36/50
悲劇と喜劇の舞踏会(後編)
遅くなりました。
事前に言っておきますが、戦闘シーンはありません。農家は戦わないのです!
王都地下深くに封印されていた魔王グリースロウ。それは巨大な虎だった。
虎というには語弊があるかもしれない。輝く黄金の体毛に漆黒の模様。美しいエメラルドの瞳には抑えきれぬ怒りを宿している。魔王というと禍々しいイメージがあったのだが、実際は神々しいオーラをまとい、神属といわれた方がしっくりくる。さすが数いる魔王の中でも十指に数えられるだけあって、圧倒的存在感だ。スキルの恩恵かさすがに萎縮することはないが、ここはゲームではないのだと改めて認識する。
いくらチートを持つリンであっても戦闘職でもないので、したっぱ魔王ならともかくこのクラスの敵はとてもソロでは太刀打ち出来ない。魔王に対する認識が甘かったと言わざるを得ない。あまりにも楽観視しすぎていた。そもそも支援メインのリンではこのクラスの敵は、攻撃が直撃すればあっという間にあの世行きである。所詮生産メインのスキル構成のため、攻撃はもとより、そこまで防御力も高くないのだ。いざとなればオルトやメロウズを喚ぶしかあるまい。それにメルと蚊トンボも。総力戦でいけば勝てるだろう。もっとも手段を選びさえしなければ、リンと蚊トンボ、メルで充分勝てる気もするが。
対する勇者フェイルクラウトは焔を纏った剣をかまえ、魔王を油断なく睨み付けている。漆黒の髪とトパーズ色の瞳のイケメンである。はっきり言って、ストル王子とは雲泥の差。月とスッポン。比べるのも烏滸がましいほどの細マッチョの正統派美男子だ。彼が王子だと言われてもあっさり信じるだろう。しかしその顔は険しく、額には玉のような汗がういている。勇者の背後で援護している魔法使いや騎士はすでに限界のようで、騎士は方膝をつき荒い息を繰り返し、魔法使いは目が虚ろだ。倒れている騎士や魔法使いはすでに力尽きたものだろう。何人かはまだ息をしているようだが、時間の問題である。
勇者と反対側、魔王の背後にはエルフだっただろう塊とそのエルフの護衛らしき騎士たちが倒れたまま放置されていた。傍らには虹色の宝玉が転がっている。例のエルフの青年に違いない。操玉で操ろうとしたが、逆に魔王にやられたのだろう。なんとも予想通りの展開である。非常に迷惑だ。
勝てそうにない。
魔王と勇者を見比べ、その場に居たものは恐らく誰もがそう感じたに違いない。明らかに勇者は気圧されているし、余裕もすでになさそうだ。魔王はといえばまだ小手調べ程度にしか動いていないのは明白である。まったく消耗したそぶりもみせず、むしろ勇者を小馬鹿にしたような眼で見ている。ちなみにリンと共に転移してきたパーティー『はみ出し者』も、ストル王子も魔王に威圧され完全に萎縮している。魔王は此方をちらりとも見ていないというのに、だ。威圧耐性がないか、あっても魔王の力との差がありすぎるのだろう。しかしよくこれで魔王と対峙しようとしたものだ。気概は認めるがムリがありすぎる。魔王復活を止めようがなかったとはいえ、彼らもまた魔王を甘く見すぎていたと言える。
魔王の攻撃を勇者が必死に防いでいるが、様子見程度の攻撃を全力でも完全に防ぎきれていない時点で駄目だろう。それでも辛うじて王宮以外に被害が出ていないのは勇者の根性(?)のたまものだろうか。だが、何時までも持つはずもない。そもそも勇者はすでに限界っぽい。魔王がちょいと本気を出せば王都どころか国そのものもあっという間に滅ぼされてしまうことだろう。
誰もが認識の甘さを痛感し、打開策も見いだせないまま(リン以外が)絶望感にうちひしがれる中、魔王の口からあり得ない言葉がもれた。
手応え皆無の勇者には飽きたと言わんばかりに鼻を鳴らし、ゆっくりと転移してきたリンたちを見て、エメラルドの瞳が見開かれる。
「は、母上?!」
渋く、深みのあるバリトン。純粋な驚きとそして喜び。魔王は真っ直ぐにリンを見ている。
その場に居たものは皆耳を疑った。次いでリンに視線が集中する。
「なぜ母上がこのようなところにいらっしゃるのですか?」
ヒトが話すような流暢な言葉。その瞳は喜びに溢れ、リンしか映していない。リン以外はすでに意識の外なのだろう。
対するリンも魔王の言葉を聞いて、ようやく思い出した。ゲーム内で拾って育てていた虎の魔物がいたことに。道端で生まれたばかりの虎の魔物をみつけ、あまりに可愛くてつい拾ってしまった。NPCのくせにやたら知能がたかく、人のように話す。半年くらいすると、人形にもなれた。何かのイベントかクエストかと思ったが何のイベントもおきず、そしてある日突然居なくなった。バグかとも思い、運営にも即座に連絡したのだが、そんなNPCはいないとの返答が返ってきて首を傾げたのを覚えている。結局苦情満載のメールを送ったが、運営からは同じ返答しかかえってこず、虎の魔物は戻ってはこなかった。その後しばらくは何も手につかないくらい落ち込んだものだ。
