拉致監禁を誘引した松濤本部部長・井口康雄に苦言を呈す!
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拉致監禁リアル情報(40)
プロローグ
以前の記事「あなた方は、なにをそんなに怯えているのか!?」 で、井口康雄(いのくち・やすお)のことを批判した。というより、揶揄し、からかった。 (文中、一部敬称を略す)
その後、ある拉致監禁体験者からお叱りをのメールをいただいた。
「井口さんがやってきたことが拉致監禁につながってきたのよ! 揶揄、からかいもいいけど、本質的なことを書いてよ」
たじたじ
そんで、居ずまいを正して書くことにした。根っ桐・葉っ桐・これっきり。井口のことを書くことはもう金輪際ないだろうから、やや饒舌かつ長文になること、許されたし。
最初に個人的なことから。
2006年頃のことだったと記憶するが、松濤本部1階の会議室で本部職員を取材していたとき、「米本さんに会いたいという教会員がいますが、紹介していいですか」
むろんOK。やってきたのが歴史編纂部長の井口康雄だった。
「やあやあ、米本先生ですか。先生のご著書を読んでいますよ。『カルトの子』は実に面白かった。勉強になりました」
大声、野太いだみ声で、いきなりの褒め発言。毒気にあてられた。
今振り返ると、あれが有名な賛美トークかぁと苦笑するが、自著が面白かったと言われれば、悪い気はしない。賛美トーク恐るべし
その後の会話は忘れたが、彼は「淳子ちゃん」を何度か口にし、自分は桜田淳子と仲がいいとさりげなく自己PRをしていたと記憶する。つまり、俺は有力な教会幹部だという印象づけ。
押し出しの強さは感じたものの、とりたてて彼に悪印象をもたなかった。それは、拙著『我らの不快な隣人』で登場してもらった在韓の日本人教会員(私が是が非でも会いたいと思っていた女性)を紹介してくれることになったからだ。
実際、彼は口先だけでなく、その女性とのインタビューの場を韓国でセッティングしてくれた。
このことはとても感謝していた。が、その後この女性のことで、彼の不誠実な態度を知り、感謝の念も薄れ、イーブンに。
それから数年後、後藤裁判の傍聴でたびたび顔を会わせることになった。理解不能な40日断食のことを教会員から教えてもらった結果、<また、断食おじさんが来てるな>って感じ。
彼のことは視界から消えていた。
しかし、今回の神山講演での示威行動。1か所だけならともかく3か所の会場すべて、で。俄然、興味を抱くことになった。
拉致監禁説得史
前回の記事の末尾で井口情報を読者に求めたが、実に様々な情報が集まった。クラクラするほどに。 どのように記事を構成していいのやら、かなり頭を悩ました。
たとえば、経歴である。井口の後輩家庭にあたる「徳野英治のプロフィール」をクリックすればわかるように、徳野の場合、非教会員にも出世階段が手に取るようにわかる。わりと単線型だ。
これに対して、井口の場合は早稲田原研第10代委員長から、いつかは不明なれど松濤本部の歴史編纂部長になるまでの経歴が錯綜していて、とてもわかりにくい。まあ、ご苦労されたようである。
したがって、こういう場合は原点に立ち戻るのが鉄則だ。
「井口さんがやってきたことが拉致監禁につながってきたのよ! 揶揄、からかいもいいけど、本質的なことを書いてよ」
まず、拉致監禁説得のことである。この強制脱会方法が始まったのは1960年代の後半からだった。創始者は荻窪栄光教会の故森山諭。その後、再臨主を待望するキリスト教会の牧師たちにこの手法が伝授され、京都の船田、大阪の高澤、新潟の松永などなどが手がけるようになった。
これとは別に、京都の村上密がやはり拉致監禁説得の手法を独自に確立していく。1980年頃のことだった。
この村上からノウハウを教わったのは日本プロテスタントのメガ教団、日本基督教団の牧師、故川崎経子と現行田教会の清水与志雄である。そして彼らから日本基督教団の牧師たちに伝授されていく。
今から振り返ってみるに、拉致監禁史上、特筆されるべき人物は2人だと思う。それは川崎経子と、森山とタグマッチを組んだ宮村峻(牧師ではなく一般人)だろう。
宮村と川崎は反りが合わなかったらしい。なんとなくうなづけるものがある。宮村は徹底した秘密主義で暴力的。これに対して川崎は比較的オープン型、説得場所はホテル。といっても、2人とも強制説得の方法を隠蔽することでは共通するのだが、ともかく川崎は出版物で統一教会の問題点を明らかにしてきた。
拉致監禁の件数は、1960年代の後半から1980年まではそれほど多くない。件数が目立つようになったのは1980年代に入ってから。そして、急激に増え出したのは1985年からで、1987年には全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)が結成されている。最高潮に達したのは1990年~1995年。この6年間で2000件を記録したはずだ。
原理運動を憂慮する会が発足
なぜ、1980年代から増加したのか。
これには井口が関係する。
井口は1950年4月生まれの、齢(よわい)64。九州産である。
一浪して早稲田の教育学部に合格した。1970年、学生運動がまだ華やかりしときだったが、次第にセクト闘争に変質し、内ゲバ事件が起きていた頃だった。
何年生のときかはわからないし、経緯も不明だが、井口は早稲田原研の第10代委員長になった。
彼が一躍全国区になったのは、川口記念セミナーハウス事件だった。
話はいきなり迂遠になる。
早稲田文学部に入学した川口大三郎君は多感な青年だったようで、部落解放運動のサークルや革マル、中核派、原理研究会に顔を出したりしていた。ところが、1972年11月、革マル派が川口君を中核派だと思い込み、殺害した。
早稲田は騒然となった。ようやく落ち着きを取り戻したのは1976年に犯人が逮捕されて以降である。
早稲田の総長・村井資長(すけなが)は、学生から大学の管理責任を、「団交」(つるしあげの団体交渉)を含め、問われ続けた。
心痛していた村井に近づいてきたのが、キリスト教徒を装う原理研究会のメンバーだった。川口君の霊を慰撫する意味を込めて「川口記念セミナーハウス」の建設を持ちかけてきた。村井が伊豆に所有していた土地に、募金を集め、建物を建てる。館長は川口君の母親という提案だった。
セミナーハウスは出来上がったが、その後、原理研究会が乗っ取ってしまった。正確に言えば、村井夫人が騙されて署名捺印してしまったという。
当時、早稲田の原研に所属していた元信者は、こう語る。
「川口記念セミナーハウスでの修練会に参加したことがあります。仲間うちでは村井総長に戻してあげたらいいのにと話していたことを覚えています」
この事件のことは、茶本繁正が「原理運動の実態―ファッシズムへの道」で触れており、そこに「井口康雄」の名前も登場する。むろん、井口ら学生だけで、このような大がかりなことができるわけではない。
韓国裏日記のちゃぬさんが『秋田の母ちゃん統一協会とわたりあう』を引用している。それによれば、全大学原理研会長の藤井羑雄(ふじいみちお)が講師となって、村井の自宅に黒板まで持ち込んで「原理講義」をしたという。
原理研究会あげての“乗っ取り”だといっていい。藤井は93年に統一教会3代目会長に就任している。
<解説>井口氏の主張は、川口セミナーハウスのことは裁判になったが、和解で終わった。したがって、乗っ取りは事実に反し、またこの事件に私が関与していたかのような記述は事実無根である。
1978年、「原理運動を憂慮する会」が発足。
第10代早稲田総長の村井がこの会の会長を引き受けたのは、原理研究会に騙されたという思いが強くあったからだと思われる。結果として、藤井-井口らの行為が反統一の色彩の強い会に社会的に権威付けを与えることになったのは、なんとも皮肉な話である。憂慮する会が拉致監禁の直接の母体になったわけではないが、中心メンバーには1980年頃から強制説得を始める前出の川崎経子などがいた。
同会は言論活動を開始した。
第1集は『これだけは知っておこう!原理=統一協会=勝共連合の実態』
第2集は『統一協会の経典「原理講論」の仮面を剥ぐ!』
そして1985年に出版されたのが第3集で、執筆者は川崎経子、タイトルは
『「原理に入った若者たち」-救出は早いほどいい-』
話は個人的なことになる。この小冊子を手に入れたときは、少々興奮した。拉致監禁の事実は体験者から聞かされていたが、客観的、物的な証拠はなかった。しかし、この小冊子には3人の元信者の証言録が載っていた。拉致監禁の語句はないが、明らかに日本語としての「拉致」「監禁」の具体例が書かれていたのだ。
入手したときは「拉致監禁」の根拠となる記述を探すという目的で読んだが、今回改めて熟読すると、統一教会・原理研究会のひどいやり方が否が応でも目についた。
井口発案トーク
話を井口のことに移す。
彼が早稲田を卒業したのか中退したのかは不明だが、その後、原理研究会の本部に所属することになったと思われる。といっても、ブロック長-学舎長といったラインの表組織ではなく、経済裏部隊の万物復帰(物売り、行商)担当である。
ここで、彼は水を得た魚の如く、能力を発揮する。
原研の大学生が一軒一軒の家々を回って物売りをするといっても、原価300円の珍味を3000円で買う人など誰もいない。
そうすると、セールストークが必要になる。それを井口は次々と考案したのである。時系列ではないが、
その1・障害者トーク。身体障害者の振りをして松葉杖をつきながら、「電動車椅子10台がぼくたちにはどうしても必要なんです。その資金を集めています。どうかこのお茶を買って、協力してください」というもの。詐欺である。
当時、都原研のメンバーだった女性が振り返る。
「夏休みに原研全体でいくつかの部隊を作って、全国を一斉に回る、大規模な万物復帰を行なっていました。私が都原研にいた頃は、井口さんは原研本部にいて企画・責任者のようなことをやっていたと思います。学生だから物売りに馴れていないし、それに後ろめたい気分があります。そうした躊躇する気分を払拭させるためか、大声で歌いながらの阿波踊りを学生たちにやらせていましたね」
自尊心を捨てさせる。ホームオブハートのようなハードな自己啓発セミナ-、あるいは足裏診断、教祖逮捕で有名になった福永法源の特訓と同じである。
【関連図書】拙著『教祖逮捕』を参照。
中部地区の大学で原研メンバーだった男性が話す。
「全国一斉に回りました。しかし、2年目の2巡目になると、『また騙しにきやがったな』ということになる。学生証を見せながら、物売りをしていたから、不信感を抱いて大学に確かめる人もいたからです」
そうなると、鬼才・井口はまた次の手を考える。
その2・苦学生トークである。
「両親が癌でとか、あるいは交通事故で亡くなったとか言って、学費が足りない。幼い妹、弟がいてその子たちの面倒もみなければならないというトークです」
まあ、江戸時代の「お父っつあんの借金がもとで」という吉原トークと同じだが、井口発案トークは事実に反するから詐欺である。
ちなみに、苦学生トークは自分の親を平気で殺してしまうから、反対派からは「親殺しトーク」と呼ばれていた。
この苦学生トークも、やはり2巡目となると、「また騙しにきやがったな」となる。
その3・土下座。
どんなトークを使ったのかは不明だが、要するに土下座して「これを購入して」と懇願するのである。
【関連面白映像】「謝ることが仕事、謝罪師のマジ土下座」。宮藤官九郎(くどう かんくろう)監督は異能の持ち主ですねえ。映画「舞妓Haaaan!!!」が最高でした。「謝罪の王様」で原研の土下座シーンを撮っていれば、もっと世界が広がって良かったと思うのですが。
その4・霊界トーク。
東北地区の大学の原研メンバーが40年前のことを思い出してくれた。
「モノは珍味、磁気ネックレス、水中花。宮内庁ご用達とかいう何とか昆布。それから、暴力学生追放のカンパというのもありましたね」
「井口氏は、これからキャラバンで万物復帰に出発するメンバーを叱咤激励するわけです。彼が何を話したのか、さっぱり覚えていません。覚えているのは、彼はその当事、霊媒師のようなことしていて、死んだ人の霊を呼び出すことに熱中していました。それで、メンバーから、話してみたい人(霊) のリクエストを受け付けていた。で、誰かの希望で、亡くなった誰かの霊(誰だったかは、記憶なし)を呼び出して、霊界は、みんなを応援してるから・・・とかなんとかのメッセージを語っていたように記憶しています」
井口の“霊媒ぶり”はつとに有名で、私にも「霊媒ができる」と話していた。
後年の霊感商法(高額壺売り)時代の話になるが、彼は「いま、ヤコブが降臨した」「モーゼが降臨した」「イエスが降臨した」と霊媒トークを使っていたそうだ。ただし、彼はそれほど壺売りをやっていたわけではないようだ。
この頃の笑えるエピソードを一つ。
ある教会員が井口に「私の父にも会ってください。そして、降臨をやってください。祖父との霊媒をしてくれたら、父は500万円ぐらいなら出しますから」と話した。
井口曰く。
「なんて、話せばいいの?」
教会員曰く。
「はい、私はハーフなので、父親の母国語でしゃべってくれたら、父は絶対に信じますよ」
霊媒師・井口は、しどろもどろになり、話題を変えましたとさ。
【参考図書】拙著『大川隆法の霊言』
井口発案トークによる物売りは、東北のブロック紙「河北新報」で記事にされたこともあって、さすがに教会内で問題となった。
このようなハレンチというかイグノーベル賞ものというか、インチキトークの行商を、井口が単独で行なうことはできない。
<注>文鮮明先生は、2000年に「集団結婚産業の導入」によって、イグノーベル賞経済学賞を受賞している(笑)。
井口を支持するアベルがいた。当時の原研会長の太田洪量(ひろかず)である。ウルグアイの人質事件の被害者として全国的に有名になった人、現在の役職は国際勝共連合の会長である。
先に、井口は壺売りをそれほどやったわけではないと書いたが、それはこういう事情によるらしい。霊感商法の親玉は古田元男だが、その古田と太田との折り合いが悪く、太田-井口ラインは古田の組織に繰り込まれることを嫌がった・・・。
ともあれ、太田、井口らの動きに危機感を抱いたのは、当時統一教会の広報局長だった副島嘉和(よしかず)である。彼は文鮮明に報告し、文鮮明は太田を叱ったという。このことが契機となって、井口は副島に怨みを抱くようになる。これに関連する出来事はまた後で登場する。
井口の悪行が拉致監禁を誘引した!
