19/50
メイスン・フロストの農業研修③
「おや、おでかけですか」
村から出ようとしたところで、一人の村人と出会って親しげに声をかけられる。
担がれているリンから、さりげなく視線を外した通りすがりの村人A。いや、そこ、突っ込みどころだよね?
「ええ、ちょっと【洞窟】までね」
「【洞窟】?そんな小さな子を連れて?」
戸惑ったように、メイスンの肩に担がれているリンに目を向ける村人A。
「大丈夫よ。この子見た目より丈夫だし、わたしが付いているのよ?万が一もあり得ないわ」
「はあ、でも一応村長には言っておいたほうが良いですよ」
善良そうな彼は気の毒そうな、妙に同情のこもった目でリンを見てから、メイスンに村長の家を指差しながら言う。いったい、彼女はリンどこに連れていく気なのか。そしていつになったらおろしてもらえるのかなあ、と他人事のように考えるリンだった。
「・・・・そうかしら?」
村人の言葉に、メイスンはしばし考えて頷いた。
「そうね。一応言っておきましょうか。後でぐずぐず言われても面倒だし」
ありがとう、と村人に礼を言うと、やはりリンを担いだままに村で一番立派な建物に向かう。
メイスンの家がインパクトが強すぎて気づかなかったが、普通の民家の倍はある、かなり大きな家だ。後で聞いたところによると、集会所も兼ねているので大きいらしい。
それにしても、メイスン・フロストは細めの女性であるのに、徹夜明けで、がっつり畑仕事をしたあとにリンを担いだまっま移動とか、どれだけ体力と力があるんだろうか。
リンがどうでもいいことを考えている間に、村長の家に着いたらしい。メイスンはやはりリンを担いだまま、遠慮なく家に入り込む。
「お父さん、いるかしら~」
・・・・お父さん?
「なんだ、騒々しい!」
二階から、髭もじゃの屈強な男性が降りて来て、メイスンと肩に担がれているリンを一瞥する。
「紹介するわ。この子昨日から住み込みで来てくれているリンよ」
ようやく肩からおろされてホッと一息。そして村長さんを見て頭をさげる。
「ええと、リンです。よろしくです?」
村長さんは、村長というより木こりと言ったほうがしっくりくる外見だ。丸太のような腕に足、肌は浅黒く、髭は顔の半分を覆うほどだが、なぜか頭はスキンヘッド。体のそこかしこに古傷がある。メイスンとは月とスッポン、美女と野獣。似たところなど一つもない。・・・・お父さん?
思わず、村長さんとメイスンを三度も見比べてしまう。
「おう、村長のイルヨンだ、よろしくな。まあ、そんなとこに突っ立ってないで座れ。メイスン、おまえもだ。しかし、あの家に住み込みか・・・・」
ものすごい同情に満ちた目で見られた。頭を意外に優しく撫でられる。外見はともかく、優しい人のようだ。
「よかったらうちに住むか?今は俺と息子二人の男三人暮らしで、何かと行き届かんかも知れんが」
あの家に住むよりましだろう、という村長さんの心の声が聞こえた気がしたリンである。神様だ!リンに救いの手が差しのべられた!一瞬で目が覚めた。
村長という役目柄、面倒見が良いのかと思ったのだがどうやら違うらしい。後で聞いたところによると、村長さんも何度かあの家に泊まったことがあるようだ。そして毎回悪夢にうなされたとか。体験済みだったのね。その上、あの家に住み込みで来た人が三人ほど三泊ほどで精神的に病んだとのこと。それ以来、住み込みで来た人にはとりあえず誘いをかけているそうだ。・・・・悪魔でも住んでいるのか、あの家。
もちろんリンとて否はない!どんなところでもあの家よりはましと確信できる。早速心の平安と安眠が手に入りそうな彼女の機嫌は急上昇である。が、リンが了承するより早く、なぜかメイスンが非難のこもった目で村長さんを見た。
「馬鹿言わないでよ、お父さん。リンは女の子よ?いくら小さくても、いいえ、小さいからこそこんな男ばかりのムサイ家に住むなんてムリよ。三人とも料理だって満足に出来ないくせに」
「う、ううむ、そうか?」
あの家に住むよりはまだ良いかと思ったんだがな、と小さく呟く村長さんは、メイスンの勢いにたじたじで考え込む。このままではまずい。
「ここに住みたい!」
焦るあまり、思ったより大きな声がでて、自分でビックリしてしまった。
しかし、何としてでもあの家からは離れたい。今後もあの部屋で寝ることを思うと、それだけで気分は地の底まで落ち込んでしまう。はっきりいって拷問と言えるだろう。このままでは毎日寝不足決定である。冗談ではない。
「料理は得意。掃除も洗濯も家事は一通りできる、です」
何せ、サブ職は『神の料理人』である。そこらのコックさんよりも美味しい料理を作れる自信がある。・・・・メイン職は『神の農園主』のはずなのに。料理も調薬も完璧であるのに、農業だけうまくいかないなんて呪われているのか??