思い出したは良いものの、しかしここはゲームの世界とは似て非なる世界。なぜここに彼がいるのか。そもそもNPCではなかったのか。
「えっと、グリー?」
「はい、母上!」
非常に良い返事である。尻尾がフリフリ振られている。喜びを全身で表していた。そう、虎のくせにまるで犬。威圧感はきれいさっぱり消え失せている。そんな魔王の姿にそれまで死闘を繰り広げていた勇者が呆気にとられている。王子もクリフたちも驚き過ぎて言葉も出ないといった感じだ。
リンの呼び掛けにこの反応。やはりあの時の虎の魔物に違いない。
「何でこんなとこにいるの?」
「なぜ?眠っていたところを人間たちに起こされたからです!」
声をかけられるのが嬉しい!と全身で表現している。魔王の威厳は既に皆無だ。母親に構って欲しがる子供そのものである。
「……詳しいことは後で聞くよ。とりあえず、人形になれるかな?」
このままではどうしようもない上、周囲の視線が痛すぎる。なんというか、お前が元凶か、みたいな視線はやめてほしい。切実に。
「もちろんです、母上」
頷いたかと思うと、その巨大な姿が揺らぎ、黄金の髪をなびかせた青年へと変化する。
「お久し振りです、母上。愚かな人間などすべて滅ぼしてしまおうかとも思いましたが、母上がいらっしゃるのでやめにしますね!あ、でも母上がお望みなら今すぐにでも滅ぼして差し上げます」
にこにこと邪気のまったくない実に良い笑顔で言い切る魔王。
「うんうん、滅ぼさなくて良いから。場所移動して詳しいこと聞こうか」
予想のナナメ上をいく展開に頭を抱えるリンだった。
「……なに連れて来とんねん、お嬢」
「これは予想外の展開ね」
「アハハ、リンは面白いなあ」
「困った主であるな」
「……(気絶した)」
リビングに転移すると、待っていた同居者たちに頭を抱えられた。ちなみに上から順に蚊トンボ、メル、メロウズ、オルト、ヴィクターである。ヴィクターはリンが連れてきた青年が魔王とは気づいてなかったがその存在感に当てられてあっという間に気を失ったのである。起きると面倒なので放置するが。妖精や竜は一目で分かったようだ。メロウズ以外は皆苦い顔をしている。
今リビングにいるのは蚊トンボ、メル、メロウズ、オルト、床に転がっているヴィクター、リン、グリースロウ、ストル王子に勇者である。本当は王子には後始末に残って欲しかったのだが、こちらを警戒しまくっている上、説明を求める勇者との緩衝材(リンに対して勇者の態度が悪すぎるとグリーが【うっかり】勇者を殺してしまいかねないため)として連れて来ざるをえなかったのだ。後始末はクリフたちに丸投げである。
「ほんで、あんさんは今話題の魔王やな?」
誰もが何をいっていいかわからない、一触即発のピリピリした空気の中、始めに口を開いたのは蚊トンボだった。確信がないのでとりあえず確認しとこう、といった感じだ。王子がこっそり「度胸あるな、妖精さんは」と呟いていた。
「そうだ」
むっつりと、面白くも無さそうに頷く。リンの関係者だから一応答えといてやる、といった態度である。
「お嬢とはどないな関係なん」
「彼女は私の母上だ。右も左もわからぬ幼き頃拾われ、ずっと私を育てて下さった」
「ほう、魔王殿は千年ほど前より活躍されているようだが、となるとリンも千年以上生きていると?」
「まさか、そんなわけないじゃん」
肩を竦めて答えたリンは、ひとつの仮説を思い付く。
ゲーム時代、運営はグリーの存在を知らなかった。そんなキャラは造っていない、と。実際そんなことがあるはずがない。NPCはすべてデータであり、データにないキャラがゲームの中に存在するなどおかしいにもほどがある。しかも、グリーは知能がたかく、流暢に言葉を話し、ヒトのように考えて行動する。かなり高度なAIが搭載されていなければならず、なおさらに運営が知らないなどあり得ないのだ。
ではグリーは一体なんなのか。リンの立てた仮説は、グリーは元々この世界の生き物だったというもの。産まれた直後にゲームの中に転移し、そしてまたこちらの世界へと転移した。ただし、転移した時代が今よりも千年昔だった、というものだ。おそらく大幅に間違ってはいまい。転移した理由は不明だが、そう考えるのが一番筋が通っているのだ。しかし、それを説明し、納得させるのは不可能だろう。なので、簡単に分かりやすく説明することにした。
曰く。
・リンはここではない別の世界からきた(転移者と呼ばれる、リンのような存在はそれなりにいるらしくわりとあっさり納得された)
・魔王は産まれたばかりのとき、リンの世界に転移して来たと思われる(ゲームの中にというのは理解を得るのが難しそうなので省く)
・あまりに可愛くてつい拾って育ててしまった(ペットですね!ゲームだから虎のペットもOKデスヨネ!)