井口らの詐欺トークのことは、反対本で紹介される。
親は自分の子どもがどんな活動をしているのか知らない。しかし、本を読めば、「ひょっとして、うちの子も!」となるのは当然だろう。
うちの子が身障者の振りをして、私たち親を死んだことにして、土下座してまで・・・そういう場面を想像すれば、親の頭は真っ白になる。私の子どもがそんなことをしていたら、間違いなく張り倒したであろう。
かくして強制説得が始まった。
1980年代前半の拉致監禁事件の大半は井口指導によるインチキ物売りのせいである。
-川崎経子の先の冊子(1985年10月出版)から、娘を救出したという母親の手記を引用する-
昨年の秋頃、娘は大宮の日訪班とかいう所に転勤させられ、マイクロバスで本格的な物売りになったのです。
運良く、娘は私共の住むこの雪深い地に来たのでした。大雪の最中、暖房のない所で寝袋に入って寝起きの毎日で、朝5時頃から夜11時頃まで珍味を売り歩いたそうです。風呂は10日に一度、食べ物は駅のトイレの水道で洗い、水道が凍った時は雪で顔を洗ったそうです。
手足は凍傷で「たらこ」のように膨れ上がり、全く感覚が失われいたそうです。
娘が1日の休暇をもらって、わが家に辿り着いた時は「これがわが娘か」と、一瞬目を疑うほどの変わりようでした。
顔はふくれ、雪焼けで真っ赤になり、姿勢は悪く、浮浪者同様、「何かあったな・・」と私は直感しました。
心が抜かれて形骸のようになった娘の姿に、ただただ情けなくて、頭から血が引いていく思いでした。
疲れて疲れて、朦朧とした状態でありながら、それでもなお自分達のやっていることは正しい道だと信じ込んでいるのです。(47~48頁)
冒頭に紹介した「井口さんがやってきたことが拉致監禁につながってきた」という指摘は、全くもって正しい。
後藤徹は12年余の監禁で宮村らを訴えている。その傍聴に井口がやってくる。自分の行為が拉致監禁を招いたことを知りながら、どんな気持ちで法廷でのやりとりを眺めているのか。井口脳を解剖したいという衝動に駆られる。
ところで、情報提供者からこんなアドバイスがあった。
「拉致監禁をすべて井口君のせいにするのは間違いだ。もっと大きいのは霊感商法をやっていた連中だ」
この指摘は正しい。私も井口の詐欺まがいの万物復帰が拉致監禁のすべての誘因になったとは思わない。より誘因となったのは霊感商法もさることながら、マッチング結婚だろう。
マッチング結婚によって1988年に6500組、4年後の1992年に3万組、95年には35万組(これはオーバーな数字)、さらに97年には3600万組(はなはだしい誇張)のカップルが誕生している。このことを揶揄して、イグノーベル賞経済学賞が文鮮明氏に与えられたわけだ。
ちなみに、拉致監禁の件数が飛躍的に増大したのは、合同結婚式が話題になった、1990年に入ってからのことである。
謝罪しなかった原研&統一教会
統一教会諸君は次のことを真剣に考えなければならない。
井口流の万物復帰が行なわれたのは1982、3年頃まで。それ以降は禁止されている。
3万双のシックが教えてくれた。
「私が万物復帰をしていたのは1990年前後ですが、このときには既に、『昔、原研が身障者トークや土下座トークをして大問題になったので、実績を出したくても(物を売りたくても)絶対にそういうことはしないように』と厳しく注意されていました。かなり厳しく注意していたので、それくらい問題になったことだけは分かります」
禁止されたのに、どうしてその後も拉致監禁が起きるのか。
それは原研の会長、太田洪量が社会に向かって、「バカなことをしていた。謝罪する」とアナウンスしなかったからだ。そのため、原研に入った学生の親は川崎の小冊子(出版は85年10月)を読んで、今でも続いていると思い、監禁説得に走ったのである。
これは、霊感商法も同じである。1991年のラスベガス会議で、文鮮明氏が中止の指示を打ち出した。このときに初代会長の久保木修己、91年に二代目会長に就任した神山威が社会に向かって、中止したことをアナウンスし、謝罪の声明文を発表すべきであった。
そうしなかったから、桜田淳子、山崎浩子らの合同結婚式を契機に、1992年から週刊誌で一斉にマッチング結婚とともに、すでにやめたのに霊感商法への批判の火が噴いた。
このため、高額壺売り販売(霊感商法)は今でも続いていると思っている人もいる。(霊感商法言説の下痢ウンチ状態)
90年代から2000年代初め頃の拉致監禁の原因の第一はマッチング結婚だが、自分の子どもたちが高額壺売りをやっていると思い込んでいたこともあるのだ。
ちなみに、そのときの強制説得家の保護説得誘い(いざない)トークは、
「お子さんは今は(霊感商法の)被害者だけど、いずれ加害者になる。犯罪者にさせないために一刻も早く保護しなければならない」
というものだった。これは、当時東北学院大学教授だった浅見定雄が講演かなにかで話した内容をヒントに、トーク化したものと推測する。井口トークは一過性で終わったが、加害者トークはかなり長く続いた。
なお、誤解を招きそうだからあえて付言しておくが、壺売り禁止後、統一教会に違法行為がなくなったというつもりは全くない。
とまれ、結果として、謝罪しなかったことが拉致監禁の増大につながった。
拉致監禁の責任はひとえに「お子さんを脱会させるには保護説得しかない」と語ってきた強制説得家にあるが、教団の責任も免れない。このことは胆に命じるべきだろう。
悪いことをしたら謝る。こうしたあたりまえの組織体質にならなければ、2世教育など夢のまた夢だろう。
井口の問題点を別の視点で批判する教会員もいた。ある777双が振り返る。
「井口君たちが幼稚なことをやったため、優秀な原研の学生が献身しなかった。その罪は大きい」
この証言は、以前に取材した京大卒の元教会長の話と符合する。
「京大の原研で献身したのは私だけです。あとはみんな社会に出ていった。結局、筆算が早くできないなど、能力があまり高くない人たちが組織に残った」
ところで、拉致監禁をなくすという風土が当の教会に生まれないのはなぜか、ということに触れておく。それはひとえに、仲間のことには関心がない文化(愛なき組織)にあるが、もう一つは自分たちがやってきた行いが拉致監禁を招いたという意識が、意識下にあるからではないかと推測している。
なぜ、拉致監禁が起きるのか。これを問い詰めていくと、まともな教会員なら、社会から批判されるようなことをしてきたからだという結論にたどり着く。そうでないオツムの弱い人は、共産主義者が統一教会を解体するためにやっているのだと妄想するのだが・・・(苦笑)。
原因を追求すればするほど、反省を迫られる。そうすると、結局のところ、これまでの自分を否定(自己否定)せざるを得なくなる。そうなればアイデンティティ・クライシスに陥る。それが無意識のうちに恐怖心となる。それゆえ、拉致監禁のことを突き詰めて考えることを忌避するのではないか。
ただし、井口はそこまで“高尚”ではなく、たんに脳の周りが分厚いビニールで覆われているため、平気で、後藤裁判に顔を出すのだと想う。
なぜ10年以上も部長職のままか?
井口と拉致監禁との関係についてはこれで終わるが、もう一つの謎に触れておく。井口が歴史編纂部長職に長くとどまっている謎である。
さいぞうさんのコメント「価値と能力、価値と個性」(9月29日)
以前本部の近くにいたことのあるという友達に聞いたところでは、「本当の本部組織の癌は、会長や局長ではなく、部長や課長だよ」ということでした。詳しくは教えてもらえませんでしたが、局長は人事でコロコロ変わるが、部長以下はずっとサラリーマンで居続けるから、局長以上の人よりも腐りきっているのだそうです。
(略)
こういう奴らの生活費に、私らの献金が使われていると思うと、たまに無性に殴りたくなる衝動にかられるので、そういうときには礼拝をさぼります。そうしないと殴っちゃうから。だから、礼拝人数が少ないからといって、信者を無理やり参加させないようにしたほうがいいよ。どこかの教会で、公職者の誰かが殴らたりしたら大変だもん。
彼が歴史編纂委員会の委員になったのは2000年の頃だと思うが、いつ部長になったのかは定かではない。「10年以上は歴史編纂部長だ」という人もいるが、はっきりしないのは組織内で公告されなかったからではないか。
歴史編纂委員会の主な仕事は、『日本統一運動史』を発刊することにあった。
同書は2000年、続編は2009年に出版されている。
これで歴史編纂の役割は終わった。それにも関わらず、井口は部長職のままだ。
統一教会の資金が潤沢ならともかく、2009年に日本担当になった文国進は、財務を立て直そうと、苛烈なと表現していいほどのリストラを行なった。それなのに井口部長は手つかずだ。
先の「10年以上は歴史編纂部長だ」という証言が正しければ、この10年間で局長は-あとで返り咲いた人もいるが-すべて人事異動となっている。歴史編纂の役割が終わったのに、どうして彼は部長職のままなのか。誰だって、不思議に思うだろう。統一教会の七不思議
ひょっとすれば、歴史編纂の前に教団に大きく貢献した何かがあるのだろうか。
今回、様々な情報が集まったが、井口への評価は一様に低い。
煩雑になるので、いちいち紹介しないが、井口はヨーロッパで長く水産事業を手がけたが、いずれも失敗。1990年代の話。広島の教会の復興団長になるも、みんなから嫌われて、ご退場。2000年初頭の話。どうもこの後、歴史編纂の仕事をするようになったと思われる。
これ以上書くのは省略するが、世界日報襲撃事件に関わっていたことだけは紹介しておく。
「世界日報襲撃事件」である。
上のウィキペディアを引用すれば、事件の概要は次の通りである。
世界日報事件
1983年10月1日、当時の編集局長らによる、統一教会色を薄め一般紙を志向する路線を会社の乗っ取りであると反発した「国際勝共連合」理事長梶栗玄太郎ら約百人が、東京都渋谷区宇田川町のワールドビル(当時)内にあった世界日報社事務所に押しかけて社内を占拠し、社員を監禁・暴行した。
この事件で追放された元編集局長(統一教会の広報局長でもあった)副島嘉和と営業局長井上博明は連名で『文藝春秋』 1984年7月号に「これが『統一教会』の秘部だ―世界日報事件で『追放』された側の告発」という手記を発表。
統一教会の思想が“いずれ世界は統一教会により統一される、そしてその中心は世界の王たる文鮮明師である”とする韓国中心主義である事、霊感商法のマニュアルや資金の流れなどを暴露した。中でも、世界各国の、やはり統一教会の幹部たちが演じる元首“代理”と共に、統一教会会長の久保木修己が“天皇の代理”として文鮮明に拝礼する秘密儀式があるという内容に、勝共連合を反共の同志と考えていた民族派や右翼が激怒し反発した。
同誌発売直前の1984年6月2日、副島は、帰宅途中の路上で暴漢に「韓国の空手を使ったような」(副島本人による証言)技で全身をメッタ刺しにされ、危うく命を失いかけるほどの重傷を負った(「副島襲撃事件」)。
新聞社の元編集長が内部告発の後に殺されかけるというこの事件を「読売」、「朝日」、「毎日」の各紙が報じたが、『世界日報』は記者が病院に駆けつけていながらこの事件を一切報道しなかった。結局、犯人を特定できないまま、この事件は時効を迎えた。この影響で、それまで『世界日報』に執筆していた文化人たちの中にも距離を置く者が少なからず出た。その後は統一教会の責任役員石井光治と梶栗の二人を共同社長とした体制で再刊されたが、事件の前よりも統一教会色が強い新聞となった。 (引用終わり)
※これに補足すれば、副島の一般紙への脱皮の試みは成功しつつあった。部数は急激に増え、執筆する文化人も増え、統一教会から資金を仰ぐことなく、財政的にも独立した。しかし、石井と梶栗が共同社長となってからの世界日報は部数が激減し、再び統一教会に資金を頼る新聞になってしまった。その統一教会の資金も枯渇し、社員はアルバイトをしながら生活している有り様だ。人間としてもまともで人間愛あふれる記者がいるだけに残念なことである。
なお付言すれば、副島手記を改めて再読したが、実に秀逸、示唆に富むことが多かった。近くの市町村図書館に注文すれば県立図書館から取り寄せてくれる。統一教会を内部から改革したいと思う教会員には必読文献である。機会あれば、ブログで全文載せる予定だ。
世界日報を襲撃した100人のうちの1人が井口だった。彼のことを「武闘派」(知り合いの教会員)と表現する理由がようやく理解できた。井口が勝共連合の熱心な活動家だったという話は聞かないから、梶栗に個人的に声をかけられたのだろう。副島憎しだったから、飛びついた・・・。
梶栗と公安
副島が襲撃されたときの記事を読んだ。朝日新聞の1984年6月3日の朝刊である。襲撃したのが井口ではないかと疑ったからだ。
<解説>世界日報に関する記述全体を読めば、副島を襲撃したのは井口ではないと理解できよう。しかし、井口はそのように受け取らず、どの記述部分か不明だが、削除せよという。
(一部引用はじめ)
(世田谷の北沢警察署の)署員が駆けつけたところ、マンションの自宅で副島さんが血を流して倒れており、救急車で近くの病院に運んだが、背中や右側頭部、左腕に切り傷を受けて大けが。
(略)
同署員が傷害事件として調べているが、男は30歳ぐらいで、坊主頭。カーキ色のヤッケを着て白っぽいズボンをはいていたが、副島さんは面識のない男だという。
(引用終わり)
犯人はふつうに考えれば、世界日報を襲った国際勝共産連合の一員であろう。これとは別のところで、副島は「韓国の空手使い」と証言している。ウィキペディアの記事になっている。
当初、韓国の空手をテコンドーと思っていたが、メルトモから教えてもらった。
「そうではない。正道術(せいどうじゅつ)、チョンドスルだ。この当時、原理の修練会でもスポーツの時間に型を教えられ(まだ覚えてる)、各大学の原研が上からの指示で正道術サークルを作ったり、孝進が正道術の激しいパフォーマンス演技をしている動画もあった」
「統一教会の教祖・文鮮明の死に思う」では、正道術を殺人カラテと表現している。
正道術を使う坊主頭。際立った特徴があった。警察内部でいう「筋がいい事件」である。すぐに捕まりそうなものだが、事件は時効で終わっている。
警察は、8カ月前の世界日報襲撃事件のことを知らなかったわけではない。襲われた日報のカメラマンKのSOSによって、警察が急行しているからだ。この襲撃事件も、朝日・毎日・読売新聞を調べたが、報道されていなかった(他の新聞では報道されたというがどの媒体か不明)。部外者100人が10数人の社員を襲い、負傷者も出た。傷害事件として告訴されたのに、警察はろくに捜査しなかったようだ。
いったい、なぜなのか。
