帰港-1
叩き付けるような雨と風が、小さな船体に容赦なく猛威を振るう。
間断なく押し寄せてくる山のような波頭を、船首がどうにか乗り越えるその度に、ギギギと竜骨の軋む不気味な音が狭い艇内へと響き渡る。
真っ暗な夜の荒れ狂う海。
一隻の救命艇が木の葉のように翻弄されながら、嵐の中を滑るように進んでいく。
激しく打ち寄せる波間に見え隠れするのは、150名を収容可能な大型救命艇だが……乗船しているのは僅か五名の人員に過ぎない。
荒天の夜空を真っ二つに切り裂いて飛ぶ雷光が、刹那、漆黒の海に煌々と救命艇を照らし出して。落雷の轟音と共にビリビリと小刻みに鳴動する小さな船体――その四角い窓に一人の女性の姿を映し出した。
あれからどのくらいの時間が経ったのだろう……
客船は完全に沈んでしまったのだろうか……
何よりこれからどうなるのだろう……
こんな状況下であるにも関わらず、思考だけがやけにクリアになっていくのは、極度の緊張の所為だろうか。
期せずしてこの救命艇に乗り込む事になった五十嵐奈緒子は、高波と強風に煽られ上へ下へと激しく揺さぶられる艇内で、様々な思いを廻らしていた。
暗がりにもそれと分かるほどの、血の気の引いた蒼白い美貌はギュッと唇を引き結んで、転覆の恐怖を必死に堪えている様子。
隣に座る五十嵐宏昭は更に緊張した面持ちで。奈緒子と同様、前のシートの背凭れに獅噛みついていた。
波を被る度に洗われる窓の外――暗澹たる闇に閉ざされた海をつい見遣れば、時折、空を走る幾筋もの稲光が、この世の物とも思えない光景を浮かび上がらせる。
轟音と共に吹き抜けていく風が渦を成し、恐ろしい高さにまで巻き上げられた海水が塊となって、バラバラと凄まじい音を立てながら、天蓋を突き破らんばかりの勢いで降り注いでくる。
激しい波を真横から立て続けに受けた船体が、その衝撃に右へ左へぐらりと揺れて。船内各所から呻きとも悲鳴ともつかぬ声が疎らに聞こえた。
何処へ向かうとも知れず。そんな状態がもう何時間と続いている。
いつしか奈緒子と宏昭は互いの無事を確かめ合うように、緊張の汗に滲む手をしっかりと握り合っていた。
如何に復元力に優れた救命艇とは言え、極端に大きな横波を受けでもすれば唯では済むまい。
それでなくとも酷い嵐だ。何かの拍子に船体がダメージを負ったとなれば、それこそ天候の回復を待たずして転覆する事態も十分に想定し得る。
万が一にもそうなったら……しかし嵐の海に投げ出される恐怖とは別に、奈緒子は言い知れぬ懸念を抱いていた。
同じく救命艇に乗船する事となった三人の少年たちについて――である。
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間断なく押し寄せてくる山のような波頭を、船首がどうにか乗り越えるその度に、ギギギと竜骨の軋む不気味な音が狭い艇内へと響き渡る。
真っ暗な夜の荒れ狂う海。
一隻の救命艇が木の葉のように翻弄されながら、嵐の中を滑るように進んでいく。
激しく打ち寄せる波間に見え隠れするのは、150名を収容可能な大型救命艇だが……乗船しているのは僅か五名の人員に過ぎない。
荒天の夜空を真っ二つに切り裂いて飛ぶ雷光が、刹那、漆黒の海に煌々と救命艇を照らし出して。落雷の轟音と共にビリビリと小刻みに鳴動する小さな船体――その四角い窓に一人の女性の姿を映し出した。
あれからどのくらいの時間が経ったのだろう……
客船は完全に沈んでしまったのだろうか……
何よりこれからどうなるのだろう……
こんな状況下であるにも関わらず、思考だけがやけにクリアになっていくのは、極度の緊張の所為だろうか。
期せずしてこの救命艇に乗り込む事になった五十嵐奈緒子は、高波と強風に煽られ上へ下へと激しく揺さぶられる艇内で、様々な思いを廻らしていた。
暗がりにもそれと分かるほどの、血の気の引いた蒼白い美貌はギュッと唇を引き結んで、転覆の恐怖を必死に堪えている様子。
隣に座る五十嵐宏昭は更に緊張した面持ちで。奈緒子と同様、前のシートの背凭れに獅噛みついていた。
波を被る度に洗われる窓の外――暗澹たる闇に閉ざされた海をつい見遣れば、時折、空を走る幾筋もの稲光が、この世の物とも思えない光景を浮かび上がらせる。
轟音と共に吹き抜けていく風が渦を成し、恐ろしい高さにまで巻き上げられた海水が塊となって、バラバラと凄まじい音を立てながら、天蓋を突き破らんばかりの勢いで降り注いでくる。
激しい波を真横から立て続けに受けた船体が、その衝撃に右へ左へぐらりと揺れて。船内各所から呻きとも悲鳴ともつかぬ声が疎らに聞こえた。
何処へ向かうとも知れず。そんな状態がもう何時間と続いている。
いつしか奈緒子と宏昭は互いの無事を確かめ合うように、緊張の汗に滲む手をしっかりと握り合っていた。
如何に復元力に優れた救命艇とは言え、極端に大きな横波を受けでもすれば唯では済むまい。
それでなくとも酷い嵐だ。何かの拍子に船体がダメージを負ったとなれば、それこそ天候の回復を待たずして転覆する事態も十分に想定し得る。
万が一にもそうなったら……しかし嵐の海に投げ出される恐怖とは別に、奈緒子は言い知れぬ懸念を抱いていた。
同じく救命艇に乗船する事となった三人の少年たちについて――である。
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