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ゲート・オブ・アミティリシア・オンライン 作者:翠玉鼬
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第52話:蜂の子

7/12 一部修正
 
 さて、蜂の子の回収だが。
 巣は地面の下だ。巣穴への入口はあると言っても、人間が入って作業できるような大きさじゃない。となると、土を取り除くのが一番だろう。でも道具を使って掘ってたら日が暮れる。ここはやはり精霊魔法の出番か。自分の使い方を考えると、もう土木魔法でいいんじゃないかな、とか思わなくもないが。そういえば俺、火の精霊魔法は訓練所で試して以来、一度も使ってないような……ごめんよサラマンダー……
 ごほんっ。ともかく作業を開始しよう。巣穴の入口を中心に、少しずつ広げていく感じで。一気に掘るのは無理だから長期戦だな。
「クイン、周囲の警戒を頼むなー」
 獣の警戒はクインに任せ、俺は土掘りにいそしむ。

 
「うわぉ……」
 少しだけ明らかになった巣の内部を地上から見て、そんな声を漏らしてしまった。
 リアルのスズメバチは木の繊維を唾液で固めたものを使って巣を作る。周囲の木の惨状から予想はしてたが、巣の素材はやはり木だったようだ。俺は最初、洞窟のようになった地中の空間に巣盤だけ構築されてるのかと思ってたんだが、巣の内部は全面がコーティングされているようだ。軒下にできる巣がそのまま埋まってる感じか。そりゃそうだ。岩盤ならともかく、土だと雨が降った時に水とか染み込んでくるよな。
 巣盤はお馴染みのハニカム構造というやつで、正六角形の育房が整然と並んでいる。そしてその巣盤は、普通のスズメバチの巣なら上から下へと順に増えていくはずなんだが、この巣は横へと増えてるようだ。巣盤が壁になってずらっと並んでいる、と言えばいいのか。ミツバチの飼育箱の中がこんな感じだったっけ?
 育房には結構な数の幼虫がいる。塞がっている部分には蛹がいるんだろう。当然のことながらハチミツはない。ハチミツを作るのはミツバチだけだ。GAOの蜂も多分そうなんだろう。
 巣の底までは2メートルとちょっと、ってとこか。多分上り下りはできると思うけど……いざとなったら内壁をぶち抜いて土を掘って出るか。
 クインに待機をお願いして巣の中に入った。入るというか、飛び降りる、って感じだな。巣の底で死んでいた成虫を踏んでしまったが仕方ない。足元は成虫の死体で埋まってるんだから。煙で死んだのと火で死んだのと色々と混じってる。正直、死んでいると分かっていてもゾッとする光景だが我慢だ我慢。
 巣盤同士は1メートル以上の間を空けて設置されているようだ。身動きできる空間が確保できるのは助かるな。でも暗いので【暗視】を使って、と。
 巣の中は色々な匂いが混ざり合っていた。蚊取線香に似たエドゥトンの匂いと、巣が焦げる匂い。肉の焼ける匂いは多分幼虫の餌にされた肉団子だろうな。他にも何かの匂いがあるが、他が強すぎて分からない。
 うぅむ……いくらか空の房もあるが、育房にはジャイアントワスプの幼虫が入っている。こうして見ると結構なインパクトだが……こいつは本日のメインだ。回収は後回しにしてまずはアレを探そう。
 巣盤の間を覗きながら巣の奥へと向かう。目当てのモノはすぐに見つかった。ジャイアントワスプの女王蜂だ。成虫もでかいと思ったが、女王は更にでかい。全長は1.5メートルくらいか。体格は他の成虫に比べて幅広だ。そして何より、こいつは腹の半分以上を失っていたのにまだ生きていた。女王だから生命力も高かったんだろうか。地に伏せ、足を緩慢に動かしているが俺に反応する様子はないな。このまま放置しても遠からず死ぬだろうが……この巣を壊滅させたのは俺だ。介錯の意味でとどめを刺した。

 

