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第二十三話 刃無き刀
大聖堂の地下に存在する科学室。
そのさらに奥、いくつもの扉を抜けて階段を下った先に、聖遺物の保管庫はあった。
遥か古に作られた聖護結界によって守られたそこは、ある種の異界である。
最後の一際巨大な扉を抜けて中へ足を踏み込んだ途端、気圧が変わったように耳がキンとした。
空気が違うことが、肌で感じられる。
「ここが……」
武器が大量におさめられているということで、俺は保管庫について雑然と散かった場所を想像していた。
だが実際の保管庫は、天井の高い礼拝堂のような空間であった。
六角形をしたこの場所には、特に何もない。
ただ、静寂だけがある。
天井から降り注ぐ、青の光。
見上げれば、大きな水晶がアーチの奥に埋め込まれていた。
中央にある小さな台座が、その輝きにぽつんと寂しく照らし出されている。
清涼としていて美しい景色だ。
しかし、肝心の聖遺物はどこなのだろう。
先ほどのエレベーターのように、どこかに隠されているのだろうか。
そう思った俺が眉をひそめると、ミラが柔らかに微笑みながらうなずく。
「保管場所で安定した状態にある聖遺物は、目には見えないし触れることもできないの。力は感じられるんだけどね」
「え? じゃあ、どうすればいいんだ?」
「あの台座で祈るの。自らがほしい力の形を」
そういうと、その場に跪いて手を組んで見せるミラ。
自らがほしい力の形……か。
俺は彼女にうなずきを返すと、恐る恐る台座の上へと昇る。
そして天を仰ぎ、輝く水晶を見据えた。
深い青の輝きに、たちまち意識が吸い込まれそうになる。
海の底、空の果てでも覗き込んだかのようだ。
「うおッ……」
虚ろになる世界。
心の中に溜め込んでいたものが、強制的に吐き出されるような感じがする。
ありとあらゆる感情が、ないまぜとなって溢れて来た。
不安・恐怖・興奮・希望・憤怒……正も負も関係なく、何もかもが。
たちまち、心がはちきれそうになって苦しくなる。
その場から全く動いていないのに、息が上がった。
全身の血が激しく巡り、汗が額から滴り落ちてくる。
「な、なんだよこりゃ……」
「心を見られているの。聖遺物は、持ち主の心を覗いて自らにふさわしいかどうかを決めるのよ。祈りを崩してはいけないわ。苦しくても、一心に。自らがほしい力の形を……!」
「おいおいおい……! 少年漫画の主人公じゃねーんだぞ! 俺の心の中なんて、怠けたいとか戦いたくないとかそんなのばっかり――ぬおッ!?」
視界の端を、色とりどりの風景が流れていく。
一瞬、世界が白くなった。
目がチカチカとして、頭がくらりとする。
バランスを崩しそうになって、慌てて両足で踏ん張った。
やがて光の洪水が収まると、急速に体が楽になっていく。
強張っていた筋肉がゆるみ、軽くなった。
俺はその場で膝をつくと、ほっと胸をなでおろす。
「なんとか、なったか?」
「聖遺物はどこかしら? もう、顕著しているはずよ」
「あれ? そんなのどこにも――あった!」
ふと見下げると、足元に白鞘の刀が転がっていた。
神々しく輝く無垢の白木が、目にまぶしい。
この光は間違いなく聖遺物であろう。
日本人なだけに、刀か。
ありがちな武器だが、それだけに期待が持てる。
この手の武器で、刀が外れだったというパターンを見たことが無い。
「これは、凄そうだ……!」
恐る恐る、鞘から刀身を引き抜く。
輝く白刃が、たちまち姿を現した。
その独特の金属光沢に、思わずため息が漏れる。
美しい。
これほどまでに綺麗な鋼を、俺は初めて見た。
遠目でこちらを見ていたミラまでもが、うっとりとした顔をする。
鋼の描く優美な曲線が、俺たちの心を虜にした。
だがここで――妙なことに気が付く。
「あれ? この刀……先が丸くないか?」
本来なら、研ぎ澄まされた刃が付いているはずの場所。
