報道特集【安保法制と尖閣防衛部隊▽インドネシアでの戦時性暴力】 2015.07.25


鹿児島県の沖永良部です。
沖永良部島を含む奄美地方の広い範囲が現在、台風12号の暴風域に入っています。
時折、体を持っていかれそうな突風が吹き、横殴りのたたきつけるような雨が降っています。
奄美地方では台風の中心が近づいた午後になって、急に風と雨が強まった。
最大瞬間風速はこれまでに沖永良部島と奄美大島でいずれも28.8mを観測しました。
海は大シケとなっていて、交通機関は欠航が相次いでいる。
奄美地方ではこれまでにケガ人の報告はありませんが、合わせて100戸が停電し、十島村の全域およそ380世帯に避難勧告が出されています。
台風の中心は今夜初め頃、奄美地方に最も接近すると見られている。
最大瞬間風速は50mが予想されていて、この後、風や雨がさらに強まるおそれがあり厳重な警戒が必要。
こちら台風の最接近は過ぎた那覇市です。
現在、雨はやんでいますが、台風による雨雲でこれから夜にかけて強い雨が降るおそれがあります。
台風の接近で沖縄では今日一日、交通機関などに影響が出た。
空の便は多くの欠航便が生じ、航空会社の職員たちが対応に追われていた。
一方、台風の直撃を受けた南大東島は既に暴風域を抜けたが、建物の屋根が吹き飛ばされるなどの被害が確認されている。
南北大東島では島の2割に当たるおよそ200世帯が一時停電した。
沖縄では今夜いっぱい大雨など台風の影響が続きそう。
台風12号は強い勢力で北上を続け、今夜には奄美地方にかなり接近し、明日には九州の西の海上に進む見込み。
奄美地方、沖縄地方では明日にかけて暴風や高波に警戒が必要。
一方、西日本から東日本にかけては高気圧の影響で各地で気温が上がり、午後5時までに群馬県伊勢崎市で37.4度、埼玉県熊谷市で37.1度、兵庫県豊岡市で37度となるなど、関東と西日本を中心に54の地点で35度を超える猛暑日となった。
この暑さで今日午前、神奈川県南足柄市では少年野球大会の開会式で15人ほどが熱中症と見られる症状を訴えうち10〜15歳までの男女5人が病院に搬送された。
また、千葉県八千代市の小学校でも野球の練習をしていた小学6年の男子児童6人が熱中症で病院に搬送された。
いずれも軽症だとのこと。
一方、東北北部では前線に湿った空気が流れ込んだ影響で大気の状態が不安定になり、激しい雨が降り続いた。
明日も前線が残るため、気象庁は引き続き注意を呼びかけている。
間もなく8月の声を聞きます。
今日の特集ではインドネシアの戦時中の性暴力被害者と慰安婦の今をめぐってお伝えします。
栃木県宇都宮市の認可外保育施設で発熱した生後9カ月の女の子を放置し、死亡させたとして、当時の施設長らが逮捕された事件。
その後の取材で、この施設が提携先としていた病院とは、実際には契約をしていなかったことが新たにわかった。
この事件は去年7月、宇都宮市の認可外保育施設といずで、生後9カ月の山口愛美利ちゃんが高熱などの症状があったにもかかわらず医師の診療を受けさせずに放置し、死亡させたとして、当時の施設長、木村久美子容疑者ら親子3人が逮捕されたもの。
施設のパンフレットには、嘱託医を完備、急な病気にも敏速な対応が可能と記載されていたが、その後の警察などへの取材で、施設側が提携先としていた宇都宮市内の病院とは実際には契約をしていなかったことがわかった。
院長は、この施設に子どもを預けたことはあるが、嘱託医を依頼されたことはないと言う。
さらに、愛美利ちゃんの死因は熱中症だったが、事件当日、警察が駆けつけた際、保育室では冷房が使われていなかったことが新たにわかった。
取り調べに対し、木村容疑者らは容疑を否認しているが、警察は冷房などで室温の管理を適切に行わなかった結果、愛美利ちゃんが死亡した可能性もあると見て当時の状況などを詳しく調べている。
今日未明、福島県いわき市の国道で90歳の女性が車2台にはねられ、死亡した。
