東大が嫌い。成績が一番のやつが徹底的に嫌い。哲学者鶴見俊輔さんの信条だ。父は東大出の政治家で、一番に執着した。鶴見さんの見るところ、一番の人間は状況次第で考えをころころ変えて恥とも思わない▼二番は認めるというところが面白い。二番になった人間は努力すれば一番になれるのに、「そこの追い込みをしないところに器量があり、遊びがある」。鶴見さんを語るのに器量と遊びという二つの言葉は欠かせないように思う▼正義というものの危うさをしばしば語った。正義の人は純粋さを追い求め、ついに暴虐に行きつく。不良だった鶴見少年を叱る母はまさにそういう人だった。だから自分は「悪人でいたい」。これも鶴見思想の一つの核心だろう▼借り物でない思考と裃(かみしも)を脱いだ言葉があるから、鶴見さんを読むのは心地いい。笑いを愛し、山上たつひこさんの人気漫画『がきデカ』を評価した。己の欲望に忠実な主人公「こまわり君」は、戦争に行けと命令されても従うまい。鶴見さんはそこに日本の希望を見た▼「ベ平連」や「九条の会」を動かした行動の人は、70歳で老いを自覚したという。80歳で初詩集『もうろくの春』を出版。「もうろくは一つの創造だ」と老境を楽しんでいた。享年93▼「失敗したと思う時にあともどりをする」。その大切さを説いた姿勢を引き継ぎたい。勝利への展望が失われても戦争をやめられなかった戦前と、明白な「違憲」法案への批判に耳を貸さない今の政権の姿が重なる。