漫画を読むときの視線の計測
視線計測装置を使って、漫画を読んでいるときの視線を計測してみました。
概要
漫画を読んでいる時に人がどのように視線を動かしているかを、実験により調べてみました。
読みやすい漫画は人の視線を適切に誘導していると考えられますが、実際に読者がどのように目を動かしているかを計測したデータは少なく、ネット上で自由に見れるものはほとんどありません。
そこで、自分を被験者にして漫画閲覧時の視線を計測し、どんな感じなのか確かめてみることにしました。
実験方法
(細かい話なので興味のない人は飛ばしてOKです)
・漫画をスキャンしてデータ化し、見開き2ページ分を1つの画像にし、ディスプレイに表示させました。1つの画像を見終えたらスペースキーを押します。するとまた次の画像が表示され、各画像を見ている間の視線を計測し、そのデータが保存されます。
・実験に利用した視線計測装置は EyeTribe です。サンプリングレート(視線データの取得間隔)は 60Hz に設定されました。計測時のセッティングはこんな感じ。注視の検出には I-DT アルゴリズム(Salvucci & Goldberg, 2000)を用いました(空間閾値2°、時間閾値100ms)。計測とデータ解析のプログラムは Processing を用いて作成しました。
・実験に用いた漫画は6種類で、具体的な名前は結果の項に示します。この6つを選んだ根拠は特になく、手元にあった電子化済みの漫画の中から適当に選びました。
・実験の被験者は私自身のみで、つまり1名だけです。
結果
画像内の記号の意味は以下のようです。
青い円:注視位置(視線が留まった場所)です。緑色は視線のスタート位置、赤色は終了位置です。
青い線:サッケード(視線の急速な移動)です。
(注) 円の大きさは、その位置に留まった時間の長さに比例して大きくなるよう表示しています(長い時間視線が止まっていた場所ほど円が大きくなる)。
鳥山明『SAND LAND』
右上の緑色の縁が最初に目が移動した場所です。まず岩場付近のキャラクターに視線が行き、風景内を左へ移動してから中段右コマのゲーム機へ。同コマ内のセリフの後に左コマへ行き、セリフとキャラクターの頭部を経由して再度ゲーム機へ。その後下段右コマへ。そのまま左へ進んで行き、下段左端のコマでセリフと絵にひと拍おいた後、次ページへジャンプします。
右ページから左ページへジャンプする時の視線の移動方向と、左ページ最初のコマ内でキャラクターと吹き出しの2要素がなす方向性がほぼ一致していることに注意して下さい。これが一致していることで、ページを移動した際の勢いを殺すことなく、自然な流れで左ページ最初のコマ内のキャラクターとセリフを順に読み進めることができているように思います。
ページ間ジャンプ時の急速な移動を受け止めるかのように、左ページ最初のコマは上方向へのぶち抜きコマになっています。その次の左ページ2コマ目、視線の左への移動と同じ方向に車が走ります。3コマ目のセリフの後、視線は左のキャラクターへ流れます。視線の流れとキャラクターの移動方向の一致により運動印象を強めるという手法はよく知られていますが、実際に計測された視線もそのような表現上の意図に合致した動きをしていることが確認できます。
オオツカマヒロ『のりタマ』1巻
右ページ中段の右コマ、るんるんしたキャラクターの動作や気分と一致するかのように、視線もキャラクターの周囲の猫をふわりと回っています。ところで、視線が上から下へ移動していくこのコマでは俯瞰で絵が描かれており、その下のコマ、視線が次に左上へ飛ぶコマではあおり構図になっています。視線が下るときは俯瞰、昇る時はあおりというのは、コマを見進める際の視覚的抵抗感が少なく自然に受け入れられる(視覚的流暢性が高い)コマ運びであるように感じます。
キャラクターや吹き出し以外の場所にも比較的目が向かっていて、画風として背景が強いことが影響しているのかもしれません。
左ページ2コマ目、「うわぁ」と「どおおーんっ」の2つの文字要素の並ぶ方向が、前コマから飛んできた視線の移動方向と一致しており、スムーズに読み進めることができています。
namo『アイドルマスター シンデレラガールズ ニュージェネレーションズ』1巻
キャラクターが大きく三段ぶち抜きで描かれており、まずそこに目が行きます。キャラクターの目と、その左に続く吹き出しが同じ高さにあるのでスムーズに視線が左へ流れます。右ページ最後のコマ、「ど」の吹き出し部分がページジャンプのための踏み台として機能しています。
