菅野彰
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夏酒をば早呑み果てつ。
森鴎外をパクってみた。
楽しく呑み過ぎた。その一言に尽きる。
私は今回、「辰泉 夏のウマカラ」を一人で呑もうかなと思っていた。夏酒を昼間から呑んで、ぬるくなったら氷なんか入れて、夕方には窓開けたまま寝たりしようかなと思っていた。
綴ると気分が良さそうだが、この灼熱の日々にそれやったら熱中症の恐れ大いにありだ。
そんな私の命を救いに、担当鈴木と、私の包丁の師匠が夏酒につきあいに来てくれた。師匠は包丁一本で居酒屋をやっている。
この間、常連である鈴木とともに店に行ったときに、
「魚捌いてる?」
と、師匠に聞かれて、
「うん、最近はもっぱら鮎の鱗を取ってる……」
などとぬるい答えを返したら、視察に来てくれた。
ここで、会津、食、酒、堪能コースの一例を披露したい。今回は私が車を運転して回っているが、足がない場合は何人かでタクシーをチャーターするべし。
二人は新宿発朝七時半の高速バスで、十二時に会津若松駅についた。
本来なら、愛車で迎えに行った私はここで、会津若松の蕎麦屋「桐屋夢見亭」に連れて行く。そしてそのまま、東山温泉の日帰り湯に入る。「桐屋夢見亭」は、古民家を移築した気持ちのいい建物だ。もちろん蕎麦も美味しい。日帰り湯は、「御宿東鳳」が天空風呂、「原瀧」や「瀧の湯」が川端で小さな瀧を眺める風流なお風呂だ。
だがしかし、師匠は無類のラーメン好きだった。ホテルに一泊の予定だったが、今日も明日もラーメンを食べたいというのでそのまま喜多方に向かう。
夏休みの喜多方ラーメン「はせ川」は、いつものように混んでいた。師匠は時々、「はせ川」のお土産用のラーメンを鈴木に渡されて食べているので、視察というかただ「はせ川」のラーメンを食べに来たのである。
「やっぱり最初は醤油でしょう」
基本中である基本の醤油ラーメンに、私と師匠はチャーシューを一本乗せる。鈴木は塩ラーメンを頼んだ。
あっという間に食べ終えた師匠は、
「大盛りにしろって言ってよー」
と、スープまで全部飲んだ。
私にとって、「はせ川」のラーメンは特別に美味しい。だしに濁りがないと、師匠は言っていた。チャーシューもトロトロだ。
美味しい「はせ川」のラーメンを完食して、酒蔵を二軒回る。一軒目はいつもお世話になっている酒蔵なのだが、社長の噂話をするので今回は名前を伏せる。
私たちは社長案内の元酒蔵見学をして、運転しない鈴木と師匠が利き酒をした。
並べられたうちの一本に、見慣れない銘柄があった。
「新しいお酒なんですか?」
社長に尋ねると、七十手前くらいの社長はでれでれと言った。
「跡継ぎが作ったんですよー」
この酒蔵には、割と最近に三人娘のうちの一人が、突然旦那の首根っこ掴んで帰って来た。そして後を継ぐべく、酒蔵に入っている。
「いやあ、口ばっかりじゃなくて手を動かせって言いたいんですけど、手もよく動かすんですよねー。舟で絞るときもね、見本を見せてやろうと思ったら」
手作業の酒蔵には、舟に似ているから舟と呼ばれている箱形の絞り器があって、それに袋に入れた酒を置いて絞る。
「私は足が短いんでね、腹もつかえて手が上手く届かなくて。足が長くてスリムな婿さんの方が上手かったりなんかしてね、あはははは」
社長、でれでれの婿自慢である。私は最近この酒蔵に行くと、だいたい跡継ぎ自慢を聞いている。
「この婿さんたちが作った酒、仙台の鑑評会で、名だたる酒に並んで十位に入ったんですよ」
社長の婿さん自慢は、まだまだ続く。
「十位かーと思うでしょう? でも上位に入ってる酒がすごいんです。だからね、十位ぐらいでいいんですよ。最初から一位なんか取ったら、鼻高々になっちゃいますからね」
社長がもう鼻高々だよ!
