トヨタ 株だけど元本保証?
7月31日 19時25分
トヨタ自動車は7月24日、“元本保証型”の新型株式を発行しました。5年間は譲渡・売却できないが、その後は発行価格での買い戻しを請求できるので“損”はしない。しかも配当はもらえ、議決権も行使できるとして、購入希望の投資家が相次ぎ、証券会社には発行数を大きく超える申し込みが寄せられました。
しかし、新型株発行は株主総会で4分の1もの株主から反対されるなど論議を呼びました。新型株の発行は、市場に何を問いかけたのでしょうか。名古屋放送局・豊田太記者が解説します。
異例ずくめの新型株
トヨタが新型株の発行計画を明らかにしたのはことし4月でした。
昭和11年にトヨタが初めて製造した量産型の乗用車「AA型」の名前にちなんで、「AA型種類株式」と名付けられました。
その仕組みは、株式としては異例なことばかりです。5年間、譲渡や売却が制限されるものの、その後はトヨタに対して発行価格での買い取りを請求できます。つまり、株式でありながら、事実上の“元本保証”が付くのです。
また、配当利回りは当初は0.5%と普通株より低いものの、その後段階的に上がり、5年目は2.5%となります。さらに、保有すれば株主総会に出席でき、議決権も与えられます。
なぜトヨタは新型株の発行に踏み切ったのか。背景にあるのは、世界の自動車メーカーがしのぎをけずる次世代技術の開発競争です。水素で走る燃料電池車や自動運転技術といった研究開発には、ばく大な資金が必要ですが、成果が出るまでには長い時間がかかり、ただちに利益にはつながりません。
そこで、株主に新型株を少なくとも5年は保有してもらうことで時間のかかる研究開発を資金面で支えてもらい、その分、条件面で優遇しようということなのです。トヨタはこの新型株発行の議案を6月16日の株主総会に提出しました。
経営チェック機能に疑問の声
これに反対する動きは海外から起きました。新型株の発行反対を表明したのは、アメリカの「ISS=インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ」という会社です。この会社は、さまざまな企業の株主総会の議案をウォッチし、議案に賛成すべきかどうか株主に助言する「議決権行使助言会社」の大手です。
「ISS」は5月下旬、「安定株主の増加によって、トヨタの経営に対する市場からの監視が働きにくくなる」などとして、新型株発行の議案への反対を推奨するリポートを発表しました。“元本保証型”株式の発行で長期保有の株主が増えると、トヨタの経営規律が緩むことになりかねないと訴えたのです。
新型株発行の議案が承認されるには株主総会で3分の2以上の賛成が必要です。トヨタ株のおよそ3割は外国人投資家が保有していて、影響力のある「ISS」のリポートで反対の流れが強まれば、議案が否決されかねないという観測も出始めました。
トヨタ側は「既存の株主にデメリットはなく、株主の意見をガバナンス(企業統治)に反映させる」などと、株主に理解を求める補足資料を開示。株主総会当日に向けて意見の応酬は過熱していきました。
過去最長となった株主総会
そして迎えた6月16日の株主総会。トヨタ本社には4600人を超える株主が集まりました。私たち取材陣は別室でモニターを通して会場の様子を見守りました。
例年なら淡々と議事が進行するのが見慣れた光景ですが、ことしは様相が異なりました。新型株発行の議案の審議に入ると、「経営陣に好意的な発言だけをする株主が出てきて、経営のチェック機能が弱まるのではないか」。「安定株主が必要なら、普通株の株主を優遇して長期に保有してもらうよう努力すべきだ」など、厳しい指摘が相次ぎました。
これに対し豊田章男社長は、中長期的な研究開発の資金調達には新型株発行が欠かせないと説明しました。また、日本の個人金融資産の多くが預金になっている現状にも触れ、「株主の選択の幅を広げ、資本市場の活性化を半歩進めるものだ」と訴え、理解を求めました。
採決の結果、賛成は75%で、3分の2以上という要件を満たし、議案は承認されました。ただ、トヨタの総会で会社側提案への賛成は通常90%前後に上るだけに、およそ25%もの株主が議案に反対したのは極めて異例です。新型株発行が物議を醸したことのあらわれで、総会の開催時間は過去最長の3時間2分におよびました。
新株論争が残したものは
東京証券取引所が経営の透明性や収益力の向上を企業に求める行動指針、「コーポレートガバナンス・コード」を策定し、ことし6月から上場企業への適用を始めるなど、トヨタをはじめ各企業は株主重視の経営をより一層迫られています。
また、株主から集めた資金を使って、どれくらいの利益を出しているかを示す、ROE(Return On Equity=自己資本利益率)を高めるよう求める動きが海外の投資家を中心に広がりを見せるなか、各企業は株主、とりわけ多くのシェアを有する“機関投資家”の意向を踏まえた経営をより迫られるようになってきています。
ただ、こうした機関投資家の中には、中長期的な視点で企業を見守ろうという株主だけでなく、利ざやを稼ぐ目的で株式を保有する株主もいて、その行動が企業経営に大きな影響を及ぼしているという現実もあります。
今回の新型株発行についてトヨタ幹部は、“会社とともに歩むパートナー”になってくれる株主を得るためとしたうえで、短期的に売買を繰り返す投機的な株主に翻弄される今の株式市場に対するアンチテーゼと受け取ってもらっていいと言い切ります。
ただ、“元本保証型”株式発行で「物言わぬ株主」が増え、経営陣が緩むという指摘も説得力があり、空前の利益を上げ続けるトヨタが物わかりのよい応援団を増やしたいだけだという冷ややかな見方があるのも事実です。
東京株式市場は海外投資家にも支えられて日経平均株価が2万円を超える活況が続いています。こうしたなかで、トヨタが踏み切った新型株発行は、企業と株主の関係がどうあるべきかを改めて考える、一石を投じたと言えます。