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第57話:森のエルフ
ラーサーさんと別れてツヴァンドに戻った後、警備詰め所へ行ってエルフの行方不明者の届け出がないかどうかを確認してみたが、該当者はいなかった。簡単に事情を説明し、もし今後何か情報が入れば教えてほしいとお願いしておく。
その時、森でのゾンビ出現率が上がってるということを聞いた。あくまで普段に比べればであり、それで被害が出てるわけではないそうなんだが、やはり森で何かが起こっているのではないかというのが警備の兵隊さんの言だった。何かあったら知らせますと協力を約束し、ログアウト。
翌日ログインしてツヴァンド滞在中のエルフを探してみたが、タイミングが悪かったのかヒットはなし。エルフの集落の情報を集めてみたものの、どうも隠れ里的な状態らしくてこちらも情報なし。掲示板でプレイヤーからの情報を検索してみたがこちらもヒットはなかった。探してるプレイヤーは結構いるみたいだが。
こうなると自力で探すしか手段はない。一応アテはあるのでそれはいいとして、問題は見つけた時だ。エルフの通常言語は共通語ではなくエルフ語だ。接触できたとしても、あちらに共通語を話せるエルフがいないと意思疎通ができない。1人か2人はいると思いたいが、タイミング次第では色々と不味いことになる可能性もある。
だから俺はエルフ語の修得を決めた。幸いツヴァンドにも小さな図書館があり、言語系の辞書があった。以前大書庫で会ったプレイヤーのやり方を真似て、辞書の写本を作ることにして、無事にエルフ語を修得することに成功した。料理のレシピとかを書き写すより疲れた気がするのは、楽しんで覚えるという感覚がなかったからだろう。レシピを写す時はワクワクしたり驚いたりと色々刺激があったのに対し、辞書の書き写しは勉強って感じしかしなかったからな。
他に何もする気が起きず、エルフ語修得だけでその日はログアウトした。
ログイン56回目。
まずは瘴気溜まりがあった場所へと向かった。今回はエルフの集落の探索が目的なので、動物との遭遇はなるべく避けるように進む。幸い、肉食獣や魔獣に出会うことなく目的地へと到着した。
「さて、と」
瘴気が消えてすっかり元の空気に戻った空間に立ち、地面を観察する。あのエルフのゾンビがここから来たのは間違いないだろう。しかしいきなりここから湧き出たわけでもない。どこかから、ここに来たのだ。だからここから、あのエルフが来た道筋を辿ってみようと思う。
先日のラーサーさんの一撃は、特に地面への影響を与えたわけではない。だから地面は、あのエルフが死んだ時のままのはずだ。
瘴気で植物が枯れているので土が剥き出しになっていて、痕跡の見極めは容易だった。何かを引きずったような跡が地面に残っている。恐らくあのエルフが、生きていた時に身体を引きずったんだろう。これでどちらの方からここへ来たのかは分かる。後は痕跡を探しながら辿っていけばいい。
とは言え、この場はまだいいが、森の中は枯れ葉で覆われていたり下草が生えていたりと地面が見えない所も多い。そんな所に残る痕跡を探し出すのは至難の業だ。俺の爺さんならそんな中でも足跡を見つけ出せるんだろうけど、俺には無理。ここにイノシシの足跡がある、と落ち葉に覆われた一点を爺さんが指して教えてくれた時も、俺には落ち葉を取り払うまで分からなかったからな……
いくらか足を引きずったような跡があり、落ち葉に血痕も残っていたが、少し進んだところであっさりと見失ってしまった。やはり素人ではうまくいかないな。仕方ない、別の策でいこう。
「クイン。お前の鼻で、あのエルフが辿った痕跡を追えるか? 上手くいったら鹿1頭だ」
俺の言葉にクインが地面の匂いを嗅ぐ。そして少しずつ前に進む。いけるか? と期待したが、途中でその足が止まった。こちらを見て首を横に振る。どうやら駄目らしい。
まぁ仕方ないか。あのエルフがどれくらい前に死んだのか分からないのだ。リアルと時間の流れも違うし、匂いが消えててもおかしくはない。
しかしそうなると、手掛かりが全くないな。とりあえず、まっすぐ進んでみるか。
結構歩いたが何もない。途中、何組かのプレイヤー達には会ったが、エルフの目撃情報はなかった。こうなると探し方を考え直さなくちゃならないな。街でエルフが現れるのを待つ方が確実かもしれない。
でも何もしないままってのも何だかな。まさかエルフが通りかかるまで、往来で調理や調薬をするわけにもいかないし。
そもそもエルフに関する情報が少ないんだ。大書庫で読んだ本にも、森に住むとしか記載がなかったし。しかし森に住んでるなら、生活の痕跡とかがどこかにないもんかね。例えば炊事の煙とかさ。
メニューを開いて時間を確認してみる。リアル時間とGAO内時間が表示される仕様だが、今必要なのはGAO内時間だ。見ると昼前だった。ってことは期待できるな。GAOの住人は普通の人間と同じように食事を摂ってる。その食事もリアル同様手順を踏んで作ってる。1日3食だし、食事の時間も変わらない。だから、今の時間なら昼食を作ってるはず。
