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第二十一話 クエスト
ギルドの窓口は、冒険者たちへ依頼を斡旋するだけでなく、街の人々から依頼の受注も行っている。
窓口はランクごとに分けられているが、依頼を受けるのではなく出す場合は、その難易度にかかわらず全ての窓口で可能だ。
例えばSランク相当の依頼を出す場合でも、初心者窓口でいいと言うわけである。
これは自身の出す依頼が、どれぐらいの難易度に当たるのか分からない依頼人がいるための制度だ。
依頼の相談を受けた窓口係は、まずマニュアルや自身の経験、さらには依頼人の希望や事情などを加味してランクを決定。
次に依頼書を作成し、各種の事務手続きなどを経たうえで、各フロアのボードへと張り出す。
こうして掲示された依頼が無事に受注されれば、晴れてクエストスタートと言うわけだ。
単純な事務作業をやればいい斡旋業務とは異なり、ランクの判定など難しい点が多いため、新人はこの仕事は任せてもらえない。
逆に、これを任せてもらえるようになれば受付として一人前である。
俺は今日、この依頼受注業務を初めて行うことになった。
実は、仕事自体は前々から任されていたのだが……人が来なかった。
理由は簡単で、ギルドの三階にある上級窓口まで来るのがみんな面倒だからである。
ほとんどの依頼人は、ギルドに入ってすぐの初心者窓口で済ましてしまう。
そこが混んでいた場合でも、二階の中級窓口で手続してしまうことがほとんどだ。
よって、わざわざ三階まで上がってくる依頼人は何かしらの事情持ちが多い。
恐ろしく急いでいて、せいぜい十分程度の順番待ちが出来ない場合などがこれにあたる。
いま俺の目の前にいる依頼人も、いろいろと訳ありのようだ。
というか、この人は――
「ロスフォンスさん、何であなたが発注書を?」
背が高く、引き締まった筋肉質の体。
肌は褐色に焼け、額に刻まれた古傷が古強者といった印象を与える。
背中には巨大な斧を背負い、全身をなめした竜革の鎧で覆っている。
彼の名はロスフォンス・リード。
ギルド本部でも数少ない、S級冒険者の一人だ。
「グラッグでモリソンがやられた。すぐに腕利きを集めて、仇を取ってくれ!」
「モリソンさんが!? 詳しく話を聞かせてください」
モリソンさんと言うのは、ロスフォンスさんとコンビを組むS級冒険者である。
危機察知に長けた優秀なスカウトで、まずやられるような人ではない。
純粋な戦闘能力も凄まじいが、何より安全志向で危険な敵はすぐに察知して離脱を図るような人物なのだ。
へまをやらかしてやられるようなタイプでは、絶対にない。
「俺たちは、スノーコング討伐依頼を受けて山登りをしていたんだ。だがその途中、尾根を越えたところで不意に何かに襲われたんだよ」
「気づかなかったんですか?」
「ああ、まったく。見えなかったんだ。何も何も、見えなかったんだよ……! 気が付いたら、モリソンの身体が吹っ飛んで……血が……」
真っ青な顔をすると、身を震わせるロスフォンスさん。
仮にもS級が、これほど恐れた様子を見せるなんて。
よっぽどのことがあったようだ。
筋肉が痙攣して、汗が溢れるほどに出ている。
「事情は分かりました。ですが、それなら新種の魔物ということで近くの支部に報告すればよかったのでは?」
新種の魔物が現れた場合、発見した冒険者は最寄りのギルド支部へ報告することになっている。
報告を受けたギルドは、速やかに討伐隊を編成して出発するという手はずだ。
この時、討伐にかかる費用はすべてギルドの負担となる。
新種の魔物は危険性が大きく、ギルドとしても放置するわけにはいかないからだ。
よって、わざわざ本部まで戻ってきて魔物の討伐依頼を出す必要なんて全くない。
俺が問いかけると、ロスフォンスさんの表情が一変した。
彼は顔を真っ赤にすると、カウンターに勢いよく身を乗り出してくる。
「もちろんしたさ! だけど、あの田舎ギルドはろくに何もしやがらねえ!! 『グラッグ山脈は本部が前に調査したが異変はなかった』の一点張りだッ!! あいつら、この俺が依頼失敗を誤魔化すために騒いでると思ってやがるんだよ!!」
ロスフォンスさんは、声を荒げると勢いよく拳を振り下ろした。
バンッと激しい音が響く。
そのただならぬ様子に、隣で仕事をしていたシャルリアたちも「休止中」の札を出してこちらへとやってくる。
「どうしたの?」
「モリソンさんが、グラッグ山脈で新種の魔物にやられたそうだ」
「あのモリソンさんが? でも、グラッグならこのあいだ……」
「ええ。妙な魔物が出るという噂があったから『蒼銀』を中心に調査班を派遣したわ。土龍の一件もあったし、相当念入りに調査してもらったわよ。でも、特に何も発見されてはいない」
「うーん……蒼銀が出たのなら、何か見つかっていそうなものですけどねえ。もしかして、うっかりよそ見してたんじゃあ……」
顎に手を当てて、唸るヘレナ。
そんなことをするのはヘレナだけだと突っ込みたくなるが、ここは我慢する。
蒼銀と言えば、本部ギルドでも指折りの実力派パーティーだ。
特に調査や潜入依頼に長けていて、その分野においてはトップと言っても過言ではない。
彼らが出かけて行って、そのような大物を見逃すとは考えにくかった。