・ある日突然居なくなったのでおそらくまた転移して、魔王はこの世界に帰ってきたと思われる。その際理由は不明だが、今より千年以上前に転移してしまったのだろう(この辺はあくまでリンの推測であることを強調)
妖精や竜は納得し、まあそんなこともあるだろうといった具合。さすが人外。不思議現象も慣れているようだ。グリースロウはどうでもよさそうだ。リンと一緒にいられるなら他は興味ない感じ。王子と勇者はかなり複雑な顔をしている。一応筋が通っているような、いないような。魔王をそのままにしておきたくはないが、倒す実力もないのは実証ずみなので、信じられないとしてもどうしようもない。彼らには選択肢がないのだ。言いたいことは多々あるが(主に勇者が)今は何も出来ないのでひとまず飲み込むしかない、という心情が苦々しい表情に現れている。さすがに取り繕う気はない。
結局うやむやのうちに、魔王グリースロウがリンの同居者として決定したのだった。
クリフたちパーティー『はみ出し者』は頑張った。
各種ギルドに呼び掛け、避難していた人たちを呼び戻し、王宮を魔法と人海戦術で出来る限り修復した。いくら冒険者ギルドの身分証があるといっても中々信じてもらえず、ライセリュート家の力を借りて、ようやく王族貴族を呼び戻し、各種ギルド長に脅威がさったことを説明し、城の再建に着手し、最低でも舞踏会という名のお披露目が出来るように舞台を整え(王太子として認められる大事な舞踏会のため、各国の使者も来ているので中止というわけにはいかないのだ。ちなみに使者たちにはそれなりの理由を説明し、安全のため城ではなく、王都の宿に宿泊してもらっていた。さすがに魔王のことは言えなかったためかなり不審そうではあったが)と、大忙しである。
翌日、結果から言えば舞踏会は無事開催され、魔王のことは大きくは広まらず(避難していた人たちにも魔王は勇者によって倒されたと伝えられた)勇者の勇名がより大きく広がった(もちろん王家による情報操作の賜物である)
ストル第一王子はバッチリ王太子となり、その場で異例の貴族の粛清が行われた。各国の使者もいる場での貴族粛清など通常はあり得ないのだが、国王が決断したのだ。キレイン公爵の野心は各国とも承知していたため、利用されないようにとの計算もあるもだろう。今なら勇名を馳せた勇者もいるため、多少貴族粛清で国力が弱まったとしても、戦争を仕掛けてくる国はないだろう。勇者のインパクトが強い今こそ貴族を粛清する好機と王と王子の意見が一致したのだ。
公爵を筆頭に取り巻きの高位貴族はあらかた権力をとりあげられ財産も没収され、平民とされた。キレイン公爵と第三王子は一生涯幽閉されることとなった。
騎士や魔法使いなど五百人を越える死者をだし、多数の有力貴族が粛清されたこの舞踏会は「悲劇の舞踏会」と呼ばれた。
…………お披露目の舞踏会は、実は最後に抽選で当たった一般市民を招くことになっている。すべての行事を消化したあとほんの一時間ほどではあるが。もちろん各国の使者も承知の上である。精一杯着飾った一般市民の入場が終わり、無礼講となったその場で、ソレは起こった。
粛清から免れたが、公爵に加担していた疑いのある貴族や令嬢の着ていた服が一瞬のうちに消え失せたのである。まさに文字通り「消えた」のだ。会場には真っ裸になって、何が起こったか理解出来ない人々がそこかしこに固まっている。何が起こったのかも、どうすれば良いのかもわからない。あまりにも突然で予想外の出来事だったためか、かなりの時間、彼らは醜態をさらし続けていた。堪えきれず爆笑するものが続出する中で、ニヤリと黒く笑う少女に気付いた者はない。当然、王族や貴族、一般市民から各国の使者にも醜態をさらした彼らは、二度と人前に姿を表せなくなったという。
後にある芝居一座が芝居にして上演したため、『悲劇と喜劇の舞踏会』として面白おかしく広がったのだった。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。