長らく身売り先を探していた英フィナンシャル・タイムズ(FT)。親会社ピアソンがFTの売却先として選んだのは日本経済新聞だった。
日本語という壁に守られた狭い国内市場で競争してきた日経にしてみれば、世界で競争するための大決断といえる。ただし、成功するかどうかは別問題だ。
まず留意しなければならないのは、グローバル化とデジタル化では、米国でも広く読まれるFTは日経よりもずっと先を走っているという点だ。これに反論する人はまずいないだろう。ピアソンのジョン・ファロン最高経営責任者(CEO)は「グローバルなデジタルメディア企業の一部になる」と語っているが、メディア業界の中で「グローバルなデジタルメディア企業=日経」と思った人はどれだけいるだろうか。
つまり、資本関係では日経はFTを傘下に入れるものの、グローバル化とデジタル化戦略ではFTから学ぶ立場にある。日経は四拍子そろった「日本人・男性・プロパー・中高年」で経営幹部を固めるなど人材面で同質的であり、とりわけグローバル化には弱い。同質的価値観をFTに押し付けたら、「文化の衝突」でグローバル化どころでなくなるだろう。
グローバル化とデジタル化と並んで重要なのは、FTの編集の独立性だ。FTのブランド価値を維持するためには編集の独立性は不可欠なのだ。
ファロンCEOは「編集の独立性は守られる」と強調しているが、果たして日経はFTの辛口批評をそのまま受け入れることができるのか。たとえば、2014年8月5日付FTの1面記事。日経の企業業績予想をめぐる報道を取り上げ、報道のグローバルスタンダードから逸脱していると断じている。
調査報道や分析記事などではFTに一日の長がある。調査報道が武器になったオリンパス事件でも、FTは日経よりも先行した。一方、日経はいわゆる「エゴスクープ(自己満スクープ)」など速報ニュースに今も傾斜している。専門性を備えたベテラン記者を育て、深い分析に裏付けされたロングフォーム・ジャーナリズム(長文報道)を展開するうえでは、日経がFTから学ぶことは多い。
ここで気になるのは、1600億円にも上る高額買収である点だ。いかにFTが利益を出しているとはいえ、新聞は構造不況業種だ。米紙ニューヨーク・タイムズは「アイポッピング(目玉が飛び出るような値段)」と表現している。日経が買収に伴う資金負担に耐えられなくなれば、FTのベテラン記者をリストラする必要に迫られるかもしれない。
新聞発行部数など経営規模で日経はFTを圧倒しているのは確かだ。だが、世界的知名度ではFTが日経を圧倒している。一気にグローバルなメディア企業へ脱皮したいならば、日経はFTのブランド価値を最大限に生かさなければならない。東京本社からFTの経営に介入して、FTのブランドを毀損してしまったら、元も子もない。
そのためにはどうしたらいいのか。買収を機に、本社機能を東京からロンドンへ移すのはどうだろうか。奇想天外に聞こえるかもしれないが、日経の東京本社がFTのロンドン本社を指揮下に置くのではなく、逆にFTのロンドン本社が日経の東京本社を指揮下に置くのである。
日経にしてみれば「軒を貸して母屋を取られる」のような形になり、実現可能性はほとんどないだろう。とはいえ、これぐらい大胆に転換しなければ、グローバル化で成功するのは難しい。繰り返しになるが、日経も含め日本の新聞界はもっぱら日本語の世界だけで競争してきた「超ドメ企業」であり、FTに見習うべき立場にあるのである。
- (初稿:2015年7月24日 16:58)