明日へ−支えあおう−証言記録 東日本大震災▽第43回岩手県大槌町・陸前高田市 2015.07.28


あの日未曽有の災害に襲われた人々と町の証言記録。
第43回は岩手県大町と陸前高田市です。
2つの町は津波によって水道の施設が壊れ長い間断水に苦しみました。
津波にのみ込まれた水源地のポンプ場です。
がれきで破壊され水を送る事ができなくなりました。
水道管も壊れ住民たちは深刻な水不足に陥ります。
この危機を救ったのは全国から集まった給水車でした。
いち早く駆けつけたのが神戸市の水道局です。
20年前の阪神淡路大震災で大規模な断水を経験した神戸市はその時の教訓を生かしたいと考えていました。
阪神淡路大震災での経験をもとにおよそ100日間にわたって支援を続けた神戸市水道局と地元の人々の証言です。
大町は高さ10メートルを超える津波に襲われました。
津波は海から2キロ離れた住宅地にも押し寄せます。
中村盛観さんは自宅の裏山にかけ登り難を逃れました。
自宅が津波にのまれた中村さんは近くの避難所に身を寄せました。
ふだんは弓道場に使われている建物です。
避難所で一番の問題が水でした。
津波のあと水道が止まって水が出なくなったのです。
中村さんたちは水を求めて近くの農家を訪ねました。
分けてもらったのは野菜などを洗うために沢から引いた水でふだんは飲む事のないものでした。
津波で市街地の大部分を流された大町では町全体で水道が止まっていました。
町に水を送り出している水道事業所です。
事業所にも高さ80センチの津波が押し寄せました。
幸い水源の井戸は無事でした。
しかし水道事業所ではこの水を町内に送り出す事ができませんでした。
津波により水を送るためのポンプ場が破壊され途中の水道管も壊れてしまったからです。
大町に給水車はなくやむをえず非常用の袋に水を詰めて配る事にしました。
職員の一人三浦徹也さんはまず近所の住宅地に向かいました。
三浦さんたちは車を使って町内の避難所にも給水袋を持って行こうとしました。
しかしがれきのために道路が寸断されており行ける場所は限られていました。
それでも給水袋以外に水を届ける方法がなかった三浦さんたちは昼も夜も水の袋を作り続けました。
不眠不休で1週間が過ぎたころ三浦さんが2階の事務室で休んでいると階段を上ってくる足音が聞こえました。
現れたのは「神戸市水道局」と書かれた制服を着た男たちでした。
三浦さんは町の外から助けが来るとは思っていませんでした。
彼らが連れてきたのは5台の給水車でした。
すぐにでも避難所に水を届けたいと言います。
給水車が避難所に着くとたちまち行列ができました。
神戸市の給水車は一度に給水袋500個分の水を運ぶ事ができます。
震災後初めて避難所に十分な量の水が届きました。
沢の水に頼っていた弓道場の避難所にも神戸市の給水車がやって来ました。
阪神淡路大震災では巨大な地震により神戸市で1,700か所以上の水道管が壊れ市街地の全域で水道が止まりました。
神戸市の人たちを救ったのは全国から集まった給水車でした。
延べ1万4,000台が2か月間にわたり活動しました。
阪神淡路大震災のあと神戸市水道局は全国のどこかで大きな災害があると支援に出向くようになりました。
東日本大震災では大津波の当日に支援を決めて翌日には神戸を出発しました。
被災地に向かったのは4台の給水車と14人の職員です。
水道局の支援隊は1,000キロ離れた岩手県の盛岡へと向かいました。
国の調整で関西の自治体が岩手を支援する事になったからです。
盛岡には神戸市を含め90台余りの給水車が集まりました。
給水車は分担して沿岸部の被災地へ支援を始めました。
神戸市の隊長熊木芳宏さんです。
熊木さんは支援先を決めようとして一つだけ被害情報のない町がある事に気がつきます。
大町でした。
熊木さんはすぐに神戸市の隊員を送る事にしました。
