かつて平凡な記録しか出せなかった少年。
ある競技との出会いが人生を変えた。
投げる跳ぶ走る。
10種目の総合得点を競う十種競技。
成長した少年はついに去年アジアチャンピオンの称号を獲得。
来年のオリンピックの金メダルを目指す。
身長196センチの日本人離れした体格。
人の何倍もの過酷な練習。
この2つを武器にトップアスリートへと成長しました。
メダルを取りたいという目標があるのでそれにはだいぶ近づいてきてるんじゃないかなというふうに思います。
しかし今大きな課題と向き合っています。
それは苦手の100m。
トップ選手との差はおよそ1秒。
メダル獲得への高い壁です。
厳しい挑戦が始まりました。
取り組んだのはフォームの根本的な改造。
弱点にこそ成長のチャンスがあると考えています。
まだやる事あるまだやる事ある。
昨日の自分より一歩でも先へ。
飽くなき進化を追い求める右代選手。
その苦闘を見つめました。
競技場へ向かう右代選手。
移動にも十種競技ならではの苦労があります。
2.6mのやり。
2キログラムの円盤。
5mもある棒高跳びのポール。
そしてスーツケースを開けると…。
これは100m400m110mハードル用の短距離スパイクですね。
走り高跳び用のスパイクですね。
砲丸投げのシューズ。
底がつるつるでピンがついてない。
やっぱり驚かれますよね。
陸上の試合だって言ったら「えっ?何でこんなに荷物あるの?」ってよく言われるんですけど。
十種競技は走る投げる跳ぶの3つの要素で構成されます。
走る種目は4つ。
瞬発力が求められる100m。
そして持久力が必要な…投てきは3種目。
パワーのある選手が有利です。
跳躍は身軽さが必要。
棒高跳びの3つ。
この10種目を僅か2日間で行います。
瞬発力と持久力パワーと身軽さ。
十種競技は一人の選手にあらゆる能力が求められます。
各種目の記録は点数に換算されその総得点で順位を争います。
十種競技の起源は古代オリンピックに遡ります。
万能である事は尊敬の対象でした。
今もその伝統はヨーロッパで受け継がれ勝者はキング・オブ・アスリートとたたえられます。
右代選手は4年前日本人には不可能といわれていた総得点8,000点を初めて超えました。
最大の強みは196センチの体格とパワーを生かした投てき種目。
跳躍種目も得意です。
身軽さとパワーを兼ね備えた選手は世界でも多くはありません。
去年日本人で初めて総得点8,308点をマーク。
これはロンドンオリンピックの7位にあたります。
リオでのメダルが期待されています。
やっぱり世界で戦うっていう…戦いたい。
そしてメダルを取りたいという目標があるのでそれにはだいぶ近づいてきてるんじゃないかなというふうに思います。
右代選手は大学を6年前に卒業したあとも母校のグラウンドで練習を続けています。
一緒に練習するのはかつての陸上部の仲間たちです。
間違えないで下さい。
同じTシャツ着てますから。
何かボテッとしてるのが新井です。
はっ!いきま〜す。
もともと走り高跳びが専門だった右代選手。
努力と工夫で残りの9種目の技術を磨いてきました。
練習前必ず開くノートがあります。
それぞれの種目の課題を洗い出しその克服に必要な練習を書き出しています。
頭悪いんで書き出さないとちょっと忘れちゃうんで。
110mハードルの課題はスタートから1台目のアプローチ。
タイムを縮めるには1台目までの加速がもっと必要だと考えています。
そこでこれまで8歩で跳んでいたのを1歩減らしてみる事にしました。
歩幅を広げ踏み切る位置を確認。
何度も繰り返します。
棒高跳びの課題はポールの使い方です。
右代選手はより高く跳ぶために最近ポールを硬くて反発力の高いものに変えました。
しかし硬いポールは十分に体重をかけなければしなりません。
うまく体重を乗せられるように踏み切る時の足の使い方や助走のスピードの上げ方を模索しています。
いけそうな感じはあるよ。
この日跳んだのは40本。
2時間かけて課題の克服に取り組みました。
できない事があれば課題を洗い出し徹底的に努力して乗り越える。