はねたうちの1台は逃走していて警察が死亡ひき逃げ事件として逃げた車の行方を追っている。
今日午前2時45分頃福島県いわき市の国道6号で、道路を横断していた近所に住む佐藤キクエさんが走ってきた乗用車にはねられた。
佐藤さんはこの後、後続の車にもひかれ全身を強く打って死亡した。
警察によると、後から佐藤さんをひいた車は現場から逃走していて目撃情報から車は黒間の軽自動車と見られている。
警察は死亡ひき逃げ事件として逃げた車の行方を追っている。
インターネット通信機能を備えた車がハッカー攻撃で遠隔操作される危険性が明らかになりアメリカで対象の車140万台がリコールされることになった。
手を放してもハンドルが勝手に動く。
車が遠隔操作されている。
ドアもロックが外された。
これはアメリカの専門誌「ワイアード」が公開した動画でサイバーセキュリティーの専門家が、遠く離れた車のシステムをハッキングし、実際に車を操っている様子。
運転手は駐車をしようとしてみるが…車のブレーキがきかないよう遠隔操作され、そのまま道から外れてしまった。
ここが、もしも崖などの危険な場所だったら大惨事。
遠隔操作されたのは、FCA=フィアット・クライスラー・オートモービルズのジープ・チェロキーでインターネットの通信機能を備えたものだとのこと。
動画の公開は、インターネット接続機能がついた車のセキュリティーに警鐘を鳴らした形でFCAは24日、対象となる車種、およそ140万台をソフトウェア更新のためリコールすると発表した。
対象となるのは2014年から2015年製のジープ・チェロキーやジープ・グランドチェロキーなどインターネット接続機能を備えた7車種。
サイバーセキュリティーの問題で車がリコールされるのは初めてだとのこと。
秋篠宮ご夫妻の次女、佳子さまが高校生の馬術競技大会に出席し、公務で初めての挨拶をされました。
出迎えた子どもたちに笑顔で声をかけられる佳子さま。
佳子さまは今日、御殿場市で行われた高校生の馬術競技大会に出席されました。
公務で初めての挨拶に臨んだ佳子さまはこのように述べ、出場選手にエールを送られました。
その後、佳子さまは馬術競技を観戦選手と馬が障害物を跳び越える様子を真剣な表情でご覧になっていました。
この大会では去年、姉の眞子さまが初めての挨拶に臨まれていました。
油井さんが宇宙での仕事始め。
国際宇宙ステーションでの滞在が始まった宇宙飛行士の油井亀美也さんが25日、ツイッターで今日は宇宙での仕事始めの日でしたと報告した。
日本の実験棟「きぼう」の写真も公開し、「きぼう」はとっても大きいですね、これからここで様々な実験をするかと思うと胸が躍りますと書き込みをした。
22日、アメリカ・ユタ州の一般道をスケートボードで悠々と走る男。
保安官が制止し、職務質問しようとすると男は逃げ出し、止めようとした保安官と取っ組み合いになった。
そこへ、騒ぎを見かけた白衣の医師が駆け寄り、通りかかった消防士も画面奥側に車を停めて駆けつける。
助っ人2人の活躍のおかげで、23歳のスケートボードの男は安保関連法案は来週27日から参議院での審議が始まります。
政府は今週、中国の脅威を強調する防衛白書や東シナ海での中国のガス田開発の写真を公表しました。
こうした中、「報道特集」では尖閣諸島での有事に対応するという精鋭部隊を取材しました。
今週火曜日の閣議で了承された今年の防衛白書。
尖閣諸島周辺に艦船などが頻繁に現れる中国の動向について次のように記されている。
また、不測の事態を招きかねない危険な行為も見られるとして、強い警戒感を示した。
さらにその翌日、政府は、東シナ海のガス田開発をめぐり、中国の一方的な開発が加速しているとする写真を公開した。
尖閣諸島の領有権をめぐって神経戦が続く日本と中国。
尖閣有事の際に投入されるという2年前の5月3日未明、東京都心で50歳の男性がオートバイにはねられ、死亡した。
事故は一時、警視庁公安部がオートバイの運転手の周辺を徹底的に調べ上げるという事態に発展した。
