あまりの猛暑、いっとき人間をやめて変身したい生き物ならクラゲだろうか。ゆらゆらと波まかせ。漢字なら海月とも水母とも書いて涼しげだ。〈くらげ浮くまるごと水の命かな〉鈴木理子。たゆたう半透明の傘は、人界からの逃避心をくすぐる▼といっても夢想は夢想。クラゲにはなれないから、せめて涼しい服で職場へ向かう。高温多湿のこの国には、古来「六月無礼(ろくがつぶれい)」なる言葉があり、夏は楽な服装を大目に見る伝統があった。この六月とは旧暦で、いまなら一番暑い季節にあたる▼汗みずくの酷暑のなかで、1日から来春卒業する学生の採用選考が始まった。大企業はこれからが本番になる。勝負服の黒い上着を抱えて炎天下を行く若い姿を、週末のオフィス街で見かけた▼上着なしの半袖でもいいと思うが、「悪印象が怖くて」という声を聞く。軽装イコール無礼ではないだろうが、無難さで身を包みたい気持ちもわかる。バテるなよ。そっと声をかけたくなる▼「涼味数題」という随筆が寺田寅彦にあって、涼しさについてあれこれ思いめぐらして言う。「義理人情の着物を脱ぎ捨て、毀誉褒貶(きよほうへん)の圏外へ飛び出せばこの世は涼しいにちがいない」。その通りだろうが、就活生諸氏には遠い境地だ▼就職の指南本はあふれ、セミナーも林立する。伝授されたノウハウの尾ひれをつけてライバルたちも就職戦線を懸命に泳ぐ。クラゲのようでは内定はおぼつかないか。ただ時にはゆるりと力を抜いて、心をほどくことも忘れずに。