ソニーやシャープなど、戦後の象徴であった日本企業がどんどん倒れていく中で、トヨタはリーマンショック、大規模なリコール問題、そして東日本大震災という100年に一度の危機を乗り越え、素早く起動修正しただけではなく、過去最高の利益を計上するまでに成長しており、世界一の自動車会社というイメージから、「トヨタ式」の経営自体が世界中から注目されるようになりました。
トヨタの経営をひと言で表現すると、①人間の知恵の上に、②自働化と、③ジャスト・イン・タイム、で構成されており、自働化とは、一般的な「自働化」と区別して、ニンベンのついた自働化とも言われ、トヨタの創業者、豊田佐吉氏に由来し、ジャスト・イン・タイムは、「必要なモノを、必要なとき、必要なだけ」生産方式で、アップルやデルによって徹底的に研究され、それぞれの企業に導入されていきました。
↑TOYOTA WAY「日本企業がやり続けられず、世界中の企業がマネしたこと」 (Toyota Material)
本田宗一郎やジョブズなど、飛び出た人がいない中で、天才の100歩よりも、普通の100人の一歩に価値を置き、無名の一人が自分の頭で考え、知恵を絞り出すことで豊かになっていく道しるべを示しながら、ムダを徹底的に省いていく経営は、未だに多くの学者によって研究されていますが、マネできている企業がほとんどないのが現状です。
「トヨタ式」と聞くと、工場の生産工程を思い浮かべる人たちが多いかもしれませんが、ホワイトカラーの仕事の仕方も徹底しており、例えば、豊田社長は決裁のタイミングのわずかな遅れが、重要な交渉に影響を及ぼすため「決断は3秒以内で行う」という独自のルールを持っているため、部下の人たちは考えに考え抜いて、重要なポイントをA4、もしくはA3の紙1枚にまとめ、不要な贅肉をすべて削ぎ落とし、シンプルな表現に徹底した書類を作らなければなりません。(トヨタで学んだ「紙1枚! 」にまとめる技術/浅田すぐる)
↑トップは3秒で決断するため、部下は徹底的にシンプルな書類を作らなければならない (PROMoto “Club4AG” Miwa)
紙一枚のルールは最終的に、「紙0枚」で意思疎通するための通過点に過ぎず、議点がクリアであるほど、議論は深いものになり、賛成も反対もしやすく、新卒でトヨタに入社した浅田すぐるさんは、この「紙一枚のルール」を身につけたことで、一時は400時間を超えていた残業時間をほぼゼロにすることができたと述べています。
また、ビジネスマンが年間、「探し物」に費やす時間は、150時間とも言われ、これは一年間の19日分にも相当しますが、これはトヨタ式で考えれば、明らかなムダであり、たとえ昨日入社したばかりの新人であっても、必要なモノやデータを必要な時に手に入れられる環境を整え、機械に関しても「稼働率」ではなく、動かしたい時にすぐ動き、100%の力を発揮する「可動率」を重視して、人間が病気になってから病院に行くよりも、定期的に健康診断を受けることで、大病のリスクを減らせるように、設備点検を強化して、「稼ぐ力」を失わないようにしています。
↑機械は壊れるのではなく、人間が手入れを怠って壊すことの方が圧倒的に多い (The Institute of Physics)
トヨタは戦後直後から3年でアメリカに追いつくことを目標にし、トヨタの最高顧問を務めた豊田英二氏が、1945年にアメリカのフォード社で3ヶ月の研修を受けた際、「トヨタにはお金がないから、お金をかけずに知恵を使ってできることをやろう。」と考えたため、トヨタ式経営(「①人間の知恵の上に、②自働化と、③ジャスト・イン・タイム」)の一番最初に、「人間の知恵の上」という理念があります。
戦後当時、日本製品と言えば、現在の中国産やメキシコ産よりも明らかに格下の製品で、欧米から輸入した機械を使って自動車をつくり、それを欧米に輸出して利益を出すのは安易なことではありませんでしたが、カタログでは通常3人でやるところを改善して、一人でできるようにしたり、カタログでは通常一時間かかるところを30分に改善して、「機械に人間の知恵をつける」ことで競争力をつけていきました。(トヨタ 仕事の基本大全/(株)OJTソリューションズ)
↑5流ブランドからのスタート「機械に人間の知恵をつける」 (Toyota Material Handling)
本田宗一郎氏も創業まもない頃に、何が何でも日本のオートバイを世界に通用するものにするため、資本金の何倍もの機械を欧米から輸入し、取扱説明書を一切無視して、何倍もの能力を引き出そうとしており、単に高い機械を買うだけなら、お金さえあればできますが、機械の能力の何倍もの力を発揮させるには、人間の知恵が必要で、それは今のIT社会でも同じことなのではないでしょうか。
さらに、1950年に勃発した朝鮮戦争で注文が一気に増え、増産体制を敷くことになりますが、人員はそのままで増やさず、増える需要に少ない人員で対応したことが、従業員の知恵を絞らせ、トヨタの実力を上げる要因になっていきました。
↑機械はお金があれば買えるが、能力の何倍もの力を出すためには人間の知恵が必要 (Toyota Material Handling)
トヨタでは、常にプラスアルファの知恵が求められ、かんばん方式や生産管理のあり方として、世界的に有名となったトヨタ生産方式 を体系化した大野耐一氏は、いつも指示通りに動く部下にこう述べていたと言います。
「なぜ、わしの指示通りにやった?わしの言う通りにやる奴はバカで、やらんやつはもっとバカ。もっとうまくやる奴が利口。」
日本企業が力をつけ、世界中の自動車市場のシェアを獲得し始めると、多くの人がトヨタの経営を研究し始めますが、中でも世界中で1,000万部を超えるベストセラーとなった、「ザ・ゴール」というビジネス小説を書いたイスラエルの人物理学者エリヤフ・ゴールドラットは、大野耐一氏の「トヨタ生産方式」という本が英語に翻訳されず、実費で翻訳者を雇ってトヨタの経営を学びました。