結局、交通事故だったことが判明するが、公安部が注目したのは、死亡した男性の職業だった。
男性は現役の防衛省統合幕僚監部特殊作戦室長。
そして、ある精鋭部隊のトップを務めた人物だった。
その部隊とは、長崎県佐世保市に拠点を置く陸上自衛隊西部方面普通科連隊。
尖閣諸島有事の際、まず投入されることが予想され中国の人民解放軍が最も注目する日本で唯一の水陸両用部隊。
衆議院で安保関連法案が可決された今月16日台風11号が日本列島に接近する中、報道各社に部隊の訓練の一部が公開された。
我々自衛官が一番戦争はしてはいけないと認識はしております。
使われなければ使われない方が、我々にとって本来幸せであろうというもと、使う、使わないのを決めるのは国民であり、政治家だと思いますが、何かあったときのために粛々と訓練をしておくと。
部隊は600人。
年齢構成は秘密だが、平均年齢は20代と若い。
占領された離島の奪還作戦。
時速60kmのボートがひたすら海岸を目指す。
突然Uターンする。
敵に発見され上陸を断念、沖合に戻る。
服は海水を含み、かなりの重さになる。
ボートは再び全速力で上陸を試みる。
陸上では基礎体力を養う。
ボートに見立てた200kgの木材を担いで3kmを走る。
上陸地点に敷設された障害物を想定し慎重に足を運ぶ。
厳しい訓練が続く。
肩の皮膚はすりむけ、シャツまで破れることも珍しくない。
しかし、上陸の際、海から引き上げるボートはこれよりも重い。
部隊は長崎県の対馬から沖縄県の与那国島までおよそ1300kmをカバーする。
部隊移動の際、ヘリが不時着したことを想定しての脱出訓練。
最も危険を伴う。
上陸する島周辺の海の状態はわからない。
目を閉じ、片手で体を支えもう一方の手ですべての装備を体から外す。
不測の事態に備えて、1人が水中から必ず監視する。
彼らは教育中の隊員。
今回、部隊の精鋭は日程上の都合を理由に公開されなかった。
隊員への直接のインタビューは許可されない。
取材は完全に管理されている。
一連の法案が審議中のために防衛省は神経質になっている。
アメリカ軍との合同訓練が増え、情報の共有化が進むにつれ、部隊はベールに包まれるようになった。
実は、「報道特集」のカメラが、かつて精鋭部隊の素顔をとらえていた。
隊員には泳ぎ続けることが要求される。
複数が連携して泳ぐが、追跡する敵役の隊員が足を引っ張る。
武装して泳ぐということがあります。
これは銃を携帯して泳いで上陸する訓練の映像。
相手の武器の射程に対応し、2km先から潜入する。
水面に出た部分が標的になるために、できる限り体を水中に隠す。
上陸と同時に砂を全身につけてカモフラージュする。
暗闇から武装した隊員が現れる。
早朝に始まった訓練は夜まで続いた。
10m、5mと近づき至近距離から躊躇なく射撃する。
テロを想定した射撃訓練。
隊員のリュックは総重量50kg。
食料は1週間分。
水はこれで何リットルですか?これで6リットルは入れています。
今までどんなもの食べました?ヘビであるとか、カエルですとか、あとはニワトリ、魚介類といったものを自分で採取して、調理して食べる。
防衛省は、この部隊を中心に3000人の水陸機動団を発足させ、水陸両用車やオスプレイを配備する予定。
この日、佐世保基地にはオスプレイも着艦できる護衛艦「ひゅうが」が入港していた。
尖閣シフトが急速に進み、抑止力は軍拡の様相を呈している。
佐世保市では至るところで日米の一体化を象徴するかのような風景を見かける。
旧海軍がつくった街、佐世保は基地に対する経済的依存度が高い。
先月、街の中心部を西部普通科連隊が小銃を持って行進した。
安保関連法案が国会で審議中なだけに、波紋を呼んだ。
海軍墓地には太平洋戦争で今も海底に眠ったままの乗組員と艦船の慰霊碑が並んでいる。
史上最強の護衛艦と言われるイージス艦「きりしま」、「ちょうかい」などの名前は、旧海軍から引き継いだもの。
