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窓口係は世界最強 作者:kimimaro
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第十九話 黒の免罪符

「ラルフ・マグニシア。ただいま到着しました」
「そんなにかしこまらんでもええで? 私とラルフ君の仲やろ?」
「……別に、そういう関係になった覚えはないです」

 相変わらずのリューネさんに毒気を抜かれつつも、ゆっくりと扉を開く。
 大きな社長椅子の上で、緩い笑顔を浮かべた少女の姿が目に飛び込んできた。
 蒼い瞳が、ニタアッと悪戯っぽく歪んだ。

「何ですか、わざわざ呼び出して?」
「ラルフ君に、ちょっと渡したいものがあってな。大事なものやから、直接手渡ししようと思って」
「それだったら、寮でいくらでも渡せるでしょう?」

 俺とリューネさんは、同じ寮で生活をしている。
 同じ職場に勤めているので、生活時間もだいたい同じだ。
 その気になれば、わざわざ呼び出さなくても荷物を渡す機会なんていくらでもある。

 俺の指摘に、リューネさんの眉が歪んだ。
 彼女は肩を落とすと、やれやれとばかりにため息をつく。

「分かっとらんなあ。こういうのは、雰囲気が大事なんやで。そんなことじゃ、女の子にモテへんよ?」
「……モテたいなんて、思ってませんし」
「さよか? この間、キャーキャー騒がれてる黄昏のメンバーを羨ましそうに見とったけど」
「あ、あれは! た、単にずいぶん騒いでるなと思っただけで……」
「ほーん。やっぱ、見とったんやなあ。自分が褒賞を貰っておけばよかったとか、思っとったん?」
「まあちょっとぐらいはって……やられた……!」

 うまく誘導されてしまった。
 ギルドマスターなんてやっているだけあって、口の達者な人である。
 俺もフィシックさんの元でいろいろと修業は積んできたが、なかなかどうして勝てなかった。
 やっぱり五十――これ以上はやめておこう。
 命の危険を感じた。

 リューネさんは恥ずかしさで真っ赤になった俺を見ると、腹を抱えて笑った。
 だがそれが収まると、急に真面目な顔をする。
 ごほんっと、乾いた咳ばらいが聞こえた。

「さてと。今日渡したいものっていうんは二つあってな? まずはこれや」

 そういうと、リューネさんは執務机の下から黒い包みを取り出した。
 広げてみれば、中には特窓の三人と同じ黒のコートが入っている。
 胸元で輝くギルドのエンブレム。
 各所に組み込まれた補強用のミスリルパーツ。
 重厚ながらも、ハイセンスなデザインが光っている。
 両手で持ち上げると、しっとりとしつつも芯の硬い独特の質感をしていた。

「おお……!」
「ラルフ君も、これからは正式に特窓の一員として戦うわけやろ? せやから、コートの一着もいるやろうと思って」
「ありがとうございます。でも、積極的にガンガン戦うってわけではないですけどね。今でも、出来る限りは戦いたくないですし」

 土龍との戦いを区切りに、俺は特窓の一員として戦うことを決意した。
 とはいうものの、出来ることならば戦いたくないというのが本音だ。
 向こうから攻めてくるのならば応戦するが、こちらからガンガン行くようなことはあまりしたくない。
 しかしそんなことお構いなしに、リューネさんは笑う。

「まったく戦わない状態と比べれば、それでも大きな進歩や。意味なんて、そのうち見つかるもんやしな。今は、相手が来るから戦うってことで十分よ」
「そういうものですかね……」
「そうや。ほな、さっそく着てみ? ちゃーんとサイズがあってるか見ておかないと」
「ああ、はい!」

 リューネさんに促され、急いで袖を通す。
 すると、丈の長さも太さも、完璧に俺の身体に合わせられていた。
 腕のいい仕立て屋が、オーダーメイドで作ったかのようである。
 採寸された覚えなどまったくないのに、どういうことだろうか。
 興奮してコートの裾を揺らしながら、尋ねる。

「すごい、ぴったりです! どうやったんですか?」
「ふふん。それはな、スズカにこっそりと洗濯物を持ってきてもろうて――あばらッ!?」

 黙って一撃を入れる。
 一瞬でも、凄いと思った俺が馬鹿だった。

「な、何をするんや!? と、年上はもっと敬うべきやで!」
「永遠の十六歳とか自分で言ってるじゃないですか。だいたいなんです、洗濯ものを持ってきてもらってって!」
「しゃあないやろ、サプライズで用意するにはそれしか手がなかったんやから!」
「いや、もっと穏便なやり方が……」
「それはそれ、これはこれや! 渡すもの二つ目、いくで!」

 無理やり話を打ち切ると、リューネさんは懐から一枚のカードを取り出した。
 薄い金属で出来たそれは、ざっと見たところギルドカードによく似ていた。
 しかし、色が真黒だ。
 つるりとした光沢があり、手にしてみるとずっしりと重い。
 通常のギルドカードも金属製でそれなりに目方はあるが、これほどではなかった。

「ギルドカード……ですか?」
「ちょっと違うで。特窓としての身分の証、黒の免罪符ライセンスや」
「へえ、そんなのあったんですね」
「せえや。それで、その黒の免罪符なんやが……基本的にはギルドカードと同じや。クレカとして使えたり、それを提示することでいろいろと便利な特権を受けたりできる。あと――」

