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迷宮都市マーヴェント(前編)
【火炎宮】
それは迷宮都市マーヴェントが抱える迷宮の中でももっとも高ランクの迷宮である。十年から十五年に一度、内部の構造が変わる。
宮、と言いながらも、別に建物があるわけではない。マーヴェント近くのウィウィラ山麓に入口があり、入口を入ると地下へ続く階段がある。今のところ地下五十階までは確認されているが、その更に先もあると言われている。ただ、五十階最奥の部屋にいる魔神イーフリートが強すぎてその先に進めた者がいないのだ。幾多の英雄や勇者が魔神イーフリートの前にその命を散らしていった。どれ程内部の構造が変わっても、五十階のイーフリートだけは常にそこにいるのだ。
今回はただの素材採取のため、二十階までしか行かない予定だ。炎系統の迷宮は攻撃力の高い魔物が多く、攻略目的でない限り、安全ラインの(とはいっても適正ランク以下のパーティーでは当然のことながら十階にすら辿り着けないが)二十階までで換金しやすい素材を採取して帰るパーティーが殆どだ。リンもムリをするつもりはなく、一回でダメなら二度、三度迷宮に潜ってもいいので、敵が段違いに強くなるという二十一階以下には行く気はない。たとえ慣れているパーティーでも常に大怪我や、下手すれば全滅の危険がある。迷宮、特に変異型は決して油断してはいけないところなのだ。
迷宮の話を聞いたあと、こっそりグリーにイーフリートに勝てるか聞いたとき、「瞬殺できます!」と非常にイイ笑顔で言われたのは他のメンバーには内緒である。
ところで、農園の充実に忙しかったリンは、実は迷宮都市マーヴェントを訪れるのはこれが初めてである。というより、出不精の彼女はぶっちゃけ王都くらいしかまともに行ったことがないことに今更ながら気づいた。元の世界でも引きこもり歴六年だったため、まったく気にならなかったのだ。旅行などもしたことのない(嫌いなわけではない。ただ、出掛けるのが面倒なだけだ)リンは、迷宮都市独特の雰囲気に圧倒されていた。
「ふわー、王都とは全然違うねえ」
ポカンと口をあけて立ち止まってしまったリンを、【吹き抜ける風】のメンバーもフェイルクラウトもグリースロウも生暖かい眼差しで見守っている。普通の子供らしいところもあるんだな、とフェイルクラウトが妙な感心をしていた。
ちなみに、グリーは騒ぎにならないよう仔猫サイズになって、リンの腕の中に大人しく収まっている。メロウズ、オルト、蚊トンボ、メル、ヴィクターは留守番。オルト、蚊トンボ、メルはいざという時には召喚石で召喚することになっている。もっとも、グリーがいるので戦力的に不安は皆無であるが。本当はグリーをおいて、蚊トンボとメルを連れて来たかった(ウザいが、グリーの気配で倒す予定の魔物が逃げてしまっては意味がないから)有無を言わせぬ笑顔で押しきられてしまった。彼はリンとの同行だけは梃子でも引かない。お使い程度なら行ってくれるが、基本的にそばから離れないのだ。
「リン、まずは宿をとりましょう。そのあとで街を歩いてみない?それとも直ぐに迷宮に行く?」
準備はバッチリだから、どっちでも良いけど、とアリスに聞かれて我に返ったリンは、勢いよく首をふる。
「今日は街を見たい!」
今はまだ午前中。せっかくなので今日一日ゆっくり街を見学し、明日迷宮に行くことにする。リンがそういうと、アリスたちが満面の笑みで案内を申し出てきた。そんな彼らに若干引きぎみなフェイルクラウトはしかし、彼らの笑顔になにかしら不穏なモノを感じたらしく、ひきつった顔で同行すると言ってきた。【吹き抜ける風】メンバーたちが、「別に取って食いやしないのに……」とブツブツ呟いていたが、スルーしてリンは然り気無くフェイルクラウトの後ろに隠れる。彼がいてくれて良かったと思わずフェイルクラウトを派遣してくれたストル王子に感謝するリンであった。
宿は【吹き抜ける風】が来る度に利用するという定宿【青い小鳥亭】がとれたので、早速街に繰り出すことに。
特に行きたい、というところがあるわけではないが、甘味処と食材ギルド、食材屋ははずせない、ついでに迷宮都市独特の場所に行きたい、というリンのためにまずはパーティーの頭脳(ただし、無口)甘味をこよなく愛する賢者シオンが案内したのは、隠れた名店だという【甘味処かくれや】
「まず甘味なんだ。しかもかくれやって……」
大通りから細い路地裏に入り、更に二、三回道を曲がったところにある小さな民家のような店。まさに隠れている。というか、隠れ過ぎだろう。客、来るのか?お薦めなだけあって味は絶品でした。女神のごとき美貌の女将も目の保養。素晴らしい!なのになぜコイツらは女将の娘(十二歳。女将似の可愛らしい少女である)ばかり見ている!と思ったら、女将が然り気無く用事を言いつけて二階に行かせた。ナイス、女将!だが、同情と憐れみに満ちた眼で見るのは止めてほしいと思うリンだった。
パーティーの良識、召喚士マナカが案内したのは迷宮都市名物、【ダンジョン塔】と迷宮探索者養成学校だった。
「……なにこれ」
街の中央に聳え立つ十六階建ての塔。塔の一階が迷宮ギルド、情報交換の場でもあるロビーに迷宮探索に必要なモノを売るための用品店、食材屋、武器屋、防具屋、地図屋、迷宮から採れた素材を売るための素材屋、加工屋、それに買い取り屋。レストランに喫茶店。
二階が探索者養成のための場で、六つの教室と三つの広い実習場がある。三階以上が迷宮になっていて(ただし、人工的に作り出した擬似迷宮だが)魔物も出る。が、あくまで練習用の迷宮なので、素材採取は出来るが(素材を知るために採取の授業もあるのだ)二階に降りてくると採取した素材は消失してしまう。
養成学校に年齢制限はなく、お金さえ払えば誰でも入学出来る。二年で卒業で卒業試験に受かればはれて探索者だ。落ちれば再挑戦は不可であり、探索者になるのは諦めるしかない。
「挑戦出来るのは一回限りなの?厳しい」
「そうでもないわよ~。命のかかった仕事だもの~。何度もやり直す訳には行かないわ~。本番は一度きりですもの~」
「うーん、そうか」
確かにそうかもしれない。何度も出来るから、といって試験で油断すれば、いざというときもその油断が出るかもしれない。
「にしてもマナカ、詳しいね」
「私はここの卒業生なのよ~。召喚士適性は扱いにくいけどこの養成学校のお陰でいっぱしになれたわ~」
どこにでもいるおばちゃんにしか見えないマナカだが、その実力は折り紙つきだ。が、駆け出しの頃はかなり苦労したらしい。ちなみにダンジョン塔には申請さえすれば誰でも入れるらしい。塔内で死ぬことはないとか。
「ふふふ、次は私の番ね?」
塔の見学が終わると、妖しい笑顔を浮かべてアリスがそう言ったのだった。正直ちょっと行きたくないと思ってしまった上に、アリスの笑いにドン引きしているフェイルクラウトに、思わず助けを求める視線を向けてしまったリンは悪くないと思う。
「まてまてまてー!どこにつれていく気よ!」
うっかり誘拐(変態?)と間違われて衛兵に捕まりかけたのは、断じてリンのせいではないと断言しよう。誰のせいかといえば、もちろん人徳のないアリスが悪い。たぶん、きっと。
いや、さっきのは本当に悪役顔よ?子供が見たら泣き出すよ?

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