戦後70年、ここを訪れる遺族はめっきり少なくなった。
この女性の父親は、沈没した艦船の生存者だった。
慰霊碑を掃除し、戦友を供養してきた父親は今年95歳で亡くなった。
戦争の話とか聞けば、そういう方向に向かっていくというのは怖い感じがしますよね。
だから、そういう機会をもってもらいたいと思いますね、戦争の話を聞く機会をね。
戦争を風化させないために父親の遺志を継いで慰霊碑を守っていく。
一方、国会では、戦争を知らない世代が繰り返し、抑止力を訴えている。
SEALDsという若い人たちの呼びかけでまた今日も国会の正門前でこういう集会が行われているんですけれども、衆議院で通過した後なんですけれども、ものすごい数の人たちが集まって。
昨日、学生たちのグループ、SEALDsが行った抗議行動に村山富市元総理が向かっていた。
先月、私たちの取材に対し、安保関連法案は違憲だとして、こう語っていた。
村山さん自身もいざとなったら国会の前に行きますか?行きますよ、前面に立ちますよ、僕は、命がけだ。
この言葉を聞いた中心メンバーの奥田愛基さんがおととい、村山元総理を訪ねた。
一緒に国会前に立ってほしいと言う。
奥田愛基といいます、明治学院大学の奥田と申します。
明治学院大学だったな、聞いた。
「戦争したくなくて震える」というタイトルなんですけど。
その女の子が言うのは、あんたたちは戦争に行かないかもしれないけど、私たちの兄弟かもしれないし、親戚かもしれないし、それについては、私は当事者だと。
怖いから震えているんだよと。
やっぱり人間の本質的なものだな。
いろいろな行動見たり話を繰り出したときに、震えを覚えたということはね、その子は偉いな。
村山元総理は奥田さんに、こんな話をした。
中曽根内閣で官房長官だった頃の後藤田正晴氏が自衛隊の海外派遣に強く反対したときの話。
その後藤田さんが、僕は社会党の委員長やってたときに、会いたいというから、会ったんだよそのときに、非常にいいことを言いよったな。
この程度のことなら、認めていいじゃないかと。
それが取り返しのつかない大きな穴になって、過ちを犯すと。
これが絶対許せないことだと思ったらそのときに歯止めをかけないかんと。
何かあるとき、後藤田さんの言葉を思い出すんだよ。
ああ、これだなと。
ここで踏みとどまらなければいかんと。
元首相の村山富市さんです、よろしくお願いします。
そして昨日、村山元総理は学生たちと国会前に立った。
皆さん、多くの憲法学者がこの法案は違憲だと言っているじゃないですか。
これでは日本の国が危ないと思うのは当然でしょう。
皆さん、本当に平和な日本の国を守っていくためには、総理大臣が日本を守るんじゃないですよ、国民が守るんです、国民が、主権在民ですよ。
戦争経験者である村山さんの言葉は、本当に説得力がありますが、若者たちとともに声を上げるこの姿は本当にエネルギッシュてすね。
昨日、現場に行って見ていたんですけど、91歳の村山さんと20代のSEALDsの若者たちが一緒にスイングしてる、シンクロしている様子が何とも興味深いというか、熱いというかね。
スピーチ終わって、ステージの後ろの椅子にちょっと疲れたという感じで座っていたんですけど、その間ずっと、今のラップ調のコールみたいな、戦争法案反対とかっていうの、そのリズムに合わせて足を動かしているんですよ。
村山さんがそうしている様子を見てとっても不可思議な、とってもおもしろいなと思いながら見ていたんです。
VTRの前半で紹介した尖閣対応部隊ですけれども平成30年度末までには3000人の水陸機動部隊になると。
それで水陸両用車ですとかオスプレイを導入するということで、急ピッチで増強を勧めているわけですが、安倍総理はことあるごとに抑止力を高めることによって日本のリスクは軽減するんだと言ってます。
もちろん、そういう側面はありますけれども一方で別の側面もあって、相手側も日本と同じように考えてしまった場合、つまり相手側も日本に対して抑止力を高めるということになると、これは負の連鎖として際限ない軍拡競争を引き起こしてしまうわけですね。
