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ゲート・オブ・アミティリシア・オンライン 作者:翠玉鼬
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第76話:奈落の底

 
 エルフ達についての情報をログアウト後に『亜人情報総合スレ』に投下したところ、次々と質問が飛んできた。放置するのも危険な気がしたのでなるべく回答の方向で動く。
 お陰で翌日、仕事に遅刻するところだった……とんでもない熱量だったな、エルフスキー達。後は暴走しないことを祈るのみだ。一応、念入りに釘を刺しておいたから大丈夫だと思うが……あと、俺を【エルフ大使】と呼ぶのは止めろ。

 味噌については、俺が持ち込んだ豆麹と大豆の組み合わせで成功したと連絡をもらったので、すぐにアインファストへ跳んだ。
 味噌の出来は、ジェート程ではないものの甘めになっていた。それからキノコの森で得た菌や胞子を使った中から1つ、別に味噌ができていた。こっちは少し辛めで、同時に2種類の味噌がGAO内に誕生したことになる。
 更に醤油の方もそれらしい物ができたのを確認した。結果だけ見たら俺の持ち込みは必要なかったのかもしれないけど、モーラ達は大喜びだったし、俺に感謝してくれた。
 速度重視の試作品だったためにアーツを多用した結果、質は今イチだったものの、今後はしっかりと時間を掛けて熟成させていくことになるだろう。既に【料理研】は味噌と醤油の量産準備に取りかかっている。試作品は協力の追加報酬ということでもらうことができたし、正規版ができた時は優先的に回してもらえるようになった。
 味噌と醤油完成の件は掲示板でも公表され、料理人プレイヤーのテンションを上げることとなった。既に問い合わせと予約が殺到しているそうだ。自作したいプレイヤーのために種麹の販売も始めるとのこと。GAOの料理界を味噌と醤油が席巻する日も近いのかもしれない。
 ちなみにこの時、ジェートの存在と合わせて、味噌開発の協力者として俺の名前も公表されたため、問い合わせが俺の方にも向いて難儀した。最初から名前を出さないように念を押しておけばよかったな。まぁそのお詫びとして、【料理研】にポン酢醤油を作ってもらえるようになったからいいけど。これでドラードで昆布があれば海鮮鍋ができる。その時が楽しみだ。

 

 ログイン74回目。
 俺は今、ツヴァンド北の森の中にいる。それも結構深い位置だ。
 実は、プレイヤーの行動範囲というのは、それ程広くない。ほとんどのプレイヤーは、街や村からGAO内時間で日帰りできる範囲で活動する。何故なら、野宿を嫌がるプレイヤーが大多数を占めるからだ。それに、街道沿いならまだセーフティエリアが点在するが、それ以外の場所は通常エリアであり、安全にログアウトできる場所がないのも理由だ。下手な場所でログアウトするとアバターがその場に残り、獣やPKの餌食になってしまう。誰だってそんなのはご免だ。
 野宿用の道具は普通に街で買えるが、そこまでして遠出をするプレイヤーは少ない。夜は危険が増えるので、わざわざそんな所で夜を明かそうという気にならないのだそうだ。
 でも、そういうのもいい経験だと思うんだけどな。特にパーティーを組んでるなら、交替で見張りをしたり、空の星を眺めたり、焚き火を囲んで談笑したりと、色々できるのに。
 俺の場合はクインがいるから、ログアウトしない野宿については全く問題がない。それでも時間的な制約があるので、週末を利用しないと厳しいけど。
 そんなわけで今回、初の森野宿をしながらの探索となったわけですが。
 いやー、プレイヤーが踏み込まない森の奥っていうのはお宝の山ですな。獲物は多いし、採取できる物も豊富だ。薬草や毒草、山菜等の森の幸が大量にゲットできた。
 それに何より、ジャイアントワスプの巣も見つけた。嬉しさのあまり万歳三唱なんてしてしまい、気付いたジャイアントワスプに襲われたけど。いや、逃げずにその場で全部叩き落としましたけどね。それくらい、あの時のテンションは異常だった。
 エドゥトンを使わない蜂の巣狩りは今回が初めてだったわけだが、それ程苦戦はしなかった。まとわりつかれても、ハチの顎も針も鎧を通さなかったし。防具の隙間から1回だけ刺されたけど、蜂毒に冒されることもなく、それどころか耐性まで自動修得してしまった。生命力が跳ね上がったお陰か、身体系バッドステータスに対する基本抵抗値もかなり高くなってるんだろうな。毒とか病気とか、滅多な事じゃ受けなくなってる気がする。進んで試したいとは思わないけど。
 ここで蛹を得ることができたのは本当に幸運だった。エルフ達に振る舞ったから在庫ゼロだったし、【料理研】からも食べてみたいから蛹をいくらか都合して欲しいって依頼を受けてたからな。当然1匹残らず回収し、巣は燃やした。今回は女王蜂も解体できたので満足だ。あと、卵も今回は回収した。エルフ達曰く、そのままでは味はないけど身体にはいいという話。多分、栄養価が高いって意味だろう。エルフ達は茹でた後でジェートに漬け込んで食べてたな。思えば最初の時は味がしなかったから廃棄したんだ。勿体ないことをした。
 森の探索は順調だ。というか、エルフ村での戦闘以降、森を歩くのが楽になった気がするんだよな。深い森もすいすいと進むことができるというか、どこを歩けばいいのか何となく分かるというか。少々の茂みとかも歩きにくくなかったりして。それに薬草等の発見率も高くなったような。ひょっとしたこれも【樹精の恩恵】のお陰かもしれない。特に説明はなかったけども。