となると、まずは木に登ってみるか。
「クイン、ちょっと待っててくれ」
断りを入れてから近くの木に登る。普段背負っているリュックはストレージに移しておいた。木登りも久しぶりだが、リアルより身体能力が高いからか、思ってたよりは苦にならないな。
枝を手掛かり足掛かりにし、時には幹をよじ登り、程なくてっぺんに到着する。この森の中ではそれ程高い木ではなかったようで、周囲にはもっと背の高い木も見える。炊事の煙は……見えないな。火を使ってないのか、それとも見えるレベルの量ではないのか。
「手掛かりなし、か……ん?」
諦めて降りようとして、ふと気になるものがあった。
森の奥に行くに従って木は高くなっている。だからこの辺りの木は深部の木よりは低い。なのに、周囲よりは明らかに高い木が生えているエリアがある。
森、エルフ、特別な木……イメージが色々と連想されていく。ゲームによってはエルフと特殊な木に密接な関わりがあるという設定も珍しくはないし……あの辺りの木がもしも普通の木と違うのなら、何かしらの手掛かりがある可能性もあるな。他に手掛かりもないし、駄目元で行ってみるか。
マップに大体の位置をマーキングして木から降り、そちらへと向かう。
目的地へ辿り着く前に【気配察知】に引っ掛かるものがあった。数は3。その場に留まって様子を見ていると、向こうも止まった。獣だったらこっちへ向かってくるはずだ。プレイヤーだろうか? それとも住人の狩人か?
警戒は忘れずにそちらへ進む。あちらもこちらへと移動を始めた。次第に距離は縮まっていき、その姿が確認できるようになる。
「発見」
と呟いてしまった。現れたのは、探し求めていたエルフだった。
目の前にいる3人はいずれも男。お約束と言うべきか美形揃いだ。特徴のある長い耳に、髪は長さの差はあるが全員細い金髪をしている。肌は白く、身体の線は細いが華奢だとかひ弱というイメージはない。草色系の服の袖から覗く腕には絞り込まれた筋肉が見て取れる。いわゆる細マッチョ系だ。うーむ、個人的イメージのエルフからは少し外れるなぁ。精強な狩人として見るなら間違ってはないんだろうけど。
装備は革製の胴鎧と篭手、ブーツ。腰に提げているのは小剣で、手には長弓を持っている。こちらを警戒していたからだろう、もう一方の手には矢を持っていた。
さて、ようやく接触できたわけだが。どう言葉をかけたものか。とりあえず挨拶するべきかと口を開こうとしたら、
「異邦人か。尋ねたいことがあるのだが、いいだろうか?」
と、真ん中に立っていた長髪のエルフが先に問いを投げてきた。しかも共通語……まぁ、いいんだけどさ……
「俺に分かることならば」
話を進めよう。頷くと、かたじけないと長髪エルフが頭を下げる。他の2人は警戒を崩さない。どうもクインに意識が向いてるようだ。無理もないか。
「この森へはよく入るのか?」
「元々活動拠点はアインファストだった。ツヴァンドへやって来たのはつい最近で、この森で狩りをし始めたのも同様だ」
「そうか……その時、エルフを見かけたことはあったか?」
その質問は……つまり、そういうことだろうか。どう、答えたものか。こちらが聞きたいこととも繋がってるんだろうなとは思うんだが、言い方次第では余計な誤解を与えかねないしな……いや、それを恐れてちゃ始まらないか。
「生きているエルフには会ってないが、ゾンビ化したエルフには会った」
正直に言った。男達に動揺が走るのが分かる。やっぱり彼らの関係者である可能性が高いな。
「遭遇した時はブラックウルフのゾンビ2体と一緒だった。襲ってきたので倒した」
一呼吸置いて、続ける。
「エルフの作法は知らないが、野晒しにするのは忍びなかったので埋葬した。遺留品もいくつか回収してる。そして俺は、そのエルフの縁者を捜すために行動してる」
ストレージから遺品を取り出す。指輪に矢筒、小剣だ。全て同じ布に包んでおいた。
「確認を頼めるだろうか?」
エルフ達がこちらへ近付いてきて、長髪エルフが丁寧にそれを受け取った。地面にそれを置き、ゆっくり包みをほどいていく。やがて中身が見え、男の顔が歪んだ。残る2人が息を呑んだのが分かる。当たり、か……
「間違いないようだな?」
「我らの集落の者が所持していた物だ……」
長髪エルフが遺品の小剣を握り締めながら答えた。捜し人が死んでいたのはショックだろうな。しかし本当によくできてるよな。アインファスト防衛戦の時も思ったが、仲間の死を悼む姿は演技や作りものに見えない。だからこそGAOをプレイする上で、俺は彼らを単なるNPCとして扱わず、実際に存在する人間として接するわけだけど。
彼らが落ち着くまで待つ。そう時間は掛からなかった。遺品を再び布に包み、長髪エルフが立ち上がる。そしてそれを差し出してきた。
「どうした?」
「確認はできた。故に返す」
「いや、お前達の仲間の遺品だろう? そのまま受け取ってくれ」
そのつもりで回収してきたんだ。何で意外そうな顔をしてるんだ?