リーダーに指名されたのは西馬義和さんです。
3月17日西馬さんは5台の給水車と共に大町に向かいました。
現地に着いてみると町の様子は想像を超えるものでした。
西馬さんはがれきの中で捜し物をしている人たちに道を尋ねながらどうにか水道事業所にたどりつきました。
5台の給水車は早速町の各地区で避難所の様子を調べながら給水を始めました。
長期の支援が必要になると考えた神戸市水道局は1週間ごとに新しい隊員を送り込む事にします。
交代の時には給水場所の情報などしっかりと引き継ぎが行われました。
新しい隊員たちは大町の復旧の状況に合わせ給水のやり方を見直していきます。
3月末から支援に来た第四次隊は給水する場所を一気に増やす事にしました。
第四次隊の田代武志さんは町の各地区で新たな給水場所を作る事にしました。
例えば町の東側にあるこの地区ではそれまで給水を行う場所は小学校など3か所の避難所だけでした。
神戸市水道局は津波の被害がなかった住宅地に新たに28か所の給水場所を設けたのです。
更に給水車が巡回する時間も決めました。
毎日決まった時間に給水があれば住民たちの暮らしの負担が減ると考えたのです。
給水場所が増えた事は住民たちに好評でした。
しかしそれでもまだ十分ではありませんでした。
津波で多くの家が流された浪板地区です。
高台に一軒だけ残った家の近くには給水してもらえる場所がありませんでした。
住んでいるのは山裕子さんです。
津波の直後から家の水道が止まり井戸もなく水が全くなくなってしまったのです。
一番近くの井戸は500メートル離れた山の上にありました。
山さんは毎日水をもらいに通います。
一輪車を押して水を運んだのは娘の櫻子さんです。
往復1キロ1日2回の水運びは女性にとってきつい仕事でした。
十分な水が手に入らない暮らしが1か月以上続いていました。
4月半ば山さんは隣の地区にある実家に出かけた時水を配っている神戸市水道局の給水車を見つけました。
この出来事のあと神戸市水道局の水の配り方は更にきめ細かくなりました。
給水場所に来る事ができない人のために直接家まで水を届ける事にしたのです。
要望があれば飲み水だけでなく洗濯や風呂に使う生活用水も届けました。
隊員が変わっても忘れずに水が届くように水を届ける必要がある家は一覧にまとめて引き継ぎが行われました。
配達先は高齢者が多かったので「耳が不自由なので声をかける事」。
「店まで運んであげる事」といった細かな注意点も伝えられました。
神戸市水道局は支援にあたって一つのルールを決めていました。
泊まる場所も食事も自分たちで賄うというものです。
この時は大町から内陸に60キロ津波被害のなかった遠野市の集会所を宿舎に借りました。
3月下旬水道局の隊員が滞在を始めて間もなく地元の人が様子を見にやって来ました。
近くに住む農家の菊池清子さんです。
隊員たちはちょうど給水活動に出かけていて留守でした。
地元に一切の負担をかける事なく支援を行うという考えは阪神淡路大震災の時の経験から来ています。
しかし集会所でインスタント食品の山を見た菊池さんは水道局の方針とは別の事を考えました。
菊池さんは急いで近所の仲間を集めて隊員たちの夕食を準備し台所に置いておきました。
食事を用意したのは菊池さんたち5人の主婦です。
5人には被災地への特別な思いがありました。
菊池さんたちは被災地への思いを食事を通して水道局の人たちに託そうとしたのです。
しかし…。
「どんなに振られても私達はアタックします。
この気持ち御理解いただきます。
この地域で私たちが作った野菜なのでご賞味下さいませ。
明後日はこの地方の郷土料理を用意いたします。
お楽しみに。
おせっかい婆さん一同」。
食事の準備は隊員たちが留守の昼間に行われました。
菊池さんの手紙に隊員たちも返事を残すようになり顔を合わせる事のない手紙だけのやり取りが始まりました。