 土の精霊さんに頑張ってもらって土を取り除き、巣の壁を壊してそこから戦利品を運び出した。その間に何度かウルフが来たようだが、クインが撃退してくれている。
 で、だ。
「結構な数だなぁ……」
 一箇所に纏め上げたそれを見て溜息が漏れた。よくもまあこれだけ運び出せたもんだと感心する。同時に、蜂の巣の生産力ってすごいなと恐ろしくなったが。
 まずは蜂の子。地面に窪地を作ってそこに蜂の子を集めた結果、蜂の子のプールができている。生きているやつだけ集めたわけだが、大小様々な幼虫が蠢いているのを正視するのは正直きつい。
 それから卵を集めてみた。白い半透明の楕円形で、中身が形になってなさそうなものだけ。
 死んだ成虫からは毒嚢と針を回収済である。女王蜂の腹が焼けてなかったらそっちも回収できたんだろうけど仕方ない。
 蛹は手を出す気になれなかったのでそのままだ。リアルだと蛹も食うらしいが、70センチの蛹を炒めたり素揚げにしたりなんて人間には無理……調味料とかがない場合は特に! それにあの蓋みたいな白いカバーを外したら、蒼白い成虫の頭とコンニチハだ! 予想してたとは言えかなりビビったぞ!? それでも全部開けましたけどね。幼虫のままの奴は回収済。
「さーて、と」
 どうやって食うかな……リアルのレシピによれば、茹でたり炒めたり生だったり素揚げだったり佃煮だったりと、色々食べ方があるようだ。串焼きなんてのもあった。だがしかし、それは通常サイズの場合だ。果たしてそれが通用するのかどうか。
 次に卵。こいつについては食い方なんて載ってなかった。そりゃそうだろう。リアルのスズメバチの卵なんて数ミリだろうしな。でもこの卵は10センチくらいあるんだ。鶏の卵より大きいわけで。
 よし、卵は茹でてみよう。さすがに生で食う勇気はない。幼虫は、比較的小さいのを同じく茹でてみるか。
 大鍋を火に掛けてまずは湯を沸かす。その間に幼虫は手を入れておこう。ざっと調べたところ、幼虫の中には排泄物が溜まっているらしい。で、蛹になる直前に一度だけそれをまとめて排出するそうな。つまり、それを取り除かなきゃならないわけだが。しまった、蛹直前のやつだけ別にしておいたらよかったな……今後は気をつけよう。次があるかは分からんが。
 で、取り出し方も色々あるようだが、まずは押し出すというのをやってみるか。幼虫の海の中から一番小さいのを手に取る。大きさ約15センチくらい。って、大きいのはうっすらと身体の中に黒いのが見えるから分かるけど、こいつは分からんな。押したらただ潰れるだけの気がする……まだ最小クラスだから排泄物も溜まってないかも……よし、このまま茹でてやるわっ!
 エドゥトンの煙を浴びているはずなので一応水洗いをする。エドゥトン自体は人間に害を与えるものじゃないが念のためだ。線香臭い食材なんて食べたくないし。
 湯が沸いたのでその中に卵を1つと幼虫を1つ投入。ぐらぐらと茹でる。あーこらこらクイン、物欲しそうに幼虫を見るんじゃありません。回収作業中、俺が目を離した隙に何匹か食べてたでしょ。
「逃走した奴は食っていいぞ」
 そう言ってやると、クインは尻尾を振って集積所でお座りした。ううむ、クインが食うってことは、人にも食えるってことでいいよな?
 しばらくして卵と幼虫を回収し、木皿に乗せる。卵は半透明から真っ白になってるな。幼虫は白いままだ。
「では……いただきます」
 一応塩を準備して、まずは卵から。殻は固くなく、弾力性があるままだ。剣鉈で両断してみると中は白身一色。匂いを嗅いでみるが無臭だな。スプーンを出して、キウイを食べるみたいに中身をくり抜いて口に運ぶ。うむ、味がない。食感は固めのゼリーというかコンニャク系だ。試しに塩を振ってみたが塩の味しかしない。これは駄目だ。卵は処分だな。
 次は幼虫だ。リアルでは蜂の子食ったことないんだが、果たしてこれはどうなるか……しかしこいつは勇気が要るな。見た目は芋虫そのままだから、これに食らいつくのは……ええい、男は度胸! 意を決し、それにかぶりつく。口の中で噛むこと1回、2回、3回……
「エビ、だな」
 エビみたいな味がする、というリアル情報はあったから意外ではなかった。食感は、皮が茹でたエビ、中身はクリームチーズのような感じだ。すごく美味い、という程じゃないが、普通に美味いな。
