ここの所、またぞろ徴兵制の話題がメディアを賑わしています。
その理由は、共産党や過去の自民党に巣食っていたエセ保守が集団的自衛権行使に反対して、キャンペーンを張っているためです。
「集団的自衛権は徴兵制につながるのか?」(THE PAGE140707)
彼等のロジックは、
集団的自衛権を行使すると自衛官が戦死する
→自衛官志願者が減少し、自衛隊の組織が維持できなくなる
→徴兵制に移行せざるを得なくなる
というものです。
徴兵制に関する過去記事としては、4月1日のジョーク記事として「徴兵された人員では現代戦は戦えないはウソ」としてネタにしかしていないように、徴兵制はあり得ないと思っていますし、この記事のコメント欄でも書いたとおり、基本的に反対です。
部隊には、定期的に新隊員(任期制の新隊員だけではなく、曹候補などを含めた新人隊員)が配属されますが、空自の場合、指揮官には嫌がられる事も少なくありません。
「何で俺の部隊にばかり新隊員を回すんだ!」などと言って上級部隊の人事にねじ込む指揮官を見たことは珍しくなかったです。私は言いませんでしたが、気持ちは分かります。
その理由は、部隊が新隊員の教育に要する労力と新隊員の戦力としての部隊への貢献を比較した場合、教育に要する労力の方が大きいからです。(もちろん、中には飲み込みが早く、直ぐに役立つ新隊員もいます)
前述の上級部隊にねじ込む指揮官の言い分は、新隊員ではなく、「ちゃんと戦力としてカウントできる使えるヤツを寄こせ」という意味で、欠員になっても良いという意味ではありませんが、欠員になってでも新隊員を嫌がる指揮官もいます。
私の主観的な判断ですが、教育ロードよりも、戦力としての貢献の方が大きくなるのは、入隊して4年(2任期目途中)後くらいではないかと思います。
それに加えて、徴兵された隊員は、士気が高い(やる気がある)はずもありません。
つまりは、徴兵制に移行などしようものなら、部隊は新人教育だけで手一杯です。
予備自衛官制度に最も真剣なのが陸自であるように、陸自は空自と比べて、知識技能は低くとも、若くて体力のある人材を欲しがっていますから、空自と比べれば徴兵制に移行しても、それなりにメリットはあるかもしれません。(海自は、たぶん空自と似たようなものでしょう)
しかし、陸戦でも、銃が撃てれば戦力になれた昔と今では状況が違います。
普通科(歩兵)に限っても、暗視装置を使いこなし、逆に暗視環境でも身を隠す方法を身につける事は当然ですし、IEDの危険性を理解できなければ、みすみす死傷者を増やすだけでしょう。
後方の基地・駐屯地の警備や補給などの後方業務に使えば良いという意見もありますが、特殊作戦が重視される現代では、安全な後方などありませんから、素人に毛が生えたような警備では、大きな被害を受ける可能性がありますし、補給だってアマゾンには及ばないもののシステム化されており、力仕事をこなせればそれで戦力になれる訳ではありません。
太平洋戦争のような全面戦争が何年も続くなら、流石に状況が違ってきますが、攻撃力と機動力が格段に向上した現代戦では、限定された戦力しか投入されない局地戦は別として、年単位の総力戦などもはやあり得ないでしょう。
長くても数ヶ月、短ければ数日です。
現在でも、隊員教育の専門部隊は結構な規模がありますが、徴兵など行われた時には、教育部隊も大幅に拡充しなければならないはずです。
と言う訳で、現場に居た者の感覚では、”徴兵制など真っ平御免”なのですが、徴兵制の懸念を煽って集団的自衛権に反対する勢力の言い分も検討しなければなりません。
まず、集団的自衛権を行使すると戦死者が増えるか否かについて考えて見ます。
集団的自衛権を行使するようになると、従来の解釈では自衛隊が参加することのなかった作戦に参加する可能性が高まるため、世界中で起きる紛争の件数に占める自衛隊の関与率は高まることは事実でしょう。
しかし、集団的自衛権は、他国を助けなければならない反面、他国から助けてもらえる可能性を高めるための権利です。
尖閣を始め日本が侵略される事態で、他国から助けてもらえる可能性が高まるので、侵略を抑止できる可能性も高まりますし、抑止が成功しなくても、我の戦力が高まるので自衛官の死傷も低く抑えられます。
集団的自衛権行使に反対する勢力は、後半の事を語りませんが、情けは人のためならずという金言を学んで欲しいものです。
次に、戦死の可能性が高まることで自衛隊の志願者が減少するか否かを考えてみます。
思い返してみると、似たような議論は、過去にもありました。
印象に残っているのは、2004年に始まったイラク派遣の時です。