思わずため息をついたリンに何を思ったのか、村長さんはまた頭を撫でてくれる。
「いや、まあ別に何もせんでいいぞ?」
なでなでなでなで。どうやら村長さんはリンの頭が気に入ったらしい。
「リンがどうしてもって言うなら反対はしないけど・・・」
住み込みという条件は、彼女的には村内に寝泊まりするなら特に問題ないらしい。過去にも何度かこういったことがあって、なぜか(理由は明白に思えるが、メイスンはわかっていないようだ)誘いを受けると一人残らず、村長さんの家を選ぶので、妥協したとか。メイスンとしては家に住んで欲しいらしいのだが。・・・・ムリだろう。
「それで、用件はその娘のことか?夕方までには部屋は用意しておいてやるぞ」
「リンこそは家に住んでくれると思ったのに・・・・」
村長さんの言葉をさらっと無視して、しゃがみこんで、恨みがましげな目で見られた。そんな目をされても嫌なものは嫌なのだ。
それはそれとして、本題をすっかり忘れ去っているかと思ったのに、意外に覚えていたらしい。
「本題はそこじゃないわ!」
すくっと立ち上がると、突然大声をだす。
「そ、そうなのか?」
「そうよ!そもそもわたしがリンが取られるかもしれないのに、あえてここに紹介するくらいのことで来るはずないわ。そういうときは家に呼び出すに決まってるじゃない」
決まってるんだ。何となく父娘の力関係が分かった気がしたリンである。
村長宅に来て数十分後、なぜか親子バトルが発生していた。
「駄目だ」
娘には勝てない親父かと思ったら、そうでもなかった?
一言で却下されてしまったメイスンは額に青筋を立てて怒っている。
「どうして?」
「危険だからに決まってるだろう」
二人とも、リンをそっちので言い合いをしている。リンとしては、気分転換とかどうでもいいから、まともな家でとにかくゆっくり眠りたいのだが。
しかし二人とも、リンのことなど既に眼中に無いようだ。議論は段々熱を帯びてくる。今にも殺しあいに発展しそうなほどの殺気を二人ともが帯びている。話し合いでこれ程の殺気を放つとかどういう父娘なんだ。
「どうしても行く必要があるのよ!」
「だが、その娘が行く必要はないだろう」
「リンが行かなくちゃ意味ないわ」
「そんなことはないはずだ。【洞窟】に用があるならアレが目当てなんだろう?アレが必要ならおまえだけが行って採って来てもいいし、金があるなら冒険者ギルドに依頼を出すという手だってある。何も危険をおかしてまで本人が行く必要はないだろう」
つまり【洞窟】とやらにリンを連れていくかどうかで、ひたすらもめているのだ。
同じことを繰返し議論する二人の横で、リンはうつらうつらし始めた。それを見てイルヨンが勝ち誇ったようにメイスンを見る。
「ほら見ろ。昼過ぎにはおねむになるような、こんな小さな子供を連れてあそこへ行くなど許可出来るわけがなかろう」
「ぐっ、リンはもう十二歳よ。言うほど小さくないわ。それにたとえ小さくたってリンは大人だわ。子供扱いは彼女に失礼よ」
メイスンから意外な言葉がでた。リンもうつうつしながらも聞き耳をたてる。
「彼女の農業に対する姿勢と情熱は素晴らしいわ。知識もあるし、知らないことは真摯に学ぼうとしている。それはもう一人前の職人と言えるわ。自分の畑も持っているし、畑に対する愛情もあるわ。足りないのは優秀な指導者と専門的な知識だけ」
「・・・・ある程度の知識があるなら、あとはおまえが的確な指導をしてやれば良いだろう。何もあそこへ行く必要など」
