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エンジニア(精製士)の憂鬱 作者:蒼衣翼
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9、迷宮(ダンジョン)は悪夢の顕現・前編

 休日に遠出するのは久しぶりだ。
 なにしろ今まで休日と言えば自宅で何かカラクリを弄ってるか、電気街に行って部品を調達してくるかのほぼ二択だったんだよな。
 考えてみれば不健康極まりないな、我ながら。

 くだんのビルは皇城にほど近い中心市街地にある。
 といっても皇城の周りは広大な鎮守の森の敷地に囲まれているので、いかに高層ビルの最上階に上ろうとも城そのものを視認する事は出来ないが。
 一方でその鎮守の森の外周に添うように造られている政府機関、各省庁の建物は良く見える。
 特に、翼を広げた鶴をイメージしたという国会議事堂の建物は文化的価値もある、古いが頑丈で美しい黎明期様式の建物で、カレンダーや絵葉書で人気の場所でもあった。

 うん、まあどうでも良いな、今は。
 それに今の俺にとっては政府のお役人とかは鬼門でしかないし。
 いや、色々良くはしてくれるんだが、その“良く”に裏が透けて見えるというか、ぶっちゃけあからさまに復帰を促して来るというか、何かこう、身に覚えのない罪悪感を突き付けて来る感じがするので苦手なのだ。
 俺、何も悪いことしてないよな?
 普通に国民としての権利を遂行してるだけだし。

 よくよく考えてみると、昼間にこうやってのんびり真中央地区に向かうのって、実は俺、初めてじゃないか?
 いつもは夜に飲みに行く時に通るか、昼間仕事の時に通るぐらいで、休日の昼にこの辺りに来た事は無かった。興味無かったしな。
 しかし、なんというか、呆れるぐらい人が一杯だ。
 若い奴らや俺ぐらいの年代、もっと上のいわゆるおじさんおばさん達、そしてお年寄り達。
 それぞれがそれぞれのテンションで存在し交差している。
 まるで何重もの渦を巻いているような混沌の場だ。
 これって、集約すれば高濃度のエネルギーを発生させられるよな?なのにこのまま拡散するに任せているんだろうか?それともこっそりどっかに集めて何かに利用してるのかな?
 方向性さえ調整すれば色々な事に使えそうだが、もし本当にそんな事を密かにやってるとしたら、それはそれで自分の国がちょっと怖い。
 いや、こんな不毛な事を考えるのはよそう。そもそも俺に全く関係無いしな。

 ところで往来で腕組んだり、更には抱き合ったりしてる男女がいるんだが、ありゃあなんだ?
 いつから我が国はこんな風俗の乱れた国になったんだ?

「シアワセナカップルナンテホロビレバイイノニ」

 ん、何かこう、胸の奥から滾滾と湧き出した真実の声がつい口に出てしまった気がするが、気のせいだよな。
 これ以上人混みの中にいると思わず怪異マガモノを生み出してしまいそうな予感がする。
 いかんいかん、早く目的地へ行こう。

 予想通りというか、予想外にというか、タケタのビルは盛況だった。
 なんとなく二十代から三十代の男が多い。
 やっぱオーディオルームとか映像環境構築とかは男の方が浸れる世界なのだろうか?
 一応ちらほらと女性もいるようだが、圧倒的な人数差がある。
 カップルが少ないのは幸いだ。……あえて誰にとってとは言わないが。

 それにしても、帰りに展示を楽しめる余裕があるかどうか分からないので、ちょっと先に覗いてみる事にする。
 俺もこういうのは結構好きなんだ。金食い虫だから手を出せないだけで。