副島は2回の手術によって一命を取り留めた。たんなる傷害事件ではなく殺人未遂事件である。犯人を逮捕すれば、警視総監(都の警察本部長)から表彰される。憧れの警視総監賞だ。現場の刑事は手柄を立てようと必死になって捜査する。そういう案件なのだ。
キーワード、材料は豊富だ。
梶栗玄太郎・勝共連合・8カ月前に100人による副島の世界日報を襲撃した事件があった・犯人は坊主頭の正道術使い。
新米刑事でも犯人を逮捕できるような事件だった。それなのに・・・。
つまり、警察はきちんと捜査しなかったということなのである。
なぜか。類推できるのはただ一つ。
「国際勝共連合」理事長梶栗玄太郎と公安警察との癒着関係である。
両者の利害は、反共で一致していた。正道術使いの坊主頭を知っていた梶栗は警察に泣きを入れ、事件をうやむやにしてもらった。そう解釈するのが自然であろう。
梶栗は何をバーターとしたのだろうか・・・。高級酒と銀座の女か。それとも日本共産党の秘密情報か。
勝共連合と公安との情報交換は、私が知る限り、2000年頃まで続いていた。
話は後年のことになる。
特定商取引法違反で、教団本部の地元、渋谷界隈で活動していた(株)新世が2009年に摘発された。当然、教区事務所のみならず本部にもガサが入ると思われていた。しかし、教区どまりだった。
これについての私の推測は紆余曲折したが、梶栗が旧知の元公安警察の幹部に懇願したからだという結論に辿り着いた。
徳野を引責辞任させるからぁ~。それに高級酒と銀座の女をゴチするから、というのもあったのかしれない。
とまれ、この謎は梶栗が鬼籍の人となったため永遠の謎となってしまった。
ところで、世界日報事件、副島殺人未遂事件の謎については、副島さんがある程度の情報をその後入手したのではないかと思う。副島さんは現在67歳前後。是非、お目にかかりたいと思っている。副島さんの消息を御存知の方がいれば、非開示コメントか個人メールで教えてください。
なお、井口は世界日報襲撃事件後、梶栗が日報の社長に就任したときに同社の販売局長に抜擢された。しかし、無謀な過剰投資(世界日報の身の丈に合わない工場建設)で、周囲からヒンシュクかったそうで、あえなく人事に・・・・。
本部局長たちの井口観
話は大きく横道にそれてしまった。なぜ、井口は歴史編纂部長にとどまっているのか-という謎に戻る。
これは情報提供者の誰もが疑問に思っていることである。
不思議なことに、井口は局長会議などに平気で顔を出す。
1800双という先輩家庭ゆえのことか。それとも周囲に威圧感を与える存在だからなのか。
「井口先輩、ちょっと遠慮してもらえませんか」
と、なぜやんわりと断ることができないのか。
局長諸君も、それぞれが言い出せない。なぜそうなのか。みんながみんな、自主規制していることに疑問を抱いているようだ。
「彼がなぜ本部にいるのか分からない」
「彼をクビにしようとした局長が、逆に人事になったことがある」
「彼は、参加対象ではない会議にも平気で顔を出して情報収集する。彼はそうやって幹部のいろんな情報を入手しては、自分の利得にしているのではないか。そうでなくては、机の上もまともに整理整頓できない男を本部の部長においていくはずがない」
「地方に講演に行く際には、教会から講演料をもらうだけではなく、参加者食口からも資料代と称してお金を集めている」
「教会や日本に危機が迫ると、決まって40日断食をする!と言いだし、会長や総会長を困らせていた」
井口がある元局長にこう語ったそうだ。
「私は、統一教会の表だけではなく裏の歴史も研究していますから、教会の動きは何でも知っている」
その元局長曰く。
「幹部のいろんな情報を入手しては、自分の利得にしているのではないか。断食とすごむことくらいしか能がないのに、本部部長を10年以上続けている理由は、他に思いつかないなあ」
井口先~輩!あなたが出席する会議で局長たちはこんなことを思っているんですよ~ぉ。クスッ
解雇されない部長たち
上記の元局長のコメントは穿ちすぎと思われるかもしれないが、あながち間違いとも言い切れない。
前出のさいぞうさんのコメント「価値と能力、価値と個性」に触発されて、元局長や本部関係者に探りを入れてみたところ、確かに本部では局長よりも部長たちの方が実務的権限を握っているようである。それぞれ専門職を長年続けているためだ。ころころと人事異動される局長や会長などは口だけ達者なだけで、実務は部長に頼るしかないようである。
そのため、いわゆる主(ぬし)のようになっている部長は、おいそれと人事できないのだという。例えば「オカミツ夫人」と呼ばれる777双の女性経理部長は、いったい何年間、本部に在籍しているのか、私が調査した範囲以内の人間は誰も知らなかった。もしかしたら、日本統一教会の発足時から経理部長なのかもしれない。
これだけ長く本部の金庫番をしていれば、当然教会の金の動きに関しては誰よりも詳しく知っていることになる。つまり、こういう人間が教会に反旗を翻したら、本部としては大いに困る。つまり、どんなに財政難になっても、定年を過ぎようが、解雇できないわけだ。
統一教会の信徒情報を管理している人事部、ないしはIT部という部署には、「イグチ」もしくは「エグチ」という名の部長がいるらしい。この男は「統一教会のCIA長官」と噂され、全国の公職者に恐れられているようだ。正式な部署名や本名も、地方の公職者に知られていない謎めいた存在である。本人も意識的に目立たないようにしているらしい。
IT技術に精通し、かつて柏教会の松橋教会長がブログ村で悪さをしたときにも、その技術を生かして松橋氏の活動を阻止したらしい。人事情報を扱う職権上、いろいろな幹部の悪事も知っているので、やはり本部は無下には扱えないだろう。
他にいろいろな職種で、同様の立場にある部長たちがいる。そういう観点で考えれば、「教会の裏の歴史を研究している」と豪語している井口も、上記部長たちと同じ理由で解雇されないという推測は十分に成り立つのである。彼らは人格や能力に問題があろうが、決して解雇されず、恵まれた給与体系で守られている。
井口は来年65歳を迎える。退職するかどうか興味深々だ。
承認欲求
井口の行動は、非教会員のみならず教会員にも理解できないところがある。後述する断食もそうだが、神山講演での三か所の会場すべてでの示威行動も理解しがたい。天敵である田中清史(ややカルト新聞の鈴木エイト)にからかわれることを知りながら、たすき掛けで会場に現れる。しかも、そのたすきにプリントされた文字は、意味不明な「40日リレー断食」。
田中の井口記事「三男派に“寝返った”元日本統一教会会長が講演会=教団幹部が会場前で来場者に圧力? 」を読んで、心底驚いたことがある。それは、若き日の断食中の写真を、わざわざ田中に見せたというのだ。
統一教会員になら分かるが、なぜ、二回りも年下のしかも反統一の旗幟を鮮明にしている田中に誇示する必要があるのか。そもそも、そんな写真を示威行動のときになぜ持参する必要があるのか。
週刊文春の記事に抗議するため、いの一番で、文藝春秋本社前で断食抗議したのも井口だったという。
私が個人的に首をひねったのは、後藤判決後の地裁前で行なわれた勝訴集会でのことだった。「後藤徹氏の民事裁判勝訴を複数のマスメディアが報道」に添付された、集会の動画を見てもらいたい。カーソルを最後のほうに持ってくればわかるが、広報局長の鴨野が集会の閉会を告げたあと、いきなり井口が登場し、「マンセー・・マンセーマンセー」と叫んだのだ。
<ここは日本だ。同じ叫ぶならマンセーではなく万歳だろうが、このタコ>と思ったのはともかく、なぜ、井口がおおとりで登場するのか、とても違和感を覚えた。彼が本部の拉致監禁対策委員会のメンバーだったのならともかく、後藤裁判とは関係ない教会員である。この違和感はいまだ残っていたが、ようやく納得できた。
彼の行動は、自分の存在をみんなに認知させようとする点で共通する。
都原研で阿波踊りを率先してやり、局長会議に平気で顔を出し、マンセーを叫び、神山講演会場にあえて目立つ格好で登場する。みんながやりたくない分派狩りを先頭に立ってやる。
「承認欲求」がきわめて強いのだ。クリックして読んでもらいたいが、一部を引用する。
(引用はじめ)
承認欲求は、主に子供や何らかのハンデキャップを抱えている人々などの社会的弱者、劣等感に悩んでいる人間、そして情緒が不安定な精神病患者やパーソナリティ障害を持つ者に強いという傾向がある。
(略)
承認欲求とは、自分が集団から価値ある存在と認められ、尊重されることを求める欲求である。
尊重のレベルには二つある。低いレベルの尊重欲求は、他者からの尊敬、地位への渇望、名声、利権、注目などを得ることによって満たすことができる。マズローは、この低い尊重のレベルにとどまり続けることは危険だとしている。高いレベルの尊重欲求は、自己尊重感、技術や能力の習得、自己信頼感、自立性などを得ることで満たされ、他人からの評価よりも、自分自身の評価が重視される。この欲求が妨害されると、劣等感や無力感などの感情が生じる。
(引用終わり)
おそらく、井口は幼児・少年期に対人関係をきちんと学習できなかったのではないのか。
これを裏付けるには、彼の子ども時代のことを調査しなければならないが、それはさすがに時間と能力を浪費することになるので省略する。(井口さん、調べなくて、ごめ~んね)
断食芸人
この稿のおおとり、最後の締めは、やっぱッ、断食芸人でしょうね。
その前に、露払い的なエピソードを一つ。
井口さんが糟糠の妻に語ったそうだ。
「風呂に入らずパンツも取り替えない。それでパンツが溶けてしまった。これを俺の伝説にする」
妻は夫に呆れ、嫌悪感を抱く。が、我慢我慢。なにせ真のお父様が選んでくれた人だから、きっといま主人は精神の苦海路程にあるんだわッ。と、思われましたとさ。
ほんとの話なのかなあ・・・。
さて、いよいよ40日断食路程の話である。
統一教会の機関紙・中和新聞の愛読者だったという教会員からの情報である。
「まだ紙媒体だった頃の話です。連載コーナーに<私の出会った文鮮明先生>というのがあって、それを楽しみに読んでいました。だいたい1人1回、多くて2回の連載。ところが、井口さんだけはなんと8回もの連載でした。驚きましたねえ。それも、文鮮明先生のことにはほとんど触れずに、自分の断食自慢を延々と綴っていた。正直、気持ち悪くなりましたよ。その記事のURLを貼り付けておきますね」
「私の出会った文鮮明先生 井口康雄(1800双)」
コピペしませんので、クリックして読んでください。ここでは2点だけ。
記事冒頭のリード文が面白い。
10回にわたる40日断食を行った動機は真のお父様を証したい、お支えしたい、という一途な思いからでした。40日断食は人間の極限の状態です。そこで得たものは神からの啓示、興進様のご心情、そして「死なんとする者は生きる」という真理でした。
この8回の連載記事は、教会員さんがメールで指摘された通り、「私の出会った文鮮明先生」ではない。井口40日断食自慢物語だ!(ワロタ)
いや笑っては、井口さんに失礼だ。統一教会員になって40数年間。何の成功実績もない中で、40日断食10回が唯一の偉業なのだから。
神は偉大なり、井口先輩は偉大なり
目が点になったのは、次の記述だ。(連載3回目)
(引用はじめ)
特筆すべきことは、リレー断食3人目の河野さんが体験した「ラザロの復活」のような奇跡です。河野さんは断食が終了した直後、集会中に意識不明の重体に陥り、救急車で搬送されました。脳死寸前で、死なずとも99%植物人間との診断でしたが、氏族、教会員の熱い祈祷の中、昏睡2週間後に目を覚まし快復したのです。
(引用終わり)
実に人騒がせな団体である。統一教会の名前を改めて「世界リレー断食協会」にしたらどうか。そして協会内で断食リスク積立金制度を設ける。そうすれば、私たち国民の保険金が無駄遣いされなくてすむというものだ。
エピローグ
この連載記事後のデキゴトロジーである。
教団本部は、井口の「40日断食10回」をギネスに申請した。ところが、ギネスからは鼻であしらわれた。
そりゃあそうだ。ギネスブックの認定には、公式認定員が立ち会うか、立ち会わない場合は記録達成を客観的に証明できるものが必要だからだ。
井口の場合は、本人が「やった」と言っているだけであって、利害関係のない第三者が24時間監視をして、彼が一切物を食べていないことを確認しているわけではないからだ。
ある教会員曰く。
「そんなことも分からずにギネスに申請しようとした本部もアホでしたとさ」
やはり、ここはカフカの断食芸人の如く、檻の中で、断食をしてもらうしかない。
嗚呼、なんということだ。俺は拉致監禁の誘因を作っていたのか。
悔い改めるために、謝罪トーゲン条件・40日断食を10回を新たにやるべきではないでしょうか。
そのときには声をかけてください。カフカ全集12巻を読みながら、監視しますので。いや!トータルで400日間もあるなぁ。マルクス全集、丸山真男全集、けっこう本が読める。文鮮明師のみ言葉集を集めた赤本と黒本の比較検討もできるなあ
なお、いわずもがなのことだが、井口氏に警告しておく。
今回の記事の情報源に嫌がらせなどの行為を行なったら、再び、記事にする。根っ桐・葉っ桐・これっきり。もう君のことは取り上げたくないので。そんなことはしないように。
この警告を破ったら、本部総務局長の制止を無視し、ある教会員のブログを圧殺した事実(「統一教会員の心得」違反)も暴露する。
(追記)記事に間違いがある場合には、個人メールで指摘してください。
-次回から、文家の2人の娘の結婚について連載を開始します-
噂の真相-1行記事
郭錠煥氏の動静:ソウル郊外の自宅で本を執筆中。近々刊行の見通し。
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- [2014/10/22 11:38]
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コメント
青春の思い出
都原研、磁気ネックレス、水中花、苦学生トーク、正道術・・・
懐かしい単語のオンパレード。
昨今のグルメレポーターの言い様を借りていうと、
「う~ん、これはまるで青春の思い出の宝石箱やぁ~」
御省察のとおり当時も問題山積みでしたが、80年代後半~現在に比べると、まだしも良き時代だったといえるのではないかな。
こんなことを書くと、情報源の一人だと思われて、殺人カラテでやられるかな。
1枚のパンツを何日も穿き、さすがにどうしようもなくなると 表・裏・前・後ろ・と位置を替えて穿き続け、ほとぼりのさめた頃また最初の順番に戻って穿き始め、それを3回繰り返して穿き続け、ついに融けたパンツを投げつけられるかもしれない。それが一番きつい。笑
吟味検討を!