右代選手はこのやり方で十種競技のトップ選手に上り詰めました。
十種競技を始めて今に至るまでできないものってたくさんあるんですよね。
それを投げ出さないでしっかりと向き合って一つ一つ得意なものに変えてく。
そういう努力の積み重ねが成果を生んでくれると思うので。
今最も力を入れているのは100mのタイムを上げる事。
1年後に迫ったリオデジャネイロ・オリンピックでメダルを取るための最大の課題です。
それを痛感したのは3年前。
初めて出場したロンドンオリンピックでした。
100m。
セット。
(スタートの合図の音)大きく引き離されます。
トップから1秒近くも遅い11秒32。
得点にして220点もの大差でした。
ロンドン大会銅メダリストの総得点はおよそ8,600点。
右代選手の自己ベストは8,308点。
メダルを取るには100mの点差を縮める事が不可欠なのです。
そこで走り方を根本から見直す事にしました。
196センチの恵まれた体格を生かし広い歩幅で走る方法をロンドン大会の直後から模索してきました。
歩幅ストライドを大きくするために知り合いのコーチの下で独自のトレーニングを行っています。
寝具店を営む青木誠一さん。
短距離を専門に30年近く学生を指導しています。
この膝を前に出す力を鍛えるためにはどうしたらいいかなと思ったんですよね。
そしたらないんですよ。
いろんなマシン探したんですけど。
じゃあ自分で作ろうと思ってはい。
ストライドを広げる手製の器具。
自転車のチューブの中に5キロのおもりが入っています。
更に10キロのおもりが入ったジャケットも身に着けます。
合計20キロの負荷をかけてもも上げを繰り返します。
足を前へ大きく踏み出すための筋肉を鍛えます。
こちらは布団の生地に20キロのおもりを入れたもの。
1234…。
地面を蹴って体をより遠くへ運ぶ筋肉を鍛え股関節の可動域を広げます。
トレーニングの成果は着実に表れています。
去年9月のアジア大会。
100mで追い風参考ながら自己ベストを記録しました。
(スタートの合図の音)11秒10。
ロンドンオリンピックと比べて0秒22縮まりました。
ストライドが伸びゴールまでの歩数はロンドンより1歩減りました。
もう一歩減らす事ができれば10秒台が期待できます。
1歩で1センチでも多く遠くにストライドが着けば…。
合計して約50センチぐらい前に自分がいる訳ですよ。
オフのこの日。
久しぶりに家族と公園で過ごします。
早い早い早い早い。
早いよ。
(ちほ)「頂きます」して。
去年初めての子どもそらちゃんを授かりました。
2年前に結婚したちほさんは大学の陸上部の同期生。
妻として昔からの仲間として右代選手をサポートしています。
(取材者)ちほさんの料理うまいですか?料理おいしいですよ。
結婚初めはちょっと怪しかったんですけど。
(ちほ)そんな〜。
同期の中でも結構授業の合間とかも本当練習誰よりもしてるっていうのはあったのですごい努力してる人なんだなっていうのはチームメートでいる時からは感じてて…。
そういうところは本当すごいなって思いますね。
右代選手にとって家族は厳しい練習に耐える心の支えになっています。
やっぱり家族の存在って大きいなって感じましたね。
ここで足踏みしてもしょうがないなってここから先もうひとふんばり頑張るぞっていう気持ちになれましたよね。
たゆまぬ努力を続け自分を成長させてきた右代選手。
その生き方を教えてくれたのは少年の頃の十種競技との出会いでした。
幼い頃から負けず嫌いだったという右代選手。
努力の結果が数字に表れる事が気に入り中学から陸上競技を始めました。
3年生になると身長が188センチになり走り高跳びを始めます。
しかし記録は伸びず全国大会に行く事もできませんでした。
結構この体を使いこなすのが下手というか運動神経はあまりよくないと自分では思ってました。
というのもやっぱり初めて教わる事がすぐ正しい動きで表す事ができないんですよね。
すごく時間がかかるというか。
転機は高校生の時でした。
