准教授:佐藤 拓哉 |
森と川をつなぐ細い糸:寄生者による宿主操作が生態系間相互作用を駆動する 神戸大学 大学院理学研究科 准教授 佐藤 拓哉 |
寄生者はよく、その複雑な生活史を全うするために宿主の行動を操作します。これは、Richard Dawkinsによって提唱された「Extended Phenotype (延長された表現型)」の代表的な例として、多くの生物学者を魅了してきました。近年、生物学の急速な発展に伴い、行動操作の進化的背景や神経生理学的な機構が解き明かされつつあります。一方、この行動操作という現象が生態系の中でどのような役割を持つかは、これまで明らかにされていませんでした。
寄生虫であるハリガネムシ(類線形虫類)(図1)は、宿主であるカマドウマ・キリギリス類の行動を操作して河川に飛び込ませることで、宿主から脱出し、水中を泳いで繁殖相手を探します。私たちは、この行動操作が河川性サケ科魚類に大きな餌資源(河川に飛び込んだ宿主)をもたらしているという現象を発見しました。本研究では、河川に流入するカマドウマ類の量を操作する大規模野外実験を行い(図2)、ハリガネムシ類が宿主の行動操作を通してサケ科魚類やさらには河川生態系全体に与える影響を検証しました。
図1 カマドウマ(Diestrammena sp.)とそれに寄生していたハリガネムシ(Gordionus chinensis)。 |
図2 京都大学フィールド科学教育研究センター和歌山研究林内の河川に設置したビニールハウス。これにより、森林から河川に供給される陸生昆虫類の量を実験的に抑制した。 |
野外実験を行った河川において、河川に飛び込むカマドウマ類の量を抑制した処理区間では、アマゴ(サケ科魚類)による水生昆虫類の捕食量が増大しました。これら水生昆虫類の餌は藻類や落葉だったため、河川の藻類の現存量が2倍に増大したほか、落葉分解速度は約30%減少しました。すなわち、ハリガネムシ類によるカマドウマ類の河川への誘導は、その時期における河川の群集構造や生態系機能に、間接的に大きな波及効果をもたらすことが実証されました(図3)。
寄生者は地球上の全生物種の半数以上を占めるとも言われていますが、それらが生態系において果たす役割を実証した例はほとんどありませんでした。本研究では、これまで見過ごされていた寄生者が、森林と河川という異質な生態系のつながりを支える重要な役割を果たしていることを世界で初めて実証しました。複雑な生活史をもつ寄生者は、生態系の撹乱に対して脆弱かもしれません。この点でハリガネムシ類は、森林と河川のつながりを維持する健全な森林管理の在り方を指標する、重要な生物種にもなりえます。
図3 寄生者が繋ぐ森林-河川生態系。ハリガネムシ類が引き起こす森から川へのエネルギー流は、渓流魚の年間総エネルギー消費量の60%を占める場合もある(Sato et al.2011Ecology)。本研究では、このような寄生者によるエネルギー流を人為的に抑制すると、渓流魚による水生昆虫類への捕食圧が増大し、その影響が河川生態系全体に波及することを実証した(本文も参照)。 |
ハリガネムシ類は世界中に分布しており、その種数は2,000種を超えると指摘されています。今後はそのような種多様性が、森林と河川のつながりの中でどのように創出・維持されているのか、そして種多様性は森林と河川のつながりをどのように駆動するのか(種多様性と宿主流入の季節性・量・期間等の関係)を明らかにしていきます。それにより、見過されてきた生物多様性の意義を、より大きな時空間スケールで紐解くことができると考えています。