70年前の8月6日も晴れた朝でした。
澄み切った青い空に火のかたまりが出現し巨大なきのこ雲となって上空を覆いました。
アメリカが投下した原子爆弾が広島の上空でさく裂しました。
ここ広島・平和公園は爆心地のすぐそばにあります。
被爆の前までは広島で一番の繁華街でした。
この場所で原爆犠牲者を追悼する平和記念式典がこれから行われることになっています。
おはようございます、佐古忠彦ですRCCの吉田幸です。
放送席にはゲストをお迎えしています。
地元の新聞記者として、長年原爆の問題に携わり、広島市長も務めた平岡敬さんです。
おはようございます、よろしくお願いいたします。
今、平和記念式典では、原爆慰霊碑に原爆死没者名簿が奉納されます。
名簿には、この1年に亡くなられた被爆者5359人の名前が新たに書き加えられました。
これで死没者名簿には、29万7684人の名前が記されたことになります。
平岡さん、まさにご覧いただいているこの模様ですけれども、原爆投下から70年がたってもなおなおこの名簿に名前が加えられ続けている、これが意味すること、何なんでしょうか?この名簿に記載されている人たちは、原爆によって殺された人なんですね、私はそういう具合に思っています。
自然に死んだ、あるいは寿命が来たということではなくてやはり原爆によって殺された人、そういう認識を持って見る必要があると思います。
原爆というのは、人を殺す兵器なんですね。
ですから、放射線によって70年間殺され続けてきたと言ってもいいと思います。
これはやはり緩慢なる殺人と言えるんじゃないでしょうか。
今、奉納が行われた、今、安倍総理の姿が映っています。
この後、安倍総理も挨拶することになっていますが、今、奉納があった場所には死没者名簿が納められているその場所に「安らかに眠ってください、過ちは繰返しませぬから」と刻まれていますよね。
この一文をめぐってはこれまでも様々な議論が起きたんですけれども、平岡さん、この部分についてどうお感じになりますか。
碑文は実は、私の恩師である方がつくられたんですが、結局、この碑文によって米国の原爆投下責任がぼかされてしまったということが言える、あるいは隠されてしまったといいますか。
米国政府は今でも原爆攻撃は正当であったという立場を変えていません。
和たちはそうじゃない、戦争が終わっても人を殺し続ける非人道的兵器だと言っているんですが、もしアメリカの言い分が正しいとすれば、今後、地球上のどこかで核兵器が使われる可能性がある、論理的に考えてそうなるわけですね。
ですから私は、アメリカの言い分を否定しなくてはいけない、それにはやはりアメリカの原爆投下は間違っていたんだ、そのことを言うべきだろうと思います。
外交行為として謝罪するのは難しいですから、アメリカはあの作戦は間違っていたと言えば、死者たちは、安らかに眠れるんじゃないだろうか。
安らかに眠って下さいと言っていますけれども、その責任をあいまいにしたままでは死者たちは安らかに眠れないと思います。
過ちを繰り返さない、主語は一体誰なのか、そこをもっと追及すべきだという平岡さんのお話です。
70年前に投下されて今なお人々を苦しめ続けているのがこの広島の原子爆弾です。
改めて広島に落とされた原子爆弾とは一体どういうものだったのか、まとめてあります。
ご覧いただきます。
現在、平和公園になっているこの場所はかつて映画館や商店、住宅などが建ち並んでいました。
有数の繁華街だったこの地区にかかる橋が原子爆弾の投下目標とされました。
1945年8月6日午前8時15分、アメリカ軍のB29爆撃機エノラ・ゲイが広島市の上空9400mから原子爆弾を投下。
地上およそ600mの高さでさく裂しました。
爆発の瞬間、爆心の温度は100万度にも達し高温の熱線と放射線が発せられました。
直後に襲った爆風で、爆心地から2kmほどの範囲にある建物はほぼ全壊。
至るところで火災が多発し、市街地は一面の焼け野原となりました。
その年の末までに14万人が犠牲となり、生き残った人も、放射線による障害に苦しめられ続けることとなりました。