「もうね、あの器具も欲しいこの道具も欲しいって困ってるんですよ」
全然顔、困ってないよ社長。
「跡継ぎできて、本当に良かったですね」
でも本当にこれは心から、思って言った。
何遍も言ってるけどね!
「いやあ、本当に。女房と、俺たちの代で終わりだから、ゆっくり潰そうななんて言ってたのにねえ」
しみじみと、社長は呟いた。
「だからなんの設備投資もしてこなかったので、本当に困ってます!」
そんな社長から鈴木が、跡取りの作った酒を買った。
「ありがとうございます。減ってると婿さんが喜びます」
送り出されて車のところまで来て、私と鈴木は爆笑してしまった。
「どうしたの?」
師匠は私たちの爆笑に、キョトンとしている。
「あのね、あんな好々爺じゃ全然なかったんだから! 婿さん来る前!!」
車に乗り込んで、私たちは師匠に語った。
「私と鈴木で参加した、喜多方の酒造り講座ってのがあってね。一タンクで何万本も作るような、オートメーションの蔵もいっぱい参加してるのよ。そこで社長が挨拶をして」
「そうそう。乾杯の挨拶で『うちはボタン一つで酒作るような蔵じゃありませんから』って言ったのよー」
「他の手作業の蔵の若社長が、『うちもボタンじゃありません!』って怒っちゃってね。まあそんな社長だったのが、婿さん来たらすっかり小さくなっちゃって。倒れやしないかって心配なくらいだよ」
本当にもうすっかり角が全部取れてしまった社長は、会う度つるつるに丸くなっていてむしろ不安をそそった。
「そうかー。ゆっくり潰そうと思ってたって、言ってたじゃない?」
師匠は言った。
「言ってたね」
「跡継ぎいなかったときは、本気だったと思うんだよね。だから、もう潰れるだけの蔵だから、社長は怖いもんなんかなんにもなかったんじゃないかな? いくら敵作っても、嫌われても、自分に返ってくるだけだし蔵はやがてなくなるし。そんで無敵だったんだと思うよ」
店を持っている師匠の言葉に、思わず私たちもハッとする。
「でも、今は婿さん守らないといけないから。婿さん悪く思われないように、残ってく蔵も悪く思われないように。守るものできると、人はそういう風になるんだろうね」
「そうか……社長、ごめん爆笑していつも……」
社長! 正直もうやばいくらいやさしくなってるから、長生きしてねとか思ってたよ!
本当に跡継ぎできて良かったなあ。
そこから、まっすぐ行ける酒蔵にもう一軒寄った。
二軒目はかなりオートメーションの蔵で、販売している店舗はとても観光向けにきれいにされている。蔵見学も、うぐいす嬢のようなお嬢さんが案内してくれるし、酒の味も安定している。
観光にはとてもいい蔵なんですよ。
でもそこを出たとき、車の中で私たちは全員で呟いた。
「社長が大好きになるな……」
社長、とても対人間って感じなのである。それは良くも悪くもだけど、最近いいところしか見ていない。守るものがあるって、素敵なことだね。
「さ、じゃあ温泉に入って夜のために体調を万全に整えましょう」
夜はかなり呑むことがわかっていたので、熱塩温泉「山形屋」の日帰り湯に行く。塩泉の風呂だ。
私と鈴木は女風呂、師匠は男風呂と、一旦別れる。
一時間半と決めたのだが、私と鈴木には若干短い。脱衣所で時計を見て慌てて風呂を飛び出し、私の仕事場に車を置いてタクシーを呼んだ。
車に乗ってる場合ではない。今から呑むからね。
一軒目は、会津で焼き肉? と、思われるかもしれないが、「長澤屋」という焼き肉屋さんに参る。ここは牧場を経営していて、黒板に本日の牛の紹介が書かれている。とても美味しくて、安い。
惜しむらくはお酒が割と適当なので、ビールで肉を食らう。
「長澤屋」は電話したとき、もう予約が一杯だった。しかし、鈴木と師匠が来られる日はそこしかない。
「開店直後の、最初のお客さん前に入れてもらえませんか? 必ずその時間に出ます」
