礼節の基本は社会に生活したいと望む人間すべてが、おのれの天性に課さねばならない規則であり、大切なのは互譲の精神である。
要するに、身分や立場、年齢関係なく全ての人がお互いを一生懸命に考え、ある妥協点に歩み寄る仕組みが、すなわちマナーであると。
ここでビジネスマナーの話に戻ろう。ビジネスマナーとは何か。私がこれまで実践して考え、また周りを観察して得た結論は、ビジネスマナー=ルールということである。そもそもマナーが相手への自発的な心遣いであれば、決まり文句や形式、ロールプレイングなどがある時点で何かおかしい。ビジネスマナーができていないからといって、他人から失笑や叱咤、注意を受けなければならないのは何か変だ。それは既に他者への心遣いの強要である。つまり、ビジネスマナーはマナーではなく、ルールと考えた方が頷ける。ルールはマナーと違い、強制されて仕方なく行わなければならない。そしてルールは守ればよく、相手から見えない場所では配慮しなくても良いのである。もちろん、そんな場所はほぼない。社内外、1日に多くの人間に出会う。それを踏まえると、ひどく歪な型である。
ではその型、どれだけの方が守れているか。おそらく0に近いだろう。例えば挨拶。朝の「おはよう」。挨拶はビジネスマナーの基本らしいが、部署において私以外からの「おはよう」を4、5回 /(約37日x部署内人数)しか聞いたことがない。帰り際の挨拶は皆無だ。マナーと言いつつ、ルールでしかも毎日破られている。大事大事と言いつつ破られるルールに存在価値はあるのだろうか(いや、ない)。
日本のビジネスにおける心遣いは、本来の意味から外れて形式張ったルールに成り果てた歪な型だと私は思う。
参考
余談
※1.日本は名前詐欺の言葉がある。ビジネスマナーは社会ルール、奨学金は学資ローン。探せば名が体を表さない言葉は多くありそうだ。
※2.日本人って本当に型が好きだよね。しかし、良い型も多いが、悪癖な型(ビジネスマナーなど)も多そうだ。
※3.ビジネスマナーは明治時代からあったらしい(参照)。国が定めたとのことだが、それはマナーではなくルールだよね。