思いつくままに、少しお店の思い出を書いてみる。
まとまりは全然ない。
本当に思いつくままだ。
店を開いたことで、経験できたことが本当に沢山ある。
お客様からお金(現金)を頂戴するということもそうだ。
この経験はなかなか貴重だと思う。
自営の道の醍醐味だね。
ありがたいことです。
本当に沢山の人が店に出入りした。
一人で来る人、大人数で来る人、昼に来る人、夜に来る人。
私に会いに来る人、弾き語り(ライブ)をしに来る人、普通に喫茶店として利用しに来る人。
基本的に音楽の店としてやっていたので、音楽好きな人が集まってきたのは事実。
ライブができるという広告をしてからは、弾き語りをする音楽人間が集まった。
でも、別に音楽に興味がなくても、店が気に入り、私を気に入ってくれて通ってくれた人が多い。
ご婦人方を含め、お昼からビールやワインやウィスキーなどお酒を飲んでくれる人たちも沢山いた。
ボトルも入れてくれた。(キープしてくれた)
私もご馳走されたりしながら一緒にお酒を飲んで、リラックスしてやっていた。
2年間は店の基盤を作るのに一人で奔走した。
夜中まで、たとえお客さんが誰も来なくても、居眠りをしながらでもじっと耐えて待っていた。(笑)
一通りのチャレンジを経験し、色々なことを終えた頃、やっとサラが店に登場してくれた。
そして、彼女と色々と深い話(スピ話など)をするようになって、何かがはっきりと見えてきた。
原点に帰ろうと思えたのだと思う。
実際私は、既にライブハウスの方向には見切りをつけていた。
沢山のツアーミュージションからのライブ依頼の問い合わせも来るようにはなっていたが、私がしたいのはライブハウスではないということは既にはっきりしていた。
元々音楽をかける店のイメージはあったが、ライブハウスのイメージはなかったんだ。
全てのお客さんの心に寄り添うために始めた店だった。
店内は、洋楽・邦楽、フォーク、ロック、ジャズ、クラッシックなど、いつもできるだけお客さんの好みに合わせて選曲し音楽をかけていた。
お客さんには、素敵な音楽を聴きながら、本棚の本を手にしてもらって、それぞれにゆったりまったりしてほしい、そんな音楽喫茶&ブックカフェのイメージだったんだ。
実際、店が混んでいて私の手が回らない時には、私はみんなにかまってあげることはできないから、店内はごく普通の音楽喫茶・ブックカフェになっていた。
でも、普段は常連さんが一人二人と少しずつ来る、決していつも混み合っている店ではなかったし、店のスペースが決して広い空間ではなかったから、私がお声をかけなければお客さんが少し息苦しく、窮屈な感じに思えたんだ。
それで、手があく時には、お客さんが少ない特には、私はいつも自分からお客さんに声をかけて、色々とお話のお相手をしていた。
初めてのお客さんでも必ず私が話しかけるので、多分その会話が心地よい人だけが通ってくるという店だったと思う。
でも、みな繰り返し通ってくれた。
そして私は、リクエストに答えて、毎日のように弾き語りで歌も歌った。
お客さんたちも弾き語りのできる人は、みな私の店の小さなステージ(スペース・笑)で歌を歌った。
昼からお酒も飲めて、マスターが親切な対応で話を聞いてくれて、しまいにはマスターや色々な人の歌も聞ける。
実際、結構いけてるお店だっと思う。
老若男女一体となって、みな本当に喜び、楽しんでくれた。

マスターは、どんな話にも対応してくれる。
どんな話も聞いてくれて、優しい励ましをしてくれる。
マスターと会うと、いつも元気にしてもらえる。
マスターはとにかく誉めてくれる。
色々な状況も、困っていることも、嫌なことも、悩みも愚痴も、マスターは全部受け入れてくれる。
そして、マスターを慕って店に通ってくる常連さんが本当に多い。
そして、必ず知らない人(お客さん)は、マスターが紹介してくれて、仲を取り持ってくれる。
だから、世代を超えて、性別も職業も、学生だったり主婦だったりと様々な状況を超えて、店に来ると知り合いになれる。
そんな店だった。
私がそれを作っていたからだ。
私はそれをいつも真剣に、完璧にやっていた。
一人でしてる店だったから、5人6人と団体で来られるお客さんには、結構大変だった。
食事をされて、珈琲などそれぞれのお好みのドリンクを飲まれることがほとんどだったが、一通り落ち着くまでの時間は、私は戦争だった。
お客さんが帰られ、片付けや洗い物を終えるまでの仕事はそれなりにしんどかった。
またそういう流れの時は、次々とお客さんが入ってきて、あれよあれよという間に店が混み合ってしまう。
初めの頃は、夜は10人〜15人位の団体さんの貸切も結構やった。
それも、準備や終わってからの洗い物・後片付けや掃除等大変だった。
ライブのイベントも結構やった。
そんな風にして、一通りの経験をして、自分が何をしたいのかしたくないのかが明確になってきた。
まあ、右も左も分からない素人が始めた店だったから、仕方もないのだが。
そんな素人が店をやるなんてことは、そうそうないのだろう。(笑)

色々な思い出がある。
音楽人間とのつながりも沢山持てた。
手料理や果物・お菓子、ケーキやお酒、手作りの飾り物、雑誌・CD・文房具、洋服・お花など、いただいたものは本当に数知れない。
お代以上にお金を頂戴することもしばしばだった。
みな私にお布施をくれた。(笑)
本当に皆さんに親切にされた。
年配の皆さんにも可愛がっていただいた。
本当に素敵な、貴重な世界(人生)を経験させていただいた。
色々なことがあった。
でも、いつも全てを一人で対応・対処してきたし、全てをやり切った。
でも、結局川上へ登ろうとオールを必死に漕いでいた。
全てに100%やり切って見えてきた世界や、分かってきた自分の世界、満足した世界があったんだ。
そして、全てを終えることにした。
思い出は本当に無限だ。
サラがお店に登場してからは、彼女が全てに力を貸してくれた。
いつも私に寄り添ってくれた。
私が力尽きるまでね。
彼女がいたから店を畳むことができた。
思い出は本当に尽きない。
彼女は、私の全てを知っているし、私の店の真実を全て知っている。
本当に全ての思い出を共有してくれました。
掃除も、調理も、洗い物も、全てのお客さんの話相手もしてくれた。
買い物(仕入れ)もしてくれた。
そして、チラシを一人でもまきに行ってくれたし、私と一緒の時は駆け足をしながら死にもの狂いで必死にまいてもくれた。(笑)

今日は徒然に殴り書きをした。
もう過去のことで、全く昔のことなんだ。
でも、書かなければいけないこともあるのだろう。
まあ、供養みたいなもんですかね。
もっとしっかりとしたまとまった話ができるといいのだが、書くか書かないかは全く気分次第だし、今後のことは全く分からない。
今日はもう時間切れですね。
今日のところはこの辺で。
※追記
お店での注文された珈琲を、一杯一杯全てハンドドリップして手で淹れたこと、毎日の朝の清掃(掃除機・雑巾がけ等)をどんな時でも決して一度もさぼらなかったことは、当たり前なのだが、とりあえず店主としての私の徹底したこだわりであって、私の中ではお店(営業期間)においての満足感・充実感、そして一定の勝利の感覚となっています。