そうお願いして入った、午後五時から午後六時十五分というピンポイントで、肉を焼いて焼いて食べる。
でも焼き肉って、一時間ぐらいあったら充分なものなのだ。
「旨かった!」
そんなに慌ただしくもなく肉を食べて、タクシーで私たちはメインイベント会場に移動した。
メインイベントは「弦や」。以前蔵元さんを囲む会でお世話になった、日本酒のとても美味しい居酒屋だ。この日は移転前最終営業スペシャル、写楽と飛露喜以外は一律一合五百円を呑みまくる会だ。「弦や」は酒の保存状態も回転もすごくいいので、その日本酒が一律一合五百円というのはもうお祭りみたいなものである。
私の経験値として、やばいと思うことがある。
「今日は呑むぞ!」
これだ。
最初から呑む気で行くと、大抵呑まれて終わる。
でもこんなお祭りに、
「今日は呑むぞ!」
と、言わずにいられるだろうか。いやいられまい。
「弦や」に伺うと、店はそんな「今日は呑むぞ!」客で溢れていた。次は何を呑もうこれはもうないのか隣のテーブルのあれ次いこうと、盛り上がっている。
「少しお腹がこなれたら、お刺身の盛り合わせ頼もうか」
そう呟けば隣のお客さんから、
「今日の刺身は美味しいよ!」
と、声が飛ぶ。
「何呑もうか何呑もうか」
私たちはわくわくと冷蔵庫を見つめた。
「『山の井 にごり』ってのがあるよ」
「『辰泉』は?」
「『辰泉 夏のウマカラ』はもう終わりですー」
「じゃあ『辰泉 赤』で!」
テンション上がりまくりで酒を選ぶ私と鈴木に、師匠はただ待つ。
そして今日は一際なみなみと、片口に酒が注がれた。一合を完全に越えている。
小さな透明なお猪口で、三人で一つの酒を分け合った。同量の水、和らぎ水も飲み、酒を変えるときはその水でお猪口を濯いだ。
「このちょっとずつ呑めるっていうのがいいね」
日本酒好きの師匠も、大層満足してくれる。
つまみも、「身欠き鰊の山椒漬け」などを頼む。本当は仕事場の冷蔵庫に母が漬けたものが冷えていたが、私は「弦や」の鰊も好きだった。
「ここのも美味しいと思うの。家々で味が違うんだよ。でも鈴木はうちのが一番美味しいって言ってくれるんだよね」
「菅野さんのお母さんが漬けたやつね」
鈴木は、うちの「母が漬けたもの」にこだわった。
「そうなんだよ。私母に習って同じように漬けてるんだけど、私のより母のが全然美味しいって言うんだよね。鈴木。すごい単純なレシピなんだよ? 酒一、醤油一、酢一、みたいな。母にコツを聞いても、適当よ、しか言わないし」
「それ、調味料最初から混ぜちゃってる?」
師匠に尋ねられて、私は頷いた。
「もしかしたらお母さんは、お酢から最初に漬けてるのかも。そうすると最初に酢を吸収して、身がやわらかくなるんだよ」
「母そんなこと言ってなかったよ。適当適当って」
「だいたいお母さんって、みんな適当って言うんだよ。でも本当は、お母さん自身も気づいてない自分のルールがあって。最初にお酢から漬けるとか。それが美味しさの秘訣だったりするから、そばで見てないとわかんないんだよ本当のとこは」
師匠! なるほど過ぎです!
「菅野さん! 今度お母さんが漬けてるとこ見てて!!」
すかさず鈴木が、食い入るように私に言った。
「わかった。見て盗んどくわ」
その後私たちは、「天命 ふなしぼり」、「喜多の華 純米吟醸」、を呑んで、
「味がわかるうちに、写楽か飛露喜いっとこう」
と、忙しそうなご主人を呼び止めた。
「これでしょう!」
そうご主人がすすめてくれたのが、「写楽 花吹雪」。ただ高いわけじゃない、本当に喉越しがきれいな酒だった。
その後「宮泉」も美味しく呑み、「天明 さらさら純米」もいただく。
「写楽でしめようかー」
やはり「写楽」の美味しさが心に残って、「写楽 愛山」を呑んだ。とにかく美味しい!