「ここでもこうなるのかよッ! モリソンは間違いなくやられた、姿の見えないやつにだ! あれが新種じゃなくて、何が新種になるんだよッ!!」
ロスフォンスさんはいらだたしげに叫ぶと、握っていた発注書を広げた。
そこには走り書きで『新種魔物の討伐』と書かれている。
報酬の欄には、何と一千万ジュエルと記されていた。
S級に相当するであろう依頼とはいえ、破格といっていい金額である。
「もういい、俺が個人として依頼を出すッ! それなら文句ないだろう!」
「いや、それはいくら何でも――」
「俺は一刻も早くあの魔物を倒して欲しいんだ! あれはやべえ、放置していちゃいけねえもんなんだよ!」
絶叫。
ある種の狂気すら感じてしまうほど、今のロスフォンスさんは理性を失っていた。
仲間を殺された怒りと、新種の魔物への恐怖が彼から余裕を奪っている。
ここはどうにか落ち着かせなければ。
このままでは何をやらかすかわかったもんじゃない。
「ロスフォンスさん、とにかく落ち着いてください! ギルドの方で必ず何とかしますから!」
「今さら信用できるかよ!」
「騒がないで!」
立ち上がろうとしたロスフォンスさんの肩を、手でがっしりと押さえる。
幽気を、ほんの少しだけ込めた。
予想外の力で抑え込まれた彼は、椅子から立ち上がることが出来ずに唸る。
ほんとは、一般人に幽気は使っちゃいけないんだけど……やむを得ない。
「どうなっていやがるんだ……? 体が……」
「それだけ、疲れているってことですよ。この件はマスターにも相談して、早急に対応します。そうですね、一週間以内には何らかの結果を出します。ですから、まず落ち着いて! モリソンさんの死は絶対に無駄にはしませんよ」
「ちッ、しょうがねえな……」
俺の強い口調に、しぶしぶながらもロスフォンスさんは手にしていた発注書をひっこめた。
彼はもう一度俺に「頼んだぞ」と念押しをすると、ゆっくりその場から立ち去る。
その大きな背中が見えなくなったところで、残された俺たち四人は互いに顔を見合わせた。
「さて、どうする?」
「そうね。あの様子だと、思い込みなんてこともなさそうだし」
「うーん、姿の見えない魔物かあ。これはもしかして……」
不意に、険しい顔をするシャルリア。
彼女が何を言わんとしているのか察した俺とミラは、すぐに頷きを返す。
が、一人だけわかっていないヘレナは、間抜けな声を出した。
「ほえ? いったい何です?」
「あんたねえ……。まあいいわ、みんなちょっと奥へ行きましょ。マスターにも相談しなきゃいけないし」
「わ、ちょっと! まだお仕事が山ほど残ってますよう!」
「そんなのあとよ! あと!」
ヘレナの服の裾を掴むと、奥へと連れていくシャルリア。
彼女は事務室に居た他の受付嬢たちに仕事を任せると、そのままマスター執務室へと向かう。
「どないしたん? こんな時間にみんなして?」
扉を開くと、リューネさんはのんきな顔でクッキーを食べていた。
執務机の上には、ティーカップも置かれている。
午後のティータイムをゆっくりと楽しんでいたようだ。
ギルドで大変なことが起ころうとしているのに、のんびりし過ぎである。
「大変なのよッ! グラッグに悪魔らしき魔物が出たわ!」
「な、なんやて!?」
「え、そうなんですか!?」
「ややこしくなるから、ヘレナは少し静かにしてて……。グラッグの依頼を受けていたモリソンが、悪魔にやられたようなんです! そのことで、相棒のロスフォンスが大騒ぎしてて。速いうちに対応しないとまずいことになるかと」
たちまち、リューネさんの顔が蒼くなった。
彼女は指を噛むと、額にしわを寄せる。
これまで見たことが無いほど、険しい表情だった。
彼女の体を取り巻く幽気が、大きく揺らめく。
「まずいなあ……。ちょうど忙しゅうしてるところに悪魔が……。いま、あそこで活動中のS級は何人いる?」
「四名です。いずれも、すぐに連絡は取れませんね」
「こらあかん! ちゃっちゃと対応せんと、貴重な冒険者たちが悪魔にやられてまうで! 今すぐ準備をして、グラッグに出発するんや!」
「はい!」
「では、お決まりの……」
ゴホンっと咳払いをするリューネさん。
俺たちはすぐさま姿勢を整える。
「特S級クエスト発令! 速やかに達成せよ!」
「了解ッ!!」
足をそろえ、四人同時に敬礼をする。
リューネさんはよしよしと満足げにうなずくと、ミラの方を見た。
「あれはもう、動かせるか? 一刻を争うんや!」
「作業を急がせれば、今日中には」
「よっしゃ! 早速使うで!」
「では、急ぎ格納庫に戻ります」
トタトタッとかけて行くミラ。
小さく揺れる背中を見送った俺たちは、リューネさんの方へと向き直り、尋ねる。
「あの、あれってなんですか?」
「私も気になります」
「ミラさん、もったいぶって教えてくれなかったんですよね!」
「なんや三人とも。あれについて知らなかったんか?」
「はい。完成を楽しみにしててって」
俺がそういうと、リューネさんは柔らかに目を細めた。
彼女はもったいぶるように間を置くと、やがてゆっくりと口を開く。
悪戯っぽく笑うその顔は、まるで子どもにプレゼントを披露する親のようだ。
「あれっていうのはな、ギルドがずーっと開発を続けておった……飛行船フレースヴェルグや!」
というわけで、飛行船フレースヴェルグの登場です。
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