不法占拠の正当化


 昭和27年12月4日、韓国は「ラスク書簡」を再確認する書簡を米国から受け取った。駐韓米国大使館が韓国政府外務部に送ったその書簡には「大使館は、外務部の書簡にある『独島(リアンクール岩)は…大韓民国の一部である』という言明に注目します。合衆国政府のこの島の地位に対する理解は、ワシントンの韓国大使に宛てたディーン・ラスク国務次官補の1951(昭和26)年8月10日付書簡において述べられています」と記されていた(『独島資料Ⅱ 米国編』韓国国史編纂委員会2005年)。

 「外務部の書簡」とは、昭和27年9月15日に起きたという米軍機竹島爆撃事件についての11月10日付の米国への抗議文のことである。

 韓国政府外務部政務局が昭和30年に刊行した『獨島問題概論』にもこの書簡は収録されている。この本の序文に、関連する外交文書は「原文通りに掲載」と記されているが、驚くことに上記「大使館」以下の部分が「etc」としてそっくり削除されているのである(この事実は島根県竹島問題研究会の山﨑佳子氏が発見=「韓国政府による竹島領有根拠の創作」『島根県竹島研究会第二期最終報告書』 平成24年)

 「獨島問題概論」の序文に「本概論は公表を目的としたものではなく、各在外公館長が本問題を正しく理解して日本人の不当な宣伝に対応するのに参考となるよう考えて発刊」とあるが、これではサンフランシスコ平和条約で竹島が日本領として残った事実が「正しく理解」できない。

 「ラスク書簡」の存在を隠蔽しようとするこのような韓国政府の対応でわかるように、竹島不法占拠は国際条約に反して強行された韓国の失態であった。韓国の「在外公館長」にすら知らされていなかったこの重大な事実を一般の韓国人が知っていたとは考えにくい。「独島は日本侵略の犠牲となった最初の韓国の領土」であったが「解放とともに独島は再び我々の胸に抱かれた」という主張を韓国人は声高に叫ぶようになった。

 この主張は、日本人を非難する以上に、韓国人を納得させ高揚させることに効果がある。領土紛争においては占拠している側は静かにしているという常識に反し、日本の動きに何かあると反応せずにはいられなくなり、結果として竹島が紛争地域であるという印象を世界に発信する韓国の不思議な行動も、この主張の行き過ぎた効果であろう。

 平成24年の李明博大統領の竹島上陸に際し、野田佳彦首相は8月24日に次のように述べた。竹島問題の本質を的確に表現している。

 「竹島は歴史的にも国際法上も、日本の領土であることは何の疑いもありません。(略)一九〇五年の閣議決定により竹島を島根県に編入し、領有の意思を再確認しました。韓国側は我が国よりも前に竹島を実効支配していたと主張していますが、根拠とされている文献の記述はあいまいで、裏づけとなる明確な証拠はありません。戦後、サンフランシスコ平和条約の起草の過程においても韓国は日本による竹島の放棄を求めましたが、米国はこの要請を拒否しています。こうした経緯があったにもかかわらず、戦後、韓国は不法な李承晩ラインを一方的に設定し、力をもって不法占拠を開始したのです。竹島問題は、歴史認識の文脈で論じるべき問題ではありません。戦後の韓国政府による一方的な占拠という行為が国際社会の法と正義にかなうのかという問題であります」

 竹島問題で日本がなすべきことは、「独島は日本侵略の犠牲となった最初の韓国の領土」という主張、すなわち「歴史認識の文脈で論じる」韓国に粘り強く反論すること。そして、サンフランシスコ平和条約で竹島が日本領と決定したにもかかわらず、韓国が不法占拠した事実を発信し続けること、すなわち「国際社会の法と正義」を貫くことである。