走り高跳びを続けていましたが目立った成績を出せずにいました。
そんな時大町和敏監督にやり投げをやってみてはどうかと勧められました。
休み時間にキャッチボールをしていた右代選手を見てピンときたというのです。
ああこいつ肩もいいんだなっていう…。
粗削りだったんですけれどもその動きがすごく魅力的でこれは教えたらすごく化けそうだなと。
こんなもんじゃ終わらない選手じゃないかって感じで見てましたよね。
新しい種目への挑戦は新鮮でした。
毎朝5時に起き一日5時間の練習を続け腕前はみるみる上達していきました。
更に八種競技に挑戦し高校総体でなんと準優勝。
飛び抜けた才能がなくても努力でトップになれる。
平凡だった少年が生まれ変わった瞬間でした。
こんなに成果が出るとは思ってなかったですね。
本当に僕の居場所はここだったんだなっていうのはその表彰台に乗った瞬間確信しましたね。
5月下旬。
オーストリアの小さな町を右代選手が訪れました。
おはようございます。
ヨーロッパ最高峰の十種競技の大会に招待されたのです。
この大会に出場できるのは30人。
世界ランキング上位の選手ばかりです。
ケイスケ・ウシロ!
(拍手)右代選手は十種競技の本場ヨーロッパで去年の活躍が認められたのです。
(手拍子)市民たちが右代選手を取り囲みます。
サンキュー。
サンキュー。
日本の代表としてここの試合に来てるんだっていう自覚もしながら試合に挑みたいなと思いますね。
実力を試す絶好の機会。
試合会場には1万2,000人の観客が詰めかけました。
右代選手得意の投てき種目でファンをうならせます。
円盤投げ。
(右代の雄たけび)この種目1位の48m72。
投てき3種目の得点の合計は並みいる強豪を抑えてトップでした。
一方課題の100m。
オンユアマークス。
3年間より大きなストライドを追求してきました。
セット。
(スタートの合図の音)横一列。
食らいつきます。
しかし…。
11秒27。
自己ベストより0秒13遅い記録でした。
前半いいレースを展開しますが後半失速しました。
順調に進歩してきた走りが壁にぶつかりました。
400mや1,500mも振るわず結局総得点は…去年常にクリアしていた8,000点を超える事ができませんでした。
なぜ後半失速したのか。
強化選手を集めたミーティング。
これまでの取り組みを否定しかねない指摘がありました。
これが10.3になっても…。
過去の試合を分析した結果失速の原因の一つは大きなストライドだというのです。
はい。
右代選手はストライドを大きくしようとできるだけ体より前に足を着いていました。
その結果足には体を前に進めるための余計な負担がかかりレース後半の失速につながったのです。
「もう少しストライドを狭めてみてもいいのではないか」。
厳しい指摘でした。
あの…膝で上げていってそっからまた…。
オーストリアの試合から2週間。
悩み続けていた右代選手はある決断をしました。
これまで結果を残してきたストライドを広げる方針は変えずフォームの修正で対応する事にしたのです。
足を着く位置は体の前ではなく真下になるようにします。
足は体重をまっすぐ受け止めるため余計な負担がかからないと考えたのです。
体重の移動もスムーズになりストライドは自然と大きくなるといいます。
およそ1時間の走り込み。
感触は悪くないようです。
11秒89。
よかったですね。
タイムがいいんで。
感覚的にもそんなに悪くないですし走ってて苦しくもなかったし。
また新たないい感覚をつかめましたねはい。
後半の失速を防ぐため更に心肺機能の強化にも取り組みました。
100mのスタートの位置を下げて120mを全力疾走。
ファイト!111213。
お〜速い。
13秒22。
ゴールしても立ち止まらずトラックの残り280mをジョギング。
スタート地点に戻るとすぐにまた全力疾走。
これを5回繰り返します。
ファイト!111213。
速い。
13秒30。
青木コーチが考えたこの練習。
持久力が必要な400m1,500mにも生きるといいます。
