NHK高校講座 世界史「モンゴル帝国〜草原と海の帝国」 2015.07.24


(眞鍋)マジカル・ヒストリー倶楽部にようこそ!リーダーの眞鍋かをりです。
その国の歴史を知れば知るほど旅は魅力的になります。
今回も世界を旅して歴史を学んでいきましょう。
そして我が倶楽部のプランナーが…。
はい。
旅のプランを考えているうちにいつもその国の魅力にどんどん引き込まれていく永松文太です。
さあ文太君今回のミッション「モンゴル帝国」という事ですけどどんなプランかな?リーダーはモンゴル帝国といえばどういう事を思いつきますか?ん〜やっぱりモンゴルといったら草原を駆け抜ける馬。
もう広大なイメージがあるよね。
なるほど。
実は今からおよそ800年前にモンゴル高原出身の遊牧民がユーラシア大陸に巨大な帝国をつくりました。
世界史上最大。
すごかったんだね。
そうなんです。
その成立と繁栄が分かるツアーを考えました。
楽しみ。
はい。
それでは早速マジカル・ヒストリー・ツアーに出かけましょう。
まずは今回の見どころです。
いざ3つのビューポイント!今回のビューポイントは…舞台は中国の東からヨーロッパにかけてのユーラシア大陸。
時代は…訪れるのは広大なモンゴル高原。
ここに遊牧民の巨大な帝国が誕生しました。
強大な騎馬軍団を率いてモンゴル帝国を築いたのがチンギス・ハン。
そしてその全盛を極めたのが孫のフビライ・ハンです。
中国の首都北京。
フビライ・ハンはモンゴル帝国の都をここにうつしました。
モンゴル帝国はどのようにして繁栄したのでしょうか?マジカル・ヒストリー・ツアー。
草原と海の帝国モンゴル。
その繁栄の謎に迫る旅にさあ出かけましょう!モンゴルっていうと中国の文化とはまた全然違うようなイメージがあったけどやっぱり世界史上最大というだけあって中国の北京にまで勢力を伸ばしていたんだね。
そうですね。
僕はモンゴルといえば日本に攻めてきた元寇のイメージがあるんですが実はモンゴル帝国を興した人々は草原の民で遊牧を行っていたんです。
そっか。
でも遊牧民てさすごく平和で素朴な暮らしをしてるっていうイメージがあるんだけど。
そうですね。
どんな暮らしだったのかな?はい。
そこでまずはモンゴル高原の遊牧民とその暮らしが分かるツアーを考えてみました。
ファースト・ビューポイント!いざテイクオフ!テイクオフ!マジカル・ヒストリー・ツアー。
最初に訪れるのはユーラシア内陸部中国の北方に広がる広大な…モンゴル高原は極度に乾燥した地帯で冬は寒さが厳しくマイナス40度にも達する事があります。
そのため農耕には適していません。
古くからヤギや羊馬などを放牧し牧草を求めて家畜と共に住居を移動する遊牧が行われてきました。
1か所の草を食べ尽くさないように季節に応じて生活する場を変えていきます。
住んでいるのは移動する暮らしに適したゲルと呼ばれる住居。
僅か1時間ほどで組み立てる事ができます。
モンゴルの遊牧民の主食は家畜のヤギや羊の肉。
そしてその乳を使ったチーズやヨーグルトなどの乳製品です。
モンゴル帝国を興した人々もこうした生活をしていたと考えられています。
馬を駆って長距離を移動する遊牧民たちはやがて高い機動力を生かし強力な騎馬軍団になっていったのです。
確かに乳製品をすごく食べるっていうイメージはあったな。
でも牛のミルクだけじゃなくて日本人にちょっとなじみのないような独特の風味じゃないかなって想像はしてたんだけど。
どんな味なのかな?おっ。
そこでリーダーのためにモンゴルの伝統的な料理を用意してきました。
お〜!こちらです。
結構独特なにおいがしてるけど。
クセのあるものですね。
こちらからゆでた羊の肉とチーズです。
あ〜!チーズは食べて頂くと分かるんですがとっても硬いんです。
あっ本当だ。
何か…。
カチカチ!そうなんですよ。
ちょっとかじってみていい?気を付けて下さいね。
あっ硬い!そうなんです。
本当に硬いんです。
いや本当に硬いね。
そうなんですよねはい。
なるほどね。
モンゴルでは人は赤い食べ物と白い食べ物で生きている…という考え方があるんです。
白い食べ物とはチーズやヨーグルトなどの乳製品の事なんです。
なるほどね。
はい。
家畜は移動手段でもあり食料としても利用されていたんですね。
家畜と共に生活をしてるんだね。
そういう事です。
でもこういう遊牧民のさ素朴な暮らしをしている人たちがそんなに強い帝国を築いたっていう事がちょっと結び付かないんだけど。
あ〜…。
どうやってモンゴル帝国って始まったのかな?はい。
モンゴル帝国を興したのは実はこの人。
ジャン!チンギス・ハンです。
あっ何か知ってるこの人。