さらに抑止力というものが力を背景に、攻撃をとどまらせるものである以上、狂信的なテロ集団などに対してどの程度意味があるのかも考えてしまいますよね。
先々週この番組で、台湾の元従軍慰安婦の生存者の声に耳を傾ける特集を放送しましたところたくさんのご意見をいただきました。
今日は戦争中、日本が占領していたインドネシアにおける慰安婦、性暴力被害者の姿をお伝えします。
これからのVTRでは一部に生々しい表現や、お子さんにはふさわしくない内容も含まれていますが、証言の重要性にかんがみてそのまま放送することといたしました。
ご覧ください。
パイニさん、家族のいる自宅ではどうしてもその話はできないと言う。
ジョグジャカルタから車で2時間。
インタビューはホテルで行った。
彼女には戦争のときの性暴力被害について聞きたいと取材を申し込んでいた。
紹介してくれたのは、オランダ人のジャーナリスト、ヒルデ・ヤンセンさん。
このホテルにパイニさんが、ヒルデさんと一緒に来てからずっと2人が手を握りっぱなしで歩いているのがとても印象的ですけども、ずっと手を握ったままなんですね。
ヒルデさんはかつて13年ほどインドネシアに住んでいてインドネシア語を使いこなす。
戦時中の日本軍による性暴力被害者、50人以上を取材している。
その取材の様子は映画になり、2010年、オランダで公開されたが日本では未公開。
映画で、自分の体験をありのままに語った1人がパイニさんだった。
私たちはヒルデさんと一緒にインドネシアを取材し証言を聞いていくことにした。
私は台所で後ろからつかまえられて、あのことが起きたのです。
日本の軍人に辱められた、あのことです。
今でもとても苦しくて、夜は眠れないです。
戦争のときの自分を思い出してしまって。
つらくて悲しいです。
年をとった今も、思い出したら泣いてしまいます。
私は破壊されたのです、すべてを粉々に。
日本のために働いていたときのことです。
パイニさんは、日本兵に繰り返し強姦されたと言う。
1942年3月。
日本軍は短期間の戦闘でオランダ軍を破り、オランダ領東インド、現在のインドネシアを占領し軍政を敷いた。
ああ、畑があるね。
日本兵らに強姦されたとき、パイニさんはまだ13歳だったと言う。
その話はしないという約束で、家に招いてくれた。
これは料理に使います。
食べてみてください、おいしいですよ。
うん、ネギ。
うまい、ニラに近い。
この家で娘と暮らしている。
料理には薪を利用していた。
パイニさんは自分の被害体験について、今後も娘や孫に話すことはないと言う。
日本軍による性暴力は、インドネシア各地で頻発した。
被害者の傷は生々しく、その心に今も残っていた。
カリマンタン島の東、港湾都市のバリクパパン。
海岸サイドの方に、ずっとオイルタンクが並んでいます。
そこにたくさんの兵士がいたのでその慰安所というのが設けられたという理由の1つでもあるわけです。
バリクパパンには戦争当時、1万人近くの日本人がいた。
この町で、日本軍の慰安婦にされていた女性を訪ねた。
スハルティさん。
15歳のとき、学校に入れると誘われてジャワ島からこの町に連れてこられたと言う。
よく殴って殺していました。
殴って、水に入れて。
無理やり慰安所に連れてこられて、私には何もできないですよ。
ジャワから連れてこられて、逃げるにしても、どこに行けばいいの。
涙があふれるばかりでした。
死にたくなるほど後悔しました。
学校に入れるといったのに、あんなことになって。
私の処女を奪ったのは、オノという人でした。
インドネシアの慰安所については文書でも確認することができる。
ジャワ島のスラバヤに展開した野戦高射砲第45大隊の陣中日誌。
明日より慰安場を開設と書かれている。
日本軍がインドネシアを占領しておよそ1カ月後のこと。
この慰安所には、慰安婦が合わせて40名いたことがわかる。