 で、そのせいなのかどうかは分からないが、不自然な場所にも気付いた。感覚的には【迷いの森】に近い。あれよりももっと稀薄というか、さり気ないというか。人を迷わせ追い返すものじゃなく、そっと迂回させて寄せ付けまいとするような感じがする。別のエルフの村があるのかと思ったりもしたが、どうもそうではないようだ。特別強い樹精の気配もないし、翠精樹が生えている様子もない。じゃあ、この違和感の正体は何だろうか? 特に嫌な予感とかはないんだけどな。
「行ってみるか?」
 隣のクインに聞いてみるが、彼女も特に危険は感じていないようだ。迷う様子もなく、頷いてみせる。よし、それじゃ行くか。
 どっちに行けばいいのかは何となく分かる。深く考えず、その感覚に従って森を歩く。茂みが深いのも気にせず、それでも警戒だけは怠らずに、掻き分けながら奥へ奥へと進む。
 異常を感じたのはそれから少ししてだった。身体が重くなり始めた。それも、進む程に少しずつそれが増してくる。
「……重力異常でも起きてるのか?」
 試しに足元に落ちていた石を拾ってみると、その大きさから想像できる重さを超えていた。やっぱりここ、異常だ。この先に何があるんだ?
 クインは大丈夫だろうかと思って見てみると、ケロリとしている。パワーは俺より上だもんな。俺が潰れても彼女は動けるに違いない。
 更に進むと開けた場所に出た。広さは大雑把に見て30メートル四方くらい、かな。地面は完全に草に覆われていて、木は生えていない。真ん中辺りに大きめの岩がある以外、取り立てて目立つ物はない。てっきり遺跡とかが隠されてるんじゃないかと期待したんだけども。
 不自然には違いないんだけどな。ここへ来るまでの地面は、草がまばらに生えてたのに、ここだけ緑の絨毯のように一面に生えている。生えてる草自体はGAOでは雑草に当たる蔓植物で、珍しくもない物なんだが。何だかよく分からない場所だな。
「でもここ、いいかもしれないな」
 軽く跳躍してみるが、いつもの高さを得られない。それだけの負荷が常に掛かっているということだ。某龍球じゃないが、ここで筋トレしたら筋力のステータスって上がりやすくなるんじゃないか?
「ふっ!」
 その場で拳を繰り出してみる。蹴りを放ってみる。いつものキレは全くない。
 今度は全力で走ってみる。ドスドスと重い足音を立てながら走る。【ダッシュ】まで使ってるのにいつもの速さには程遠い。
 次は思い切り跳んでみようと大岩の方へと走ってみる。目の前に迫った岩に跳び乗るつもりで、踏み込もうとして――その先が、消えた。
「は……?」
 正確には、草を踏み抜いた。生えた蔓が直径2メートルくらいの穴を塞いでたのに気付けなかったのだ。
 咄嗟に穴の縁に手を伸ばしたが届かなかった。そのまま垂れ下がってた蔓を掴むもあっさりと千切れる。
「ぬあぁぁっ!?」
 手と足を伸ばして突っ張ってみたものの、身体を支えることは適わなかった。速度もほとんど変わらぬまま、穴を削りながら落ち続ける。
 そして、手足に掛かっていた抵抗が消えた。縦穴が終わったのだ。でも落下は続いてた。周囲は真っ暗で何も見えないが、このまま地面に叩きつけられたら死にかねない。足から落ちるように何とか体勢を立て直す。
 衝撃が走った。と同時に激しい水音が響いた。真下にあったのは地面じゃなく、水だったのだ。次から次へと何なんだここは!?
 身体が沈んでいく。浮力なんて感じられない。いや、沈むと言うより引きずり込まれてるような感覚だ。あの重力異常の源が水の底にあるってことだろうか。手足を動かしても触れるものは何もない。泳ごうにも沈む速度は変わらない。それに水がとても冷たい。痺れるような冷たさだ。
 このままじゃ水底に沈んだまま二度と浮かび上がれないだろう。アンデッドの襲撃でも瀕死の重体で済んだのに、GAOでの初死亡が溺死とか……あんまりじゃないか?
 そう思ったところで、鎧の下で何かが蠢くのを感じた。これ、【翠精樹の蔦衣】の着脱の時の動きか?
 不意に右腕が引っ張られた。視線を移すと、指から肘まで覆っていた蔦が消えていた。その代わり、肘の辺りから蔦がどこかへと伸びている。あれ、俺、何かしたっけ?
 沈降が止まった。それどころか浮上しているようだ。蔦自体はまだ動いてるようで、それに引っ張られてると言った方が正しいか。でも呼吸がそろそろ限界だ……水面に出るまで間に合うのか? 気絶してもそのまま引き上げてくれそうだけど、その場合、生死判定はどうなるんだろうな……と考えている内に水面に出た。
「ぶはっ! はっ! かふっ……!」
 空気を思い切り吸い込む。空気ってこんなに美味かったんだなと感動した。ありがとう、空気!
