がんやエイズウイルスを根本的に駆逐する。
鍵になるのは遺伝子です。
エイズウイルスに感染しているこの男性。
血液の中の遺伝子を操作することで状態が大きく改善しました。
使われたのはゲノム編集という最新の技術。
膨大な遺伝子の中から狙った遺伝子を探し出し書き換えるのです。
ゲノム編集を行い生まれたサル。
がんなど人間の病気を再現し新たな治療法の開発を目指しています。
今夜は、iPS細胞でノーベル賞を受賞した山中伸弥さんと医療の常識を変えるというゲノム編集の最前線に迫ります。
こんばんは。
「クローズアップ現代」です。
生命の設計図を容易に書き換えることができる技術が急速に開発されています。
私たちの細胞一つ一つには2万を超える遺伝子があります。
例えばこちらの部分は血を作るこちらの部分は筋肉を作る中には、病気を引き起こす原因となる部分もあります。
これまで遺伝子を操ることは非常に難しく30年前に開発された遺伝子組み換え技術も狙った遺伝子を操作することはできていませんでした。
今、狙った遺伝子をピンポイントに切断し働かなくさせることができるようになってきました。
この遺伝子を操作する技術ゲノム編集と呼ばれていまして病気を引き起こす原因となる遺伝子を切断し働かなくさせることによって根本的な治療法のない病気を治せる可能性が広がってきています。
新たな治療法への期待が広がる一方で人間が生命の設計図にどこまで手を加えていいのか操っていいのか社会的な議論はほとんど行われていません。
この技術は私たちに何をもたらすのか。
医療の分野に先駆けてゲノム編集の技術が活用されているのが農業、水産業です。
まずはその研究の最前線からご覧ください。
和歌山県白浜町。
ここで京都大学と近畿大学が共同でゲノム編集をした魚を育てています。
マダイです。
去年春、受精卵の段階でゲノム編集を行いました。
1年余りがたった今同じ時期に生まれたタイの1.5倍の大きさになっています。
タイのゲノム編集を進める木下政人さん。
長年メダカの研究をしてきました。
そこで注目したのが筋肉の成長を抑える遺伝子ミオスタチンです。
ミオスタチンが働かなくなると細胞の一つ一つが成長し通常より大きく育つのです。
この原理をタイにも応用しようと考えた木下さん。
しかし膨大な遺伝子の中からミオスタチンを探し出し働かなくするのは困難でした。
そんなとき出会ったのがアメリカで開発されたゲノム編集という技術でした。
生き物の遺伝子は4種類の塩基と呼ばれる物質で出来ています。
それぞれの塩基は特定のタンパク質などと結合することが分かっています。
その性質を応用したのがゲノム編集です。
目的の遺伝子と結び付くタンパク質などを並べます。
それを細胞の中に送り込むと何万もの遺伝子の中から目的の遺伝子を探し出して結合します。
これに遺伝子を切る物質を乗せておくと目的の遺伝子を切断し働かなくすることができるのです。
こうして行ったゲノム編集。
目的どおりタイは大きく成長しています。
食品としての安全性が十分に確認できれば3年後には市場に出したいとしています。
国内ではほかにも収穫量の多い米や腐らないトマト養殖しやすいおとなしい性質を持つマグロなどゲノム編集を利用した品種改良のプロジェクトが始まっています。
ゲノム編集はヒトに近い動物でも行われるようになっています。
小型のサルコモンマーモセット。
薬の効き目などを確認するために研究用に飼われています。
ここで受精卵にゲノム編集を行い免疫が働かない病気の状態を再現しました。
マウスよりもヒトに近い動物なので薬の効果をより的確に確認できるといいます。
ほかにも糖尿病やがん神経疾患などさまざまな薬の開発につなげたいとしています。
今夜のゲストは、ゲノム編集の技術に、早くから注目されてきました、京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥さんです。
ご自身が生み出したiPS細胞を使って、研究にもゲノム編集の技術を取り入れていらっしゃるということなんですが、人間が生命の設計図を、いわば自由自在に編集できるようになって、求める、例えば魚が生まれる、トマトが生まれる、どれぐらい画期的なことなんですか?