聞いた事ありますか?それではチンギス・ハンはどのようにしてモンゴル帝国を興したのか。
セカンド・ビューポイント!いざテイクオフ!テイクオフ!マジカル・ヒストリー・ツアー。
続いてはモンゴル高原の中央にある…ここにはかつてモンゴル帝国最初の都カラコルムがありました。
カラコルムの町は後の時代に破壊されその姿はほとんど残っていません。
カラコルムは一体どのような町だったのでしょうか。
その様子を知るために…。
時間を遡ってマジカル・ジャンプ!モンゴル高原バイカル湖近くの牧草地。
12世紀後半ここで生まれた少年は有力なリーダーだった父を毒殺され一族からも見放されて育ちました。
やがてその少年は自らの行動力と統率力で次第に勢力を拡大していきます。
少年の名は…1206年テムジンはモンゴルの有力者が集まる最高意思決定会議クリルタイで全部族の遊牧民を束ねる統一者ハンの称号を得てチンギス・ハンとなります。
そしてモンゴル系トルコ系の人々を統一しモンゴル帝国を興しました。
チンギス・ハンは遊牧民を千の世帯ごとにまとめる千戸制を始めました。
各世帯から戦士を1名出させ巨大な騎馬軍団を組織します。
そしてユーラシア大陸の西へ大遠征を繰り広げました。
その目的は交易のルートを拡大する事でした。
鉄や絹などを手に入れ国を豊かにしようとしたのです。
モンゴル帝国以前から交易が行われていた草原の道。
そしてシルクロード。
チンギス・ハンはこの2つの道に沿うように領域を拡大。
ユーラシア大陸の東からカスピ海に至るまでアジアとヨーロッパにまたがる広大な領域を支配下に置き世界帝国の礎を築いていきます。
遠征はチンギス・ハンの息子第2代皇帝オゴタイに引き継がれ西は地中海にまで勢力を伸ばしました。
オゴタイが築いたモンゴル帝国の都カラコルム。
カラコルムは草原の道の一大拠点として発展し多くの外国商人たちがやって来ました。
世界各地から訪れる人々のためにイスラーム寺院やキリスト教会も建てられモンゴル帝国の中心として栄えたのです。
遊牧民って定住しないで生きてるから何かこう国としてまとまれるのかなっていうのは疑問だったんだけどまあああやって千単位でまとめたりとかそこから戦士を出させたりしてそういうシステムを作り上げてあれだけ強くなったんだ。
そういう事なんですよ。
当時の100キロってすごいだろうね。
すごい事ですよ。
そして陸上の交易を手に入れたモンゴル帝国は更に富を求め領土を拡大していきます。
ほう。
チンギス・ハンの孫フビライ・ハンによって次はなんと海に進出していくんです。
海も行っちゃいますか。
はい。
それではサード・ビューポイント!いざテイクオフ!テイクオフ!現在の中国の首都…政治や文化の中心として栄える世界有数のメガシティーです。
中国の統一王朝でここに初めて都を置いたのはモンゴル帝国でした。
一体なぜモンゴル帝国はこの地に都を置いたのでしょうか。
その理由を解き明かすために…。
時間を遡ってマジカル・ジャンプ!13世紀中頃モンゴル帝国は皇帝…チンギス・ハンの孫で時の大ハンフビライは更に領土を拡大しようとします。
ユーラシア大陸の東西に領域を広げていたモンゴル帝国でしたが中国の南部にはまだその支配が及んでいませんでした。
漢民族の国南宋がモンゴル帝国に抵抗していたのです。
フビライは帝国の都をモンゴル高原のカラコルムからおよそ1,400キロ離れた漢民族が多く暮らす地域にうつしました。
それが今の北京の位置大都です。
フビライはここを拠点として南宋を攻略しようとしました。
フビライが造成した大都。
宮殿は典型的な中国の様式で建てられています。
漢民族との融合を意識したものでした。
1271年フビライは国号を中国風の元と定めました。
その一方で宮殿のすぐ横には遊牧民ゆかりの移動式住居ゲルが立ち並んでいました。
この大都を拠点にしてフビライは更に帝国を南に拡大していきます。
1279年南宋を滅ぼし中国を統一。
モンゴル帝国は世界史上最大の領域を持つ世界帝国となったのです。
海に面した南宋を手に入れたフビライは海の道での交易を盛んにしました。
更に運河を建設し首都大都まで海の道をつなげました。
大都は草原の道シルクロードそして海の道がつながり世界各地の物資にあふれ繁栄を極めました。
このころ大都を訪れたイタリアのヴェネツィアの商人マルコ・ポーロは旅行記「東方見聞録」でこう述べています。
遊牧民の軍事力を維持しながら中国を支配したフビライ。
その時代は「モンゴルの平和」とたたえられています。
へ〜モンゴルの歴史ってよく知らなかったけどこの時代はまさに世界の中心だったんだね。
はいそうですね。
