今夜、広島が雨でなければ、そろいの赤い背番号「86」を着けたプロ野球広島東洋カープの選手たちが、本拠地マツダスタジアムを駆け巡るはずだ。

 公式戦での統一背番号はセ・リーグでは初めて。70年前の8月6日、広島に原爆が落とされたことを思い起こし、あるいは新たに知ってもらうための「ピースナイター」企画である。

 オーナーの松田元(はじめ)さん(64)は祖母と母が被爆者だ。東北出身の主力選手がブログに、カープに入って広島の女性と結婚して初めて「8月6日」を知ったと書いているのを読み、球団として「平和」や「被爆」の発信を意識するようになったという。赤い帽子に白いハトのあしらいや、きのうまでの原爆死没者数29万7684を記した袖のワッペンは自ら考えた。

 背番号86は企画をともにする地元中国放送の城(じょう)雅治・編成制作部長(52)の発案。ニュース部門にいた4年前、広島の原爆投下が8月6日午前8時15分と知っている小学生が33%、中学生で56%という市教育委員会の調査に触れた。その15年前は小学生56%、中学生75%だった。

 「急激な低下が衝撃だった。平和教育や原爆報道が盛んな広島でこれでは、全国はもっと知らないだろう。基本的なことだけでも、この球場から全国に、世界に発信できないだろうかと考えた」と城さんはいう。

■終末時計は残り3分

 広島と長崎への原爆投下から70年間、核兵器は戦争では使われなかった。東西冷戦が終わり、核戦争の恐怖は多くの人々の意識から遠のいた。

 だが、今も人類を破滅させるに十分な核兵器が存在し、多くが危険な臨戦態勢のままだ。パキスタンやインド、北朝鮮が核実験をし、ロシアが露骨に核戦力を誇示するなど、核をめぐる近年の状況は悪くなっている。

 原爆投下2年後、米科学誌が核による破滅までの切迫度を真夜中までの残り時間で表す「終末時計」の掲載を始めた。

 今年1月、3年ぶりに2分進められ、0時3分前になった。冷戦終結で一時は17分前まで戻されていたのが、米ソの水爆実験が相次いだ1953年の2分前に次ぐ時刻に進んだ。

 地球温暖化など肥大化した人類の活動による危機も総合した判断だが、対立する米ロによる核戦力近代化も強く警告する。

 ニューヨークで今年4、5月に開かれた核不拡散条約(NPT)の再検討会議では、危機感を強める非核保有国と一度手にした力を手放そうとしない核保有国が厳しく対立し、最終文書を採択できないまま閉幕した。

■「絶対悪」の規範を

 「我々の運命を、核保有国にゆだねていていいのか」

 行き詰まる核軍縮に、非核国の間ではここ数年、核兵器を条約で禁止しようという機運が急速に高まっている。

 国連総会から核兵器の違法性について問われた国際司法裁判所は96年、「核兵器の使用・威嚇は一般的に人道法違反」とする勧告的意見を出した。

 当時の裁判長で、その後アルジェリア外相を務めたモハメド・ベジャウィさん(85)は先月、広島でのシンポジウムで「核兵器は悪魔の兵器だ」と断言した。昨年までに3回開かれた核兵器の非人道性をめぐる国際会議では、核兵器が非人道的な兵器という国際規範を確立し、保有と使用を条約で禁止する「人道的アプローチ」をとるべきだという意見が大多数の国の支持を得たとも述べた。

 非人道性の議論に背を向ける核保有国にどう働きかけ、廃絶を実現するか知恵が必要だが、動き始めるべきときだ。

■被爆地から世界へ

 オスロにある国際法政策研究所の林伸生・上級法律顧問は「核兵器が戦略上、役に立つかどうかではない。広島市長らが再三演説で主張するように核兵器は『絶対悪』だ。核抑止の考え方は核保有国同士の国民だけでなく、第三国の国民も人質に取るものだ」と主張する。

 ベジャウィさんは、シンポジウムで初めて広島を訪れた。「原爆文学を読んでいたが、実際に訪れることは全く違った。比類ない体験だった」という。

 広島平和記念資料館を訪れる外国人は増えている。

 日本政府はNPT再検討会議で、世界の政治指導者や外交官、若者らが広島や長崎を訪ねるよう求めた。ならば来日する外国要人には必ず打診するなど、具体化を図るべきだ。

 広島の平和行政に携わった米国人のスティーブン・リーパー前広島平和文化センター理事長は「核兵器の非人道性で大々的なキャンペーンを展開できれば、核廃絶の国際世論は必ず盛り上がる。東京五輪はいい機会になるかも知れない」という。

 広島原爆の8月6日、長崎原爆の8月9日は、日本全国で覚えておきたい日付だ。原点である原爆の非人道性への認識を深め、そして世界に訴える。

 被爆国日本の責任である。