さかのぼる事…。
広がるきらびやかな世界の陰で…。
そこには平安庶民のこれでいいんですか?今回専門家監修のもと平安時代の庶民の生活をリアルに再現。
一体どんな食材をとって…。
どんなふうに食べていたのか?渡辺直美が本気で挑戦!今夜意外と知らない平安の世界へ誘います。
さあ今夜のゲスト紹介します。
遠藤憲一さんでございます!
(田中)よろしくお願いします!ってちょっと思います。
まずは食料調達。
平安時代の庶民は何を食べていたのか?突然ですがここでクイズ。
道端で発見したフキですが平安時代から日本にあった?それともまだなかった?フキは古代から食べられた山菜。
平安時代から畑でも栽培されるようになったといわれています。
当時という事で…。
(渡辺)ほい!そしてたくさんの山菜を背負ってここで…。
キャベツは江戸時代にオランダから伝わったのですが当時は食用ではなく観賞用だったといいます。
その後品種改良されガーデニングでも育てられる葉牡丹になったといわれています。
残念ながらキャベツはゲットならず。
平安時代をリアルに生きてもらうため当時あったものしか食べられないのだ。
…とおなじみのフルーツイチゴを見つけた渡辺だがこれは?ちなみに…。
あのネギ。
お次はネギ。
これはどうか?平安時代から採れたネギは食用だけではなくそのにおいが厄を払うといわれ儀式の際にも供えられたといいます。
続けてもう1問。
ネギはネギでもタマネギは?タマネギがやって来たのは江戸時代。
当時はあまり浸透せず…。
ではキュウリは採れたのか?キュウリは水分が多く利尿作用があるので体を冷やすといわれています。
続いて発見したのは大根。
こちらは?大根は?あった。
あり得る。
イエーイ!消化の助けとなる大根も薬草として用いられこの時代に重宝された野菜の一つです。
決してお腹にあたらない事から江戸時代にあまり売れない役者を指して大根役者という言葉が生まれました。
他にも平安時代には瓜らっきょうなどが食べられていましたが当時の中国や朝鮮半島から伝わったもので日本原産のものは少なかったんです。
今ではおなじみとなっている野菜の多くが江戸時代にヨーロッパから伝わってきたんです。
という事でここまで4種類の野菜が採れたが続いて向かうのは…。
平安時代の釣り針は鉄製のもの。
また現代で言うルアーのような仕掛けもあったといいます。
ちなみにホントに。
ああっ…!ヒイ〜…。
とはいえ今は平安時代の女。
ビビりつつもここで…。
エサをつけるだけで10分以上。
ようやく釣りを開始。
それでも粘りに粘って1時間。
ぴくりともしないので平安時代にも使われていたこんな道具を。
こちらは…。
早速投げてみるが…。
こうして3つのもじりを仕掛けたがどんな獲物がかかるかは明日確認。
よいしょ。
平安時代には…。
このポイントとなるのは真綿やヨモギを原料とした火口にうまく火花を点ける事です。
なんとも原始的だが本当に火は点くのか?なんと開始1分で火花が!しかし肝心の着火には至らず…。
そう簡単にはいかないようだ。
火口を近くに置き火花を当てやすくしてみる。
ああ…。
また一向に点く気配はない。
という事で今度は火口を多めに使ってみる事に。
うう…。
ふう…。
…がここできた!斜めにした火打ち鎌で石のとがった部分を狙うと…。
火花の量が増えてきたが疲労もたまり…。
はあ…。
苦戦が続く渡辺。
いよいよ限界かと思ったその時!