そこがなぜか、丸くなってしまっていた。
プラスチックでできた、子どものおもちゃのようである。
これは……。
思わず、顔が引きつる。
「ちょ……! 刃がついてない!?」
「もしかしてあなた、戦いたくなかったのね?」
「否定はしない。襲われたら仕方ないけど、それ以外は遠慮したいなって思ってる。今回の任務だって、正直なところはあんまり行きたくないしなあ……。やっぱり、戦いはどうしても好きになれないよ」
「……素直すぎ」
「昔から俺は、こんなんだよ。アグレッシブな男なら、とっくの昔に覚悟完了してたって」
先の丸い刀を見ながら、渇いた笑みを浮かべる。
襲われれば、戦うことだってやぶさかではない。
だけど、積極的に戦うのはやはり恐ろしかった。
それほど好戦的にはなれないし、相手の血を浴びる覚悟も度胸もない。
あくまでも俺は、平穏に暮らしたいだけの小市民なのだ。
そんな自身の心が表れた結果が、この刀だと思うと……やっぱり納得できない。
「うーん……。それにしたって、刃の付いてない刀ねえ。予想外すぎたわ」
「俺もだよ。何がどうしてこうなった。これじゃ、なにも斬れないぜ」
「待って。もしかしてその刀……斬るためのモノじゃないかもしれないわよ!」
「どういうことだ?」
俺の質問に答えることなく、ミラは拳を構えた。
蒼い炎が、白い手にまとわりつく。
まてまて、俺に攻撃してくるつもりか……!?
とっさに、無いよりはましだとばかりに刀を構えた。
ミラはそれを見るや否や、容赦なく拳を打ち込んでくる。
するとその瞬間――刀を中心として半透明の壁が現れた。
青い稲妻とともに現れたそれは、ミラの鋭い一撃をいともたやすくはじき返す。
「バ、バリア!?」
「やっぱり!」
少し腫れてしまった手を振りながら、ミラは目を輝かせる。
彼女は再び俺に近づいてくると、興奮した様子で手を握ってくる。
「この刀は攻撃するための武器じゃなくて、守るための武器なのよ!」
「守りの武器? なるほど、それなら確かに戦いたくないっていう俺の意志にも合致するけど……」
「今までにないタイプの聖遺物だわ! 刀の形をした物はすでにいくつか見つかってるけど、すべて攻撃特化型でね。防御型の聖遺物は初めてよ!! 大発見だわ!」
ブンブンと握った俺の手を振るミラ。
やがて彼女は懐からルーペを取り出すと、刀を手に観察を始める。
その目には、ちょっぴり危ない光が宿っていた。
放っておけば、せっかくの刀を分解してしまいそうな勢いだ。
「ちょ、ちょっと? そろそろ行かないと、出発時刻が近いんじゃないのか?」
「待って。その前に、この聖遺物の最低限の特徴だけでも把握しておかないと……」
「飛行船に乗った後でもできるって!」
ヤバい雰囲気のミラを刀から引っぺがすと、彼女を振り切るように走り始める。
こうして保管庫から出た俺は、そのままフレースヴェルグのある大闘技場へと向かったのだった――。
「バリアの出る刀か……こらまた、変わった武器やなあ」
フレーヴェルグの鎮座する、地下格納庫にて。
ミラから説明を受けたリューネさんは、興味深げに眼を細めた。
彼女は俺が差し出した刀を手にすると、少しだけ鞘を引き、刀身を確認する。
小さな口から、ほうっと息が漏れた。
「綺麗やなぁ。これは、オウカの双月を超えたかもしれへん」
「あ、あの双月をですか!?」
「それってつまり……最強の聖遺物ってことです!?」
ヘレナとシャルリアが、揃って素っ頓狂な声を上げた。
オウカさんの持っている双月というのは、よっぽどの逸品らしい。
二人とも、驚きのあまりしばらく口が半開きになってしまっている。
「戦闘力では劣るやろうけど、鉄壁の守備ってのは大きいで。聖遺物には今までほとんど防御って概念がなかったさかいに」
「それは……そうかも」
「私のフラガラッハも攻撃一辺倒ですからねえ」
「まあ、能力については船の中でおいおい考えていこか。それより、そろそろ出発の時間やで!」