なぜ、これが迷惑コメントにと首を傾げるものばかり。
検討した結果、fc2の運営係は統一教会員ないし元小学校の道徳担当教師ではないかと思われるほどに、性について、厳しいチェックをしているみたいです。といっても、中国共産党のようにチェックワードで、人的ではなくシステム的にやっているのでしょうが。
ぼくが検閲をクリアさせて、コメント欄に反映させようかと思ったけど、すでにブログは井口先輩になっています。アップしても注目度が低い。
次回から血統転換-マッチングシステムのこと。文家の娘の結婚問題を話題にします。
そのときにトライしてみてください。
<留意点>
性・暴力・死などに関する用語は英語表記、ひらがな表記、あるいは一部伏せ字にしたほうがいいのでは。
たとえば、にくたい・かんけい、とか。
管理人のみ閲覧できます
記事に圧倒されました
当時、太田原研会長の講話も聞いたことありますが、こういう感じだったのか・・・。皆本当に純粋だったはず。本当に神と出会ったのか?
幕末の志士たちも資金稼ぎに物売りしてたそうですが、こんな事しないでしょう。
若気の至りのレベルじゃない!というか、教義(親の愛で復帰じゃなかった?)と行動が違いすぎる。心霊と知能が発達している現代でこれを正当化するなら、矛盾を生み続け、良心がもたなくなって破滅するしかない。悪なる条件を積み重ね、人も万物も激怒している気がする。愛ゆえの原理ではなかったのか。結果の前に原因があるのに。
父親が毎日新聞の社員だったこともあり、当時「親泣かせ原理運動」のことも知られましたが、新聞社には統一教会のいろんな情報が蓄積されてたようで、’ここだけはダメだ!’とか、’新聞には色々書いてはいけないことになってる’とか言われた記憶があります。なぜかは知りません。
隠してるつもりでも情報は蓄積されているので、もし統一教会が現状路線を継続し、結果、解散とかなったら、様々な情報が暴露されて、解散だけでは済まなくなるかも知れない・・・。
宗教はアヘンか否か
現実的、社会的、法的、反対運動等、様々な視点からの批判があるのは言うまでもありません。
ここでは、ダイレクトに本質的問題に焦点を当てて見てみたいと思います。
それは、宗教的価値観、霊的価値観を認めるか、認めないかという問題に行き着きます。
すなわち、宗教的価値観を認めないとするならば、一般的な宗教的行為は、詐欺的なものと判断せざるを得ないものとなります。
例えば、正月に神社、仏閣に行き、賽銭箱にお賽銭を投げ入れて、一年間の家内安全、商売繁盛、健康祈願などを願い祈願することは、存在しもしない神や仏に騙されていることになります。
これは、詐欺です。
そして、神社、仏閣の運営者自身が同様に、そんなご利益などはないし、神も仏も存在しないと考え、経済的利益のためにだけにやっているのだとするならば、まさに詐欺師であります。
すなわち、無神論、唯物論の立場からするならば、神的存在、霊的存在を認めない立場ですから、宗教は詐欺的存在であり、宗教者は人を騙して生活しているわけですから、詐欺師であるという認定になります。
従って、宗教はアヘンであり、麻薬であるという結論になるのは当然です。
ですから、ソ連、東欧諸国をはじめとする社会主義国家においては、宗教者は、皆、詐欺師として、収容所送りになったはずです。
ところが、神的存在、霊的存在を信じて、お賽銭を捧げることにより、ご利益があるんだと信じて、神社、仏閣を運営しているならば、詐欺ではないというのが、自由主義国家における一般的な通念です。
詐欺であるかないかの違いは、神的、霊的存在を信じている行為なのか、信じていない行為なのかが、判断の決め手であると言えます。
目的と手段
一食口さんの上のコメントによれは、信じていない一般人には詐欺であっても、信じているシックにとっては詐欺でない、ということでしょうか? 神的、霊的存在を信じるか、ということを基準としているようですが、しかし、神と霊を信じる一般キリスト教会がとくに統一教会の万物復帰を断罪してきたわけですから、何を信じるかの基準は、「文先生の提唱した原理による地上天国建設とそのためのもろもろの摂理を信じるか」、ということになるでしょう。
それを信じるなら、教会がやってきた万物復帰が自動的に正当化されるのでしょうか? つまり、「目的が手段を正当化するのか?」というのが、今再び問うべき問題です。携わってきたシックも指導する幹部も、実際に「目的が手段を正当化する」と思うからやってきたのでしょう。つまり神の国建設のため、救いの摂理のため、メシアのための経済復帰を成功させるためなら、ハチャメチャをやっても善である、と確信していたわけです。
しかし、たとえ目的と動機が良いものでも、手段が詐欺行為だったら、当然様々な問題が発生して、高尚な本来の目的も周囲から誤解され嫌悪されてしまうのではないでしょうか? 哲学的観点はさておき、経験的知恵として、「目的は手段を正当化しない!」として、近道であったとしても非合法的手段を使うことを戒めるのが、常識だし、正しいと思います。ネットで見ると、宗教家も常識人もそう言っていますね。
シックの中でも、教会の「目的」は賛同しても、使っている「手段」には納得できない場合、離教したりして淘汰されてきたと思います。
私は淘汰されなかったシックの一人ですが、今、80-90年代を振り返ってみて、その「目的」自体が本当に正しかったのか、あるいはそうだとしても、そこまでして必死に集めた万物が本来の目的のために本当に使われたのか、という疑問が沸いて来ます。
霊的価値観
無神論、唯物論の立場からするならば、神は存在しませんし、仏教でいうところの仏様という存在はないということになります。
従って、キリスト教会で、献金をつのる行為は詐欺行為と言わざるを得ません。
同様に、仏教におけるお賽銭をもらう行為、戒名とかをつけてお布施をもらう行為も詐欺であると断定せざるを得ないものです。
従って、無神論、唯物論が正しいのだとすれば、一般的なキリスト教であっても、仏教であっても詐欺集団になってしまうのです。
次に論点は変わるのですが、思想的な観点ではなく、詐欺ということについて述べさせて頂きたいと思います。
信ずるという角度からみると、霊感商法のといわれる経済行為において、その取り扱う商品等に、霊的価値としての救い、運勢を良くするといったものが、あると信じて商品を提供するならば、詐欺行為とは言えないのです。
ところが、その商品には、置物としての単なる工芸品にしか過ぎないと考えている人が、人を騙して儲けるために、その商品に、先祖を救う力があるとか、運勢が良くなりますよと言って販売することは、詐欺であるということになります。嘘ですから。
販売する者が、その商品に霊的価値があると信じていないのですから、まさに詐欺行為です。
宗教とか、霊感商法のといわれる経済行為において、提供者がその霊的価値を信じているならば、詐欺ではありませんが、信じていないのに、例えば、高額な仏壇等を買うことにより、先祖が救われますよと言って販売することは詐欺行為であると言えると思います。
詭弁ですね。
これは詭弁です。
穀潰しの詭弁さん、
あなたもヒト科なら、血の通った人間を相手にしていることに思いをはせて、論じてみたらどうですか?
それとも、カミにでもなったつもり?
思想的、法的論点
過去において、その分野において精通した方々、思想的、法律的な専門家の方々が、発言されていた内容を私なりにまとめたに過ぎません。
霊感商法の本質問題は、そこにあると私も思うのです。
詭弁Ⅱ
そんなことは言われるまでもないこと。皆様ご存じのことですよ。
本質が詐欺すれすれの代物なのですから、やめたほうがいいに決まっているでしょう。
特に免税されている宗教法人が何やってるの!
これが世間のくだす評価。
まさか、「世の中の法が我々のすることに、とやかく言うことはできい…」とでも言うつもりですか。
くだらない詭弁を使う前に、はっきりと白黒示してから論じなさい。
それから、裁判資料に載っていたとか、××に書いてあったとかのものは、出典を添えましょう。ブログの主さまのように。
霊感商法の常識
ありがとうございました。
私の発言は、常識だったんですね。
そうなんですね。そこが霊感商法の本質的問題であり、常識だったんですね。
今、知りました。ありがとうございます。心より、感謝申し上げます。
やっとわかった。
身障者のはずが階段を上ってきたり、帰ってから疑問に思って外を見ると、歩けないはずなのにすでに姿が見えなかったりで、だまされなくてよかったと家族で話したことを思い出しました。
40日断食10回っていうのも嘘じゃないの?
このように平気で嘘をつく男が、40日断食を10回やったと自己申告しても、とてもとても信じられないですね。
もしかしたら、40日断食10回っていうのも嘘じゃないでしょうか?
本当はギネス級の記録で、ギネスに載って何ら不思議でもないことなのに、載ってないってことは、「本当にやった」という客観的な証拠はないってことですもんね。
うーん、私は信じないな。
彼も犠牲者
何十年も教会組織で部長クラスの職にあったのに、蓄えも退職金もない、年金も十分にない、ということなのでは? 彼より年長の777双クラスの男性たちが今でももろもろの職務に雇用されているのも同じ理由なのでしょう。
韓国人幹部だったらすでに蓄えがあって、悠々自適ですね。井口さんも日本人、そういう意味では本当に真面目にOOが付く人です。
Re: 40日断食10回っていうのも嘘じゃないの?