(火打ち石を打つ音)点いたよ。
どうすればいいですか?慌てて付木となる麻の繊維を近づけるが…。
今もう…。
火口はあくまで火種。
重要なのは木の枝や麻の繊維など燃えやすい付木に種火を移す事。
気を取り直し再チャレンジしたその直後…。
懸命に息を吹き続けるが…。
ああ…。
平安時代生活はまだ始まったばかり。
大丈夫か?渡辺直美の2泊3日現在必死で火おこしに挑む渡辺だがいまだ火は点かず。
気づけば作業開始から1時間20分。
体力精神ともに追い詰められてきた。
(ため息)全ては火を点けるため。
言葉を発さず一心不乱に叩き続ける。
ついに2時間が経過した。
(山崎)ゆっくりよゆっくり。
そう。
(章造)おっ!いいよ!
(山崎)焦るな焦るな。
(章造)いいよいいよ。
このチャンスこのチャンス…。
(松居)すごい真剣。
(山崎)あっきた。
いいよいいよ。
(山崎)入れて入れて。
風入れて。
そうそうそうそう…。
もっと吹いて。
おっいいぞ。
(榊原)もうちょっと…。
(山崎)もっともっともっと!わっ!うわーっ!キャーッ!ようやくたどり着いた大きな火種。
渡辺そしてついに…!開始から一度点いた火は絶やさず保ち続ける事が重要。
ちなみに広島県霊火堂には平安時代から1200年灯り続けている火があり観光スポットにもなっています。
時刻は夜7時。
平安時代の人々は日の入りとともに就寝していたがまだ火が点いただけ。
ここから渡辺は専門家監修のもと当時食べていたと思われる食事を忠実に再現。
その内容とは?当時はちゃぶ台のようなお手頃な机はなく庶民も貴族も…。
まずはお昼に採ったそこに塩の始まりは縄文時代。
この頃から海水を利用して作っていたそうです。
世界的に古くから見られる塩ですが…。
そして農耕文化に移り動物の内臓を食べる事が少なくなるにつれて本格的な製塩が始まったのです。
アク抜きしたフキを熱湯に投入。
茹で上がったら筋がとれたら平安庶民の夕食1品目山で手軽に採れたフキは庶民の食卓に上がったと予想されます。
そして平安庶民の主食は雑穀米。
玄米にアワやヒエなどが混ざった雑穀米は江戸時代まで庶民の主食となっていました。
現代では食物繊維やビタミンミネラルが多く健康食として注目されています。
鉄鍋を使いかまどでお米を炊いていくがうまく炊けるか?この間にもう一品。
大根とキュウリを一口サイズにカットしそこに塩を加えもみ込んでいく。
完成お漬け物!古代から食べられたという漬け物は平安時代から庶民に広まったといいます。
ではでは雑穀米の炊き上がりは?庶民の主食雑穀米。
今よりも多めの水で炊き上げていたそうです。
お次は汁物。
ネギと大根の葉を切りお湯にただ入れただけだが…。
現代ならお味噌を加えて味を調えたいところだが実は…当時味噌は貴重品。
庶民たちは調理中の味つけを一切しなかったという。
ただその代わりこの時代の庶民たちはあるものを使い味をつけていたと考えられており実はそれが現代でも使われているあの調味料のもととなったものだった!渡辺直美が平安時代生活に挑戦中!2泊3日で体を張っているが遠藤憲一さんも…。
結構やっぱり時代劇きつい…。
(一同笑い)こちらが専門家監修のもと渡辺が作った庶民の夕食。
ところで一緒に盛られた醤とはしょう油の原型といわれ大豆に米麹や塩などを合わせて作ったもの。
当時は食膳に盛られた調味料を使って食べる人が自ら味つけを行う習慣だったんです。
フキよりも醤を絶賛だが初めて漬けたという漬け物は…?料理を全くしない渡辺。
目分量で入れた塩があまりにも多かったようだ。
そして味つけゼロの汁物。
うん!失敗が続くが雑穀米のお味は?さらに雑穀米と醤を合わせると…。
結局支給された米と調味料が一番美味しいという結果に。
