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国連パレスチナ難民救済事業機関保健局長 清田明宏
 
日本から見てアジア大陸の西の端、アジア大陸とアフリカ大陸が接するエジプトの北東部の地中海沿いに、ガザがあります。ガザは東西10キロ・南北40キロの帯状の地域で、面積にして東京23区の約半分、この狭い地域に180万の人が住んでいます。ガザは北部を地中海に接し、東部・南部をイスラエル、西部をエジプトに囲まれています。現在ガザは、幾度と起こった紛争、10年近いイスラエルによる経済封鎖・移動の制限により、経済状態が悪化し、外部との交流がままならない非常に厳しい状況にあります。
 
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2014年7月8日、そのガザとイスラエルとの戦争が始まりました。戦闘行為は8月26日の無期限停戦まで止まることなく続き、ガザでは多くの人々の命が奪われました。市民1,600人が死亡し、そのうちの500人以上は子どもでした。ガザを含むこの地域では、1948年から多くの戦争が勃発し、21世紀に限ってみても、ガザではすでに4回も戦争が起きています。ここでは6歳以上の子どもはみな、3回以上の戦争を経験している「戦争しかしらない子ども達」です。今回はガザで出会ったイマンさんという15歳の女の子の話を中心に、ガザの子供たちに何が必要か、復興を早く進めるためには何が大事かを考えてみます。

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イマンさんには、停戦直後の昨年9月11日に、ガザ北部のベイトハヌーン地区にある、彼女の家で会いました。彼女は5人兄弟の長女で、彼女の住む家の地域は今回の戦争の激戦地でした。彼女の家も壁は完全に壊され、柱だけ残っています。その部屋に立つイマンさんですが、崩壊した周囲の家が後ろに見えます。
イマンさんは今まで4回戦争を経験しています。2006年、2008年から9年、2012年、そして今回です。全ての戦争を彼女は覚えていると言います。彼女はそれでも、色々話してくれました。学校の成績もよく、両親自慢の子供です。将来何になりたいか、と聞くと、医者になりたいと言います。母親も、イマンさんの将来についてたずねると、「日本の子供たちと同じ様に、勉強をし、友達と遊び、自由で豊かな将来を迎えてほしい」と答えられたのですが、その直後に、イマンさんがこう言いました。「そうだけど、このまま(の状況)なら私はガザを出たい」と。誰も何も言えず、母親もただ悲しい笑顔をイマンさんに向けていました。
「このままならガザを出たい」というイマンさんの言葉は、ガザに住む子供たちの多くに共通する思いです。
 
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ガザには子供たちが約100万人います。そのうちの6歳以上の子供たちは既に戦争を3回経験した「戦争しか知らないこどもたち」です。彼らの将来に対する不安は非常に強く、心に深い傷を受けています。
イマンさんにはその後も何度も会いました。昨年12月に会った時は、家の状況はそのままでしたが、学校に毎日行っていると話していました。
 
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今年3月に会うと、彼女は、笑顔で産婦人科医になってガザの子供たちを助けたい、と言ってくれました。家の状況も少し良くなり、壊れた壁の下半分が再建されており、父親は、早く家を完全に再建し、子供たちがきちんと勉強できる環境にしてやりたいと、話していました。それを聞いて、私は少し前向な気持ちになりました。再建が進み、イマンさんの夢がかなうのではと。でも、私は間違っていました。
今月の7月2日にイマンさんを訪ねました。勉強はきちんとやっている、と言いますが、元気がありません。父親の方は、とてもつらそうな顔で、家の再建は全く進まない、そのためアパートに一度移ったが家賃が高く2か月で出た。何もかも上手くいかない、と嘆かれます。
お子さんの様子はどうですか、と聞くと、父親が、毎日学校に通っている。しかし、この子達の教育に何の意味があるのだ。私の弟は医者だが、無職だ。ガザで職がない。私の子も、いくら勉強してもガザには職がない。それどころかガザには将来が無い、希望が無い、と大きな声で話されます。
 
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ガザには希望が無い。この声をいまよく聞きます。イスラエルによるガザの経済封鎖は続き、全壊した家の再建は始まっていません。昨年10月12日にエジプトでガザ復興の国際会議が開かれました。世界中から多くの国が参加し、パレスチナとガザへの支援を表明しました。約束された資金援助総額は50億米ドル。ガザ復興の期待も高まりました。しかし、実際に実行された援助は今年5月末でその約3割のみ。再建は遅々として進みません。
 
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本来でしたら、子供や若い方は、夢や希望が沢山あるものです。ガザの子供たちにはそれがなくなっています。この状況を一日でも早く変えることが、今、我々国際社会に問われています。そのために重要な点が4つあります。
まずは崩壊された建物の復興を早急に進める事です。建物の再建は実は壊れたビルを建て替える、という意味だけではなく、社会全体の再建でもあり、生活の再建、そして希望の再建です。現在、再建のシステムは、効率性の問題はあるものの出来ています。問題はその資金が足りない事です。復興会議で約束した資金援助の早急な実現が各国に求められています。
第2に子供たちに対するケアの促進です。心的外傷後ストレス障害(PTSD)等の報告が今も多くあります。心のケアで大事なのは家庭、学校、社会です。家族、先生、専門家が一緒になり、社会全体の復興が必要です。私が働く国連も含め、多くの団体が心のケアに取り組んでいます。しかし、そのニーズは圧倒的に高く、我々の対応が及びません。そのための支援が必要です。
そこで大事なのは、ガザの子供たちとの連帯です。
 
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ガザの子供たちは、2012年から毎年、東日本大震災のあった3月に凧揚げをしています。震災の被害で苦しむ日本の人々への共感とこれまでの日本からの援助への感謝を表すためです。今年も3月9日にガザで凧が揚がりました。昨年、戦争があったにもかわらずです。

それに日本の子供たちが答え、東北の釜石の子供たちが凧を揚げました。このような連帯はとても大事です。
そして、経済の再建です。戦争しか知らない子供たちを無くすための本当の解決は平和構築だけです。そして、このためには政治的解決が必要です。進まないイスラエルとパレスチナの和平交渉、混沌とするパレスチナの国内情勢、中東情勢の激変等、多くの不安定要素があります。国際社会が再度一体となりパレスチナ問題の公正かつ永続的な政治解決を目指す事が必要です。困難ですが、不可能ではありません。第2次世界大戦後の復興のように、歴史上の事例はいくらでもあります。
そして今、最も必要なのは、決してあきらめない事です。ガザの状況は厳しく、戦争しか知らない子どもたちが多くいます。そしてその子供たちが希望や夢を失いつつあります。その対応には多くの困難が伴うでしょう。しかし、だからと言って我々国際社会があきらめてはいけません。イマンさんの夢が実現するように、その思いを胸に、あきらめずにガザの子供たちの支援を続けいく事が大事です。私もそうします。

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