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ゲート・オブ・アミティリシア・オンライン 作者:翠玉鼬
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第40話:旅立ちの前に

 
 ログイン50回目。
 少し前から考えていたことだが、俺はアインファストを離れることに決めた。この辺りでしか狩れない獲物というのがいなくなったからだ。まだ遭遇していない動物や魔獣はいるが、この先にも生息している。それに俺の場合、あくまで目的は食うことであり、必ずしも自分で狩らなきゃいけないという考えはない。自分で狩れなくても市場や狩猟ギルドで買えばいいわけだし。
 とりあえずの目指す先はドラードだ。まずはツヴァンドまで出て、そこでしばらく狩りをしてから先へ、ということになるだろう。
 そのためには、やり残したことは片付けておかないといけないわけだが、その作業自体は昨日ログインして終わらせた。
 後は挨拶回り。挨拶と言っても、回る場所はそう多くはないけども。屠殺場と自主訓練場、狩猟ギルド、コーネルさんの所くらいだ。
 コーネルさんの所以外は昨日の時点で回り終えている。屠殺場の職員は、挨拶に来たこと自体に驚いていた。【解体】を見学に行った時と、その後に解体用の道具についてアドバイスをもらいに行ったきりだったからだろう。しかし今の俺の狩猟ライフがあるのは屠殺場の皆さんのお陰だ。
 教官殿は驚くことはなかったが、旅にあたってのアドバイスをいくつかくれた。挨拶の時にスキルやアーツのことで新しい情報もくれたし、戦闘面でのサポートがとても有り難かったな。
 一番騒がしくなったのは狩猟ギルドだった。ボットスさんら狩猟ギルドの面々にはとても惜しまれたし、ギルドの受付時間が終わってから狩人さん達も加わって送別会まで開いてくれた。俺が食ったことのない動物の肉なんかも振る舞ってくれたし、狩人さん達からは干し肉等の保存食を餞別にもらったり。極めつけはツヴァンドとドラードの狩猟ギルドへの紹介状までくれたことだろうか。この人達の俺に対する好感度ってどこまで上がってたんだろうかと、嬉しかった反面、少し怖いくらいだった。
 そんなわけで日が明けて。今日は最後にコーネルさんの所へ。本当なら昨日のうちに行くつもりだったんだけど、あの騒ぎと勢いに呑み込まれてしまったからな。
「こんにちはー」
 コアントロー薬剤店を訪れると、今日は店主のコーネルさんが出迎えてくれた。
「いらっしゃいフィストさん。今日はどのようなご用件で?」
「ちょっと挨拶に伺った次第です。実は、アインファストを離れることにしました」
 俺の言葉にコーネルさんは驚いたようだったが、そうですか、と頷いた。
「冒険者でいらっしゃる以上、いつまでも留まってはいないと思ってはいましたが、それでも予想より早かったですね。しかし、わざわざそのために訪ねてくださるとは……ありがとうございます」
「いえいえ、コーネルさんには大変お世話になりましたから」
 様々な薬やポーションの製作にアドバイスをしてくれたし、材料となる薬草類の調達にも力を貸してくれた。俺の【調薬】スキルが上がったのもある意味コーネルさんのお陰だしな。
「それで、ですね。ここを出る前に、お願いがありまして」
「お願い、ですか。私でお役に立てることならいいのですが……どのようなことでしょうか?」
 俺は【空間収納】を使って木箱を取り出した。小さな瓶が詰まったそれをカウンターの上に積み上げていく。
「これをここで取り扱ってほしいんです」
「ポーションですか?」
「はい、以前お話しした性病用ポーションです」
 俺がやり残したことというのは、これのことだ。蜂蜜街スレで現在の罹患者の数を確認した後、俺は彼ら用のポーションを作り上げた。後は彼らに提供するだけだが、いちいち全員に売りつけるのは手間だし、それで俺の活動ができなくなっては意味がない。そこで薬屋を頼ることにしたのだ。そして俺が信頼できる薬屋となると、ここしかないわけで。
「今後、この店にこれを買いに異邦人達が訪ねてきます。俺はもうこの街を離れますし、彼らへの対応ができなくなるんです。そこでコーネルさんにこれらの販売をお願いしたいんです」
 続けて俺は紙束を取り出す。
「それから、以前コーネルさんから聞いたことを踏まえた上で、これも受け取ってほしいんです。これらのポーションのレシピを」
「フィストさん……ですが……」
 驚きから困惑へと表情を変えるコーネルさんに、俺は続ける。
「このレシピは偶然手に入れたもので、俺自身が苦労して調合を見出したものじゃありませんし、これによって誰かに不利益が生じるものでもありません。それに流れの冒険者が販売するより、正規の薬屋で販売する方が信頼性も増しますし、買う方も安心できると思うんです」
 だから、お願いします、と俺は頭を下げた。ある意味、これは今まで世話になった恩返しでもある。大書庫で見つけた薬物関係の情報は確かに役立つものだったが、コーネルさんとの付き合いで得ることができたものも決して少なくはない。そして俺には、これくらいしかできることがないのだ。
「分かりました」
 少し考え込んだようだったが、コーネルさんが首を縦に振ってくれた。
「頂いたレシピ、ありがたく使わせてもらいます」
「よろしくお願いします」
 よし、これで販路の目処が付いた。掲示板を立ち上げ、俺は蜂蜜街スレに店の名と場所を書き込んでおいた。
「ところで、今日はローラさんとジャン君はどこに?」
「家内は今日は調薬ギルドの方で事務をしていまして、戻ってくるのは夕方になりますね。ジャンは遊びに出ていますが、いつ戻ってくるか」
 あの2人にも挨拶しておきたかったんだけどな。いないものは仕方ないか。
「じゃあ、よろしく伝えておいてください。それと、いくつか欲しい薬草があるんですけど」
 使った薬草は補充しておかないとな。
「ええ、どうぞ。このポーションは買い取りということで、好きな物を持っていってください。差額は後ほど精算ということで」
 性病用ポーションの詰まった木箱を叩いて言うコーネルさん。別に高価な薬草が大量に必要ってわけでもないけど、釣りがゼロになるくらいで調達しておくか。
 さて、必要な薬草は、っと――ん?