そして完食したあとは…。
と渡辺が悔しさ交じりに詠んだ和歌だが…。
時刻は夜の11時。
藁などが材料のむしろを敷きふすまという粗末な布をかけていました。
それまでは昼間着ていた服を被って寝る事もありました。
それでも翌日に備えてゆっくり眠りに就く…が!時刻はなぜか朝の3時!平安時代の1日はとても早く夜明け前の起床が普通だった。
朝一にする事は…。
楊枝による歯磨きが庶民に広まったのは平安時代といわれています。
その習慣は明治時代にインドから西洋歯ブラシが輸入されるまで続きました。
続いては朝食作り。
前日に残った雑穀米に水を足し5分で…。
当時もご飯はパワーの源。
女性でも1回の食事で1合なんと約2杯半の量を食べていました。
現在午前4時。
朝食を済ませて向かったのは…?お勤めのため屋敷にやってきたのだ。
貴族の屋敷は寝殿造といって渡り廊下で複数の建物が繋がっています。
ちなみにここの施設は東北の藤原氏の邸宅をもとにし日本で唯一完全復元した寝殿造なんです。
屋敷内には炊事や洗濯など多くの仕事があり屋敷にいる約200人近い雑色が各担当に分かれて仕事を行った。
屋敷に住む貴族も日の出とともに起床。
男性貴族は朝に前日起こった事を日記につけていました。
働き始めの新入りは色々な仕事を回される。
まずは洗濯。
当時桶に水を入れ踏み洗いで洗濯を行っていました。
続いてこちらの道具で行うのは…。
ほうきや雑巾は平安時代からあり1200年以上掃除道具は大きく変わっていません。
しかし超ボロボロになりながら屋敷の隅々まできれいにしていった。
そして次のお仕事は厨というキッチンで貴族に献上する食事作り。
まずは定期的に行われていたという精米。
もみを杵で突きもみ殻や玄米のヌカをとっていました。
ちなみに貴族が食べていたのは雑穀米ではなく白米だったんです。
また雑色たちが歌を歌いながら作業をしてたそうです。
なので…。
それでは貴族の食事を準備。
庶民との違いにご注目!貴族の屋敷には漁村や農村の荘園から毎日のように様々な食材が献上されました。
ちなみに本来包丁を扱うのは男性の役目。
巧みな包丁さばきが教養の一つとされていました。
切ったあっいい香りカモの。
美味しそうカモ…。
続いて調理するのは当時から高級魚の鯛。
そしてある鳥のお肉。
現在国鳥となっていますがわかりますか?正解はキジ。
平安時代はよく食べられていたそうです。
キジと鯛を一口大に切り分け沸騰したお湯で10分煮込めば…。
キジと鯛の汁物完成!続いての食材は鮭。
においをつけるためそしてこれを焼くためそのまま鉄鍋の中へ。
鮭は現在でいう新潟県から京都の朝廷まで運ばれ献上されたという記録があります。
鮭の子どもイクラも当時から塩漬けにして食べられていたそうです。
続いてすでに平安時代からあった野菜里芋やレンコンなどをカット。
レンコンは数ある植物の中でも歴史が古いといわれています。
日本でもおよそ2000年前のものが出土。
その実は現代でも芽を出すほど生命力も抜群!蓮の根のレンコンですが世界では主に観賞用で根を食べるのは中国や日本タイくらいだそうです。
これからを沸騰したお湯に入れフタをして10ほどで完成となるのだが…。
時間を把握する方法ですが2時間ごとに太鼓30分ごとに鐘を鳴らして知らせていました。
都から離れて暮らす庶民には聞こえなかったので太陽の位置などを目安にしたといいます。
煮物完成でーす!ここからはかまどを2つ使い時間短縮を図る。
続いて米粉と小麦粉に水を合わせ手でこねたら…。
細く伸ばしてひねりを加えていくがこれは…?すると今度はこれを油の中へ。
