやちっちゃい…ガリガリですねやっぱりちっちゃい頃から。
でもね可愛い。
お人形さんみたいなの。
お母様と。
可愛い。
このコートも全部手作りです。
お母様ね手作り。
「既製品買って」って言うんですけど「作ってあげる」って…。
「ちょっと待ってなさい。
すぐ作るから」ってすぐあなたが見ていらしたものをすぐ作ってくださるんですってね。
5人とも作ってくれる…。
生意気っぽい。
これなんかお出になったの?これも母の手作りなんです。
すごい。
これはね小学校4年生か3年生ぐらいなんですけど大阪にいたんですけれど姉の知り合いがハガキ出しちゃって私嫌々歌いに行ったんです。
でも当時としてはすごいしゃれたお洋服ですよねこれね。
母の手作りなんですよ。
みんなこういうのいいなと思うけど手に入らないようなお洋服ですものね。
でも変わってますね。
でも可愛いじゃない。
下からペチコート見えててねおリボンが付いてて。
でもまあ歌上手だったのねきっとね。
いや上手じゃないんですけどねやっぱり当時子供の頃って結構体が弱い子供だったんですね。
母がプロの歌い手にさせるつもりじゃなく元気になればっていうことで「バレエか歌どっちか習わせてあげる」って言ってくれて。
それで私が「歌がいい」って言って。
長女がやっぱり音楽大学行っていてクラシックやってたんですね。
その影響で私がちっちゃい頃から長女がピアノ弾いたり「アアー」って歌ってるのでつい私も「歌がいい」って。
あっそう。
でもあなたの旦那様はあなたのことをね考える時にねあなたは可愛い可愛いってお家で育てられてその可愛いまんまずっと大人になってるんだって思うからとてもその大切に育った人を一緒にいてそんなふうに育ってきた人を…なんていうの?可愛がって一緒にいようと思ってらっしゃるっていうふうに仰っていらっしゃるそうですけど。
やっぱり私体弱いのもあってすごく親が大切に大事に育ててくれたのでそれを主人知ってるので。
そう…。
また主人も苦労した人なのですごい優しい人なんですね。
そうなんですって。
ご主人もなんか今でもヒット曲作れるだけの大変なご苦労を若い時随分たくさんなすったんですってね。
はい。
でもあれなんでしょ?2人でデュエット…ご主人と。
そうなんです。
照れくさいんですけど。
ちょっとウェスタン調の…。
『SWEETHOME』っていう。
はい。
これ。
「HOMESWEETHOME」「PLEASEPLEASESMILEFORME」奇麗ね。
「REMEMBERYOU」主人がハモって。
ねえ。
「何故か恋し故郷」「ILOVEMYHOMETOWN」やっぱり恋しい自分の故郷にやっぱり帰りたいと…。
温かい内容の歌なんですね。
ねえ。
随分いいですよね。
そうですか。
ありがとうございます。
はやるといいですよね。
ご主人と2人で…。
これねご主人ね今の写真なんですってねこれ。
そう…はい。
随分だけど若くない?若くないですよ。
皆さんそう仰るんですけどやっぱり以前は…本当に4年近く前はお酒が強かったもので。
どうしてもお酒が多いと顔がやっぱり真ん丸くなっちゃうんですね。
ちょっと膨れる。
もうずっとお酒もたばこもやめてますし日々ウォーキングですからゴルフと。
だから…お顔もう一回見せていただいていいですか?まあ本当にねお若いと思いますよ。
ものを作る人は精神的にも絶対老けちゃいけないっていうことをすごく頭に持ってる人なんですよ。
でも本当にこんな浮き沈みも多い…またなんていうの?色々なことがある芸能界でこんな40年間ご主人も優しくてお仕事も両方ともうまくいって。
それでずっと…。
ありがとうございます。
こうやってこられたのってラッキー。
うーん…ラッキーですけれどやっぱり主人だって苦しい時いっぱいありましたし。
お仕事ってそうですよね。
いいことばかりないですよね。
そういう時にやっぱり助け合ったりとか…。
ヒット曲がないとかね色んなこともあったかもしれないし。
それとかやっぱり最終的にはこれに尽きるかな…?やっぱりお互いの感謝の気持ち。
私両親にも本当に「ありがとう」って言いました。
そう。
偉い。
やっぱりそういう気持ちを別に出さなくても持ってないとうまくいかないですね。
『ベストテン』の前に私が『火曜歌謡ビッグマッチ』って火曜日にやる歌謡曲のヒット曲をお持ちの方の…司会してたんですけどその時あなたお出になっててね。
はい。
お世話になってます。
でもすごいですよね。
どうして?だって長年そうしてやっていらして全然お変わりないんですもの。
いえいえ。
本当に今日ね秘けつをこちら側がお聞きしたいなと思って。
「どうなっちゃったのかしら?徹子さん」なんてさっき控え室で言ってたんです。
テレビで映ってるのはねわかりませんもんね。
でもお忙しいのにすごいです。
でもちゃんとやっぱりね仕事を続けていくためにはそのぐらいしないと…。
だからお奇麗なんですね。
いえいえありがとうございます。
ご主人様にもよろしく…。
ありがとうございます。
お食事も作ってくださっていい旦那様ですね。
泣いちゃう。
本当ありがとうございました。
ありがとうございます。
どうぞご覧ください。
2015/08/06(木) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋 奥村チヨ[字]
〜夫との運命的な出会いと秘蔵写真!〜奥村チヨさんが今日のゲストです。
詳細情報
◇ゲスト
芸能生活50年、歌手・奥村チヨさんがゲスト。スタジオでは大ヒット曲『恋の奴隷』の懐かしい映像も紹介!
◇番組内容
『恋の奴隷』の大ヒットで一躍人気歌手の仲間入りをした奥村さん。当時は寝る時間もない忙しさ…深夜までの収録や早朝のテレビ出演、劇場での1日3回公演など過酷な毎日だったと語る。そんな中、夫の浜圭介さんと初めて出会った時は、代表作『終着駅』の作曲家と歌手という関係。浜さんの熱烈なるアプローチがあり1974年に結婚。熟年夫婦になった2人の関係は結婚前から現在まで変わらず、夫の優しさは日に日に増しているという。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
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