左ページ最初のコマ、あおり構図でキャラクターがビルを見上げています。このコマへ右ページから侵入する際は、読者の視線もまた上へと移動して行きます。つまり、読者の行為(視線の移動のさせ方)がキャラクターのそれと一体化し、共にビルを見上げることになります。ビルの大きさを感じるキャラクターの心情に対して、効果的に読者の一体感を引き出しているレイアウトだと感じました。
小林立『咲-Saki-』1巻
おっぱいを見ています。
たかみち『りとうのうみ』
カラー漫画の場合はどうだろうと思ってこの漫画を入れてみました。が、1ページだけの計測では特にこれといった傾向が見つかるわけもなく。右ページ3コマ目と左ページ1コマ目、視線が下る時は俯瞰構図で昇る時はあおり構図というパターンがここにも見られます。最後のコマ、キャラクターが跳ねる場面で視線もまた不規則に飛び回っています。
高野文子『るきさん』
4コマ漫画の視線も取ってみました。左ページの2コマ目、右側のセリフが無視されています。前コマからの流れで視線が左へ向かってしまい、右のセリフに気付かなかったのかもしれません。あるいは単に読むのが面倒だっただけかも。それ以外の場所については、まぁ普通な感じです。
考察
実験を通して気付いたこととして;
キャラクターと視線の方向性の一致・不一致
キャラクターの向きや動作方向と、その絵を通り過ぎる時の視線の移動方向を一致させることで、絵の運動印象や勢いが強調され、反対に視線移動と不一致(逆向き)にすることで「止め」の印象を作ることができます。これは技法書にもよく載っているような基本的な表現技術だと思いますが、そのような表現意図におそらく基づいて描かれたであろうコマ展開の場所において、多くの場合に実際に、その意図に沿ったような視線の動きが観測されました。従って、コマ割りや絵・文字の配置を適切に行うことで、読者の視線を描き手の意図通りにうまく誘導することは実際に十分に可能であると示唆されます。他方で、常に視線誘導が成功するわけではないだろうことを考えると、視線誘導の成功状況と失敗状況の視線データを多く集めて分析することで、具体的にどのような要因が視線の誘導において最も重要なのかを明らかにできるかもしれません。
下る視線に対する俯瞰構図、昇る視線に対するあおり構図
構図の取り方と視線の移動方向の関連性について。あおり構図はそのコマを起点として次に上方向へ視線を流すのに向いていて、俯瞰構図は上から下へと視線を流すのに向いている、という印象を得ました。コマの流れの中での視線の軌道に対応した構図の存在は見ることの流暢性を高め、よく言う「気持ちのいい構図」であると感じられるのではないかと思えます。全く同じコマ・ストーリー展開で、しかしコマ内の構図だけを描き換えた漫画を作成することでこの仮説の正しさを確認できるかもしれません。つまり、下りコマにあおり、昇りコマに俯瞰という構図逆転バージョンの場合に、視線の流れ方や滞留時間に変化が生じるかを検討すればよいでしょう。
キャラクターと吹き出しに視線は過度に集中する
結果を通した全般的な傾向ですが、視線はキャラクター(特に顔)と吹き出しにほぼ集中しており、他の要素、背景の物体などにはほとんど目が向かっていません。もっとも、これは今回使ったページがたまたまそういうタイプのコマが多かったというだけで、背景の要素に大きな意味のあるような場面・状況ではそうはならない可能性は十分にあります。また、今回は検討できませんでしたが、コマ内の色の濃淡や輝度コントラスト、あるいはテクスチャや線密度などの調整による視線誘導もよく見られるものです(例えば注目して欲しい箇所は緻密に描きその他の場所は線を省略するような手法)。そうした技法を使うことで、キャラクターの顔やセリフ以外の要素にも効果的に視線を引き寄せることができるかもしれません。
最後に今回の実験の限界点など。
まず、被験者ひとりの結果でしかないので、今回の結果がどこまで一般性を持つのか不明確です。人によって視線のパターンに大きな違いがあるかもしれません。もっとも、写真や絵画の画像を用いた過去の視線計測研究を見ると、そこまで大きな個人差はないだろうとは思われます。ただ、漫画の場合はリテラシーによる影響が強いメディアだと考えられるので、写真などを見ている場合に比べると漫画読みの経験量による個人差が大きいという可能性はあり得ます。あるいはその逆に、漫画は漫画家が読者の視線を特定の流れへ誘導しようという強い動機づけの元に描かれた表現であることを考えると、視線の個人差はむしろ小さくなるとも考えられます。この点については今後より多くの被験者を用いた実験による検討が必要だろうと思います。
ともあれ、もっといろんなタイプの漫画・ページについて、いろんな人を被験者にしてデータを取ってみたい所です。
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