 再び、ゴホンと咳払いをするリューネさん。
 彼女は俺の瞳を覗き込むと、もったいぶるように言葉に間を置いた。
 緊迫。
 緩んでいた空気が、一気に引き締まる。
 思わず、制服の襟もとを正した。

「ひっくり返してみ。教皇印が押されているはずや」
「ええ。神代文字も刻まれてますね」
「それはな、『これを持つものの犯した罪を問わず』って意味や。任務遂行中にイリーガルなことをやっても、罪には問わんっていうことやね。せやから、黒の免罪符ってわけや」
「こりゃまた……とんでもないですね。いきなりは渡せないわけだ」
「そうやろ? 出来るだけ、丁寧に扱ってな。一応、考えうる限りの悪用防止処置はとってあるけども」
「もちろんですよ」

 置かれたカードを手にすると、すぐさま懐の奥深くへとしまい込む。
 万が一にも、盗まれたりしたら大変だ。
 札束でも抱えこむかのように、制服の袖を手で押さえて、何度も寄せる。

「今日渡したいものは、これで全部や。聖遺物については、科学室の仕事が落ち着いたら支給するからそのつもりで」
「わかりました。では、失礼します」

 軽く頭を下げると、そのままリューネさんに背を向けて部屋を出る。
 するとそこには、満面の笑みを浮かべたシャルリアの姿があった。

「あれをマスターからもらったのね」
「知ってたの?」
「わざわざ呼び出して渡すなんて、あれぐらいしかないわよ。でもま、これでラルフも正式に特窓の一員ね!」
「ははは、俺にはちょっと荷が重いかな」
「何言ってんのよ、一撃でドラゴンを倒したくせに」

 あっさりとした口調でそういうと、シャルリアは懐から小さなペンダントを取り出した。
 クローバーを模したデザインで、見たところプラチナでできている。
 四葉の中心には緑色の宝玉がはめ込まれていて、結構高そうな感じだ。
 気の巡りもとても良い。
 どうやらただの宝玉ではなさそうだ、気を高めるとかそういう効果があるのかもしれない。

「これ、今度は私からのプレゼント!」
「え? こんなの受け取れないって!」
「いいのよ。あんたが戦ってくれたおかげで、ギルドが守られたんだからさ。そのお礼よ」
「でもこれ……かなり高いだろ? 俺はただ、土龍が暴れてたからやっただけで……そんな大層なことはしてないって! 俺だって、ここの職員だし……」
「平気よ、私の収入がいくらあると思ってるの。ひっさしぶりの新人への贈り物も兼ねてるんだから、素直に受け取りなさい!」

 ペンダントを手にしたシャルリアは、そのまま俺の制服の胸ポケットへと押し込んだ。
 手を振って拒もうとしたが、特窓の女子はいろいろな意味で強い。
 強引に入れ込まれてしまった。
 やれやれ……まあ、うれしいにはうれしいんだけどさ

「じゃ、仕事に戻るわ! あんたも早くね!」
「はーい」

 タタタタッと駆けだすシャルリア。
 その背中を追いかけて、俺もまたゆっくりと受付に戻る。
 するとフロアには、既に人が溜まりつつあった。
 さすがに行列が出来てはいなかったが、ヘレナが一人でさばききれる人数ではない。
 すぐさまカウンターに腰を下ろし、冒険者たちを迎え入れる。

「お待たせしました! ご案内いたします!」

 たむろしていた冒険者たちが、ゆっくりとこちらに流れてくる。
 上級窓口の利用者は限られているので、ほとんどが見知った顔だ。
 彼らはいつものようにギルドカードを出そうとする――のだが。
 何故か、途中で動きを止めた。

「兄ちゃん、ポケットから何か出てるぜ?」
「え? あ、ああ! すみません!」

 さっき貰ったばかりのペンダントが、ポケットからはみ出してしまっていた。
 これは恥ずかしい。
 慌てて奥へと押し込むが、冒険者たちはにやにやとからかうような眼でこちらを見てくる。

「それ、誰かからの貰い物か?」
「ええ、まあ……」
「もしかして、これか?」

 後方から身を乗り出すと、小指を上げて見せる冒険者。
 どこの世界でも、人間と言うのはこの手の話に興味があるものらしい。

「そんなわけないじゃないですか」
「そうかい? 顔は悪くねーし、彼女ぐらいいるんじゃないのか?」
「意外と、シャルリアちゃんとかヘレナちゃんだったりして」
「そんなわけあるかよ!! も、もしそうだったら、ぶん殴る! ギルドのアイドルは俺たちのもんだ!」
「そうだな! シャルリアたんは俺の嫁だ!」
「バカやろう、どさくさに紛れてなに言ってんだ!」

 何故かヒートアップを始める冒険者たち。
 とっさにシャルリアの方を見るが「ごめんね!」とばかりに舌を出されてしまった。
 てへぺろってやつだな、これは。
 いざ何かが起こっても、助けてくれる可能性は限りなく低そうだ。

「ま、まあ皆さん落ち着いて。はやく受付を済ませましょう……」

 こうして俺は、肝を冷やしながらも手早く仕事を始めたのだった――。
何故か、リューネとの絡みが一番多い不具合。
出現頻度的には、彼女がメインになりつつあるような……。
役割的に仕方ないんですが、五十代(見た目は十六歳)の行き遅れのヒロインって需要あるんでしょうか……(白目)

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