2015-08-03

あるミニマリスト終焉

私は10年前までミニマリストだった。

当時はミニマリストはもちろん断捨離という言葉もなかったが、私がやっていたことはミニマリストだった。

からそういうタイプだったわけではない。

普通に"もったいない"、"なにかに使えるかも"とためておくタイプだった。

物を所有することに意味を感じなくなった理由ははっきりしている。

高校生の時に家が火事になって燃えしまったのだ。

幸いにも家族は全員無事だったが、大事なモノや思い出の物は全部なくなった。

私の漫画コレクションや、中学校卒業アルバム、おねだりして買ってもらったPentiumの30万円のパソコン

"これがなかったら生きていけない"

と思っていたものがすべてなくなった。

しかし悲しかったのは1週間ぐらいで、実際にはそれらのものが無くなっても全然困らなかった。

まあそんなものなのだ

あると思うからもったいないが。なくて本当に困るものなんてそうそうない。

とにかくそから私は物へのこだわりがなくなり、身辺のものが少ないほうが楽だと思うようになった。

その後は、よくある断捨離ミニマリストと同じで身の回りのものを最低限にしながら

周りにも多少うざがられながら快適にミニマリスト生活を送っていた。

しかし、10年続いたミニマリスト生活の終わりはある日突然赤ちゃんと一緒にやってきた。

結婚して子供を授かったのだ。

子供を授かったのは幸せだが、本当にもの必要になる。

妊娠から乳児期は特にそうだ。

自分妊娠期の物は我慢ができても、子供のものとなるとそうはいかない。

なぜなら子供ミニマリスト精神を持っていない。

暑ければ泣いてねれないのでクーラーをつけてやる

鼻水がでれば咳き込んで寝れないので鼻水吸い取り器をかってやる

いろいろ体験させたいので毎週末に外出する

本も買ってやるが、もしかしたら次の子がすぐできるかもしれないので山のように積み上がっていく

家中おしっこまみれになる。

ミニマリストに対する批判はここにあるのではないかと思う。

自己中心的に生きられる状態の人しかミニマリストという生き方は選べない。

子供がいてもそうだし、介護する人がいてもそうだ。

要するにファッションというか一時的ものなのだ

私がミニマリストに戻れるのは、子どもたちが成人したうえに、親の介護不要かもしれない、早くても18年後のことだ。

今の状況は幸せの総量でいえば格段に上だ。だけどふと少しうらやましい気持ちにもなる。

そんな感じだ

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