1回目は貫徹したと思いますが、2回目以降は疑問です。
なぜなら、2回目以降は体力を消耗しない環境下ではなく、活動しながらの断食だというのですから。
「通勤や会議、集会、講演など、通常の生活と仕事を続けました。途中、何回も3時間の講話をしましたが、最後まで声の力も落ちず、脚力も落ちず、楽に終わりました」
12年間監禁された後藤徹さんの断食は、2004年4月に21日間、05年4月に21日間、06年4月に30日間です。
30日断食終えての後藤さんの陳述書を読んでください。
http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-57.html#more
飢餓と死の恐怖心に言及しています。
井口さんの場合はこうです。(手記から抜粋)
「その(年=1984年)夏は近年まれにみる猛暑でした。真夏の断食ほどつらいものはないと思いました。途中から苦しみましたが、その苦しみの絶頂でダンベリーのお父様を慕い、興進様の昇華を慕うときに乗り越えることができました」
「最初の40日断食から3年後の1987年3月、2回目の40日断食を決行しました」
「3回目の40日断食は、2回目終了後、一度は挑戦して23日間で終えた1987年から約10年後の96年4月1日からでした」
「4回目は翌97年7月1日から始めました」
「第5回の40日断食は、1998年夏場の戦いでした」
「6回目の40日断食は、2002年5月1日からで」
「7回目の40日断食は、6回目から1年後の2003年5月1日からでした」
「8回目の40日断食はダンベリー収監に対する名誉回復のためとご入国を祈願して04年7月20日に開始」
「9回目の40日断食は、2005年11月10日から始めました」。
「10回目の40日断食は、2006年9月30日から11月8日まででした」
興味深いのは、6回目以降です。
2002年5月・2003年5月・2004年7月・2005年11月・2006年9月。
毎年、40日断食です。
おそらく、「井口先輩はすご~い」と言われ、すっかりうれしくなった。それで承認欲求が毎年の如く、首をもたげてきたのでしょう。
後藤さんの事例、また栄養学の観点から見て、100%あり得ないでしょうね。
誰も目撃者がいないのだから、断食を貫徹したという証明はできないし、かといって、時々つまみ食いをしていたという目撃者もいないのですが(笑)。
もっとも、40日断食10回は嘘だと断定すれば、井口さんのアイデンティティは崩壊してしまうので、やはり、ここは「井口先輩、すご~い」ということで。
自然断食
昔、教会が豊かではなかったときは、3日ぐらいの自然断食は珍しくありませんでした。お腹がすいても食べるものがないのですから。パンの耳に手を加えて、ご馳走にする術も習いました。
ですから、この飽食の時代に至って、断食は手柄でも何でもないと思います。時代錯誤です。アフリカなど貧困にあえぐ地域で、栄養失調の子を助けるために自分の食を与えて断食するというのなら、意義はあるでしょう。
外に考えてすることがあるはずなのですが、その歳まで教会にしがみついて、確かに憐れです。
でも、国進氏の改革以降、日本の公職者たちの給与や福利厚生も手厚くなったと聞いています。益々必死に固守したいでしょう。
むさぼり
四面楚歌となった大将と兵士たちの兵糧が尽きて、気力と忠誠心だけが頼りとなる。兵士たちは空腹で日に日に衰えていくのに、大将は変わらず、勇壮に指揮を執る。兵士たちは流石わが大将だと、ますます忠誠心を抱く。それで急場を超えていくのですが、のちに大将はその時のことを証します。
「実は、兵糧が尽きても変わらず指揮が奮えたのは、夜中になると夢の中でご馳走が用意されて、わたしは貪るようにそれを食べていたからだ」と。
たぶん、井口氏もこの類ではないでしょうか。夢ではなく、現実に台所を漁って、本人は夢か現かわからなくなっていたりして…・
原文を紹介したいのですが、韓国にあってままなりません。長い小説ではないので、探して読んでみてください。
ともかく、断食あとの井口さんは礼拝中も食べたり飲んだりしていましたから、リバウンドは当たり前ですね。
やっとわかった(追記)。
後にも先にもその当時のような押し売りは来ないけど、当時は自治会で問題になって、売りに来たら自治会を通すように言われて、個別に対応しないように注意する回覧板がまわったことを思い出しました。
公開裁判?人民裁判?
自らは、罪なき人間であるという自負心のある方が裁いているんですね。
承認欲求という解釈
尊重のレベルには二つある。低いレベルの尊重欲求は、他者からの尊敬、地位への渇望、名声、利権、注目などを得ることによって満たすことができる。マズローは、この低い尊重のレベルにとどまり続けることは危険だとしている。
特異な行動をとることで知られる井口康雄氏を題材に長文の記事を米本さんが書かれましたが、拉致監禁まで招くようになってしまった日本統一教会の負の歴史も同時に理解することができ、思っていたより遥かに内容の濃い記事で、いろいろと考えさせられました。
特に米本さんが井口氏の性格を分析されて「承認欲求」の強さが異常な行動の原因であると判断されたことはかなり深い洞察で的確だと思われます。
さすがに、熟成された人間観を持っておられる本物のジャーナリストであると納得させられました。
同じテーマで「知ったかコメンテーター」議員さんが記事を書いたら、取材も中途半端で、結論は「統一教会員はマインドコントロールされているため、このような異常な行為も文教祖の為と思って行ってしまうのです。」で終わってしまいそうで、それが常でした。
米本さんはさすがにそのような陳腐な内容で終わることなく、本質的な精神分析を示されたのですが、上記の引用された「承認欲求」の説明を読みますと、井口氏個人のみではなく、「真の父母様」を中心とした統一教会組織全体にもその「承認欲求」性格が当てはまるように感じられました。
特に「社会的弱者やパーソナリティ障害を持つ者に強いという傾向がある」という説明や、「低いレベルの尊重欲求は、他者からの尊敬、地位への渇望、名声、利権、注目などを得ることによって満たすことができる。」という記述はそのまま統一教会という組織に当てはまるのではないかと思います。
統一教会が今までに為してきた組織活動を振り返りますと、ほとんどが‘実’よりも‘見せかけ’の成果を追求していたように思われ、その説明と一致しているのです。
その典型は米本さんも記事の中で問題視されていた派手で極端に人数を誇張するなどしていた合同結婚式でありますが、その祝福結婚によってたくさんの理想家庭が誕生し、世の中が‘地上天国’に近づいたのかと問うならば、まったくそのようにはなっていないのです。
日本人女性が韓国に嫁いだ韓日祝福家庭に見られるように、無理な数字合わせで誕生した為、多くの不幸な韓日家庭が生み出されただけで、悪い結果が目立ち、間違った「摂理」だったという印象しか残っていないのです。
そのことは米本さんが別の記事で触れていましたが、それを象徴するのは韓国、春川で起こった夫殺害事件です。
そして、そのような殺人事件に至らずとも、現実の悲劇は少なくないとのことですので、その派手な合同結婚式はあくまで‘見せかけの勢力’の宣伝‘世間の注目’の獲得を狙ったものでしかないと言わざるを得ないのです。
最近の話題でも、無理な献金を強いてラスベガスに豪勢なピース・パレスを建設するという計画や、中途半端な日韓トンネル建設などがあり、数え上げたら切りがない程の‘尊重欲求’活動を見出すことができるのです。
それらは勿論「真の父母様」が指示して行われた事であり、「社会的弱者やパーソナリティ障害を持つ者」という米本さんが引用された「承認欲求」を持つものの性格を「真の父母様」にも当てはめざるを得なくなるのです。
それらは過去の‘真の子女様’の「ネグレクト」問題を扱った記事においても触れられていたように思いますが、米本さんの鋭い観察眼が既にその問題に向けられていました。
それらの「神の摂理」として行われた宗教活動や事業活動が「承認欲求」などではなく、根拠がある善なる目的を実現するための活動であったならば、統一教会は今日陥っているような惨状には至ってないと思われます。
そのように考えれば、「承認欲求」の問題は井口氏に止まらず、統一教会組織全体、「真の父母様」こと教祖夫妻にも当てはまるのであり、そう考えた方がすべての統一教会の異常な宗教活動についても合理的に理解できるのです。
そして、統一教会が引き起こした社会問題等はその根本思想というよりは、その実践者のパーソナリティ障害に原因があったという捉え方もできるのです。
おそらく、これからの記事で米本さんはそのような詳しい分析を展開されることと思われますが、その内容に充分期待できると共に、そのような現在の統一教会が抱える欠陥をあぶり出して示されることによって、統一教会が社会的に有用な団体として生まれ変われる道も見えてくるのではないかと思います。
また米本さんは世界日報襲撃事件と副島嘉和氏についても詳しく書かれていましたが、井口氏個人よりもその副島氏の方が遥かに興味をそそられます。
ただ、原理講論の教義からして既に矛盾を抱えている統一教会を、その教義を変改することなく内部から改革するのは困難で、血統転換等の教義変更なくして改革されることは想像できず、不可能ではないかと思います。
しかし、統一教会の歴史においても一部社会的に評価されるような活動を展開された日本統一教会の開拓者である西川氏や統一教会の病巣の犠牲となった副島氏と実際に会って取材されようとする米本さんのジャーナリスト魂と探究心にはいつもの如く感動致しました。
承認要求
低レベルの「承認要求」は危険だと指摘したマズローさんの言葉も神々の黄昏さんが指摘してくれなければ危うくスルーしてしまうところでした。
心理学にも疎いのですが、「承認要求」というもの、そしてマズローさんという人、ちょっと考察してみる必要がありそうです。
問題児が愛され、実績を持ったものが特に愛された家庭の中では兄弟のいがみ合いや弟妹らに対する無理な押し付けなどが見られるのかもしれないななぁ。
「そろそろお兄さんたちは外に働きに出たらいいのに、いつまで私たちを働かすつもり?」と不満の多い弟妹も多いのでは?
人間の根源的な欲求
心情とは、「愛を通して喜びを得たいとするやむにやまない情的衝動」となります。
祝福家庭で、真の父母から承認を受けたいということで、頑張っている食口がどれほどいるのでしょうか?
そのような動機の人は、とうの昔に離れているものです。
み旨の動機は、責任心情であり、理想的平和な世界、悲しみない世界をつくりたいということであり、さらには、神の心情を慰めたいという動機しかありません。
もちろん、真の父母を慰め、解放したいという動機が、また、重要な動機ではあるはずです。
自己の動機を中心として、真の父母から承認されたいという動機では、復帰の道を行くことは困難です。
食口でない第三者は、分からないので心理学的な観点から、手探りで解明しようと試みているのだと思いますが、残念ながら的外れです。
マズロー的にも、人間の根源的欲求を承認欲求とは、おいていないのでないかと考えられます。
Re:人間の根源的な欲求
米本さんが引用したウィキペディアにはこう書いてありますよ。
『人間は他者を認識する能力を身につけ、社会生活を営んでいくうちに、「誰かから認められたい」という感情を抱くようになる場合が多い。この感情の総称を承認欲求という。』
どこにも人間の根源的欲求が承認欲求などとは書いてありませんけど‥
米本さんも井口さんの変わった行動を説明したくて、特殊だという意味で使ったはずですが?
頭の体操してがんばって文字を読んでくださいまし。
初コメですが米本さんよろしくお願いします。
思考狭窄
自由人さまに加えて申しますなら、
>祝福家庭で、真の父母から承認を受けたいということで、頑張っている食口がどれほどいるのでしょうか?
そのような動機の人は、とうの昔に離れているものです。
これも思考狭窄の手前勝手なご意見で、事実はその真逆でしょう。
今の教会に従う人は利害関係のある人か、否定の連鎖により自分の頭で考えることを忘れた人か、真の父母から承認を受けたいというイカレた人(日本の2世に多い)ぐらいでしょう。
教会側からは「去った元信者」という表現をよく使いますが、去るも去らないもない、自分の一度しかない人生を詐欺まがいの組織に弄ばれたくないだけです。そして、これ以上被害者が出ないことを願うだけです。
ご自身が思考狭窄症に陥っていることを自覚してほしいものです。
管理人のみ閲覧できます
外の世界を知らない
非常に納得しました。統一教会に本当に確信をもち、揺るぎない自信があるならば、一般社会で働いて自分は統一教会員であり祝福を受けた者であると告白してみたらいいと思います。そういうタイミング来ると思います。いろいろ注意は必要ですが。
私は一般会社員でしたが、心情的に勢いのあった祝福直後に、行き掛り上ではありますが、クビになろうがどうなろうが何でも来いという覚悟の上で、結婚報告時、社長以下に統一教会での祝福結婚であることを告白しました。勢いだけでしたが、元々隠せないタイプなので。
いくつか条件を付けられたり、95年のオウムの事件の時は同一視されたり、色々ありましたがずーと働いてました。店で社長と1:1の時も飲みませんでした。(今はノンアルあるし)また、告白したせいで、社員の中にクリスチャンがいたこともわかり(話しかけられたので)、その人の退職時に(会社の中での活動は禁止)原理講論渡したこともあります。(捨てられたかも)
教会内の指導的立場として、従順な食口の前で言いたいことを言える環境の中で、教えられた内容のイメージを膨らませるだけでは、有言無言の批判が溢れるこの世の中に太刀打ちできません。統一教会員でなくても批判に固執し動揺してたら行き詰まります。
人を騙したり心情を踏みつけ蹂躙してまで、献金、物売りを正当化するのであれば、宗教理論とか関係なく、永遠に責任をもつという覚悟ができてるのか?と言いたいです。「あとは神が責任をもつ」とかはただ逃げてるだけです。というか、自分を誤魔化し神に更なる苦労を押し付けてるようなものです。
結局、難しい選択を避け、騙してでも神側に条件を立てさせるという理屈で自分達を無理やり動機付けさせ、良心を押し殺し、利益優先の簡単な選択(⇒騙す)ばかりで、説得力全くないし、地上天国とか有り得ないです。
一食口さんにお願い。
>ここは、公開裁判の場?人民裁判の場?