「給水車も初めて見ました。
これをもちこんで『まごころのお水』をとどけていただいていることに胸が熱くなります」。
「4歳くらいの小さな女の子が2のペットボトルにたくさん水を入れて自分で持って帰る姿を見た時岩手の力強さを痛感しました」。
「昨日の文章で幼な子のしっかりと手にもった水入ペットボトルを想像していかに水が大切かと思った所です」。
「今日はすさまじい嵐のような風の中たいへん疲れましたがおいしい夕食に癒されました」。
「特にひっつみ汁とてもおいしくいただきました」。
新しい隊員が来ると必ず作った料理があります。
地元の名物「ひっつみ」です。
食事の支援はおよそ2か月間続きました。
菊池さんと隊員たちが交わした手紙は100通を超えています。
4月下旬神戸市水道局は新たな場所で水道の復旧を手伝う事になりました。
「陸前高田班は配水管の復旧活動に専念いたしております。
現地に入りますと『言葉を失う』『息を飲む』ことを身をもって実感いたしました」。
新たな現場は大阪市が支援を担当していた陸前高田市です。
津波の被害によって市内のほとんどの地区で水道が止まり1か月半も断水が続いていました。
水道が止まった最大の原因は市内の8割の世帯に水を供給していた水源が津波の直撃を受けた事にありました。
当時水道事業所の所長だった大坂幹夫さんです。
津波は地下にある巨大な井戸まで流れ込み水源が使えなくなりました。
水道事業所では3月いっぱいかけて井戸の掃除を行いました。
4月には井戸の水はきれいになりましたが大きな問題が残りました。
井戸に入った海水の影響が消えないのです。
大坂所長は支援部隊に新しい水源を探すべきかどうか相談しました。
神戸市の熊木さんは塩分の濃度が下がらなくても今の水源を使う方がいいと答えました。
熊木さんがスピードを重視した理由は阪神淡路大震災で断水した時の住民の反応にありました。
最初は飲み水だけで満足してもらえるのですが時間とともに生活に必要な水が増えていき断水への不満が高まるのです。
早速水道の復旧が始まりました。
陸前高田市の水道はもともと市街地に幹線があり枝分かれして各家庭に水を届けていました。
しかし市街地の幹線は津波で使えなくなってしまったので山沿いに残った水道管を新たな幹線として使う事にしたのです。
1か月以上水が通っていなかった水道管の中にはさびや汚れがたまっています。
大量の水を通して洗い流さなければなりません。
そのためには幹線から枝分かれしている水道管の仕切り弁を閉め幹線にだけ水を流す必要があります。
しかし仕切り弁の位置を示す詳細な図面は津波で流され簡単な地図しか残っていませんでした。
目印となるのは鉄の蓋だけです。
神戸市の隊員たちは1週間かけて15キロに及ぶ新たな幹線の水道管を洗っていきました。
津波の被害を受けた地域でも水道管の復旧作業が行われました。
被害を免れた高台の集落に水を送るためです。
がれきの下の水道管は予想以上に大きな被害を受けていました。
水道の復旧工事が始まって半月後の5月10日。
最初の地区で水が出ました。
震災からおよそ2か月後の事です。
問題だった塩分の濃度も自然に下がり6月下旬には市内の全世帯で水道が復旧しました。
「昨晩のテレビで『水』が『きたきた』と何回も蛇口をひねって確認している住民の方が放映されました。
きっと皆様水道局の御尽力と頭の下がる思いでございました。
どんなにうれしかったことでしょう。
心からお礼を申し上げます」。
大町でも5月下旬町の全域で水道が復旧しました。
神戸市が給水活動を引き受けてくれたおかげで大町の職員は復旧工事に専念する事ができました。
予定より早い水道の再開でした。
その後神戸市水道局は大町に更なる支援を申し出ます。
水道設備の復旧にかかった費用を国に補助してもらうための書類作りです。