だってヨーロッパから来たマルコ・ポーロさんがびっくりしちゃうぐらい豊かだったって事でしょ?そのぐらい栄えてたって事ですよ。
ねえすごい。
モンゴル帝国は陸路ではヨーロッパまで海の道ではアフリカまでつながって交易を行っていたんです。
へ〜。
もう本当に史上最大の大帝国だったんだね。
そういう事ですね。
いやすごいな〜。
さあここからは歴史の深いお話を伺っていきます。
アドバイザーの上田先生よろしくお願いします。
さあ先生モンゴル帝国本当に広大な勢力を誇ってましたけどもどうしてあんなに広い土地を治める事が可能だったんでしょう。
そうですね。
その謎を解く1つの鍵を持ってきました。
はい。
これはパイザという実物大の模型なんですけれどもこれが1つのヒント…というふうになりますね。
(永松眞鍋)パイザ?はい。
先ほど出てきたマルコ・ポーロが口述したという「東方見聞録」というふうに知られている「世界の記」というふうに言われてるんですけどもそれにこの事について非常に詳しく書かれていてちょっと紹介してみたいと思うんですけれども。
パイザについて載ってるんですか?ええ。
ユーラシアの広大な所の主要幹線路の…公用の旅をする人はこのパイザと呼ばれている通行証っていうんでしょうかそういうものを持って旅をしている。
このパイザですけれどもいろいろな種類があったようです。
木製であったり銀製であったり金製であったりそれぞれの急ぎの度合いによって種類が決まっているという。
例えば遠方の方で反乱が起きた早く皇帝の元に情報を届けなければならない…といった時にもう本当にすごいスピードで駆けていって次の駅に着きますと既に次の乗り換えるための馬が用意されている。
そしてこのパイザを示して馬に乗り換えてまた次の駅に向かって延々と走っていく。
休みなく延々と走っていち早くその情報をかつての大都今の北京まで一気に伝わる…という事になった訳です。
あ〜。
じゃあそれを持っていればパイザを持っていれば通行もできるし馬の乗り換えもできる。
そういう事ですね。
例えば商用で旅をする人たちもかつてはいろいろの関所あるいは国境線みたいな形で区切られてなかなか一気に旅ができなかったものが…その事によって非常に交易がユーラシア全体で盛んになる訳ですね。
そうすると交易に携わっている商人たちはこういう事をやってくれたモンゴル帝国を支えようじゃないか…という形で財政的にあるいはいろいろなアドバイスをしたりという形でモンゴル帝国を支えていくという事があったと。
その事によってモンゴル帝国はあれだけの広大な領地を統治する事ができたという事になりますね。
じゃあもう本当に言ってみればパスポートとチケットが一緒になったような。
そうですね。
これを持っていればこう乗り継ぎ乗り継ぎいち早く届ける事ができるというような事になったと。
へえ〜。
なるほど。
やっぱり広大な土地を治める秘密はこれだったんだね。
パイザに鍵があるという事ですね。
いや〜先生面白かったです。
どうも…。
(2人)ありがとうございました。
いや〜何か遊牧民族が広い土地を治めるってどういうふうにしてたんだろって疑問だったけど分かりました。
鍵はスピード。
スピードですね。
うん。
機動力が大きな力となってましたね。
ねえ。
そっかそっかスピード命だね。
命ですね。
何かモンゴルって広いけどちょっと行ってみたくなるね。
農耕に適さない…中国を統一した…2015/07/24(金) 14:20〜14:40
NHKEテレ1大阪
NHK高校講座 世界史「モンゴル帝国〜草原と海の帝国」[字]

歴史を知ると、旅はもっと楽しくなる! 世界各地の遺跡や観光地に隠された歴史の秘密を解き明かすマジカル・ヒストリー・ツアーに、みなさんも出かけましょう。

詳細情報
番組内容
歴史の秘密を解き明かすマジカル・ヒストリー・ツアー。今回訪ねるのはモンゴル高原。12世紀末、ここに住む遊牧民の中からチンギス・ハンが誕生し、後に世界史上最大となるモンゴル帝国の礎を築いた。一体なぜ、羊や馬を放牧する人々が強大な騎馬軍団と成りえたのか?また、中国の統一王朝としては初めて、現在の北京に都を築いた理由は?草原と海にまたがる巨大帝国、モンゴル繁栄の背景を探る。【出演】眞鍋かをり、永松文太
出演者
【講師】立教大学教授…上田信,【司会】眞鍋かをり,永松文太
おしらせ
[NHKワンセグ2]一部地域では高校野球を放送するために、放送をお休み、または放送時間を変更する場合があります

ジャンル :
趣味/教育 – 中学生・高校生
バラエティ – その他
趣味/教育 – 大学生・受験

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