2015-07-23

「こないだは怒っていたけど、今日は機嫌が良さそうなのでまた言ってみた」、という対応を何度もやられた。

どうも悪気がないらしく、幾度か会話する内に是非ではなく空気や気分で判断して事を進めている人物であることに気づいた。

「そうではない、お前のやっていることの是非善悪価値や過失によってこちらは怒っているのだ。その時の気分はむしろ関係がない」

ところがいくらそう言っても、こちらの腹の立つことを平気で繰り返し、今度は「ごめぇん」という。

では何が悪かったのかと問い詰めると「謝ったんだからいいじゃない」と言い始める。

謝罪があるならば、その謝罪の元は何かなんてことは、それこそ小学生でも追求できる責任問題だ。

ところがこのババアは全く謝罪意味を履き違えていて、謝れば全部空気とともに流れると思っている。

こないだ「問題追求やルールを取り決めることより、空気とともに流してその場をやり過ごす人生だっただろう?」

と問うと、悪びれもせず「そうだ」という。さらに「そんなの調子じゃ今までの仕事も滅茶苦茶だったろう」というと、

私は信用されていた、などと客観性のない発言を始め、責任の追求に関しても言い訳言い逃ればかり。

ずるさの塊だと糾弾すれば、そんなことはないと全く本当に自覚がない様子。

気持ち悪い生物だ。

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