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JICA専門家がマダガスカルで知った「タマナ」の心 奈良

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JICA専門家がマダガスカルで知った「タマナ」の心 奈良

 会社員から転身し、国際協力機構(JICA)専門家としてマダガスカルに派遣されていた斑鳩町の羽原隆造さん(40)が今月7日、帰国した。コメの生産高を上げて国全体での貧困削減に努める中、貧しくとも「今」を大切にし、笑顔を絶やさずに暮らす人々に感銘を受けたという羽原さん。帰国した今、現地で知った「タマナ」(楽しく幸せに暮らす)という言葉の意味をかみしめている。

 マダガスカル行きは、ふと頭をよぎった思いがきっかけだった。大学卒業後、就職した通信教育会社の管理部門で広報やマーケティングに携わっていたある日のこと。「このまま、定年まで同じ会社に勤めるのだろうか」-。

 もともと海外旅行経験が豊富で、世界の地理や文化に興味があった。30歳を迎えた平成17年、「人生の転機」と、思い切って青年海外協力隊に応募。「村落開発普及員」を募集していたマダガスカルに赴任することになり、同年4月から2年間、現地で淡水魚の養殖の普及活動に携わった。

 着任してみると、「真面目でおおらか」なマダガスカル人気質がすっかり気に入った。自分の活動能力を高めようと、帰国後はフランスに3カ月間語学留学。24年3月、より専門性の高い活動に従事するJICA専門家として、再びマダガスカルへ赴いた。

 現地では、コメの生産高を上げるプロジェクトの業務調整を担当。経理処理や予算管理、農業省の役人とのコンタクトに当たった。そこで目の当たりにしたのは、目先の利益のために互いに足を引っ張りあう政治家や、警察官の汚職といった生々しい現実だった。

 「国の発展には、政治や組織の体制がいかに重要かが分かった。国民がとても真面目なだけに、それが国の発展につながらないもどかしさを常に感じていた」と振り返る。

 羽原さんはコメの作り方や、家計管理の大切さを伝えるビデオ教材も作成。日本で長く携わったマーケティングの手法を生かし、現地の有名な俳優を起用したビデオ教材は話題を呼び、一気に広まった。

 一方、身につけた専門性を生かし、技術を伝える中で感じたのは、日本がマダガスカルから学ぶことも多いということ。最も印象的だったのは「“今”の充実」を尊ぶ人々の姿だった。

 世界銀行の統計によると、マダガスカル人の92%は今も1日2ドル以下で生活しているという。それでも、「今の暮らしに幸せを見いだして生活する人々の『心のゆとり』が印象深かった」と振り返る。

 「マダガスカル人にも当然、お金持ちになりたいという思いはある。でも、そのために家族を犠牲にしてまで働くことはしない」

 例えば、夜にタクシーを止めると「家の方向と逆」との理由で乗車拒否されたことも。バスは定刻発車ではなく、満席になってから出発。その待ち時間に、人々は近くの店で買い物をしたり、乗客同士で会話を楽しんでいた。

 羽原さんには長年、「いつまでにこれをするといった将来設計が、無意識のうちに自分を縛っているところがあった」という。だが、貧しくても「タマナ」に日々を過ごす人々の姿に、「10年先のことなんか誰にも分からない」と価値観が変わった。

 「タマナは自分も含む日本人がマダガスカル人から学べる精神」だと話す羽原さん。「こうすべき、こうあるべきという感覚にとらわれず、ただ“今”を充実して生きる。そんな心のゆとりがもう少しあればもっと楽しく、幸せに人生を過ごせるんじゃないか、と思います」