性病にかかった慰安婦にに赤い布を配って区別するなど、軍は厳格に性病の管理をした。
女性は7人で、みんな新品だと言われました。
検査したのはインドネシア人の役人と日本人の医者です。
みんな新品だと役人が言いました。
全員処女だったということです。
日本軍は、性病と縁のないインドネシアの少女たちに目をつけた。
陣中日誌には、慰安所を利用する際の細かい規定が記されている。
部屋に入るための切符でした。
これぐらい。
これぐらいです。
切符の数で何人相手をしたか、わかったのです。
スハルティさんは毎日、切符を渡され複数の日本兵の性の相手をさせられたと言う。
バリクパパンの慰安所については、後に総理大臣となる日本軍人との関わりが指摘されている。
海軍の将校としてインドネシアにいた中曽根康弘氏。
彼は戦時中を振り返って、次のように書いている。
中曽根氏は今から8年前、この記述について、次のように説明した。
しかし、その後、新たな資料が見つかった。
バリクパパンに駐屯した海軍航空基地第2設営班の資料。
そこに主計長として、中曽根康弘氏の名前が出てくる、そして…現地の女性を集めたという記述がある。
バリクパパンの慰安所にいたスハルティさんの思いは…私が何を経験したのかわかってほしいです。
私みたいな目に遭わないように、気をつけてくださいね。
新しい資料が見つかって以降、中曽根氏は沈黙を守っている。
「報道特集」では中曽根氏に質問書を送った。
かつて中曽根氏は、このようにも語っている。
「報道特集」の質問書に対しておととい、中曽根事務所は電話で次のように答えた。
中曽根元総理がいたバリクパパンに軍属として駐屯していた男性に会うことができた。
佐賀県に暮らす川崎志郎さん。
当時は、現地の住民を指導してキャッサバなどの野菜を生産する食糧補給部隊にいた。
軍の慰安所というのは見たことがありますか?あります。
月1回の検査ですね、検診。
何の検診ですか?花柳病ですよ。
いわゆる性病?性病の。
それは誰が受けるんですか?それは慰安婦です。
慰安婦が性病検査を受けていた?もう1人、インドネシアにいた元日本兵を訪ねた。
堀泰明さん。
生きるか死ぬかの極限まで追い詰められていた当時の心情について率直に語ってくれた。
軍の慰安所とかに、何回か行かれた?はい、行きました。
そのときの気持ちはどういう気持ちだったんですか?男としての遊びだけですよ。
公衆便所と似たような感じ。
ただ公衆便所は朝顔のところにふっかけるんだけど。
見たこともないような女性のとこに行ってパッとやるんだから。
要するに、コンドームは必ずつけてですね。
突撃一番というのは軍から?支給していたんですよ。
コンドームを渡された堀さん。
明日死んでもいいように、思い切り遊んでこいという意味だと受け止めた。
沖縄でも若い人、死んだでしょ。
飛び降りて、崖から飛び降りて死んだじゃないですか。
次に会う人は、日本軍の慰安婦にされた2人の姉について証言してくれると言う。
一緒に住んでいる娘さんが中に導いてくれた。
ウミ・クルスムさん。
日本軍がこの町にやってきた1942年、彼女は13歳の少女だった。
昔はよく歌ったけど、意味はわからなかった。
今のは、ばっきゃろーですか?ばっきゃろーございます。
それはどんな意味か、ご存じでしょうか?彼女はバカヤロウという言葉の意味を、よくはわかっていなかった。
ウミさんのこの家は、日本兵がやってきた戦時中と同じ建物。
そのとき2人の姉は、屋根裏に隠れていたと言う。
この上だ。
日本兵は、少女だったウミさんは相手にせず、18歳前後の姉たちが目当てだったと言う。
上に隠れていた姉たちは震えていました。
姉たちは被害者です。
2人とも。
姉たちは5人に無理やり連れて行かれたんです。
ええ、軍服を着て、銃剣も持っていました。
姉は嫌だと断っていました。
でも、日本軍は権力を持っていたから。
ばっきゃろーと言われて、怖がっていました。
姉2人が連れて行かれたという慰安所があった場所に向かった。