懐中時計を取り出すと、バンッとみんなに見せるリューネさん。
時計の針は、午後六時半を少し回ったところだった。
出発予定時刻の七時まで、あと二十分ほどである。
そろそろフレースヴェルグ号に乗り込まないと、間に合わない。
「さ、入り口はあっちや!」
「はいッ!」
船体の脇から伸びるタラップ。
細い金属のそれを揺らしながら、一斉に乗り込む。
狭い入口を抜けると、そこには存外に広い空間が広がっていた。
正面がガラス張りで、外の格納庫の様子がはっきりと見て取れる。
さらに、各所に置かれた機械類が心地よい動作音を出していた。
時折、晶石機関独特の緑色の光も見える。
前方の操縦席には、二人の女性が腰かけていた。
一人はリューネさんの助手のようなことをしているアイベルさん。
もう一人は……スズカさんである。
いつものクラシカルなメイド姿で、複雑怪奇な計器類を操作している。
その様子は実に手馴れていて、かなりの熟達ぶりがうかがえた。
俺は思わず目蓋を擦ると、叫ぶ。
「スズカさん!? 何でここに……」
「知らなかったの? スズカは特窓のオペレータの一人よ」
「そうなんですか? てっきり、ただのメイドさんかと……」
思わず顔を覗き込む。
すると、スズカさんは白い歯を見せてはにかんだ笑みを返してきた。
「隠していたつもりはなかったのですが。少し、驚かせてしまったようですね」
「ええ、まあ……」
「これからはオペレータとしてもよろしくお願いいたします、ラルフ様」
軽くお辞儀をすると、再び仕事に戻るスズカさん。
正当はメイドさんだとばかり思っていたのに……世の中、意外なこともあるものだ。
俺がこうして頷いている間に、リューネさんが指示を飛ばす。
「よし、そろそろ出発するで!」
「了解ッ! 機関出力上昇!」
「上部ハッチ、開口開始!」
スズカさんがレバーをひねった途端、凄まじい音が轟き始めた。
ゴロゴロゴロッと、さながら大地震でも起こっているかのようだ。
あまりの音の大きさに耳を抑えていると、今度は足元が微かに揺れ始める。
天井が動き始めた。
月明かりが差し込み始める。
「な、なんだか大事ですね……!」
「さすがの私も、これは初めてだわ」
「まだまだこれからよ」
やがてガクンッと音がして、天井が開き切った。
窓から外を見上げれば、紺色の空と月がはっきりと見える。
月明かりに照らされた古の闘技場は、何とも言えぬ風情があった。
兵どもが夢の跡といった、寂しい気配がある。
そんな地上とは裏腹に、地下ではなおも出発に向けて作業が進む。
「上部ハッチ、開口完了! 繋留ケーブル、解除ッ!」
「機関出力、70%に到達!」
「システム異常なし。サブ推進、回しますッ!」
船体の脇に据え付けられた、いくつかのプロペラ。
それらがゆっくりと回転を始めた。
風切音がし始めると同時に、ふわりとした浮遊感が足元を襲う。
フレースヴェルグの巨大な船体が、宙に浮かび上がっていく。
やがて現れる幻想的な街並み。
星をちりばめたような景色に、シャルリアたちの顔も緩む。
人口百万を数える大都市の夜景は、百万ドルと形容するのが相応しいほどだった。
「綺麗……」
「これが、私たちの街ですか……!」
「ひとまず、浮くには浮いたわね。あとは進むだけだわ」
「高度順調に上昇中! まもなく規定高度に到達します!」
「サブ推進、停止! メイン推進に切替え準備!」
ロマニウムの街並みをある程度見下ろしたところで、フレースヴェルグは動きを止めた。
いつの間にか、一段高い席に腰を下ろしていたリューネさんが、ビシッと声を上げる。
「メイン推進、出力最大! フレースヴェルグ発進ッ!!」
後部から吹き出す蒼い炎。
夜空を切り裂き、白い船体が滑らかに加速していく。
こうして俺たちは一路、グラッグ山脈へと飛んだ――!
次回からいよいよ、戦いが始まります。
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