 順番に回って見ると、まず正面にドンと3Dディスプレイで模型が展示してある、没入型映像世界バーチャルリアリティの体験コーナー。ここは当然のように長蛇の列となっていた。
 なんか二時間待ちとか案内板に貼ってあるんだが、……うん、無理だな、涙を飲んで諦めよう。
 仕方無いのでオーディオルームへ。
 防音ドアを開けて中へと入ると、ドン!と腹に響くサウンドが聴こえて来る。
 エレキのキュイーンという独特の鳴りにドラムの激しい連打、それに被せるように跳ねまわる電子音。
 俺もそう詳しい訳じゃないが、十年から前に一世を風靡したアナテクと呼ばれるロックサウンドの一種だと思う。
 うちの爺さんが好きだったんだよな。

 あの爺さん案外新しい物好きで、アナログレコードのLP版とかゴールドディスクとか飾ってあった、な。
 ふと、もの凄く嫌なあれやこれやの出来事を爺さんの顔と一緒に思い出してしまった。思わず目眩がする。不覚だ。

 俺が一人遠い目をしていると、このスペースの担当者らしき女性が寄って来た。
「チケットをお持ちですか?ただいまチケットによる喫茶サービスとくじ引きを行なっております」
 すらりとしたスタイル、爽やかで、しかも媚の無い声音。
 素敵だ。
 ここの女性社員のレベル高すぎる。
 それともこの娘はイベントのみの臨時スタッフなのかな?
「チケットはあります。えっと、このチラシで良いんですよね?」
「はい、ありがとうございます」
 彼女はにこやかに微笑むと綺麗に整えられた爪も美しい指先でチラシの一部をピリリと破った。
「こちらの二つを預からせていただきます。お席はオーディオ体感ルームでよろしいですか?映像ルームに致しましょうか?」
 映像ルームがこっちにもあるのか、どういった内容なのかな?
 そういやチラシに何か書いてあったっけ。
 今更ながらに流し読みをしてみたチラシの説明では、映画を連続で流しているルームと近代映像芸術を流してるルームがあるらしい。
 映画が3D、ドルビーデジタルサラウンドEX。近代映像は広視野型リアリティ映像でドルビーデジタル5.1chサラウンドと。
 お、広視野型リアリティ映像ってあの例の立体ホログラム映像の進化版だよな、どうせ映画全部観る程のんびりは出来ないし、こっちにするか。
「映像ルームで、この近代映像芸術っていうのでお願いします」
「承りました。ご案内いたします」


 うん、俺、近代映像芸術舐めてた。
 すげぇ、理解出来る気がしねえ!
 コーヒーと一口ケーキが美味かったのが唯一の救いです。
 あ、でもあの花びらから水が生まれて世界に広がっていく感じの奴は良かったな。
 唯一なんとなく理解出来た。
 もうね、全体的に視覚のジェットコースターって感じでした。
 BGMまでなんか変に尖ってるもんだから益々混沌としてたしね。
 アンケートについ、『もっと優しい感じのプログラムもお願いします』って書いてしまった。ヘタレですまん、だが、こういう意見も大事だろう。
 そういえばくじを引かせてもらったが、残念賞、メーカーのイメージキャラクターデザインのボールペンって、凄くどうしたら良いか分からないアイテムを貰ってしまった。
 まぁ、俺、まともにくじとか当たった事無いし。いつもの事さ。ははは……。

 そうこうする内に時間的に食事時ムードになって来た。
 このホールにも一応喫茶コーナーがあり軽食も摂れるが、多くの人は好みの食事を求めて外へと繰り出す。
 タイミング的に今がチャンスだろうな。
 休日でも一応エレベーターは稼働している。
 といってもテナントがある階には停まらずに最上階の展望フロアへの直行便だ。
 展望フロアは望遠装置とベンチがあるだけのガラス張りの簡素なスペースで、その場での飲食は禁止されているのでさすがのロマンチストなカップルも殆どが昼時には降りて来る、……らしい。
 うん、まあ、ここの会社の人に聞いたから間違い無いだろう。

 心配は杞憂に終わり、想定通り、昇りボタンを押して乗り込んだのは俺一人だった。
 さてさて、楽しい(訳がない)迷宮探検ツアーの始まりだ。
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