空自でも、空輸隊を派遣するにあたり、武装勢力による携行式地対空ミサイル攻撃が頻発していたため、危険を懸念して要員に選ばれることに躊躇する隊員もいましたし、不安になる家族もいました。(米軍と異なり輸送機に、ろくな自己防御装置も付けていなかった事も影響)
しかし、それによって募集が困難になったという話は聞きませんでした。数値的な影響はでたかもしれませんが。
むしろ、震災後と同様に、意識の高い隊員が集まりました。
また、戦死ではなくとも、訓練による自衛隊員の殉職は、かなりの数に及びます。
その中でも、最も顕著なのは航空機のパイロットです。
近年こそ、安全管理が徹底され、航空事故による死者は決して多くありませんが、過去には空自に限らず、海自でも陸自でも多くのパイロット及び航空機搭乗員が殉職しています。
にも係わらず、パイロットは多くの若者にとって憧れの職業であり、航空学生採用試験の倍率は、高い数値を保っています。
自衛隊志願者は、安全性と給与だけで志望している訳ではありません。
危険であっても、そこに命をかける意義があれば、志望者は集まります。
太平洋戦争末期、特攻に志願した人さえ多かったことを忘れることはできないと思います。
実際の志願者数の推移を示したいところですが、探してみたものの、適当なデータが見つかりません。
参考になりそうなデータは、次のブログに十分とは言えないながらもまとめてありました。
「自衛官は若者の就職先として定着」
自衛官などの応募者数、( )内は対18~26歳人口比
人口データリンク
1980年度 93748人(0.65%)
1981年度 95704人(0.67%)
1982年度 88700人(0.62%)
1983年度 90170人(0.62%)
1984年度 92132人(0.64%)
1985年度 90117人(0.61%)
1986年度 92120人(0.62%)
1987年度 86008人(0.56%)
1988年度 89159人(0.57%)
1989年度 81685人(0.51%)
1990年度 84882人(0.52%)
1991年度 90740人(0.54%)
1992年度 -
1993年度 104723人(0.60%)
1994年度 -
1995年度 -
1996年度 -
1997年度 -
1998年度 158997人(0.96%)
1999年度 156009人(0.97%)
2000年度 145249人(0.95%)
2001年度 143350人(0.96%)
2002年度 151047人(1.04%)
2003年度 145346人(1.02%)
2004年度 132583人(0.95%)
自衛隊の死傷者が懸念されるような海外派遣は、1991年の1月から始まったイラク派遣から順次増えて行っていますが、ちょうどこの当たりのデータに欠損があるものの、長期的に見れば、むしろこの頃から上昇しています。
それまで対18~26歳人口比で0.5~0.6%だったものが、1990年代後半には、倍増とも言える1%に迫っています。
この要因には、1995年に発生した阪神・淡路大震災や経済的影響も大きいですが、明確に言えることは、海外派遣による隊員の命の危険が、募集を困難にしてはいないということです。
という訳で、集団的自衛権行使反対派のロジックは、一見妥当なように見えても、彼等の空想的論理であって、実態とは乖離しています。
彼等の展開するキャンペーンには、偽の元自衛官をツイッター上で呟かせ、元自衛官が懸念しているなどという風説の流布にもあたりそうな事までやっていますが、基本的な知識が不足しているので、あっという間に偽物だとバレてしまっています。(これなど、風説の流布によって自衛隊の募集を妨害したとして、業務妨害罪で告訴してもよいくらいです)
「元自衛官を僭称している可能性のあるアカウントに騙される人々」
徴兵制に対しては、過去にも自民党の大島幹事長が「わが党が徴兵制を検討することはない」とコメントを発表したりしていますが、防衛省として、過去の応募者数と海外派遣等の年表でも作って、しっかりと広報して欲しいものだと思います。
先日の記事「ぱるる効果!」にも書いた通り、自衛隊の募集が困難なのは事実ですが、最大の要因は、若年人口の減少と、アベノミクスによる景気回復、オリンピック等に起因する建設業や飲食業の人手不足で、民間との間で人材を取り合っているからです。
徴兵制に関しては、自民党を始め保守層の中に、好きな方々がいるのは事実ですが、彼等も戦争の実態を考えず、精神論を語るので勘弁して欲しいものだと思います。
ましてや、(道徳等の)教育のために徴兵制をしき、自衛隊で教育させればいいなどと言う方は、自衛隊にとっては迷惑でしかありません。
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