自らは、罪なき人間であるという自負心のある方が裁いているんですね。
と書かれたようですが、どんなに批判を浴びようが、自分で考えたことは、やはりとことん主張されるべきでしょう。
ブログの管理人としても、多様な意見があったほうが勉強になります。
称賛はうれしいのだけど、批判されたほうが成長の肥やしになります。
批判は歓迎すべきことなのです。
思うこと徒然
・「私が万物復帰をしていたのは1990年前後ですが、このときには既に、『昔、原研が身障者トークや土下座トークをして大問題になったので、実績を出したくても(物を売りたくても)絶対にそういうことはしないように』と厳しく注意されていました。かなり厳しく注意していたので、それくらい問題になったことだけは分かります」
⇒私が原理研究会で伝道されたのが1985年12月です。たしかに厳しく注意されていました。万物復帰は「父母の心情、下僕の身体を体得する訓練」「否定されても血気怒気走らないようにする訓練」などと教えられました。
実は私は訪問販売の才能があるのか新人研修会の時から成績はトップランナーでした。(その後も監禁から抜けだしてから営業会社でトップセールスを経て会社設立しました)
この頃は野の花会やしんぜん会などというボランティア団体を名乗りクリンネスという科学雑巾を3枚2000円で販売していました。新人研修会のなかでは売上の一部は身体障害者の福祉に使われその他は再臨摂理の為、日本の共産化を防ぐためなどに使うと説明されていました。
しかしその後、原研のS先輩という方の影響を強く受けRyoは資金集めの手段に対して大きな疑問を持つようになっていきました。
(ここで学んだことは良心に背くような売り方をしても、一時はよくても決して成功しないということです。逆にほんの小さなことでも感動させる売り方こそ王道だということです)
・禁止されたのに、どうしてその後も拉致監禁が起きるのか。
それは原研の会長、太田洪量が社会に向かって、「バカなことをしていた。謝罪する」とアナウンスしなかったからだ。そのため、原研に入った学生の親は川崎の小冊子(出版は85年10月)を読んで、今でも続いていると思い、監禁説得に走ったのである。
⇒いや~、本当に心からそうして欲しかったなあ・・・
・これは、霊感商法も同じである。1991年のラスベガス会議で、文鮮明氏が中止の指示を打ち出した。このときに初代会長の久保木修己、91年に二代目会長に就任した神山威が社会に向かって、中止したことをアナウンスし、謝罪の声明文を発表すべきであった。
そうしなかったから、桜田淳子、山崎浩子らの合同結婚式を契機に、1992年から週刊誌で一斉にマッチング結婚とともに、すでにやめたのに霊感商法への批判の火が噴いた。
このため、高額壺売り販売(霊感商法)は今でも続いていると思っている人もいる。(霊感商法言説の下痢ウンチ状態)
⇒当時、礼拝での文師との会議報告会で「霊感商法は私の生涯の中で唯一最大の汚点」と文師が発言したと聞かされました。
その後に私は、原研から教会へ移動、さらに印鑑販売店舗に移動となり霊感商法をするように指導され大いに悩み苦しみました。
http://ameblo.jp/ryoushinnisitagau/entry-11407712739.html#cbox ですから、3万双の結婚式後もこそこそとアチラコチラでまだやっていたのです。
ところで改めてこの頃のわたしのブログを見てみると、文鮮明師の隠された横顔を知るようになり今の私の文鮮明師観がだいぶその時と変わったなと思います。
これはちゃぬさんのブログの影響が大きいと思いますが、嫌韓本をかなり読み込んだのと日本近現代史に関する本を読んだりしてきたのが影響しました。それから、公文さんの事件も大きく関係します。
・90年代から2000年代初め頃の拉致監禁の原因の第一はマッチング結婚だが、自分の子どもたちが高額壺売りをやっていると思い込んでいたこともあるのだ。
ちなみに、そのときの強制説得家の保護説得誘い(いざない)トークは、
「お子さんは今は(霊感商法の)被害者だけど、いずれ加害者になる。犯罪者にさせないために一刻も早く保護しなければならない」
というものだった。これは、当時東北学院大学教授だった浅見定雄が講演かなにかで話した内容をヒントに、トーク化したものと推測する。井口トークは一過性で終わったが、加害者トークはかなり長く続いた。
なお、誤解を招きそうだからあえて付言しておくが、壺売り禁止後、統一教会に違法行為がなくなったというつもりは全くない。
⇒まさに私の父親は「お子さんが加害者に成るトーク」により相当ヒートアップして日本基督教団の言いなりになりました。首謀者は日本基督教団の愛沢豊重牧師と小海牧師でした。
あの傲慢極まりない牧師達の態度は今でも忘れられません(お陰で宗教の独善性という弱点を骨の髄まで染みこむほど勉強させられましたので感謝しています)
・とまれ、結果として、謝罪しなかったことが拉致監禁の増大につながった。
拉致監禁の責任はひとえに「お子さんを脱会させるには保護説得しかない」と語ってきた強制説得家にあるが、教団の責任も免れない。このことは胆に命じるべきだろう。
悪いことをしたら謝る。こうしたあたりまえの組織体質にならなければ、2世教育など夢のまた夢だろう。
⇒仰るとおり、まさに正論。
・井口の問題点を別の視点で批判する教会員もいた。ある777双が振り返る。
「井口君たちが幼稚なことをやったため、優秀な原研の学生が献身しなかった。その罪は大きい」
この証言は、以前に取材した京大卒の元教会長の話と符合する。
「京大の原研で献身したのは私だけです。あとはみんな社会に出ていった。結局、筆算が早くできないなど、能力があまり高くない人たちが組織に残った」
ところで、拉致監禁をなくすという風土が当の教会に生まれないのはなぜか、ということに触れておく。それはひとえに、仲間のことには関心がない文化(愛なき組織)にあるが、もう一つは自分たちがやってきた行いが拉致監禁を招いたという意識が、意識下にあるからではないかと推測している。
なぜ、拉致監禁が起きるのか。これを問い詰めていくと、まともな教会員なら、社会から批判されるようなことをしてきたからだという結論にたどり着く。
⇒まさにその通り。なんで社会から批判されるようなことをして「伝道だ~」とか言えるのか感性を疑います
・そうでないオツムの弱い人は、共産主義者が統一教会を解体するためにやっているのだと妄想するのだが・・・(苦笑)。
⇒リアルで笑えないっす。
・原因を追求すればするほど、反省を迫られる。そうすると、結局のところ、これまでの自分を否定(自己否定)せざるを得なくなる。そうなればアイデンティティ・クライシスに陥る。それが無意識のうちに恐怖心となる。それゆえ、拉致監禁のことを突き詰めて考えることを忌避するのではないか。
ただし、井口はそこまで“高尚”ではなく、たんに脳の周りが分厚いビニールで覆われているため、平気で、後藤裁判に顔を出すのだと想う。
⇒原研時代と献身者時代、万物復帰の手法で心が壊れるほど悩んだことと親と家族をあそこまで追い詰めてしまったことを考えると
井口氏は私にとっても許しがたいばかちん患部です。早くUCなんか解体されてしまえばいいのにと思うこの頃です。
世界日報の副島さんの事件は私も関心は有り、記事にもしたことが有ります。しかし、私が伝道される1,2年前のことで実際はよくわかりません。
ただ、幾星霜遥さんというブログには詳しいことが少し書いてありました。参考にあるかどうかはわかりませんが。
ちなみに世界日報の某幹部(米本さんがよくご存知の)と縁があり、近くにおすまいということも有り交流が有ります。いつだったか副島事件について直接聞いたことが有りますがあまり話したがりませんでした。私が知る中堅幹部クラスでは一番まともというか、尊敬できる人物ですが、やはりサラリーマンですね。そういうところを見ないようにするところが、良くないところでも有ります。
長くなりましたが、米本さんには感謝することがたくさん有ります。いつの日か機会に恵まれれば、男同士、酒でも飲みながらお話したいですね。(あ、お酒はだめですか)
悲劇を教団広報局の宣伝に使うこと勿れ!
一本の記事にしたいのですが、書くことが山ほどあって、コメント欄で書くことにします。どうにも腹が立って。
今日(10月24日)、教団広報局からマスコミ向けのメールが届きました。
(引用はじめ)
「ニュースレター」と「統一教会広報局サイト 雲外蒼天」のご案内
拝啓 爽秋の折、益々ご清祥のこととお喜び申し上げます。
平素は格別のご厚情を賜り、誠にありがとうございます。
さて、9 月27 日に発生した長野・岐阜県境の御嶽山の噴火は、死者・不明者63 人を出す大災害となりましたが、この噴火に統一教会のメンバーも巻き込まれ、東愛知教区・豊田教会所属の3人と知立教会所属の1 人が聖和(逝去)されました。
添付の「ニュースレターVISION 2020 第41 号」では、ご遺族や関係者の声、帰歓式(聖和者とのお別れ式)と聖和式(天国に昇る霊魂のために行う式)の様子などを紹介しながら、聖和された4 人の方々を追慕する内容となっています。ご一読くだされば幸いです。
また、今年6月に開設された統一教会広報局が運営する「統一教会広報局サイト 雲外蒼天」をご紹介します。
メディア関係者の皆様を対象としたこのサイトには、コラムの投稿や、報道資料を掲載しています。下記URLからご覧ください。
敬具
URL / http://www.uc-pr.org/
広報局長 鴨野 守
平成26年10月24日
--
統一教会広報局 <koho@uc-japan.org>
(引用終わり)
※1 http://www.uc-pr.org/をクリックしてみてください。
わずか4、5万人の宗教組織なのに、広報マンが6人も。みんな献金で家族がメシを食っている連中です。
そう思って写真を眺めていると、仲良くしている人は少なくないのだけど、みんなアホ面に見えてくる。
ちなみに、創価学会は少なくとも250万人の信者がいますが、広報マンは10人です。
※2 文中にある「ニュースレター」は、ここで見ることができます。
http://www.ucjp.org/wp-content/uploads/downloads/2014/10/News-Letter-41.pdf
徳野の笑みがなんとも気色悪い。
遺族の方は、自分が所属する宗教組織の幹部がやってくるから、光栄に思ったと思います。
しかし、葬儀という宴が終わったとき、私たちの悲劇は組織の宣伝に使われたという後味の悪さを感じると思います。
送信元の広報局に返信しておきました。
(引用はじめ)
統一教会広報局御中
ルポライター米本
御岳山での悲劇を、頑張る統一教会広報局の宣伝に使っているという印象を強く受けました。
なぜ、広報局のメンバーの顔写真を載せる必要があるのか。
少々、吐き気がしました。
この感覚は、理解できないでしょうね。
50Kの道具に使わないでくださいね。
(引用終わり)
Ryoさんに感謝です。
しかし、Ryoさんの投稿を読んで、安堵しました。間違っていなかった、のだと。
投稿、ありがとうございました。
今後も、告白投稿があることを希望しています。
(追記)「いつの日か機会に恵まれれば、男同士、酒でも飲みながらお話したいですね。(あ、お酒はだめですか)」
お酒は、朝風呂と同じように好きです。Ryoさんとはマトンを食いながら、馬乳酒(アルコトール度数14が一番うまい)を飲みながら、談論風発したいですね。あっ、それと妙齢のご婦人がいれば、最高!
お世話になりました。
今回の一連のことを通じて、統一教会に対して偏りのある見つめられ方をしておられる米本様ですが、正義感が強く骨のある方であるということを確認させて頂きました。
それだけでも大きな収穫でした。尊敬に値する方です。
現在の状況は、取り立てて、主張したいというものは、特にないようです。
米本様は、そのように思われないと思いますが、人間には永生があると確信している立場の者からするならば、永遠の世界において、米本様とは、永遠の兄弟姉妹の関係であると信じているのです。
敵対関係ではなく、愛する兄弟の関係であるというのが、私たち食口の信念なのです。
One Family under God.であると信じているのです。
米本様の職務をじゃましてもいけないと思いますので、撤退させて頂くことにしました。
いつの日にか、親しくお話ができる時が、到来することを期待しています。
ありがとうございました。お元気で頑張られて下さい。
火の粉を払われているのですね・・・
神の摂理故なら嘘も方便
しかし、80年代に入り、直接伝道路程から万物復帰路程が主体になると、縦横の愛の授受作用の関係は、しだいに薄れ、人情より天情を優先、つまり地の事情ではなく、天の事情を優先するあまり、組織体制がすっかり変質してしまいました。いかに万物を天の前に捧げてもらおうかと言う思考回路が形成されたのです。その一人が、井口さんなのかも知れません。神の摂理故なら嘘も方便なのです。地上天国建設のための資金として使われるのだから、嘘をついても罪悪感が薄らぐのです。文教祖の教えに基づき、この世は堕落したサタン世界だから、万物の条件を立ててもらうことは、その人が、サタン世界から天の前に条件を積んだことになり、その人の救いにも繋がると言う教えが起因しているのです。家系図トークにおいての万物復帰も然りです。物品を媒介として高額な献金を強要するから問題となるのです。このように変貌した日本の教会組織にも大いに責任があります。本来の伝道精神、神の下に一家族を目指し、日々、人格形成に努め、父母の心情を抱き伝道すれば、家族崩壊を招くような悲惨な拉致監禁は、発生しなかったでしょう。ただ無念の一言です。
そして90年代は、霊感商法でマスコミから叩かれると、一般社会からの万物復帰の道は難しくなり、今度は、内部への先祖解恩、先祖祝福による清平教が登場するのです。それと並行して、生活苦に喘ぐ教会員への今もなお続く終わりなき高額献金の要請へと、教会組織もすっかりと、変り果ててしまいました。そこには、愛も希望も見えないのです。5年経過した徳野通達は、未だ、実行されていないのです。いつまでたっても真の父母信仰による絶対服従の組織では、教会の発展がないのは明らかです。今は、礼拝に参加しても、心に響くものがないのです。空しいばかりです。改善なくして教会の発展、未来はありません。
嘘つき霊媒師
「なんて、話せばいいの?」
教会員曰く。
「はい、私はハーフなので、父親の母国語でしゃべってくれたら、父は絶対に信じますよ」
霊媒師・井口は、しどろもどろになり、話題を変えましたとさ。
これにはワロタ、ワロタ。
もしかして統一教会の霊媒師ってみんなこれではないんですか?
そうですよ、金持ちイタコだってそうなんじゃないですか?