もう結構いい気分だ。
だが、まだ呑みは続くのであった。「弦や」旧店舗に別れを告げて、私の仕事場に戻る。
母の鰊、茄子と胡瓜のめんつゆ漬けなどを師匠にきれいに盛り付けてもらった。「弦や」にはもうなくなっていた、「辰泉 夏のウマカラ」を呑むのである。
「お母さんの鰊美味しい!」
母の鰊は、師匠も唸らせた。
そして、もう味なんてわかるの? と、いう状態の私たちだが、「辰泉 夏のウマカラ」はするする喉を通っていく美味しい美味しい危険な夏酒だった。
その後、「山の井 五百万石 純米」も開ける。師匠はこちらが気に入ったそうだ。
タクシーを呼んで、もうかれこれ七時間呑んでいる師匠をホテルに帰した頃には、私もすっかり酒に呑まれて、鈴木を置いて布団に入った。
しかしどんな肝臓をしているのか鈴木は、
「えー? 寝ちゃうの? 呑み足りないー」
と、ぼやき、そこから鰊を肴に一人で一時間半呑み続けていたという。
おまえは恐ろしい女だな! 私若干記憶ないよ!
「いやー、呑んだなー」
そんな目覚めを迎えて、しかし和らぎ水を飲みながら呑んだしちゃんと長時間寝たので、私たちは呑み明けのラーメンを食べに再び「はせ川」に向かった。もちろん師匠をホテルからピックアップして、開店前に並ぶ。
この二回の来店で全ての味を制覇したいと師匠は、
「塩と味噌」
と、元気に二杯のラーメンを食べ切った。
夜には都内に帰って店を開けたい師匠と鈴木を、灼熱の鶴ヶ城に送って、車から降ろす。
「じゃ、私はここで!」
「え!? 菅野さんお城見ないの!?」
照り返しに目を細める鈴木に呼び止められたが、
「こんな灼熱の鶴ヶ城にはつきあえない! じゃ!!」
私は薄情に二人を置いて、仕事場に戻って倒れた。
二日酔いなんだよ!
だがしかし、三人だとあんなにもたくさんの種類のお酒が呑めるのだな、素晴らしい。「写楽」や「辰泉」の美味しさは、そんな中でもはっきり覚えている。
そして普段、鈴木とただ爆笑していた社長の変化。ただ謎だと思っていた鰊の味が違う訳についても、第三者師匠の到来で気づかされる。
得るものも大きいが抜けない酒の存在感も大きすぎる、夏酒の名残だった。
【次回は、青森からやってきたにんにくです。夏バテ対策に!】
●今回のレシピ
身欠き鰊の山椒漬け
材料
身欠き鰊(堅い方がお好みであれば、中身欠き鰊を。私はやわらかいソフトを使用します) 必要なだけ
山椒 鰊を覆うほどあったら嬉しいです
☆酒 1
☆醤油 1
☆酢 1.2
☆のついた調味料をこの割合で合わせて、鰊がひたひたになる量にします。
作り方
鰊をよく洗い、鱗があるものは取ります。
山椒もよく洗って水を切ります。
タッパーなどに、鰊を敷いて山椒を乗せ(量が多い場合はミルフィーユ状にします)、調味料でひたひたにします。
中身欠き鰊なら二週間、ソフト鰊なら一週間で食べ頃です。
●今回のお酒
辰泉 純米吟醸 辰ラベルNo.4 夏のウマ☆カラ 26BY
かわいらしい辰のマークがつく「辰ラベル」シリーズの限定夏酒。作り手を反映したようなけれんみのない、誠実な味の日本酒を造る辰泉酒造が作った夏酒は、思いのほか軽やかですっきりした味わいです。「カラ」という名前の通り、夏の日にぴったりなカラっとしていて、するすると喉を通っていきます。
問合せ先:辰泉酒造
住所:福島県会津若松市上町5番26号
TEL:0242-22-0504
http://www.tatsuizumi.co.jp/
●今回のお酒
弦や
気軽な居酒屋でありながら、旬を堪能できるツマミの美味しさ、日本酒の揃えのすばらしさに、何度も通いたくなります。特に福島、会津の日本酒の揃えは天下一品。日本酒の美味しさを改めて発券発見できます。新天地に移転し、さらに充実した日本酒、つまみについては、フェイスブック、ツイッターで、情報を発信されているので、ぜひチェックを
問合せ先
住所:福島県喜多方市細田7197-3
TEL:0241-22-0660
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