社説:郵貯の限度額 引き上げは問題が多い

毎日新聞 2015年07月29日 02時30分

 ゆうちょ銀行の預け入れ限度額を、現在の1000万円から大幅に引き上げる自民党提言が金融界などから批判を受けている。国の関与が色濃いゆうちょ銀で預け入れ限度額が緩和されると、他の金融機関の預金が安全性を求めてゆうちょ銀に流入する恐れがあるためだ。

 競争をゆがめ、特に地方の金融機関の経営を圧迫しかねないばかりか、郵政民営化の本来の目的に逆行する。批判や懸念はもっともである。

 9月末までに2000万円、2年後までに3000万円へと限度額を緩和するのが自民党提言だ。かんぽ生命についても現在1300万円の加入限度額を2000万円に引き上げるよう求めている。政府は意見を公募・検討したうえで、妥当と判断すれば、政令の変更により引き上げることができる。

 限度額の引き上げは一見、利用者の利便性を高める朗報のようだが、実際は問題が多い。

 他の銀行にない限度額がゆうちょ銀にあるのは、ゆうちょ銀の株主が国だからだ。「国がバックにいる以上、つぶれない」との期待から、資金が集中しやすい構図がある。

 ゆうちょ銀は、かんぽ生命や親会社の日本郵政とともに今秋、東京証券取引所に上場し、株式の段階的な売却が始まる見通しだが、全株式の売却完了時期は未定のままだ。

 巨額の資金を、ゆうちょ銀がどう運用するかという難題もある。

 ゆうちょ銀は今でも預かり金の総残高が約180兆円と、メガバンクの2倍近い。しかし、企業に貸したり、住宅ローンを提供したりする業務はまだ国から許可されておらず、結局、国債を買い増すことになろう。その国債は、日銀の異次元緩和により、歴史的高値圏にある。国債に一段と偏った運用で、資産が目減りするリスクを高めてはならない。

 地方の金融機関の資金がゆうちょ銀に預け替えられ、それが国債に投資されるようでは、地元経済にもマイナスと言えよう。

 このように問題が多い限度額引き上げを自民党はなぜ急ぐのか。

 限度額引き上げを歓迎するのは全国郵便局長会(全特)だ。郵便局は貯金の取扱額が増えるほど、ゆうちょ銀から受け取る手数料が増える。来年の参院選を前に、強い集票力を持つ全特の期待に応えようという、自民党の思惑が透けて見える。

 2012年の改正郵政民営化法成立時の付帯決議でも、限度額は当面引き上げないとされている。政府は国会の決議を軽視すべきでない。

 国の関与を強く残したまま、ゆうちょ銀などの一段の肥大化を招く政策は誤りだ。完全民営化の道筋をつけるのが先である。

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