クローズアップ現代▽ヒバクシャの声が届かない〜被爆70年“語りの現場”で何が 2015.08.06


70年前の8月6日。
原爆がこのほぼ真上でさく裂しました。
爆風、そして熱線のすさまじさを原爆ドームは今も静かに語り続けています。
原爆投下直後の広島市内は全身やけどを負った人々が逃げ惑い、助けを求めてさまよう被爆者の方のことばを借りれば忘れたくても忘れられない凄惨な光景だった。
その年だけで14万人もの方の命が奪われたとされています。
壮絶な体験が記憶に刻まれ被爆による病気、偏見などにも苦しめられてきた被爆者の平均年齢はことし初めて80歳を超えました。
原爆の体験、そして戦後どのような思いで生きてきたのかを証言する人が次第に減ってきているわけです。
かつて、この平和公園には自分たちの体験を語る人々があちらこちらに見られたということですが最近ではその姿が少なくなってきています。
今、原爆資料館には長年、肉親の形見として大切に持ってきた遺品や写真を寄贈する人たちが後を絶ちません。
また、これまで決して体験を語ることのなかった被爆者が語り部として活動を始めるケースも出てきています。
一つ一つの遺品の背景にある被爆者一人一人の体験。
遺品やこの原爆ドームは残っていきますけれども被爆者の体験や思いは、次第に忘れ去られていくのではないか。
どうやって記憶を語り継いでいくのか。
被爆者の証言に頼った伝承は岐路に立っています。
次の世代への伝承が大きな課題となる中で今、自分が語らなければ伝わっていかないと焦りを覚える被爆者が少なくありません。
しかし、語りの場では皮肉にも話を聞いてほしいと要望しても受け入れられない自分たちの証言が求められていない。
あるいは証言の内容そのものが制限されたというケースが出てきています。
語りの現場で何が起きているのかその実態からご覧ください。

広島で被爆した江種祐司さん、87歳です。
定年退職を機に、学校などで被爆体験を語ってきました。
20年近く前、子どもたちの前で語る江種さんです。

このころ、学校側も写真や映像などを使って子どもたちの理解を深めようとしていました。

皆さん、どうか終わりまで目をそらさないでください。

江種さんのもとには原爆の恐ろしさを知りましたという子どもたちの声が数多く寄せられていました。
しかし今、語る機会が減っています。
最も多い年に100件近くあった依頼は半減。
今年度はまだ15件ほどです。

被爆者のほうから働きかけても受け入れられない実態があることも分かってきました。
東京・八王子市の被爆者団体です。
7年前から市内108の小中学校すべてに話を聞いてほしいと要望してきましたが応じる学校は、毎年10校前後にとどまっています。
ことし、要望に応じなかった八王子市内の小学校です。
6年前を最後に一度も被爆者を招いていません。
被爆者を招くかどうかの判断は教師が校長と相談して決めています。
6年生の担任黒岩明生さん、32歳です。
子どもたちに戦争について考える機会を与えたいと思ってきました。
去年の夏、黒岩さんは初めて広島の原爆資料館を訪れます。
子どものころ、学校で被爆者の話を聞く機会がなかった黒岩さん。
被爆直後の生々しい被害を目の当たりにし衝撃を受けました。
さらに地元の被爆者たちが語る内容を知り子どもたちが受け入れるのは難しいと考えました。

結局、黒岩さんが授業で子どもたちに見せたのは被爆した服や弁当箱などの写真のみ。
被爆者を招くことはしませんでした。
さらに被爆者が語る内容を制限する事態が起きていたことも分かりました。
長崎県島原市にある中学校。
校長の本田道隆さんです。
去年7月79歳の被爆者を招き1時間の予定で全校生徒に話してもらいました。
被爆者は、焼け野原に多くの遺体が放置された様子など長崎の惨状を語っていきます。
そして最後にある話に言及しました。

この直後、本田さんが被爆者の話を遮りました。

話が途中で遮られたことをどう思うのか被爆者に聞きました。

本田さんは被爆者が思いをストレートに伝える語り方は今の学校には受け入れがたくなっているといいます。

原爆ドームの前から原爆資料館へと移動してまいりました。
ここでは模型や写真遺品などを通して原爆の悲惨さを世界に発信しています。
今夜のゲストはこの資料館の外部アドバイザーの一人でもいらっしゃいます九州大学准教授の直野章子さんです。
直野さんのおじい様が、原爆で亡くなられていらっしゃいます。
被爆者の方々証言の機会を求めていても要請が受け入れられていない。
だんだん、証言が求められていないのではないかというような気持ちも持ってらっしゃるようなんですけども現状、どう見てらっしゃいますか。
一つはそれほど悲観することはないと思うのですが平和学習といった場合にかつては広島と長崎の被爆体験を聞くということがあったと思うんですけれども近年では例えば沖縄戦の被害を聞くとかもしくは環境問題、開発問題といった一種の多様化によって被爆体験を聞くという学習の場が減っているというのはあると思います。
ただ一方で生々しい証言を子どもたちがきちっと受け止められないんではないかそんなことを恐れて教師の方が要請しなかったということもありますよね。
そうですね。
悲惨な写真を見せるといったようなことは長い間、かつてからされてきてることなんですけれどもかつては、自分の家族や地域もしくは先生が戦争体験者であったということによって単に悲惨な写真を見てそれで終わりということはなかったのですが今ではそういったフォローする体制がなかなか取りにくいということがあると思います。