 ナイフで斬ってみるが、中身はしっかり固まっているので漏れ出さない。何か飾り付けて皿に盛ればそのままオードブルで通用しそうだな。当然、正体を伏せるという前提でだが。
 その1匹を平らげて、次の幼虫に目を向ける。今度は大きいのをいってみるか。活きのいい一番でかい奴を取り出して水洗いし、大鍋の中へ。あ、排泄物を抜くのを忘れてた。食う前に取り出そう。
 物欲しそうにクインが見てたので別の1匹を窪地の外へ逃がしてやる。クインはそれにかぶりついた。これだけ食うってことは、クインにとってもこいつは美味の部類なんだろうなぁ。
 しばらく茹でていると、大鍋の中に黒っぽいものが出ていた。そして、幼虫の一部が裂けて、中にあった黒っぽい物が無くなっている。あぁ、これが排泄物の関係か。茹でる前に取り除かなくてもこうすれば楽か。いや、でも、排泄物と一緒に茹でた物を食うのは抵抗があるな……今度やる時は前もって取り除こう。
 幼虫だけ取り出して、ざっと水洗いする。冷めてしまうがそこは仕方ない。今度はボリュームもさっきとは大違いだ。さて、味はどうなってるかな、と。さっきよりも食うことに抵抗がなくなっているのはきっと慣れたんだろう。
「んん……?」
 食感は大差ない。でも味が違う。エビの風味は消え失せてしまっている。その代わり、何故かジャガイモみたいな味がした。茹でたジャガイモだよこれ。しかも中身のクリーミーっぽさはそのままだ。ジャガイモ味のクリーム?
「エビからジャガイモに変化って、どういうこったい……」
 でも不味くはない。ジャイアントワスプの蜂の子、いいな! 面白い! 最初は見た目に抵抗があったけど、これは楽しい! この大きさなら一度茹でて油で揚げたりしたらフライドポテトっぽくなりそうだし、調理法や味付け次第で化ける可能性が高い!
 さすがに全部食うと腹が一杯になるので、少し食べてから残りはクインにやった。これはこれでアリなのか、クインも美味そうに食っている。尻尾が揺れているのがその証拠だ。
 よし、それじゃ最後にもう1匹だけ試そう。それは幼虫型の蛹だ。多分、ジャガイモ味と大差はないと思うんだが。
 一度湯を捨ててもう一度湧かす。その間に卵を巣へと放り込んでおいた。後始末の準備だ。巣は完全に燃やして、最後に土で埋める予定にしてある。
 沸いた湯に洗った蛹を投入する。幼虫よりブヨブヨしてたってことは皮が薄いってことだろうから、さっきよりも早く茹で上がるだろう。
 が、様子を見ていたら湯が白く濁り始めた。何でだと疑問に思う間にも色は濃くなっていく。そのうちに蛹が形を変えて沸騰に合わせて踊りだした。あ、まさか破れて中身が全部外に出たのか? あらら、調理失敗したか……
 しかし大鍋からはいい匂いが漂い始めた。エビではなく、ジャガイモでもない。今までに嗅いだことがない匂いだ。
 かまどから薪を抜いて火の勢いを弱め、大鍋の中を確認する。皮だけになった蛹を回収して、大鍋の中を見ると、湯に溶けた蛹の中身はスープになっていた。固まってはいない、な……
 スプーンを取り出し、直接大鍋からすくい取って口に運んでみる。
「……何だこれ!?」
 思わず声を上げてしまった。美味い! 舌触りはコーンポタージュに似てるが味は違う! 甘くて、コクがあって……何だ、何に例えればいい? 駄目だ、今まで俺が食ってきた物の中に、例えるべき味がない! まさに未知の味! 俺がGAOに求めていたもの!
「クイン! こっち来い!」
 木皿で直接スープをすくい、クインの前に差し出してやる。やって来たクインは何度か匂いを嗅いでそれを舐めた。次の瞬間にはその勢いが増す。
「美味いか!?」
「ウォン!」
 尻尾をブンブン振りながらクインが吠えた。そうか、美味いか! 美味いよな!?
 だが待て。こいつは湯に溶けた味だ。つまり、元よりも薄まっているわけだ。だったら、薄めずそのままだったらどれだけ濃厚な味なんだ? あれの中身を、そのまま火に掛けて温めたら、どうなるんだ……?
 ゆっくりと、集積所を見る。幼虫型蛹はまだ結構な数があったはずだ。クインもそちらへ視線を動かしていた。
 これは是非、試してみなくては!

