【コラム】平壌入りした金正日氏の異母弟

 1977年8月、筆者と同じ日に耀徳政治犯収容所に収容され、過酷な目に遭ったリ・ヨンモという友人がいた。後に彼と親しくなるにつれ、彼が収容所に送られた理由が、故・金正日(キム・ジョンイル)総書記の異母弟、平一(ピョンイル)氏のためだという話を聞いた。リ・ヨンモ氏の父親ソンフプ氏は最高幹部の子弟が通う南山中学校の教師で、労働党教育部の幹部でもあった。だが、金正日氏に比べ温和で聡明だった平一氏をえこひいきしたとの理由で、勝湖里収容所(1級政治犯収容所)に連行され、家族は耀徳収容所に収容された。故・金日成(キム・イルソン)主席の専用機を操縦した「第1号飛行士」で「共和国英雄」とされていたキム・ヒョンラク氏も、平一氏と親しくしたため耀徳収容所に送られた。当時、耀徳収容所には、平一氏のために収容された人が多くいた。一時、北朝鮮のエリートたちは、金日成主席の寵愛(ちょうあい)を受けていた平一氏に希望を抱いていた。同じ首領の息子でありながら、平一氏を選んだという「罪」は、死をもって償わなければならなかった。平一氏本人も、幹部たちが追放されることや寂しさに耐えかね、逃げるように海外に行き、そのまま数十年にわたる苦難の日々を過ごした。

 その平一氏が、平壌で行われた在外公館長会議に出席し、金正恩(キム・ジョンウン)第1書記と面会した。これは正恩氏が張成沢(チャン・ソンテク)氏を処刑した事件に匹敵するほどショッキングな出来事だ。正日氏は何の権力もない平一氏を常に恐れていたが、正恩氏も同じ思いをしているはずだ。正恩氏は金日成主席に似せようと、無理に体重も増やしたが、平一氏はもともと金日成主席に似ていた。

姜哲煥(カン・チョルファン)客員記者兼北朝鮮戦略センター代表
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