今もお伝えした放射線による障害に苦しめられ続ける、これまでもそうですけれども、平岡さん、この後もまたずっと健康被害を引き起こすということを考えれば、この非人道性というのは、本当に極まりがないですね?こういうものを人間が使ったということが許されない。
だからこそ、今、世界でこの非人道兵器をなくしていこうじゃないかという動きなんですね。
私は日本がそういう体験をした以上、この廃絶の先頭に立ってほしい。
それがどうも先頭に立っていない、逆にブレーキをかけているようなところがあります。
一方で核の傘の下にいるということとの矛盾もありますよね?そういう矛盾の中で広島が引き裂かれたといいますか、平和を訴える心と、一方で現実に核の傘に覆われている、そのことはやっぱり世界に出ていった場合に、必ず海外で指摘されるんですね。
あなた方は核の傘に守られているんだ、それで核兵器廃絶を訴えるのは一体どういうことかと。
私も何度も言われました。
さて、平和公園にあります原爆ドーム、原爆の脅威を示す象徴的な存在ですけれども現在の原爆ドーム、かつては産業奨励館と言っていましたが、そこで働いていた当時19歳の女性の証言です。
原爆投下当時には国の出先機関や会社事務所が入っていました。
ここで働いていた女性を取材しました。
ここらが、私は角の方に机があったんです。
三原君江さん89歳。
70年前、現在の原爆ドーム、産業奨励館で働いていました。
1915年に建てられた産業奨励館は一部鉄骨を使ったレンガづくりのヨーロッパ風建築で、名所の1つに数えられました。
ところが、1945年8月6日の原爆投下。
建物の中にいた人たちは全員、即死したとされています。
遅れて出勤中だった三原さんは広島駅で被爆し、重傷を負いましたが、一命はとりとめました。
原爆ドームをめぐっては、原爆の惨禍の証人として保存する、また惨事を思い出したくないので取り壊すという2つの意見が対立しまして、論争が起きましたが、被爆から20年あまりがたって永久保存が決まりました。
三原さんはいずれ必ずやってくる被爆者のいない時代に原爆ドームが平和の思いを発信し続けてくれることを願っています。
この原爆ドームは、平岡さんが市長でいらっしゃったときに世界遺産化をされて、そのとおりになったということなんですが、この世界遺産として認められたことの意義、原爆の痕跡が語ることの意味というのはどういうことになるんでしょうか?人類の歴史には光と影の部分があります。
光輝く部分というのは、人類にとって誇りなんですが、やはり陰の部分の歴史をあわせて見るということが人類の未来にとって大事だと思います。
影の部分を象徴するのがやはり原爆ドームですね。
世界には人類の負の遺産が、アウシュビッツだとか、あるいは奴隷売買の遺跡だとかそうした負の遺産があります。
しかしながら、原爆ドームは大量に無差別殺人をした、そうした兵器を使った証拠なんですね。
これを遺跡なんです、このような負の遺産を人類の遺産として残していくということは、悲劇を永遠に記憶していこうという意思の表れだと思います。
まさにこれから物が語る時代に入っていく中で非常に意義のある世界遺産ではなかったかという気がいたします。
広島から平和記念式典を生中継でお送りしていますが間もなく原爆投下時刻の8時15分を迎えることになります。
どう盛り込まれているのか、間もなくその時が近づこうとしています。
広島から被爆70年の平和記念式典の模様をお伝えしています。
放送席には、新聞記者として長く原爆問題を取材し、広島市長も務めた平岡敬さんをお迎えしています。
平和記念式典の中で、この後、広島市長による平和宣言があるわけですけれども一番、平岡さんが心を砕いていたことはどういうことですか?どう言えば広島の思いが伝わるかということだと思うんですね。
間もなくアメリカが原爆を投下した8時15分になります。
平和の鐘が鳴らされ、1分間の黙とうを捧げます。
間もなく8時15分になります。
鐘を合図に原爆死没者の冥福と平和を祈り、1分間の黙とうを捧げます。
皆様、ご起立願います。