震災の翌年大町に神戸市から一つの贈り物がありました。
贈られたのは阪神淡路大震災の犠牲者を弔うために神戸でともされてきた明かりです。
その火が分けられ大町の高台にともりました。
同じく震災を経験した町としてこれからも心を通わせていきたい。
明かりにはそんな願いが込められています。
阪神淡路大震災。
その教訓を生かそうと神戸市が東日本大震災の被災地に手を差し伸べた事の一つが今回紹介した水道局の支援でした。
災害の教訓をいかに生かすか。
意識し続ける事が大切だなというふうに思いました。
さて震災から4年と4か月が過ぎました。
被災した地域で頑張る人を紹介して応援するキャンペーン「花は咲くあなたに咲く」。
今回は福島県の南相馬市で去年営業を始めた食堂を訪ねました。

福島県南相馬市小高。
原発事故の影響で日中しか立ち入れない町に食堂がオープンした。
もてなすのは地元のおかあさんだ
お客は復興工事の作業員や荒れた自宅を片づける町の人。
本当にふるさとに帰れるのかみんな悩んでいる。
でも食堂に来れば元気になれる
あったかご飯で待ってるよ!「花は咲くあなたに咲く」
この食堂で働く人たちとお客さんたちの今は次回の「明日へー支えあおう−」で紹介します。
この他にも東北の魅力を伝えるさまざまな番組放送していきます。
BSプレミアムの「きらり!えん旅」。
コロッケさんが福島県いわき市を訪ねました。
あっここないですよ。
(笑い)津波の被害を受けた高校を訪れたコロッケさん。
郷土芸能じゃんがら念仏踊りを見学しました。
亡くなった友達への供養に高校生たちが踊ります。
さあ夏の東北といえば祭り。
その様子もたっぷりお伝えします。
青森のねぶた祭り。
8月2日から6日間にわたる祭りの様子をお届けします。
8月25日BSプレミアムです。
そして夏といえば花火。
秋田・大曲の花火。
このようにさまざまな番組で東北の魅力をお伝えしていきます。
では被災した地域で暮らす方々の今の思いです。
女川で海産物の販売をしています。
女川駅前で月2回の「おもてなし市」に参加しています。
お店は津波で流されましたが半年で仕事が再開でき海の幸をこうして楽しんでもらっています。
大変な事はありますがこれが私の誇りです。
女川で自転車店をやっています。
海沿いにあった店は流されましたけれども女川から離れたくないという一念からこの7月に新しい店を作りオープンする事になりました。
ツール・ド・東北や…女川町高白浜にある「かあちゃんカフェゆめハウス」です。
2014年に被災した仲間が集まって作りました。
お店で働く経験はなかったけれども夢みたいです。
(一同)頑張りま〜す!2015/07/28(火) 02:00〜02:50
NHK総合1・神戸
明日へ−支えあおう−証言記録 東日本大震災▽第43回岩手県大槌町・陸前高田市[字][再]

津波で水道が壊滅的被害を受け断水が続いた岩手県大槌町と陸前高田市。いち早く駆けつけた神戸市水道局は阪神淡路大震災の教訓を生かして給水、水道復旧に力を尽くした。

詳細情報
番組内容
津波で水道が壊滅的被害を受け断水が続いた岩手県大槌町と陸前高田市。いち早く駆けつけた神戸市水道局は阪神淡路大震災の教訓を生かして給水、水道復旧に力を尽くした。情報が無いところに水を求める人がいる。水質がよくなくても生活用水には使える。支援は自給自足で行い、支援先に負担を与えてはいけない。そんな教訓を守る支援隊と被災地への思いを託す遠野の主婦たちの不思議な交流。支援の100日間を証言でつづる。
出演者
【キャスター】畠山智之

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
情報/ワイドショー – その他

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