そこです。
女性たちが収容されていました、日本の人たちに。
今では建て替えられて、スカブミ市役所の支所になっていた。
子どもだったウミさんは姉たちの弁当を届けに、よくここにやってきたと言う。
中に入れましたよ。
門番が私を知っていたから。
ご飯を1日2回。
姉は泣いていて、私も泣きました。
みんな捕虜みたいでした。
そのとき、まさか子どもだった自分までもが被害に遭うとは彼女は考えもしなかった。
ウミさんはその事件について、家族にも話したことはないと言う。
私たちは娘さんに一時的に離れてもらい、ウミさん1人だけで話を聞くことにした。
本当は話したくないんだけど、あなたを娘のように考えていますから、だから、あなたに告白します。
あなたは娘と同じです。
部屋に連れて行かれて、1人がズボンを脱ぎました。
相手は3人でした。
軍人ですよ。
軍服を着ていました。
帽子もかぶって、銃剣も持っていました。
ここに来て寝ろと言われました。
服をぬがされたんです。
そして3人が順番に。
私は何が起きているのかわかりませんでした。
もう声も出ませんでした。
頭が真っ白で。
そんな目には遭いたくありませんでした。
お兄さんのように思っていたのに。
日本人は悪いです。
強姦されるなんて、考えもしませんでした。
逆らえなかったです、日本人はすごく乱暴で。
まだ小さな子どものときでした。
軍の慰安所に連れていかれた姉たち。
そして、日本兵に強姦された13歳のウミさん。
被害者の傷は今なお深く、日本軍によるインドネシアでの慰安婦・性暴力被害については現地の様々な支援団体が被害者の登録を呼びかけ、ある団体ではおよそ2万人の登録がありました。
一方、日本では1995年に民間の募金と政府の出資でつくられたアジア女性基金がインドネシア各地に高齢者のための福祉施設を建設しました。
しかし、インドネシア政府としては被害者の認定もしていませんし、また日本政府から被害者個人に対して公式の謝罪や賠償は行われてはいません。
今回、一緒に取材したヒルデ・ヤンセンさん、オランダ人のジャーナリストの方がいるんですけれどもこの方が現地で性暴力の被害者とか、慰安婦の方々の実態をこつこつ調べてきたんですね、ずっとインドネシアに住んでいましたから。
その女性の被害者たちは今でもインドネシア社会の中で、いわば身を隠すように生きてきた人が多いわけで、そういう人に寄り添うというか、被害者の心を癒しながら取材をしてきたというのがかいま見えて彼女たちから非常に深い信頼感を得ていたと。
僕は日本人の男なんで、自分の立場から被害者に会うことはできたとしても、ああいうふうに心を開いてもらうことはできなかったと思うんです。
そういう意味では、ヒルデ・ヤンセンさんなしには、今回の取材は僕は成立しなかったと思います。
私の場合も台湾で慰安婦問題を取材したときにやはり、寄り添う若い女性たちの助けなしには取材はできなかったと思うんですね。
彼女らは前回も言いましたが、政治的主張から離れたところで、もう一度、元慰安婦のおばあさんたちの声を聞こうとしている。
元慰安婦の人たちに寄り添うことによって、戦場で女性がどう扱われたかを学んで、できれば苦しみも分かち合いたいと言うんですね。
こうした若い女性というのは台湾だけではなく、韓国にも増えているんですね。
こうした変化は我々、覚えておいた方がいいと思うんですね。
この問題は戦後70年談話の中でも中心的な論点の一つになっているというふうに内外からみなされていると。
VTRの中で聞くに耐えないような生々しい証言がありましたけれども、歴史に誠実に向き合うということは自分たちに不都合な事実に目を閉ざさない、耳をふさがない態度だと思うんですね。
その意味では僕は、証言してくださった方々の勇気に経緯を表したい気持ちを申し添えておきたいと思います。
世界陸上連覇がかかるウサイン・ボルト選手。
ブランクを感じさせない走りを見せた。