今回のこのゲノム編集の技術というのは、私自身が基礎研究を始めてもう25年くらいになりますけれども、その中で出会った技術の中でも、恐らく一番画期的といいますか、一番すごい技術じゃないかなと思っています。
今まで人間は、品種改良、いろんなことで、農作物や、魚でもやってきたと思うんですけれども、これ、なかなか簡単にはいかなかったんですよね。
そうですね。
今までの品種改良は、多くの部分は偶然に、偶然に生じる遺伝子の変化、これに頼って、長い年月をかけて、少しずつ品質改良をしてきたんですが、今回のこのゲノム編集というのは、もう狙い撃ちで、この遺伝子、このきのうのこの遺伝子をこう変えて、そして自分たちの人類にとって役に立つ品質に変えようという、しかも短時間で。
今までちょっと考えられなかったような技術ですから、研究者としても、いまだにこう、驚きの気持ちでいっぱいです。
この技術は、どんな種でも、応用できるものなのですか?
そうなんです。
ゲノムを編集するという技術は、例えばほ乳類の一つのネズミ、マウスというネズミでは、今から20年くらい前に、開発されました。
私もその技術を学ぶためにアメリカに行ったんですが、この技術は、当時も今もそうですが、1つの遺伝子を編集するのに、1年以上の時間がかかるんですね。
同時に、1つしかできないですし、またネズミ、マウスしかできません。
ほかの人間を含めてほかの種ではなかなかできなかったんですが、この5年ぐらい前に、突然出てきたこのゲノム編集という技術は、どんな種でも、どんな人間であっても、ネズミであっても、植物であっても、魚であっても使えますし、効率が非常に高いんですね。
成功率が高い?
数十%の成功率を誇りますし、それから一番大切なのは、技術として簡単です。
簡単?
非常に単純な技術で、簡単な遺伝子工学の知識のある科学者だったら、もう誰でもできる技術ですから、本当にこの3つが簡単で成功率が高くて、いろんな種に適用できる、いろんな生物に適応できるという、この3つがそろっている技術というのは、ちょっとほかに、今までなかったんじゃないかなと思います。
その受精卵の段階で遺伝子を操作して、サルが生まれてますね。
そうですね。
サルで免疫不全のサル、例えば人間のいろんな細胞を移植しても拒絶が起こりにくい、そういうサルが今、日本で出来ています。
これまではネズミでは、そういう免疫不全ネズミというのがあって、ヒトの細胞の移植とか、医学研究にたくさん使われてきたんですが、ネズミとほ乳類、だいぶ違いますから、今回、この技術で、サルで免疫不全、人間の細胞が移植できるサルが出来つつあるというのは、もう画期的な、医学研究にとって画期的なことです。
その受精卵の段階で、そういった改変をできるということは、その次の世代にも、それが?
そうですね、まさに品種改良ですから、その世代だけではなくて、その子ども、その孫、ずっと伝わっていきます。
ですからもう、品種、新しい品種を作り出すということになります。
種を超えてこれができるということは、ある意味では、人間の受精卵を使って、遺伝子の改変までできるということですか?
そうですね。
きょう、ビデオの中で、ミオスタチンという遺伝子の機能を抑えて、筋肉の量を多くしたタイの話が出ていました。
これは画期的なことですが、わたくしたち人間にも、同じミオスタチンという遺伝子があります。
ほとんど同じ技術で、私たちのミオスタチンの働きを抑えて、筋肉が隆々の人間を作り出すということも、理論的には可能ですから、これは使い方を誤ると、大変なことになってしまいます。
これ、今、最近のニュースで、人間の受精卵で遺伝子の改編が行われたということも伝えられていますね。
そうですね。
ことしの初めくらいから、うわさで、中国の研究者が、人間の受精卵で実際にゲノム編集を行っているといううわさが流れていました。
なかなか、いろんな倫理的な問題から、そういう研究をしていいのかという高いハードルがありますから、うわさにしかすぎなかったんですが、実際に先日、論文が中国の科学雑誌で発表されました。
それ、私も読みましたけれども、かなりしっかりした研究で、実際、人間の受精卵、ただ、受精卵といいましても、人工授精の結果、出来てしまった異常な受精卵で、その受精卵からは、赤ちゃんが生まれることは、発生することはないんですけれども、その受精卵を利用して、ゲノム編集を行って、効率であるとか、また目的と違うところが、どれぐらい変化が起こってしまうか、そういう基礎的な研究ではありますが、初めて人間の受精卵を使った研究が報告されました。
これに対しては、相当な違和感を覚える人も多いと思うんですけれども、今、どういう議論が行われているんですか?