前に誰かがブログで書いてましたけど、たくさんの祝福カップルをバラバラにして、それをまた組み合わせるテストをしてみたらどうかって。
金持ちイタコが本物だったら、霊界がわかるから間違いなくどの人とどの人がカップルかを当てられるはずだって。
でもそんなことやるわけないよなー。
霊界がすべてわかるなんて嘘だってすぐばれちゃうし。
もし、本当にそのテストやってみせてくれて、本物の霊媒師だって証明されたら 俺、一億ぐらい献金してもいいよ。
ただし、たくさんの監視員つきで絶対インチキできないようにしてくれないとダメだけどね。
多宝塔、お壺トークの霊媒師はインチキだって、とっくの昔にばれちゃってるし、統一教会員が霊界の話を持ち出したら、9割がた嘘だと思ったほうがいいってことだろうね。
統一教会の中の霊界話や、神様が願いを聞いてくれて ああだった、こうだった言っているのをそのまま信じれる人って、ホント深刻な阿呆だと思うよ。
まあ、現実逃避しなけりゃならない深刻な心の穴ぼことか、脳みその萎縮とか実際にあるんだろうね。
あと、霊界話を持ち出す時には ほとんどお金の話とつながっているんだよね。
やっぱ、霊界の話が出てきたら、そのねらいを読めってことだろうね。
お家トーク
「現世は仮住まいの貧乏生活でも、功徳を積んで霊界にマイホームを建てておけば、永遠に安住できます」と、いうもの。
「霊界にマイホームを建てる」だって… 笑ってやってください。
否、これに引っかかって、頭金だということで1000万円を出した人もいますから、笑い事ではありません。
頭金ですから、当然ローンを組ませます。毎月一定額の献金を強要するものになります。何たって、霊界に家を買って契約したのですから、返済金としての献金です。
その後の話も現実に通じます。
「もっと立派な家にしておきましょう。家具もいれましょう」と、オプション料金を提示します。
ご父母さまに近い空間は人気があるから高い。
など、小説顔負けのテクニックで迫ります。
若い人でもpcゲームなど、バーチャルな世界にとっぷり浸かって遊んでいる人は、気をつけましょう。電子マネーと同じ感覚に持っていかれます。
また50Kの集金が厳しいと、このような手段で迫る可能性が高いと予想します。原価もかからないし、急場にうってつけの高額献金トークです。
「信じれば詐欺ではない」というのが、基本的方針のようですから、くれぐれもお気を付けあそばせ。
礼儀に欠ける1食口さんでしたね。
>今回の一連のことを通じて、統一教会に対して偏りのある見つめられ方をしておられる米本様ですが、正義感が強く骨のある方であるということを確認させて頂きました。
「正義感」を付けることによって相殺したような気分になっているのだと思いますが、
「統一教会に対して偏りのある見つめられ方をしている」という私への評価は、私にとっては火の粉を吹きかけられたようなもの。
火の粉を残して、「お元気で頑張られて下さい」とは。自分ではいいつもりで書いているのでしょうが。
私は統一教会に偏見を抱いてはいません。
これまでの統一教会批判記事は、いずれも事実に即して、事実を綴っているだけです。
間違いがあれば、教団本部から削除要求、訂正要求があり、妥当な指摘だと思えば、そのつど、削除、訂正をしてきた。
事実への論評も、一般社会の規範(社会常識)に沿ったものです。
10月に入り、一教会員世帯あたり、50万円の献金要請を行なっている最中です。
そのため、熱心な献金獲得夫人シックが家に戻るのは、連日12時過ぎ。
篤志家の家々を回り、それこそ土下座して、「献金してくれとは言いません。教会にお金を貸してください」と頼んでいる。
こうした姿を知れば、一般の人はどう思うのか。
そういう視座から、統一教会を批判しているのです。
1食口さん、このコメントをご覧になっても、レス投稿はもう入りません。
(追記)統一教会への歴史的な見方は、コトさんの<神の摂理故なら嘘も方便>が正鵠を得ていると思います。
井口氏が掴んだ教会幹部の恥部
個人メールにこんな情報が届きました。
(引用はじめ)
むかし、ブラック興進のコンフェッション(告白式)というのがありましたが犯した罪(公金横領や男女問題)をみんなの前で大きな声でいわせられたりしていました。
私は信仰歴が浅いという理由で参加させてもらえませんでしたが、その報告会というのを聞かされました。そのとき、えー!あんな人がそんなことぉしていたんだ!とその場にいた人たちは思った、というような内容をききました。
当然報告会では名前はふせられるわけですが参加した人などは知っていたりするわけでしょう。そういったことなどを含めて色々と幹部連中の弱みを握っているのかもしれませんね。
当時は罪を白日のもとに晒すから、許されるんだ・・とか言っていましたが悪い奴がいれば当然脅しの材料に使うことも考えられます。
(引用終わり)
この推測は当たっているような感じがします。
「あの教会長があのご婦人と関係があったなんて驚きましたよ。そうした告白があったのは一人や二人ではないんですよ」
これは告白式に参加した777双夫人が私に語った言葉です。
「あの教会長」は今は教団の幹部。そして井口氏が「あの婦人との関係を知っている」とすれば、教団幹部が井口氏を解雇できるわけがありません。
Re: お家トーク-爆笑
屈託なく笑えました。
詐欺罪が成立するのは、「信じさせること」が前提だからです。
信じなければ詐欺そのものが発生しません。
よって、「信じれば詐欺ではない」は爆笑ものです。
まさか、こんな阿呆なこと、法律に精通している教団本部が言うわけがないと思って、cosmopolitanさんは何を根拠に?と思いました。
おそらく、1食口さんの
>信ずるという角度からみると、霊感商法のといわれる経済行為において、その取り扱う商品等に、霊的価値としての救い、運勢を良くするといったものが、あると信じて商品を提供するならば、詐欺行為とは言えないのです。
(霊的価値観より)
を念頭に、書かれたのでしょう。
インチキ霊能者を使った巧みなトークによって、運勢が良くなると信じて、高額な大理石の壺を購入した。
この瞬間においては、確かに詐欺は成立しない。
しかし、運勢がいっこうに良くならない。お壺様を買ったばかりに、逆に不幸になるばかり。ひょっとして騙されたとその人が思い、告訴する、被害届けを出す。
それによって、詐欺罪の捜査が始まるわけです。
時効は10年です。
もっとも、運勢が良くなり、お壺様を買って良かったという人もいるでしょう。
その場合には詐欺だと訴えない。
いわゆる霊感商法と詐欺との関係は微妙なのです。霊能者がホンモノかインチキか法的レベルで峻別するのはきわめて難しい。金持ちイタコにしてもそう。
まあこんなわけで、懲役10年以下という詐欺罪が成立するのは、きわめてハードルが高いです。
「行為者に行為時においてその故意及び不法領得の意思があったと認められること」
この立証も難しいのです。
ただ、井口氏の騙しのトークは、身障者でなかったり、両親は死んでなかったりするのは、事実を調べればすぐにわかるので、詐欺罪が成立します。
でも、数千円程度の被害だから、被害届けを出す人がいなかった-ということでしょう。
なお、井口トークの万物復帰作戦は、その後、福祉団体に寄付するトークに変わり、2008年頃まで続いていました。
これを禁止したのは、故梶栗元会長の長男、正義氏(当時カープ会長)でした。この点において、私は彼のことを一般社会人レベルになったのだと評価しています。変な評価ではありますが。
1000円の万能布巾を売って、30%を福祉団体に寄付する。残りを販売した人が懐に入れる。
教団の法務関係の職員に「こうしたケースは詐欺にあたるかどうか」と問い合わせところ、それは明白な詐欺ですよ-という回答でした。
確かに、詐欺にならなければ、ぼくのような生活困窮者は福祉団体に寄付するからといって、やや高額な値段をつけて、うちの近所の山にある柿をもぎ取って売ったり、イオンで買ったシジミを「とれたてだよ」といって、売ったりできますよね。
なんてことをつらつら書いていて、ふと我に戻って、詐欺集団ではなく、国民の福祉に資することを目的とする宗教組織のことがテーマだったのだと、ちょっと赤面しましたとさ。
批判に弱い人々
そんな事では「氏族メシア」なんてとても出来そうではありませんね。今は「新氏族メシア」でしたっけ? 文先生くらい悪タレをつかれて初めて「メシア」に近づけるというものです。こんなことで引き下がってしまってはダメでしょう。
ここでの内容は、まぁ一食口さんに責任のあることではありませんから相手にする必要もありません。別の人たちを相手に信頼の基盤を作っていってください。それが多くの食口に広がって、過去にこんなバカな事をしていた事があったんだと笑い話にするように是非頑張って下さいませ。
社会の批判に弱い人々が集まるとひとつの別の社会が形成されますね。そこでは強者と弱者、命令する人と受ける人、話する人とただ黙って聞く人、そのような主体と対象の二性性相が半永久的に授受作用するようなそんな組織が出来上がってしまいそうですね。黙って聞いてる人々も一人減りふたり減ると喋るのが得意な人もだんだん喋らなくなるでしょう。そのうち誰も聞く人がいなくなれば独り言でも呟くんでしょうか? まあそうならないように社会の批判はちゃんと受け止め成長していきましょうね〜。
価値観の違い
反牧による強制説得後、リハビリ期間中の自分と、或る古参の被説得者との脱会直後の会話です。
「マイクロの2世の証言を発端として、徳野さんの通達があってから、万物復帰は禁止になっただけでなく、間違いだったというのが、最近の教会の考え方みたいですね。万物復帰で訓練を受けた世代からしたら、衝撃的な変わりようです」と、話を振りました。彼は、「それでもUCは、霊感商法の事を言い訳、誤魔化して、迷惑をかけて反省してます、とは謝らないでしょうね。」と、おっしゃったので、言い返しました。「あなた、それは、教会から、しばらく遠のいていたから、反対派の側からの考え方で見てるんですよ。普通、教会ではそうは考えない。『サタンに敗北し条件を奪われたから、伝道と摂理完遂のための万物条件が立てにくくなった。』と、条件を奪われた事に対してだけ反省するのが原理的考えなんですよ。社会や家族に迷惑をかけたと言ったら、人情的になってぼかされている、と言われ、堕落天使長扱いされるだけです。」と、答えたところ、成る程、と納得した様子でした。
社会に通用する回答を示した徳野通達は、社会と折り合いをつけるための対策としてのポジション・トークの意味合いしかありません。
やっぱり、話は正直にしないといけません。原理観に立って万物復帰その物を反省するなど、あり得ません(∵教義実践の一部だからね)。反省するとしたら、神の摂理遂行が難しくなったという事に対してだけなのです。或いは、時代が変わったという見方をする、いずれかの考え方が殆どではないかと思います。
愛の花売りなんて(僕はその時代を知りませんが)一日中持ち歩いてしょぼくれた花束を車窓めがけて放り込み、車が止まったら、「はい、花代○○」と、請求してたといいます。アメリカでの伝道は言語的ハンディがあるので、アンケートが取れないならば、車で出かけていき、歩行者に道を尋ね、相手の視線が遠くを向いたタイミングを見はからって車に押し込み、ビデオ・トレーニング・センターへ。首を縦に振るまで、トークし続けたといいます。そうやって伝道された人も、今では感謝しているのだと。
無茶な万物復帰も人さらい伝道も後々の武勇伝になるのです。そうしている間は、違法な行為を反省している、と言ったって口だけなのです。今に始まったことではなく、昔からそうなのです。
僕が原理的考え方にこだわって見る理由は、「見える化」のためです。「正しい教義に従って神とともに活動していたから、やり方にまずい部分もあったと考えることはあっても、やったことそれ自体を反省するのはあり得ない」ということになるのです。
今は無き「しんぜん」会員の貢献度を考える
ところで、ウィルは支援に関わっていたのでしょうか?そうでなければ、会費のみが「ボランティア」の貢献度となるのです。
それ以外は全て、人件費及び統一教会への献金です。
食口が熱心に活動できるのは購買者、あるいは、その地域の救いの条件になるという教義的解釈のためです。
>>「信じれば詐欺ではない」というのが、基本的方針
> 屈託なく笑えました。
> 詐欺罪が成立するのは、「信じさせること」が前提だからです。
> 信じなければ詐欺そのものが発生しません。
> よって、「信じれば詐欺ではない」は爆笑ものです。
次の事を思い出しました。
人を騙す為には、まず、自分を騙す事から。
教義的指導が行われているのだから、個人的だけではなく、組織的詐欺だということです。
その心理、食口ならわからないでもありません。それで「お家トーク」などというものが出てくるんですね〜。
ここまでくると「信仰」?も大した境地です。というかそこにしか希望がないか?あるいはそこまで追い詰められているというのか?