「いくらで買い取ればいい?」
こちらの疑問が顔に出たのか、角刈りに近い短髪のエルフが言った。ただ、更に予想外な言葉だったが。
「元々、遺族に引き渡すためだけに持ち歩いてたんだ。これで金を取ろうだなんて考えてないぞ」
「お前がそれでいいのなら構わないが……欲がないのだな……」
ひょっとしてこういう場合、死者の所持品は発見者の物になるのが一般的なんだろうか。それが普通なんだとしたら、こういう反応をするのも分かるけど。そういや盗賊の貯め込んだ金品の権利とか、どうなってるのか確認してなかったな。またの機会でいいから調べとくか。
それよりもまだ、片付いてないことがある。そっちを優先しよう。
「ここだ」
自己紹介を互いに済ませた後、3人のエルフを埋葬場所へ案内した。獣に掘り返された様子はないが、土の下だ。遺体の状態は進行してるだろうな。
「精霊魔法で埋めたのだな」
「ああ。分かるのか?」
「精霊魔法を使った場合、その場の精霊が活性化するのだ。ここにはまだ、土の精霊の姿が残っている」
長髪エルフ――ザクリスがそんなことを言った。埋めた場所を観察してみるが、よく分からない。
「我らエルフは生まれ落ちた時より精霊が見える。エルフでなくとも、精霊の力が満ちた地では多くの者に見えるし、精霊との親和性が高ければこのような場所の精霊も見えるようになる」
精霊魔法を使えても今の俺に見えないってことは、レベルが足りないんだろうな。頻繁に使ってるわけでもないし。ミリアムくらいの精霊使いなら見えてるのかもしれない。俺にもいずれ見えるようになるんだろうかね? どんな姿をしてるのか楽しみではあるが。
それはともかくとして、ザクリス達はこの後どうするんだろか。遺体をここに埋葬したままにするのか、それとも連れて帰るのか。
見ているとザクリスが精霊語を口にした。土の精霊への訴えだ。掘り返すのかと思ったが、俺の目に飛び込んできたのは地中からせり出してきた石棺だった。いや、石、じゃないな。表面は素焼というか埴輪の表面っぽいというか、乾燥して固まった土っぽいな。
「えー、と……?」
何が起こったのかよく分からなかったので、思わず傍にいた角刈りエルフ――テオドルと、ポニーテールエルフ――マウリに視線を向ける。
「地中で遺体の周囲の土を固めたんだよ。石になるまでは固めてない」
マウリがそう説明してくれたが、つまり土を石に変えることもできるってことか? そういや防衛戦動画で、ミリアムが石柱で魔族を磨り潰してたけど、あれって地中の石をどうこうしたんじゃなくて、土を石に変えてたのか? そんなこともできるんだ……精霊魔法すげぇ……いや、この場合はそれだけ精霊の扱いに長けたエルフがすげぇ、ってことだろうか。
驚いてる内にザクリスが棺をストレージに収納していく。ああ、【空間収納】ってプレイヤー限定のスキルじゃないんだな。
作業を終えたザクリスがこちらを見る。
「ありがとう、フィスト。これでクルトを村に帰してやれる」
言葉と共にザクリスが頭を下げた。テオドルとマウリもだ。クルトというのは、ゾンビ化してたエルフの名前だろうか。
「いや、無事に引き渡せてよかったよ。それじゃあ、後は丁重に弔ってやってくれ」
毎回こういうことができるわけじゃないし、延々と続けることができるわけでもないが、うまくいってよかった。これが人族だったら、遺品を警備詰め所に預けて終わりだったろうしな。
「フィスト、少し待ってくれ」
立ち去ろうとした俺にザクリスの声が届いた。
「もしよければ、葬儀に参加してくれないだろうか?」
そして意外な言葉が続いた。俺がエルフの葬式に参加?
「え、っと……どうしてそんな話になるんだ?」
「エルフが集落の外で死んだ時、それを看取った者がいた場合は参加を要請するのだ。お前が関わったのはクルトが死んだ後だが、アンデッド化したクルトを救ってくれたのは間違いなくお前だ。面倒な話と思うかもしれんが、クルトを見送る場に同席してほしい」
何か妙な話になってきたな。それにどんな意味があるのかは分からないが、それがエルフの風習って事なんだろうか。俺が行ったところで何が変わるってわけでもないと思うんだが、それで彼らの気が晴れるなら協力してもいいか。ただ、
「クインの村への立ち入りは許可してもらえるか?」
クインを放置するわけにはいかない。それにクインもあの場にいたしな。
「ストームウルフは無闇に人を襲う幻獣ではないと聞いている。それにお前と行動を共にしているということは、その場にもいたのだろう? 問題はない」
ザクリスはあっさりと了承してくれた。
さて、エルフの村か……どんな所なんだろうな。
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