左足のケガにより、実戦から離れていたウサイン・ボルトがおよそ3カ月ぶりとなる100mのレースに復帰した。
スタート反応時間は最下位と出遅れてしまうが、向かい風0.8mの条件のもと後半にぐんぐん加速し、今シーズン自己ベストの9秒87で優勝。
8月に行われる世界陸上へ向け、はずみをつけた。
そのボルトを超えたサニブラウン・ハキームが練習を公開。
怪物高校生のところに40人もの報道陣が集まった。
その名を世界にとどろかせたのは、世界ユース、得意の200m決勝。
ボルトが16歳のときにつくった大会記録を破り、優勝を果たした。
帰国後、初の練習に臨んだが、気温33度の暑さで少し夏バテ気味。
およそ1時間、軽く汗を流した。
来月の世界陸上では200mで史上最年少の代表入りが濃厚。
新たなボルト超えを狙う。
ビーチバレー世界最高峰の戦い、グランドスラム横浜。
西堀・溝江ペアがベスト8進出をかけて世界ランク1位のブラジルペアと対戦した。
国内敵なしの西堀・溝江。
序盤は何とか食らいつき、一進一退の攻防を繰り広げる。
しかし、徐々に牙をむく世界最強ペアのパワーとテクニックに翻弄され、ストレート負け。
ベスト8進出はならなかった。
続いて高校野球。
去年の夏の準決勝と同じ対戦となった一戦。
決勝に進出したのは。
去年、帝京に敗れ、今年こそはと意気込む関東第一は1回、キャプテン・伊藤のホームランで先制する。
5回にはプロ注目のオコエ瑠偉。
レフト線への大きな当たりは惜しくもあと一歩届かない。
同点に追いつかれた関東第一は7回、オコエの敬遠などで満塁とすると再びキャプテン・伊藤。
走者一掃のタイムリースリーベース。
伊藤の5打点の活躍で帝京に雪辱を果たした関東第一。
甲子園まで、あと1つ。
熊本県大会決勝では九州学院の怪物1年生、村上が大活躍。
1回戦から4番を任される村上は同点タイムリーを放つなど2安打1打点。
チームを5年ぶりの甲子園へと導いた。
そのほかでは、南北海道の北海高校が全国最多36度目の出場。
センバツの王者、福井の敦賀気比は延長サヨナラで甲子園の切符をつかんだ。
戦後を代表する思想家の鶴見俊輔さんが今月20日、93歳で亡くなりました。
九条の会の呼びかけ人の方でしたね。
入社したての頃、インタビューした覚えがあります。
ラジオ番組でしたけど、ただ、緊張しちゃって何を話したか覚えてないんだけど、こんなぺいぺい記者にも丁寧に答えてくれた印象があります。
気さくでえらそうにしないんですよね。
2015/07/25(土) 17:30〜18:50
MBS毎日放送
報道特集[字]【安保法制と尖閣防衛部隊▽インドネシアでの戦時性暴力】

▽安保法制と尖閣防衛部隊▽インドネシアでの戦時性暴力

詳細情報
番組内容
【安保法制と尖閣防衛部隊】
安保関連法案が衆議院を通過した今月16日、日本で唯一の水陸両用部隊の訓練の一部が公開された。尖閣諸島有事で投入される可能性もあるという部隊に迫る。

【インドネシアでの戦時性暴力】
戦時中、日本軍が占領していたインドネシアでは現地の女性が「慰安婦」にされた。また、強姦されたケースもある。今なお、心の傷が癒えない戦時性暴力の被害者を取材した。
出演者
【キャスター】
金平茂紀(TBSテレビ報道局)
日下部正樹(TBSテレビ報道局)
小林悠(TBSテレビアナウンサー)
林みなほ(TBSテレビアナウンサー)
関連URL
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おことわり
番組の内容と放送時間は、変更になる場合があります。

ジャンル :
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
福祉 – 文字(字幕)

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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