この揚げ物実は現代にも通じる料理の原型なのだが皆さんおわかりですか?当時砂糖はまだなくあまづらという植物の樹液を甘味として使用。
『枕草子』の中ではかき氷のシロップとして描かれました。
とここで魚が触れないという渡辺はビビりっぱなし!これも庶民の大事なお仕事。
覚悟を決め当時の食べ方ぶつ切りに。
ちなみにこちらは焼かずに蒸していく。
また当時から高級品だったアワビまで!うお〜これはすごい!よいしょ。
蒸し上がりました。
全ての料理を盛り付ければ…。
比較するとこのとおり!一汁一菜が基本の庶民に対し貴族は10品以上とかなりの量だが…。
実は毎回残り物を下の身分の者がもらうというのが習慣であり作法だったといいます。
これもう絶対欠かせないんですね。
品数は全く違いますが貴族も庶民と同じく自分で味つけしていたんです。
これにてがここで一つ気になるのは…。
例えば藤原家の当主は現在の貨幣価値に換算して1年に約30億円の収入を国家から得ていた。
えーっ!?当時最高権力者だった藤原氏の年収は各地からの貢ぎ物などを含めなんと30億円。
また下級貴族でも数千万円の給与はあったといわれています。
それでは平安時代の庶民のお給料はいくらなのか?そしてさっきの直美ちゃんみたいにウナギっていう存在も知らなくて…。
「これ切って」って言われた時…。
(一同笑い)すごいですね。
それでは屋敷で働いた庶民がもらうお給料を発表。
屋敷に従える雑色は毎日米4合を給料としてもらっていた。
お米4合頂きました。
当時庶民の間では貨幣が普及しておらずお米や布などの物々交換が主流でした。
その後平安末期に中国から貨幣が伝来。
お米などは持ち運びに不便な事から貨幣経済へと移りました。
という事で米3合とキジアワビを交換。
どんな料理になるのか?でもその前に…。
結果は?続く2つ目もエサだけ取られ中身は空っぽ。
ラストの1つはどうだ?結局ゲットしたのはちっちゃなお魚。
ハヤと呼ばれる小さい川魚。
小屋に戻りここからは庶民の夕食作り。
前日は火起こし含め5時間かかったがもう慣れたのかご飯は15分で。
おお〜っ!一切焦げないですね今まで一回も。
キジの肉は何もつけず鉄鍋で素焼きに。
お次は庶民にとって贅沢品のアワビ。
こちらもシンプルに炒めるだけ。
ひっくり返してみると…。
おかずは全て焼きもの。
手慣れた感じでなんと40分で仕上げる。
当時の夕食の時間にも間に合った。
まずは初体験のキジのお肉から。
う〜ん!ではアワビ。
これを大好きな醤と頂くと…。
うん!アワビの海の…磯の味と醤がケンカしちゃって…。
ちょっと臭みがすごい強くなっちゃった。
そしてお次は仕掛けに入っていたハヤ。
かなり小さいが…。
美味しかった。
こうして大満足のお食事を終えた渡辺の次なるイベントは?さて平安時代にこの白い衣装をまとい行っていた事とは?当時庶民が入っていたお風呂がこちら。
入浴のペースは月に1回程度だったといわれています。
ちなみに平安時代の入浴スタイルは…。
そう当時お風呂といえば蒸し風呂が主流。
浴槽につかるという習慣はなかったそうです。
外の釜から蒸気を室内に取り込みその蒸気を浴びて汗を流していました。
またかいた汗を取るために入る際は湯帷子を着用します。
夏の風物詩浴衣の語源はこの湯帷子からきたといわれています。
体が温まったら湯帷子の上から午前3時から働き続けた長い1日が終了。
こうして平安の庶民を強く生きる渡辺だが翌日すごい展開が。
迎えた最終日。
この日もまだ辺りは暗い早朝3時起床。
とかなり疲労もたまっているが朝食は…。
もはや庶民の暮らしはそつなくこなせるようになっていた。
という事でここでこんな特別イベントを実施。
なんと庶民から貴族への大変身。
事があるって事ですよね。
