本作は半藤一利氏による同名原作の映像化で、1967年に岡本喜八監督が三船敏郎さんの主演で映像化して以来二度目となるが、当時は直接的な描写がなされなかった昭和天皇の存在を前面に押し出しており、演じる本木雅弘さんが”引き受けるか迷った”と語ったことも話題だ。
今回編集部では、監督・脚本を務めた原田眞人さんに、本作に込めた思いや、戦争映画の意義について話を聞いた。
"再映画化"を決意するまで
ー本作を改めて映画化しようと考えたのは、なぜでしょうか。実はずっと昔からやりたかったんです。
若い頃から岡本喜八監督のファンだったんですが、『日本のいちばん長い日』に関しては、18歳の頃に観に行って非常に失望した覚えがあるんです。今見直しても"なんで?"って思う所ばかりなんです。
一番の疑問だったのは、"戦争の終結"という時に、東條英機が何をしていたのかが描かれていなかったことです。確かに彼は最後の段階にはあまり関係が無いのかもしれません。しかし、東條を抜きにして、”戦争の終結”は描けないだろう、という思いがありました。
また、三船敏郎さんが演じていた阿南惟幾陸軍大臣が、クーデター計画の進行とは全く関係なく、ただ自分の美学を全うするためだけに死んでいるように思えたんですね。見ていて、18歳の自分なりに、"これって何だ"、っていう気持ちが強かったですよ。
さらに、岡本喜八監督はご自身が戦争を体験されていますから、本土決戦を主張するような連中は狂気以外の何ものでもない、という描き方をされることも分からなくもありません。しかし、資料を読めば読むほど、畑中健二少佐というのは非常に純粋な人間で、その純粋さが他の将校たちを引き寄せたんだろうとも思います。
もちろん1967年当時は天皇を正面から描けないという苦労もあったでしょうし、これはいつか誰かが別の形で描かないと駄目だなと思っていました。
でも、戦後50年の区切りのときに出るだろうと思ったら出なかった(笑)。60年になっても出なかった。そうこうしているうちに、2006年、昭和天皇が主役の映画『太陽』(アレクサンドル・ソクーロフ監督、イッセー尾形主演、露・伊・仏・スイス合作)が日本でも公開されたんですよ。
ただ、僕はイッセー尾形さんが演じた昭和天皇は"違うな"と思ったんです。昭和天皇の形態模写をしたことが話題になったけれど、本来は2時間という枠の中では、天皇の風格、ある種の神がかり的な部分を描かなければいけないんじゃないかと思っていたし、畏敬の念があったらそんなことはできないだろうと。あの時点から完全に、自分がやらなければいけない、という気持ちになっていました。
ただ、企画を受け入れてくれるところが無かったので、すぐに実現はしませんでした。それでも自分なりに準備はしておこうと、もう一度半藤先生の作品などを読み直したりしていました。やはり『日本のいちばん長い日』を描くためには、終戦の4ヶ月前、鈴木貫太郎が首相に就任する時点から描けないと行けないだろう、とか、資料をどんどん読んでいくうちに大体のイメージが固まって行きましたね。
そして2013年の秋、プロデューサーたちと企画を考えていた時、"再来年は戦後70年だし、誰かが『日本のいちばん長い日』やるんじゃないの?"っていう話をしたら、"そういう企画は無い"と。しかも、映画化権について確認したら空いていたんです。これは放っておく手はないんじゃないかと(笑)。
そして2ヶ月後の12月中旬には『駆込み女と駆出し男』(公開中)の製作準備もやりつつ、脚本を書くプロセスに入って。元旦も書いていましたよ(笑)。4月の上旬には『駆込み女と駆出し男』の作業もほぼ終わって、自分の意識も改訂稿に行けるなと。その改訂稿がほぼ最終版になっています。
FOLLOW US