黙とう。
広島の平和公園では1分間の黙とうが終わりました。
この後、広島市の松井一実市長がこの被爆地から世界に向けて平和宣言を発表します。
平和宣言。
松井広島市長による平和宣言でした。
平岡さん、この平和宣言の中で安保法案には全く触れなかったわけですよね?そうですね、私はちょっと物足りないと思いますね。
ただ武力によらない、依存しない安全保障の仕組みを考えるということを平和宣言で言われたわけですから、もっと具体的に、核によらないと、この辺がもう少しはっきり言ってほしかったなと。
それは、日本の平和憲法をしっかり守っていくということを言っているわけですから、これと現在の政治のあり方と、この辺の矛盾をどういう具合にこれから詰めていくかが問題だと思います。
続いては、こども代表による平和への誓いに移ります。
こども代表は、広島市立白島小学校6年の桑原悠露君と矢野南小学校6年の細川友花さんです。
子ども代表、小学6年生の2人による平和への誓いでした。
この後は安倍総理の挨拶になるわけですけれども、平岡さん、6月の沖縄の慰霊の日では沖縄の会場でヤジを浴びせられるという場面もありましたけれども、今、安保法制をめぐって被爆地を包む空気というのは安倍政権に対してどういうものなんでしょうか?そういう大きな声はこの会場では出ていませんけれども、ここへ集まってきた人たちは平和を願う人たちですね。
やっぱり安倍総理はそれを謙虚に受け止めてほしい。
だから、反対の声だとか、ヤジが飛ばなくても、平和公園に満ちている市民の平和の気持ち、心をきちっと受け止めてほしいなと思います。
それでは、この被爆地で何を語るのか、安倍総理の挨拶です。
安倍総理の挨拶でした。
平岡さん、今、安倍総理の挨拶の中で現実的で実践的な取り組みを着実に積み重ねていくという言葉がありました。
現実的の意味というのは?核の傘からの離脱を私たちは願っているんですが、そのことが非現実的なことだということでしょうね。
かなりヤジが出てきましたね。
実は今、総理の挨拶が始まる前から帰れとか、戦争法案は廃止だとかいうようなかなりヤジが飛んでいるんですよね。
やはり国民の8割が反対をしている、そして、被爆者団体も反対をしているという声がこういうヤジになって出てきたんだと思いますね。
かつてないことですよね。
被爆から70年が経つわけですけれども今、私たちが問われていることは何でしょうか?まさしく今の日本の政治が、私は非常に悪化していると思いますね。
例えば、若い人たちが戦争に行きたくないと言えばそれは利己的だと発言する政治家がいたり、あるいは昨日、中谷防衛大臣が核ミサイル運搬も可能であると発言する、平和を脅かすような発言も続いている。
そういう政治に対して、安倍さんがきちんと言わなきゃいけない。
言葉だけの上滑りだという気がしますね。
2015/08/06(木) 08:00〜08:40
MBS毎日放送
千の証言 2015広島・平和記念式典中継 〜記憶の継承[字]
被爆から70年。原爆死没者の霊を慰め、恒久平和の実現を祈念する式典の模様を生中継で伝える。ゲストに核兵器の非人道性に関する議論のきっかけを作った平岡元広島市長。
詳細情報
番組内容
被爆から70年を迎える広島で、原爆死没者の霊を慰め、恒久平和の実現を祈念する広島平和記念式典が行われる。原爆が投下された8時15分の1分間の黙祷、広島市長の「平和宣言」、こども代表による「平和への誓い」などを中心に生中継で式典の模様を伝える。ゲストに核兵器の非人道性に関する国際的議論のきっかけを作った元広島市長の平岡敬氏を迎える。
出演者
★キャスター
佐古忠彦
吉田幸
★ゲスト
平岡敬/元広島市長
おことわり
番組の内容と放送時間は変更になる可能性があります。
ジャンル :
ニュース/報道 – 報道特番
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 政治・国会
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