私ならこの世でもあの世でもお家が欲しいなぁ〜。
米本様へ
このことはとても感謝していた。が、その後この女性のことで、彼の不誠実な態度を知り、感謝の念も薄れ、イーブンに。 』
↑
一体、どんな事があったのでしょうか?。
感謝の念が、イーブンに!?。
もし書けるようであれば、簡単でいいので、よろしくお願いします。
この記事のランキング結果には 残念
しかしながら 残念なのは、今回のこの記事が 他の米本様の記事に比べ、統一教会ブログ村ランキングで、1位になるまで時間がかかったし、他の記事に比べても 1位の期間が短かったことです。
この事を分析してみるに、やはり 信者さんは今回の記事を 「井口氏への吊し上げ、個人攻撃」 と勘違いして捉えたのではないでしょうか?。
実際の米本様や、情報を提供した方々の想いは、おそらく逆で、「分析した結果、井口氏が結果的に浮かび上がった」 ということなんだろうと思います。決して、悪趣味な個人攻撃がこの記事の動機ではないはずです。
そこを考えれば、今回の記事にて 米本様がやれやっと拉致・監禁の原因の辿り着かれたわけですから、「念願・悲願の記事」なのかもしれません。さすれば、他のどの記事よりも評価されてしかるべき記事だし、信者さんが関心を持たないといけないはずなのに、インポイントも今一歩冴えないのが残念です。
今回の記事、そういう価値があるものではないのですか?。
反日誇大妄想サイコパスのカリスマ性に引き寄せられ地上天国の底なし沼に足を捕られた日本人統一教会責任者達
〉次の事を思い出しました。
人を騙す為には、まず、自分を騙す事から。 教義的指導が行われているのだから、個人的だけではなく、組織的詐欺だということです〈
平気で自分の為に自分を騙せるのが朝鮮人統一教会幹部の方々と思っています。
反日朝鮮人統一教会責任者の方々の心の中を覗いたら真面目な日本統一教会員はビックリして気絶するのではないか?と!‥‥‥
大風呂敷を広げる
現役の食口の方々は結局のところ、「地上天国」や「理想世界」という大風呂敷を広げることによって、自分自身の人間としての足らなさを無意識に覆い隠しているのではないでしょうか。
社会でまともに働いて家族を養ったり、税金や年金を払ったり、ご近所付き合いをし、周りに迷惑をかけない等、社会人として当たり前な事をやらない、もしくは出来ない人が、現役食口には多いという印象をもっています。そういった当たり前の事が出来ない人が摂理だの、地上天国だのと言っても、自分の弱さから必死に逃げている印象しか持てません。
人としての基本が出来なく、社会から爪弾きにされ、原理を用いて自分を棚上げし、周りを批判する事で自分を擁護しているの人達の溜まり場と成っているのが今の教会の現状なのではないのでしょうか。
私の馬鹿頭なりに 今回の記事を要約させていただくと
太田洪量原研会長(九州男児)と、
その上の古田元男コマンダー(経済畑)との
アベル・カイン問題で、下っ端井口氏(無策男)を用いる羽目になった『悲哀のストーリー』 という事になるのでしょうか?。
太田氏が人の言うことを聞かない 非常に強情なキャラクターの方だと噂されています。それに対し、「この野郎・馬鹿野郎」とガミガミ詰め寄ってくるヤクザ堅気の古田元男氏の存在というのは、太田氏とってさぞや うざかったでしょうし、それに対抗する為には、どんな手段を用いてでも、数字を上げるしかなかった事でしょうよ。
そこで、無能な井口氏
(そもそも 井口氏が早稲田の原研の責任者になってたこと自体 「早稲田が“馬鹿だ大学”になった瞬間だ、意味が分からない」と証言する人もいます)そんな人を用いざるをえなかった というところでしょうか?。
そもそも、人材輩出が主な責務であるはずの「原研」の、その責任者である太田洪量氏を古田氏の経済会議に参加させて、学生に経済ノルマをかけること自体に問題がありますし、下衆な万物復帰方法につまずいて、優秀な東大・京大のメンバーが献身せず、対策が遅れ、裁判でUCは敗け放題の現実になっているようですね。負のスパイラルです。
(もっと上に目を向ければ、古田氏を用いた文教主の責任問題だと思うのですが、さすがに米本様は是是非非の部分だけを論じるお方なので、これ以上を要求することは不可能なのでしょうね)
当時を知る教会員は、
「1960年からの21年路程でモスクワ大会を勝利する!」
という目的で焦っていたでしょうから、目的の為に手段を択ばない雰囲気が漂っていて、報告の仕方次第で、文教主を説得できたのかもしれません。
しかしながら、1980年代、日本統一教会の顧問弁護士をしてくださっていた山口県選出のK代議士(外務大臣もやった人)が
「霊感商法さえ止めてくれれば、公安に勝共理論を入れて、日本は勝共連合と共に歩むが?」
という打診があったにも関わらず、それを文教主に報告すると、なんと
「霊感商法を継続せよ!」
と指令を出したそうですよね?。これで、一気に長子権復帰の放棄を 教主自らがなしてしまったわけで、文教主と言う方は日本の公安から見ると「拝金主義の偽物メシア」という認識になったはずです。
(私が2003年頃 麹町の公安の官僚と話をした時には、完全にUCを疑問視していて、北朝鮮との関係をしきりに質問されました)
本当は 米本様には その取材能力にて、
「文教主が そもそもホンモノなのか?」
というところまで切り込んでいただきたいのですけど、さすがにそこまでは畑違いでしょうから、私は黙ります。
駄文で、大変 申し訳ありませんでした。
ランキング
テーマとなっている人物に問題がある以上、批判は免れませんし、それが吊し上げと受け止められるとすれば、その人の問題人物への感情移入が半端ではないからでしょう。
清平詐欺師に与する現統一教会の責任者は、その権力の上に胡座をかき、羊のような信者を妄想に陥れ苦しめているのが現実です。
無茶なノルマを課して、深夜が過ぎても拘束を解かず、働かせる。本人の意志とは言え、雇用関係なら労働基準法に違反し、そうでなくても人権問題に抵触します。
万物復帰の原理的意義は「罪なき完成した父母が万物を本然の世界に復帰する」というものでしたが、今や、その根底が崩れてしまいました。その上、摂理的大義も見当たらない。不正、汚職、持ち逃げが白日の下に晒され、ラスベガスの教育施設などといわれても、それが大義だと思える人がどれだけいるか。
たぶん日本の信徒には、そんな臭い話は伏せて偽りだらけの体のいい幻想を抱かせることで、急場を凌いでいるのでしょう。
神は統一教会からとっくの昔に去ったと言えます。
このブログの本テーマのねらいは、現教会責任者に内外からの忌憚なき意見を受け止めてもらい、これ以上、罪(詐欺、横領、欺瞞、虚言、暴力)が繁殖しないようにすることだと思っていますが、皆さまは、どうお考えですか。
朝鮮人の象徴天皇文鮮明オッサンに韓鶴子オバシャン!
今は聖日礼拝に行ってもお花畑ではないですね!‥‥‥‥種を採る為の哀れな枯れかけている色がくすんだ生命力のない可哀想な籐の立った御花畑になっています!
朝鮮人詐欺師幹部に日本人思考停止奴隷脳幹部達よ!いつまで日本人統一教会員の脳を催眠商法で停止させ、子作り奴隷植物にしておくのだ!
自由意思に自由行動?‥‥笑わせるな!セウォル号恨憎反日朝鮮異端オカルト宗教よ!
シュプレキコールしか脳が無い韓鶴子夫人の動画を流して、昔からお馴染みの華々しい朝鮮人らしい格好満点中味零点の世界的連呼の打ち上げ花火を揚げるだけで、教会員は全く復活してないではないか!
最後の最後まで統一教会は朝鮮人の朝鮮人による朝鮮人の為の恨憎反日オカルトサイコパス詐欺団体という事が明らかに分かる様になって来た!
さようなら!朝鮮オカルトサイコパス異端詐欺組織!
Re: 大風呂敷を広げる
>日本語の不正確さや現役食口(特に日本人食口)に対する見解が未熟かと思いますが、恥を覚悟の上でコメントさせていただきます。
とエクスキューズされていますが、なかなか説得力ある投稿だと思いました。
きっと、日本の2世の多くの気分感情も同じだと思います。
今後も投稿お願いいたします。
アメリカ2世には人気があったと言われている仁義さんの不倫に、2世たちはどう反応し、今はどんな気分でいるのか。
知りたいことは山ほどありますので、是非、教えてくださいね。
コトさんの投稿から
。これが出来なければ自分で身を引くしかないじゃないですか。今をもってもこの 自己否定 わかりません。拉致監禁 されてもしかたのないと言うか統一教会にも問題はあります。また、世間に対して謝ることはないでしょうね。なんたって この世はサタン世界非原理なんですから。謝ることは、自分たちの非を認めることになるから・・・コトさんの投稿文で80年代から統一教会が変貌してプロセスとの事で興味をもったし、70年代や90年代2000年代の事は知らないので
。80年代は、僕も在籍してたので一部共感できたしだいです。
思うこと
結局、統一教会は集金オカルトでしかなかったわけです。
私もバカなものを信じてしまったと思います。
単なるハチャメチャ理論でしかないものを、地上天国、血統転換につながると真剣に信じていたから、相当おめでたかったなぁと思います。
こんな団体に所属していて、伝道活動などしていたのだから、拉致監禁されても仕方なかったのです。
もしも、拉致監禁されてなかったら、日本に帰りたくても帰れない悲惨な韓日祝福日本人妻になっていたかもです。
とは言っても、拉致監禁されてよかったとは言えません。
私の拉致監禁体験なんて、期間も短いし、PTSD等の後遺症もないし、たいしたことないと思われます。(確かに他の方々からしたらそうでしょう。だから、皆にスルーされます。)
しかし、私にとっては辛かったのです。
その辛い拉致監禁の原因となったのは、霊感商法です。(私はやっていません。)
そして、霊感商法に対する公職者の不用意な発言です。
今もって、誰もそのことを謝罪していません。
統一教会のアベルは、かつての私のような下々のカインに対しては、偉そうに金集めについて尤もらしく語り、命令するのに、世間に対しては逃げ腰でノラリクラリとしか言い訳しないです。
そして下々のカインが拉致監禁されても、金集めのせいで逮捕されても、カインのみの責任とし、冷たく突き放します。
最近は、こんな最低な屑団体を信じてしまった自分と、拉致監禁されなければ脱会できなかった自分に嫌気がさしています。
統一教会や公職者が謝罪するなんてあり得ないです。
統一教会が崩壊して、公職者が路頭に迷った姿を見て「ざまあみろ」と言うことを想像した方が現実的です。
日本政府にお願いしたいことは、統一教会公職者に、生活保護は支給しないで欲しいです。
さんざん人を馬鹿にしてきた人たちです。
そんな人たちに、私が苦労して支払った税金を1円も分けたくないです。
公職者は難民カンパのプロを目指せ!
文鮮明教祖自身が国の社会保障等に身を寄せるな!と言っていたはずです!
統一教会には井口さん、古田さん、大田さん等がいるので、是非、先頭きって難民救済のカンパのお手本を見せて貰って、統一教会公職者はそのデモンストレーションを相続(真似)して完全投入で難民救済カンパのプロを目指してもらいたいものです!
最後くらい朝鮮オカルト詐欺団体の奴隷になって親兄弟親族、日本国に迷惑かけたお邪魔虫の最後の愛嬌を見せて日本人に笑いのプレゼントでもしましょう!
楽しい旅人さんに注意します。
「朝鮮人の象徴天皇文鮮明オッサンに韓鶴子オバシャン!」(投稿文)
朝鮮人詐欺師幹部
日本人思考停止奴隷脳幹部達
日本人統一教会員の脳を催眠商法で停止
子作り奴隷植物
セウォル号恨憎反日朝鮮異端オカルト宗教
朝鮮人の朝鮮人による朝鮮人の為の恨憎反日オカルトサイコパス詐欺団体
朝鮮オカルトサイコパス異端詐欺組織
「公職者は難民カンパのプロを目指せ!」(投稿文)
朝鮮オカルト詐欺団体の奴隷
言葉が浮いていて、まったく説得力をもちません。
また、「事実に基づいた公正な論評」とは決して言えず、統一教会に対する名誉毀損です。
今後、こうした表現が含まれる投稿がなされたら、「荒らしの博物館」に移動します。
トカゲのしっぽ切りと「使い捨て」
私の同期にも霊感商法のしっぽ切りで有罪判決を受け、2年間刑務所に入った人がいます。当時、小学校にあがったばかりの子と、その下に2人の子どもがいました。幼い3人の子どもを置いて、どんな思いで2年の歳月を過ごしたか。子を持つ親なら想像に難くありません。
刑を終えてからの話は教会への恨み節ばかりだったそうです。
それに対し、「彼女は霊感商法で得た利益を自分と自分の家庭のために使ったのだから、その酬いは自分で受けるべきだ」という意見がありました。目的が個人か、より大義かにより、善の基準が異なるという考え方に基づきます。
韓日家庭の婦人の中にも韓国での厳しい暮らしを支えるために、日本に戻って経済活動をしていた人たちがいます。その手段が昔取った杵柄の霊感商法でした。
日本の教会は面白くありません。嫁入り前に貢献してくれた人とはいえ、実家にもどって実家のものを奪って行くような者に変わってしまったのですから。このような韓日家庭の婦人は複数いて、日本に出戻って教会の経済基盤を荒らしていくという悪評も聞かれました。私は幸い関わらずとも、逞しく韓国で生きてきましたが。
韓日家庭が増えて2000年代になると、日本の教会から韓日婦人への出稼ぎプログラム(霊感商法ではなく物売りか、アルバイトのような仕事)が提示され、利益の7割を教会が奪ったそうです。
「初めの提示条件では飛行機代と滞在費だけを教会に支払い、残りは収入として持って帰れるということで、妻を日本に行かせたのに…」と、韓国夫の怒りは大変なものでした。このような家庭と日本の教会との認識のズレが家庭崩壊の原因になったケースもありました。
どうせ他国へ嫁に行き、使い物にならない女性。ならば「使い捨て」でよいではないか。この「使い捨て」という造語は、大量生産大量消費を美徳とする高度経済成長期の産物ですが、教会でも80年代ぐらいから実績の芳しくない人が窓際に追いやられるときに使われていました。教会に魂の救いを求めてきた人を使い捨てるという発想の元の元は、どこでしょうか。
読者の皆さまは、既にお気づきのことでしょう。
ともかく、トカゲのしっぽ切りでは解決できません。犠牲者が増えるだけです。今、まさに根本的な解決が望まれています。
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