若干、自由な空気が失われてきているんではないかというふうな思いもことばとしてありましたけれどもこうした被爆者の方々の語りというものが全体として受け入れにくい素地っていうのが出てきてるんでしょうか。
そうですね。
被爆者の話というのは原爆の惨状非常に悲惨なことでありそして最後には核兵器廃絶と平和の大切さを訴えるというある種の定型化した語りであるかのように受け止めてる風潮があると思うんですね。
そうした定型化したイメージによって被爆者の体験はもう聞かなくてもいいのではないかという考えが一方であると思います。
なぜそういうふうに定型化した意味合いを持つものとして受け止められるようになってしまったんですか?
それは端的に言いますと戦後日本社会の中で平和主義のシンボルとして憲法と並んで、被爆者の存在が掲げられてきたということにあると思います。
でも実際はどうなんですか?子どもたちが耳を傾けてきちっと受け止められる話というのは被爆者の方々には本当は伝えられる力があるんではないかと思うんですけれども。
決してそういった定型化した語りで言い尽くされるものではありません。
例えば自分のお兄さんがお兄さんの子どもの遺体に火をつけることができなかったから代わって自分がおいっ子の遺体に火をつけたと号泣しながら話してくれたおじいさんがいましたしまた同級生がほとんど全滅した中生き残った中学生の方は生き残ったことが後ろめたくてその後ろめたさを背負いながら生きたんですけれどもでもその後ろめたさと向き合って同級生たちの慰霊祭を執り行うようになったりということもあります。

そして子どもたちがやはりその心に届くような話もあるわけですけれども被爆者の方々からすると戸惑うような状況が生まれている。
今、どんな気持ちで語り部として活動されてきたのか。
多くの被爆者の方々の話に耳を傾けてこられて語る側の思いというのをどう受け止めていらっしゃいますか?
被爆者の多くの方は語らずして亡くなっていってると思います。
本当は忘れてしまいたい思い出したくない記憶ですので。
でもそれとあえて向き合って語ってきたのは一つには二度と誰にも自分たちと同じような目に遭ってほしくないということです。
そしてもう一つは語ることができない死者たちに成り代わって自分たちが死者の思いを伝えなければいけないというそういう思いを胸に語ってこられたと思います。
多くの語らずにして亡くなった方々を背負っているというそういうお気持ちですか?
はい。
そういったお気持ちの中で例えば話が遮られてしまうそういうことが起きてしまうとやっぱり相当苦しい思いをされますでしょうね。
被爆証言というのはやはり聞き手と語り手の共同作業だと思います。
被爆者もつらい体験を語ることによって少しだけ重荷から解放されるという面がありますがそれが受け止めてもらえなかった場合かえって疎外感が強まったり傷ついたりということになると思います。
決して一人でその語りを作り上げてるわけではいらっしゃらない?
そうですね。
共同作業と。
その被爆者の証言に頼った伝承に今、限界がじわじわと見えてきた中で新たな伝え方を模索する動きも出てきました。

直接、子どもたちに語るやり方を変えようとしている被爆者がいます。
長崎市の森口貢さん、78歳。
きっかけは去年5月に起きたある出来事でした。

修学旅行で訪れた横浜の中学生に被爆体験を語っていたとき一部の生徒から暴言を浴びせられたのです。

当初は子どもたちの態度に憤っていた森口さん。
次第に自分が原爆の悲惨さを分かってもらおうと一方的に話していたことに気がつきました。

森口さんは被爆体験を若い教師に伝える試みを行っています。

教師たちが大切だと思ったことを選んで子どもたちに伝えてほしいと訴えました。

被爆者から体験や思いを託された人たちの模索も始まっています。
山本美弥子さん、50歳です。
広島市が始めた被爆体験伝承者事業。
被爆体験のない人が4月から語り部として活動を始めています。
山本さんもその一人です。
3年間かけて、被爆者から体験や思いを聞き受け継いできました。
話を聞いたのは12歳で被爆した笠岡貞江さん。
両親を原爆で失いました。
当初、山本さんは笠岡さんと家族の体験を忠実に語ることが役割だと考え聞いた話を正確に原稿にしていました。
しかし、笠岡さんの家族の体験を身近に感じられないという感想が寄せられました。