「ザ・ゴール」はその後、各国の言語に翻訳されましたが、ゴールドラットは最後の最後まで日本語への翻訳を許可せず、ようやく日本語版が発売されたのは、日本の競争力が低下し始めた2000年頃になってからのことでした。(タレントの時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論)
↑トヨタ生産方式 を体系化した大野耐一「言われた通りにやる奴は、ただのバカ」 (Toyota Material Handling)
デルの創業者、マイケル・デルは注文を受けてから、製品をつくり、販売するトヨタの確定受注生産に関する本を読みあさり、トヨタ式を取り入れ成功していた船井電機を訪ねて、現場の工場を徹底的に研究したそうですが、かのスティーブ・ジョブズも若い頃から日本のかんばん方式の工場を見学し、トヨタの受注生産の専門家であった現CEOのティム・クックを呼び寄せて、先に販売革命で成功を収めていたマイケル・デルに、次のように宣言したそうです。
「新しい製品、新しいストア、新しい受注生産で、君のあとを追うからな。」
↑現CEOのティム・クックはトヨタ生産方式の専門家 (Valery Marchive)
また、トヨタは60年以上前に素質のある人材を見抜き、育てて、各専門分野のプロフェッショナルと組み合わせ、優れた商品を作り出す「主査制度」を導入しましたが、この主査制度は単なる組織の形態ではなく、人材のタレントにまで踏み込んだ上で運営される制度で、ある特定の人が担当する製品のすべての事柄に責任を持つことになり、トヨタ自動車の初代会長を務めた豊田英二さんは、主査制度を次のように説明しています。
「主査は製品の社長であり、社長は主査の助っ人である。」
↑社長はあくまで助っ人、主役は社員 (PROToyota Material Handling)
トヨタの主査制度と生産方式はアメリカで研究され、優れた企業に導入されていますが、例えば、アップルはジョブズを主査とした開発体制をとり、ティム・クックがトヨタ方式で効率良く生産していき、またグーグルでも主査はプロダクト・マネージャーと呼ばれ、人のタレントを徹底的に生かした組織作りがされています。
トヨタと同じく日本人の誇りでもあったソニーは約20年前、グローバル化に対応するため、旧式の日本経営と決別し、当時は先進的な「はず」であった米国経営に大きくシフトして、会計のプロとグローバル人材を次々と抜擢し、アウトソーシングも積極的に進めていきました。
ちょうどその頃、倒産まで60日と言われたアップルに復帰したジョブズはソニーの創業者、盛田昭夫氏を尊敬し、従来のソニーのような企業を作るために、ソニーとは正反対の施策を取り、「IBMでもマイクロソフトでもなく、ソニーのようになりたい」と公言していたことを思うと、何となく寂しくなってしまいます。
↑結果はご存知の通り (JoeInQueens)
イーロン・マスクは米国式の経営を極めたMBA(経営学修士)を最低限しか雇わないと公言していますし、トヨタでは高いお金を払ってMBAを習得しても簿記2級取得者と同レベルでしか評価されないと言いますが、これはMBA自体が悪いというよりは、数字ばかり気にして、創造のプロセスを重視しないMBA経営が時代遅れになってきていることが大きな問題です。
現在、多くの経営研究者がなぜアップルがここまで成功したのかを懸命に研究していますが、アップルがやってきたことは従来、一部の日本企業が当たり前にやってきたことであり、日本発の経営学は日本人の手によって世界に伝えられるべきでした。
↑イーロン・マスク「MBAは最低限いればいい」 (OnInnovation)
トヨタ自動車のある三河地方では昔から、「売れないモノをつくるのは犯罪である」という言い方をしますが、トヨタは優れたタレントの卵と各分野のプロフェッショナルを組み合わせて、質の高い設計情報を作ることで儲けており、利益の95%以上は設計図面に線を引き始める前に、生み出されていると言いますが、コスト意識の高いトヨタでは利益の上げられる「原価企画」が作成されない限り、製図作業すら開始しません。
従って、現在成功している企業は、「どう」作るかよりも、「何を」作るかに莫大な資金と時間を使い、売れるものができて初めて、トヨタの生産方式で生産しているため、トヨタは生産方式で儲けていると勘違いして、売れないものを効率的に生産しても何の意味もありません。
↑利益の95%以上は、図面を作る以前に生まれている。(Lexus UK)
恐らく私たち日本人は、アップルやグーグルがマネをした日本的経営を米国経由で理解しようとしたため、三河→米国→東京と知識が伝言ゲームのように行き来きしてしまい、日本経営と米国経営の根本的な部分を取り違え、間違って解釈してしまっているのかもしれません。
トヨタの快進撃を見ていると、戦後の日本を支えたものの正体が何となく見えてきますが、かつては世界をあっと言わせた企業が「ソニー化」と揶揄され、ほんの数十年で変わってしまうのを目の当たりにすると、京セラの稲盛和夫さんが言う通り、能力は0〜100点しかないのに対して、「考え方」は−100点〜+100点まであることを、強く実感せざるを得ません。
主な参考資料: (トヨタで学んだ「紙1枚! 」にまとめる技術/浅田すぐる)、(トヨタ 仕事の基本大全/(株)OJTソリューションズ)、(タレントの時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論)、(最強の現場をつくり上げる! トヨタ式「改善」の進め方/若松義人)