世界中の研究者が今、真っ二つに分かれています。
ほぼ全員の研究者が、臨床用はするべきだと。
ゲノム編集をした受精卵、人間の受精卵から新しい生命、赤ちゃんを作るという、臨床応用はするべきだと。
これはバツだと、これはもうすべての研究者が言っていますが、今回の中国の論文の基礎研究はどうなんだと。
人間の受精卵でどれくらいの効率で、ゲノム編集が起こるか、そしてどれくらいの安全性があるか、そういった基礎研究はやってもいいんじゃないかという研究者もおりますし、いや、その基礎研究を含めて、人間への応用は今はだめだと、もっと社会の議論が、研究者だけではなくて、一般の方、またこういった技術で恩恵をこうむる可能性がある患者さん、そういった中での議論がちゃんと成熟するまでは、すべての研究をストップするべきだと、そういう研究者もいます。
この技術を巡っては、社会的な議論はまだほとんど行われていないという状況なんですけども、続いてご覧いただきますのは、ゲノム編集に期待が集まっている、医療への応用です。
ゲノム編集の医療への応用が最も進むアメリカ。
実際に臨床試験が行われているのがエイズウイルスを減らす取り組みです。
その臨床試験を受けたマット・シャープさんです。
27年前バレエダンサーだったときにエイズウイルスに感染しました。
以来、エイズの発症を防ぐために毎日複数の薬を飲んできました。
しかし薬を飲み続けても免疫力を表す数値は少しずつ低下。
めまいや下痢などの副作用もありました。
主治医に勧められて参加した臨床試験。
その治療法は、まず血液を採取。
血液の中の細胞に対しゲノム編集を行います。
その上で体に戻すというものでした。
ゲノム編集を行った会社です。
この会社が注目したのはエイズウイルスが取りついて増殖する血液の中のリンパ球でした。
リンパ球の表面にはエイズウイルスが結合しやすい突起があります。
それを足がかりにウイルスがリンパ球の中に侵入し増殖していくことが分かっていました。
そこで、この突起に関係した遺伝子をゲノム編集で切断すれば突起がなくなりエイズウイルスがリンパ球に侵入できなくなると考えたのです。
治療を受けたマットさん。
驚くべき効果が現れました。
免疫力を表す数値は薬を飲むことが必要とされる低い数値から大幅に改善したのです。
マットさんに臨床試験を行った会社では、さらに対象者を増やし実用化に向けた研究を進めています。
ゲノム編集の医療への応用を支援する研究機関もあります。
ボストン近郊にあるブロード研究所です。
100人以上の研究者がゲノム編集を行う物質を開発しています。
この液体の中にその物質は入っています。
それをヒトの細胞にかけると狙った遺伝子を切ることができます。
ヒトの遺伝子は2万余り。
この研究所ではそれをすべて編集できるようにしようとしています。
こうして開発された物質は病気の原因を調べることに使うことができます。
例えば、がんを引き起こしている遺伝子を調べたい場合ゲノム編集の物質を次から次へとがん細胞にかけて遺伝子を切断します。
その結果、がん細胞に影響があればその遺伝子が、がんとなんらかの関係があると推測できます。
ブロード研究所ではゲノム編集を行う物質をほかの研究所の人たちにも安い価格で提供しています。
エイズを巡っては、ゲノム編集で、リンパ球の突起がないものを作って、そして患者さんの治療に当たって、すでに、臨床応用の段階なんですか?
そうですね、今の使い方は、患者さんご自身の細胞を取り出して、ゲノム編集を行って、もう一度戻すという使い方ですから、これは患者さんのためだけの治療なんですね。
前半にございましたように、次の世代、子どもさんであるとか、お孫さんに伝わらない方法ですから、これは倫理的に全く違う方法になります。
こういった使い方は、また、2つ目の実験室での使い方、こういった医療応用というのは、もう急速に今、進んでいます。
そして、例えば、がんの場合でも、どの、いろいろな物質を作り出して、がんを発生させている原因の遺伝子を切ることができれば、これ、根本治療になっていく可能性はあるんですか?