とはいえ庶民が貴族に成り上がる事なんてあったのか?驚くべき事に実はこれれっきとした事実。
平安時代激しい格差の中で実際に起こった彼女が着ているのは平安貴族の正装である十二単。
宮中などで晴れの装いとして着用されていましたが決して12枚の着物を着ているのではなくただ単に数が多いという意味で名づけられました。
さらに重ね着によって襟元のグラデーションが鮮やかになる事。
そして語呂のよさから十二という数字が用いられたそうです。
十二単の重さは全て合わせるとなんと20キロを超える事も。
実際もあったという庶民から貴族への大出世。
食事もしっかり頂く。
まずはカモ肉をお歯黒にしたお口でパクリ。
おおっ!ちなみに当時の女性が施していたお歯黒。
実はこれには意味があるのだがその理由は?さらに庶民から貴族になれた驚きの事実も明らかに。
金曜ナイトドラマ『民王』。
(憲一)生まれて初めて総理大臣の役やったんですよ。
だけどこれが息子役の菅田将暉くんが大学生の役なんですね。
中身だけ大学生と総理大臣が全部入れ替わっちゃう…。
すったもんだしながら色んなもの乗り越えていく。
笑えてちょっとキュンとくるホントに楽しいドラマになってますので…。
よろしくお願いします。
源平合戦などで有名な源義経の母常磐御前は元々庶民である雑色でしたがその美貌と気立てのよさから取り立てられなんと貴族になっていったのです。
そして3日間に及ぶ過酷な平安時代生活もついに…。
やったー!うれしい。
ちなみに女性たちのお歯黒ですが実は成人した証しとして行うもので…。
平安時代の貴族のたしなみだったそうです。
2015/07/23(木) 19:00〜19:54
ABCテレビ1
いきなり!黄金伝説。 2泊3日の平安時代生活!貴族屋敷の使用人に渡辺直美が挑戦[字]
現代っ子な渡辺直美が貴族のお屋敷勤めの使用人として過酷な食糧調達から仰天料理、屋敷掃除、洗濯まで…今見習いたい超エコな自給自足生活に汗だく&体当たりで挑戦する!
詳細情報
◇番組内容
約1200年前の平安時代の生活を完全再現!渡辺直美が貴族屋敷の使用人として3日間の体当たり生活を送る!動きやすい着物に着替えて起床は平安時代と同じ午前3時…普段は外食だけの生活なのに、釣り、山菜の調達に火起こしからの調理…貴族を支える使用人としてお屋敷の掃除洗濯にと大奮闘!そして夜は土間に敷物で就寝…という生活ぶりは想像以上に過酷!意外なハードさに悲鳴をあげつつも新発見だらけの3日間を送る!
◇番組内容2
専門家の監修のもと平安時代の食生活・生活サイクルを忠実に再現。初めての火打ち石での火おこしには実に2時間も苦戦!調理をあわせるとなんと○時間もかかった…食べるの大好きな直美は平安の食事に満足出来たのか!?そして最終日には人生初となる十二単姿も挑戦。総重量は20kg。勿論ぽっちゃりなので体温が急上昇して汗だく状態に…。最後までギブアップすることなく、生活を通して見えた平安時代の庶民と貴族の生活とは?
◇出演者
ココリコ、榊原郁恵、松居直美、よゐこ濱口、アンタッチャブル山崎、タカアンドトシ、オードリー、SHELLY
【挑戦者】渡辺直美
【スペシャルゲスト】遠藤憲一
◇おしらせ
☆いままでの伝説が楽しめる番組ホームページ
http://www.tv-asahi.co.jp/densetsu/
ジャンル :
バラエティ – お笑い・コメディ
バラエティ – 料理バラエティ
趣味/教育 – 旅・釣り・アウトドア
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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