メイスンのうってかわった真剣な様子に、イルヨンも驚いているようだ。が、こちらも譲れないモノがある。
「どうしても行きたいなら、もう少し大きくなってからにすればいい。何も今すぐ行かなくても良いだろう」
「ダメよ。お父さん、今日が何日か分かってる?」
「今日?今日は・・・・おまえの狙いはアレではなくそっちか」
苦虫を噛み潰したような表情でイルヨンがメイスンを見る。
「確かにアレは本人が行かなくては意味がないが・・・・おまえはこの娘が『選ばれる』と?」
「チャンスは十年に一回しかないわ。挑戦出来るのは人生で一度だけ。それも二十歳を過ぎたら挑戦も出来なくなる。彼女にとってはこれが最初で最後の機会なのよ。いま、このときに彼女はここに来た。きっと彼女は『選ばれる』わ。それに彼女の畑の地下にはかなりの大きさの魔素溜まりがある可能性が高いの」
「調査もせずになぜ分かる」
「あそこはライセリュートの長男の所有地だったそうよ。確かあそこの『月姫』は」
「黒腐病か」
黒腐病は、罹患すれば五年程でほぼ死に至る。特効薬はあるが、王候貴族ですらまず手に入れることはできない。権力や金があっても手に入れることは難しいのだ。
特効薬を作るには、腕のいい調薬士と特殊な薬草が必要で、これが手に入るかどうかは運を天に任せるしかないのである。そしてライセリュート家の『月姫』は助かったという噂だ。
「一般には、ほとんど知られていないけれど、あの薬草は大きな魔素溜まりがある場所にしか生えないわ」
「この娘が持っているという土地はそれか」
だから調査などしなくてもメイスンにはリンの土地の地下に巨大な魔素溜まりがあると、それが問題でまともな食材が作れないのだとすぐに分かったのだ。
「確かにそれほど大きな魔素溜まりがあるなら、今日【洞窟】に行くのは有効な手段だな。『選ばれ』さえすれば魔素をかなり抑えることができる。だが・・・・」
それでもリンの幼さ故にイルヨンも躊躇せずにはいられない。たとえそれが彼女にとって必要なことなのだとしても。
揺れる彼の心境が手に取るように分かったメイスンは、さらに言葉を重ねる。あともう一押しである。
「言っておくけど、この娘が他の子供と同じだと思ったら大間違いよ。何せこの歳で妖精を二体も召喚できるんだから。それもかなりの高位妖精よ」
「・・・・なんだって?!」
イルヨンが信じられないと目を見開く。
そもそも、召喚自体熟練の技が必要であり、魔物ならともかく、妖精は非常に難しい。低位のモノですら契約は困難だ。妖精とは気紛れで好奇心旺盛だが、子供のように無邪気で子供のように残酷であると聞く。『吹き抜ける風』の召喚士は、かなりの熟練者であり、なおかつ妖精王の加護を持っているため、妖精とは契約しやすいと聞くが、そもそも加護持ち自体が非常に珍しい。だというのに、それでも契約出来る妖精は中位までが精一杯と聞く。
そんな妖精を二体、それも高位と言うのだから、イルヨンが疑わしげな目で娘を見るのも当然と言えよう。
「冗談・・・・ではないんだな?」
うなずく娘に、イルヨンもしぶしぶうなずきを返す。
「分かった。【洞窟】への立ち入りを許可しよう。ただし」
「ありがとう、お父さん。・・・・ん?ただし?」
「ザジを連れていくのが条件だ」
その言葉に、思わず机に突っ伏してしまうメイスンだった。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。