がんの研究、急速に進んでいるんですが、まだまだ分からないことがいっぱいあります。
今回のこのゲノム編集によって、2万以上ある遺伝子の一つ一つの機能を調べて、どの遺伝子ががんに、それぞれのがんに大切かということが、今、急速に分かっていますから、今まではがん、もう多くのがんに、同じくすりを使っていたんですが、今後は、それぞれの患者さんのがん、場所が違うがんごとに、違う薬が開発されていくんじゃないかなと、そんなふうに期待しています。
そして、現在、iPS細胞を使って、ゲノム編集の技術も応用しながら、治療を行おうとしている、研究をされていると。
具体的にはどういうことをなさいましたか?
私たちのiPS細胞研究所でも、複数の研究者が、このゲノム編集の技術を取り入れています。
例えば、先天性の疾患、遺伝子の異常で、筋肉、全身の筋肉の力がどんどん弱ってしまう、そういう患者さんがおられます。
そういう患者さんから、iPS細胞を作ります。
iPS細胞の中でも、筋肉を作る遺伝子に異常があります。
その遺伝子を、ゲノム編集の方法で、iPS細胞の段階で治すことに成功しています。
iPS細胞、ゲノム編集で遺伝子異常を修復したiPS細胞を大量に増やすことができます。
そして、そのiPS細胞から、筋肉の元の細胞を作り出すことにも成功していますので、今後、この遺伝子修復を行った、筋肉の細胞を、患者さんに戻すと、そういった、ゲノム編集とiPS細胞を使った細胞移植、両方ですね。
これを組み合わせた治療の実現に今、一生懸命頑張っています。
出来た、そのゲノム編集をして、iPS細胞で増やした、編集後の筋肉というのは、同質のものなんですか?病気になってないんですか?
そうですね、修復する前は、iPS細胞から筋肉を作ると、やっぱり異常な筋肉になりますが、ゲノム編集で修復しますと、正常の方と同じような、きれいな筋肉が出来るということも確認しています。
そうした同じ方法で、ほかにも今まで根本的な治療法のない病気を治す可能性も見えてきていますか?
はい。
筋肉以外に例えば血液疾患ですね。
やはり一つの遺伝子の異常で、正常な血液細胞が出来ないと、そういう患者さんもたくさんおられます。
そういう方からiPS細胞を作って、そして、異常な遺伝子をゲノム編集で修復して、修復したiPS細胞から、血液細胞を大量に作って、患者さんに戻すと、こういう研究も、急ピッチで進んでいます。
生命科学者でいらっしゃって、その生命科学者の目から見て、この技術というのは、本当に人間が手に入れてもよかったんだろうかというような思いはありませんか?
この技術は、本当に私たちのiPS細胞に比べても、もうiPS細胞なんて足元にも及ばないような、ものすごく可能性のある技術なんですね。
ただ、どんな科学技術でも、いい面と、それからよくない側面があります。
諸刃の剣といいますか。
ですから、このゲノム編集という、すばらしい技術、このいい面だけを伸ばしたら、人類は後悔することはないと思います。
人類はますます幸福にすることができると思いますが、悪い面を伸ばしてしまったら、これは後悔することになると思いますから。
本当に恐ろしいSFの世界が実現するんではないかという。
そうなんです。
ちょっと前まで、5年前まで、これSFだと思っていた、人間の設計図を書き換えることが可能になりました。
これ、どうするか、科学者だけの議論だけではだめです。
2015/07/30(木) 19:30〜19:56
NHK総合1・神戸
クローズアップ現代「“いのち”を変える新技術〜ゲノム編集 最前線〜」[字]
いま「ゲノム編集」という最新の遺伝子操作技術によって、肉が2倍とれるタイの開発や、治療法のなかった病気を治そうという取り組みが進む。ゲノム編集の最前線にせまる。
詳細情報
番組内容
【ゲスト】京都大学iPS細胞研究所所長…山中伸弥,【キャスター】国谷裕子
出演者
【ゲスト】京都大学iPS細胞研究所所長…山中伸弥,【キャスター】国谷裕子
ジャンル :
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
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