普通だったらあれで頭を低くして休みたいんですよね人間は。
だから相当本人は苦しいんですよね。
そのまま走っていかなきゃいけないんで。
弱点こそ伸びしろ。
努力でそれを克服する。
右代選手の信念です。
7月4日日本選手権開幕。
右代選手は去年この大会で自己ベストの8,308点をマークし5連覇を達成しました。
調子の上がらない中で迎えた今大会。
最低でも今年初めての8,000点超えを目指します。
最初は課題の100m。
ハッ!力まずストライドは大きく。
それだけを考えていました。
(スタートの合図の音)レース前半足はねらいどおり体の真下についています。
ところがレース中盤。
上半身に力が入り始めました。
負けまいとして力が入り伸びません。
自己ベストより0秒2遅いレースに終わりました。
しかしこれまでの努力の成果は2日目に現れました。
110mハードル。
課題だった前半の加速がうまくいき15秒フラット。
自己ベストにあと0秒1と迫りました。
そして棒高跳び。
課題として取り組んでいた硬いポールを使いこなし自己ベストに10センチと迫りました。
残り2種目の時点で…2種目ともに自己ベストを更新すれば8,300点も可能です。
ところが思わぬ事態に直面します。
一番の得意種目やり投げです。
(掛け声)
(場内アナウンス)「60mは超えていったもようです」。
自己ベストより10m以上も短い61m72。
まさかの失敗でした。
総得点は8,000点すら危ぶまれる事態に陥りました。
最終種目は苦手の一つ1,500m。
(場内アナウンス)「コースナンバー1番右代啓君スズキ浜松AC。
日本記録保持者。
7,371点です」。
(拍手)
(スタートの合図の音)8,000点を超えるには自己ベストの4分32秒に迫る記録が必要です。
レース前半は集団の中ほどで我慢します。
レース中盤右代選手が仕掛けました。
前を行く選手を追い抜きます。
(声援)
(拍手)残り300m。
2日間にわたる戦いで疲れはピーク。
それでもここが進化のチャンス。
ラストスパート。
自己ベストまであと6秒と迫る力走。
今年初めて8,000点を超え6連覇を達成しました。
真正面から課題に取り組んだ2日間。
共に戦った選手たちとたたえ合います。
2日間応援ありがとうございました!
(拍手)右代選手はリオに向けて再びスタートを切りました。
今回の大会で見つかった新たな課題の数々。
必ず乗り越えられると信じています。
やっぱり苦手なものを克服した時にきっと明るい未来が待ってるなっていうふうに思います。
本当にこれは自分の人生だとも思うので苦手なものを克服するっていう事は。
ですのでまあしっかりと向き合ってまた向き合ってですね頑張っていきたいですね。
右代啓選手29歳。
目指すはキング・オブ・アスリート。
そこにたどりつく覚悟です。
(綾野)今夜この世のクズが一人減ったんだ。
むしろその方がずっと!2015/07/30(木) 01:30〜02:15
NHK総合1・神戸
アスリートの魂「弱点こそ伸びしろ 陸上十種競技 右代啓祐」[字]
陸上十種競技の日本のエース、右代啓祐選手。十種競技は「平凡な自分をヒーローに変えた」。リオ五輪に向け「弱点こそ伸びしろ」と苦手種目の強化に取り組む日々を追った。
詳細情報
番組内容
勝者は“キング・オブ・アスリート”とたたえられる十種競技。2日間で100m走や砲丸投げ、1500m走など10種目の得点を競う。欧米選手が上位を占めてきたこの競技で、アジア最強、世界に最も近い日本人が右代選手。限られた時間と環境でいかに効率的に練習を行えるかが鍵だ。苦手の100m走で0.2秒タイムを縮める走法を獲得できれば、アジア選手初の五輪メダルも十分視野に入るという。「万能」にこだわる闘いに密着
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – スポーツ
スポーツ – マラソン・陸上・水泳
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