迫力やイメージに浮かぶものが少なかった。
機械的な話し方のように聞こえた。

そこで山本さんが考えたのは笠岡さんたちの体験を身近に感じてもらう工夫でした。
その一つが父親が亡くなった場面。
自分が感じた思いを盛り込んで原稿を書き直しました。

中学生の笠岡さんや小学生の弟さん行方不明の妻を残して亡くなっていったお父さんの無念さを思うと私はとても胸が締めつけられます。

おはようございます。

この日、山本さんは小学6年生の前で語りました。

世代の離れた子どもたちにどうやってその記憶を伝えていくのか。
今のリポートにあった森口さんは自分は一方的に子どもたちに伝えていたのではないか。
その反省から、やり方を変えて若い教師の方にまず伝えようという取り組みをされていらっしゃいましたけどもそれはどうご覧になられましたか?
とてもよい取り組みだと思います。
森口さんご自身が押しつけがましかったのではないかとおっしゃってましたけれどもどうしても死者の思いを背負っているということとあと今、戦争に近づいているのではないかという懸念から、被爆者としてはやや力が入ることになってしまうと思うのですがそれが直接、子どもにはなかなか伝わりにくい。
そこで子どもに日常的に接して子どもから信頼されている先生に伝えることで先生が子どもたちと語り合うこともできますし子どもたちの質問に答えることもできますので、そういった意味でとてもいい機会を作っていると思います。

自分自身で原爆の体験をされてきた方その証言がだんだん聞かれなくなる時代が近づいてきた中で本当にその当事者に代わってその伝承者が伝えることで伝わるのだろうか。
多くの被爆者の方々の話に耳を傾けてこられて直野さんの記憶に本当に刻み込まれた被爆者の話どんなものがありますか?
そうですね。
いろいろありますけれども当時、女学校3年生だった方が自分一人の手で両親の遺体を焼いたという話をしてくれたことがありました。
14歳の女の子が、どんな思いで親の遺体を焼いたのか。
その方は戦後どう生きたのかについてはほとんど語ってくださいませんでしたけれども親を亡くした中そうした体験をしてどう生きてきたのかそのことを想像するだけでも本当に胸が痛くなりました。

そうした忘れられない話をたくさんお聞きになってこられてでは、その研修などを受けて伝承者として見いだされる方々が今のリポートにもありましたけど出てきましたけれども、本当にこの記憶を伝えていけるのか被爆者に代わって伝わるのかその難しさっていうのをどう感じてらっしゃいますか?
もちろん私たちが被爆者に成り代わって語ることはできませんし、被爆者もそれは望んでいないと思います。
でも同時に、先ほども被爆証言は、話す人と聞く人の共同作業だということを申し上げましたが聞く側として何を受け止めたのか。
そのことは、ほかの人に伝えることができると思います。
また被爆者は、自分で自分を解説することはできませんがこの人たちがこうやって話をしてくれるのは当たり前のことではない。
語るには、本当に多くの困難や苦難を乗り越えて、ようやく語ることができるようになった。
例えば定型化した語りといってもそういう語りでないと語れない。
核心の部分は公の場で語ったら、それこそ泣き崩れてしまうかもしれない。
そういったことを被爆者に代わって説明することができるのはまさに私たちだと思います。
むしろ踏み込んで話せない被爆者の思いをそれを受け止めてもっと踏み込んだ伝え手にもしかしてなれるかもしれないということですか。
そうですね。
原爆から70年たってどうやって被爆、原爆の記憶を伝えていくのか。
これから最も大事になってくるものはなんでしょうか。
やはり記憶していく意思だと思います。
記憶への意思が失われないかぎりは、被爆体験が消え去ってしまうことはないと思います。
それを記憶していこうという受け手側の意思が大事だと。
はい。
きょうはどうもありがとうございました。
ありがとうございました。
きょうはこの原爆資料館から九州大学准教授の直野章子さんと共にお伝えしてまいりました。
これで失礼いたします。
2015/08/06(木) 01:00〜01:26
NHK総合1・神戸
クローズアップ現代▽ヒバクシャの声が届かない〜被爆70年“語りの現場”で何が[字][再]

被爆から70年の広島。平和の尊さを伝える役割を果たしてきた被爆者が「語り継ぎたいのに語れない」事態が起きている。平和を伝える場で何が起きているのか、見つめる。

詳細情報
番組内容
【ゲスト】九州大学准教授…直野章子,【キャスター】国谷裕子
出演者
【ゲスト】九州大学准教授…直野章子,【キャスター】国谷裕子

ジャンル :
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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