全国高校野球選手権大会があす、阪神甲子園球場で開幕する。大阪・豊中で開かれた1915(大正4)年の第1回大会から、100年の節目だ。

 今大会は97回目。年数と合わないのは、戦争のため1941(昭和16)年に大会が中止され、46年まで再開できなかったためだ。球音を二度と絶やさないとの決意を新たにしたい。

 開会式では、第1回大会に出場した10校の現役部員が、往時のユニホームで行進する。

 広島市の田村鋭治さん(83)はその光景を楽しみに待つ。第1回大会出場の旧広島一中(現広島国泰寺)に入学した44年、野球部は廃止されていた。翌年8月6日の原爆投下で、爆心地間近にあった学校は壊滅し、1年下の1年生はほぼ全滅した。

 田村さんも被爆したが、戦後復活した野球部でエースを務めた。「燃えて燃えて燃えさかったよ」。数個しかないボールはほつれると縫い直した。甲子園には出られなかったが、仲間たちとの思い出は生涯の宝物だ。

 その喜びこそが、100年にわたって若者を野球に引きつけてやまない要因だろう。

 終戦記念日の15日、甲子園では黙(もくとう)がある。戦前の大会をわかせた多くの元球児が戦死した。甲子園を夢見る前に、戦争の犠牲になった子もどれほどいたか。改めて思いをはせたい。

 この100年で、夏の大会は3202試合を積み上げた。

 延長再試合の激闘、奇跡的な大逆転、驚異の追い上げ……。1回勝負の全力プレーがいくたのドラマを生み、観衆を魅了してきた。大会の総入場者は7年連続で80万人を超えている。

 課題もある。特に、選手生命にかかわりかねない投手の連投は問題視されている。

 日本高校野球連盟は今春の地区大会から、延長戦の早期決着を目指すタイブレーク制を導入した。ただ、夏の選手権での実施には慎重論も強い。高校生たちの将来を守る視点から、議論を深めていく必要がある。

 今大会のキャッチフレーズは「新たな夏、プレーボール。」だ。毎年違う選手たちが新たな夏に挑んできた。全国大会への出場校は通算800校を超す。

 今年は7校が初出場する。創立95年で初めて甲子園に出る津商(三重)の花井大輔主将は「スタンドの応援、ベンチに入れない3年生の支えがあったからこそ。堂々とした試合を見せたい」と意気込む。

 さまざまな人々の思いを背に、49代表校は甲子園にやってくる。球史の新世紀に、確かな足跡を刻んでほしい。