 呼吸を整えながら【暗視】で周囲の確認をする。右肘から伸びた蔦は、岸辺にある岩に巻き付いていた。蔦の太さはそれ程じゃないが、それは長さを優先したからだろう。いずれにせよ、俺の体重を支えられるレベルの強度が維持できる長さの範囲に岩があったのは幸運だったな。
 リールに巻き上げられる魚のように、俺は岸まで引っ張られた。岸にしがみついて一息入れる。助かった、でいいんだよな……ほん……っと、死ぬかと思った……いや、まだ危機は脱してないか。水は容赦なく身体の熱を奪っていくようだし。というか指先がかじかんできたような……
 蔦を掴んで身体を持ち上げる……って、持ち上がらない……身体が重すぎる。今の俺の腕力じゃ岸に這い上がれないぞこれ。
「提案してくれたスウェインと、教えてくれたルークに感謝、だなぁ」
 【魔力制御】を発動させ、魔力を身体の内に向けるイメージをする。この間ルークに教えてもらった身体能力強化法だ。使ってる間はずっとMPを消費するから、使いどころが難しいんだよな。それに発動に時間が掛かるのも難点だ。【魔力制御】のレベルが上がればもっとスムーズに使えるようになるだろうけど。
「よいっ、しょぉっ!」
 蔦を掴んで引っ張ると、ようやく身体が動いた。そのまま何とか岸に這い上がって強化を解除する。蔦が再び動き、俺の身体に巻き付き始めた。いや、【翠精樹の蔦衣】があって本当に助かった。命の恩人だよ、お前。というか、こんな使い方もできるんだな。
 ようやく一息つける……って、へばってられないか。何か、狼の吠え声が上の方から聞こえるし。
「ぬおっ!」
 気合いを入れて身体を起こし、何とか地面に座る。これ、普通に動くだけでもとんでもない労力がいるな……
 天井を見上げると、穴らしい箇所が見えた。あそこから落ちてきたんだろうな。続けて周囲を見る。かなり広い空間が広がっていた。地底湖と言えばいいんだろうか。一部とはいえ天井が抜けてるからセノーテって言ってもいいかと思ったが、鍾乳洞って感じじゃないから違うか。
「クイン! 聞こえるか!? 聞こえたら1回吠えてくれ!」
 穴に向かって大声で叫ぶ。こっちの声、ちゃんと届くかな? 少しして吠え声が1つ返ってきた。よし、聞こえてるな。
「俺は無事だ! でもお前は絶対に降りてくるな! 俺が生きてるのは偶然に近い! お前が降りてきたら、多分死ぬ!」
 俺が生きてるのは【翠精樹の蔦衣】があったからだ。なかったら絶対に溺死コースだからな。クインは空中を駆けることができるが、静止はできないし、一度ここに降りたら外まで駆け上がれる保証はない。あれだってMPや体力を消費するわけで、それが尽きたら墜落するんだし。それで地底湖に落ちたら浮かび上がれないだろう。
「とりあえずは俺は大丈夫だ! 水はあるし食い物もある! 悪いがお前はしばらく自由にしててくれ! 分かったら1回吠えろ!」
 クインの命は1つきりだからな。無理に危険を冒す必要はない。俺だけなら何とでもなる。最後の手段ではあるが死に戻りも可能だし。
 ……あれ、返事がないですよ?
「いざとなったらルーク達に救援要請する手もある! だから心配するな! 分かったら返事!」
 少しして、ようやく返事が聞こえた。やれやれ、ここから出たら、何か埋め合わせをしてやらないとな。
「とりあえずは……着替えだな」
 装備を外そう。これがあるだけでもかなり動きが制限されるからな。
 外したガントレットを地面に置くと、ずしっといい音がした。なんか、こういうのあったな。ほら、修行のために重りを身につける的な。現状、そんな物を身につけなくても、この場がそんな感じだが。
 装備を全て外し、服も下着まで全部脱いだ。ここにプレイヤーがいたら通報されてるだろうが、俺しかいないからセーフだ。ストレージからタオルとコスプレ屋でもらった『普通の服』を取り出して、身体を拭き、着替える。
 それから炊事用の薪も取り出した。身体が冷えたので暖を取りたいのだ。
 薪が重たい。剣鉈も重たい。それでも薪を細く割り、準備を進める。
 指がかじかんでたので火打ち石も上手く打てなかったが、何とか火を点けることに成功した。灯りが生まれ、周囲の視界が少しだけよくなる。
「それにしても、広いな……」
 野球場のグラウンドくらいの広さはあるだろう地底湖。そして、それを取り囲むように岸がある。岸の幅は一定じゃないが、今俺がいるここは割と広めだな。
 さて、クインにはああ言ったものの……これからどうするかね。
 
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