 

「あー、幸せだぁ……」
「くうぅぅぅん……」
 ツヴァンドへの帰路。俺とクインは満足感に包まれながら歩いていた。いやぁ、美味かった……仮想現実世界でまさかここまでの美味に出会えるとは……巣に戻って取りこぼしがないか確認しましたよ、ええ。幸か不幸か、確実に全部回収していたけども。
 巣はきっちり焼却処分して埋めておいた。後始末も完璧だ。次にジャイアントワスプを見かけたら、絶対に巣を狩ってやろうと心に決める。
『あ、フィスト。今いいかな?』
 するとフレンドチャットが飛んできた。ウェナだ。
「ああ、大丈夫だ。どうかしたか?」
『うん。フィストって今、ツヴァンド周辺にいるんでしょ? それでね、以前の打ち上げの時にボク、ジャイアントワスプのことを話したでしょ? あれ、どうもガセだったらしくってさ』
 申し訳なさそうに言うウェナ。え? いやだって、俺は今まさにそれを食ってきたわけだが……?
『ガセって言うのは正確じゃないかな。普通サイズのスズメバチの蜂の子はちゃんと存在するらしいんだよ。実際、売ってもいるみたいだし。でもジャイアントワスプの蜂の子を実食したプレイヤーっていないんだ。そりゃそうだよね、ジャイアントワスプってドロップもしないし、そんな虫の幼虫を探してまでわざわざ食べようなんて人、いないわけでさ。だからごめんね』
 うーん……ウェナが仕入れていた情報が間違ってた、ってのは分かった。でも、実際俺はそれを食えたし、しかも美味かった。それにウェナにこの話を聞いてなかったら、まず食べようともしなかっただろうし。そういう意味では教えてもらっていたことに感謝してる。
「あぁ、問題ない。美味かったから」
 だからそう言ってやった。え、とウェナが静かになる。
「だから、ジャイアントワスプの蜂の子だ。こっちの今朝方、巣を1つ潰してな。しっかり堪能してきた。それにたっぷりと捕獲してきたぞ」
『うそ……食べたの!? しかも美味しかったって!?』
「ああ。特に蛹になりたてのが絶品でな。これ程美味い物があるのかと感動したくらいだ。ありがとな、ウェナ。お前のお陰だ」
『いや、その……フィストがいいならいいんだけど……ホントに食べたの……?』
「ああ。今度会うまでには色々と試行錯誤できるだろうし、とびっきりの蜂の子料理をごちそうしてやろう」
『えー、と……あ、あははは……それはまたの機会と言うことでー……うん、それじゃあっ!』
 何故か逃げるようにチャットが途切れた。うむ、確かに見た目がアレだから、いきなり食わせようとしても抵抗があるだろう。だから今度会ったら、正体を明かさずに食わせてやろう。まず美味いということを分からせてやれば、抵抗も薄らぐはずだ。調理した時に見た目が分からなければなおよしだろう。
「色々試してみるか。あとグンヒルトあたりには教えてやってもいいかもな。昆虫食に抵抗がなければ、だけど」
 入手は難しい食材だが、味だけ見れば絶対に飛びつく人は出るはずだ。看板料理になるかもしれない。
 まぁそれも、俺が思いつく限りを試してからだな。さてさて、楽しくなりそうだ。
 
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