本作は昭和史研究の第一人者・半藤一利氏の同名ノンフィクションの映画化。太平洋戦争末期、連合国がポツダム宣言の受諾を迫る中、降伏か本土決戦か、陸軍大臣・阿南惟幾、昭和天皇、首相・鈴木貫太郎を中心に、それぞれの決断への苦悩とその舞台裏を描く。
トークイベントでは、鑑賞した両氏が作品の感想から、安倍政権が成立を目指す安保法制についてまで幅広いテーマが飛び出した。本記事では、前編として、終戦史についての二人の解説をお届けする。(後編はこちらから)(司会:BLOGOS編集部大谷広太、撮影:弘田充)
「昭和天皇」を描くということ
-本作は1967年に岡本喜八監督により一度映画化されていますが、昭和天皇は後ろ姿だけというような形で描かれていました。一方、今回は本木雅弘さん演じる昭和天皇が、終戦へ至る流れの中で自らの意思を示し、能動的に動いていたということで、かなり前面に描かれていたのが印象的でした。田原:やっぱり時間が経ったからね。まだ当時は天皇を描けない時代だったんですね。
小林:今までね、イッセー尾形(アレクサンダー・ソクーロフ監督『太陽』)とか、どこか滑稽に演じていて、何かが違うと感じていたんですよ。戦後生まれの人間が昭和天皇を見た時の違和感みたいなものを強調してしまうわけですよ。
-表面的な部分だけが強調されている、ということですか。
小林:そう。それをモッくんは、モノマネではなく自然なやり方で演じたわけですよね。気品が漂ってくる気がしました。
御簾の向こうにおられる方ですから、昔は描くこと自体が出来なかった。わしが『昭和天皇論』を描いた時、右側の人間から「漫画に描くとは不敬だ」と言われたんです。だから、堂々と描くことは、結構勇気のいることだったんですよ。
田原:小林さんだから聞くけど、昭和天皇をどう捉えていますか?
小林:わしはすごい方だなと思っていますよ。やっぱり、日本の歴史上、こういう決断を下さなければならない時に、よく事態を収めたもんだなと。
田原:『昭和天皇独白録』にも書かかれているけど、本当は戦争に反対だったわけですよね。でも結局、戦争を回避することは出来なかったわけね。
小林:アメリカと戦いたくなかったからこそ、東條英機を首相に選んだわけですよ。忠臣の東條英機だったら、軍部を抑えて、開戦を回避することが出来るんじゃないかと。
田原:”虎穴に入らずんば虎児を得ずだね”と言ってね。
小林:それでも開戦しなきゃいけなくなってしまった。だから、開戦直前の御前会議で、明治天皇の御製(和歌)を詠んだわけ。
田原:「よもの海 みなはらからと思ふ世に など波風のたちさわぐらむ」ね。
小林:世界中が平和であれば良いと思っているのに、なんで波風が立たなければいけないんだと言って、戦争になってしまうことを嘆きながら…という状態だったわけですよね。
何かというと、天皇を利用せざるを得なくなっちゃっている、そういうとんでもない時代に生まれ育ったわけですから。本当にご自身にとっては災難だったなという感覚もありますけどね。
しかも、戦争を終わらせる時に、「自分の身はどうなってもいい」という風におっしゃっているわけじゃないですか。
田原:ちょっと難しい話だけど、昭和天皇はなぜ戦争をやめようって言ったんだろう。
小林:天皇は国民のことを考えているわけですよ。国民がこれ以上犠牲になるのは忍びないと。食糧事情にしたって、「国民と同じ食べ物でいい」と言って、清貧に耐えているわけですよ。むしろ軍部のほうが旨いものを食っているという状態になっているわけですね(笑)。そこに軍部との感覚の違いが出るんですね。
田原:全く余計なことで申し訳ないんだけど、僕は敗戦の時点で、小学校5年生なんですが、戦争に負けたらね、急に隣の町に缶詰の配給がガンガン来たの。今まで軍にやっていたんだけど、軍が無くなったから。
小林:軍ががめてたんですね(笑)
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