 薬草の物色を始めようとした時、店に入ってくる者がいた。数は4。ここは薬屋だから客が来ることは珍しい話じゃない。それでも俺が手を止めたのは、入ってきた4人が全員、フード付きのマントを纏っていたからだ。フードを目深に被って顔がよく見えない。ただの客や冒険者なら放っておくが、何というか異常な雰囲気を持ってるな。鬼気迫るというか逼迫しているというか。ここまで走ってきたんだろうか、息も荒い。
「い、いらっしゃいませ……何をお求めでしょうか?」
 一応は客ということで接客するコーネルさん。
 ぼそり、と1人が呟いた。男のようだが声が小さくて聞こえないな。【聴覚強化】を発動させて聞き耳を立てる。
「あの、何をお求めです?」
 コーネルさんも聞き取れなかったのか、再度促す。
「せ……性病用のポーションが入荷したと聞いてきたんだが……」
「蜂蜜街スレの住人かよっ!?」
 スレに書き込んでまだ数分しか経過してないぞ!? 常駐してたのかっ!?
 俺の声に反応してびくりと震えながらフード達がこちらを見た。うわ、気まずいな……
「すんません! ポーションくださいっ! 性病用っ!」
 そこへ別の客――プレイヤーがやって来た。こいつは顔を隠そうともせずにオープンって、こいつ、この間のモルモット勇者……ってまたもらったのか!?
「早すぎだろうお前っ!」
「ん?」
 性勇者がこっちを見た。
「お前、確か中型魔族をワンパンで倒したっていうフィスト……ん? その声どこかで……」
 あぁ、そういやあの時の俺はマントのフードで顔隠してたっけな。
 訝しげな顔の性勇者が他の客を見て、コーネルさんを見て、カウンターのポーションを見た。そしてコーネルさんに視線を戻し、ポーションを指した後でその指をこちらへ向ける。頷くコーネルさん。あ、やばい……ばれるなこりゃ……
「貴方が救性主だったのかっ!」
 性勇者が土下座した。
「神よっ!」
「ありがとう! ありがとうっ!」
 フード共も性勇者が何を言ってるのか理解したのか、土下座したり膝を着いて俺を拝んだり――
「やめろ恥ずかしいっ! 店の迷惑になるから騒ぐなっ!」
 ちくしょう、忘れないうちにとすぐに書き込んだのがまずかった。1日くらい空けるべきだった……
「大人気ですね、フィストさん」
「やめてくださいコーネルさん……」
 生温かい視線を送ってくるコーネルさんに、肩を落として答える。あー、こうなったもんは仕方ない……
「とりあえず薬はこの店で販売してもらえることになった。俺はアインファストを離れるけど、これでお前らの性活に不自由が出ることはないはずだ。それから!」
 これだけは念を押しとかなきゃならない。
「スレで俺の名前を出すなよ! 絶対に出すなよっ!? もしも出したら、ここでポーション扱うのを中止してもらうからなっ!?」
 ここまでやっておいて何だが、こんなことで知名度を上げたくない。他の調薬師プレイヤーに詮索されるのも面倒だし、何より色々と誤解されかねない。
「しかし、神よ……貴方の偉業は――」
「神じゃねぇっ! 俺を神とか救性主とか呼ぶなっ! 俺はいちプレイヤーだっ!」
 フードその1の言葉を遮って叫ぶ。つか、大袈裟すぎるだろうよっ!? どんだけエロに情熱傾けてるんだお前らっ!?
「あー、分かった、フィスト殿。貴方の名前はスレでは決して出さないことを誓うよ。だが、貴方が俺達にとっての救性主である事は変わりないんだ。それだけは覚えておいてくれ」
 いや、忘れたい。今すぐに。
 真剣な顔で訴えてくる性勇者から顔を逸らし、俺は大きく溜息をついた。

 
 薬草類を調達し、紳士共には重ね重ね言い含め、俺はコアントロー薬材店を出た。
 その後は市場で食材を買ったり、旅に必要な物資を購入して今に至る。
「クイン……俺、もう疲れたよ……」
 街を歩きながら、隣を歩く相棒に語りかける。当然、クインからの返事はないわけだが。
 でもまあ、気を取り直していかないとな。でないと勿体ないってもんだ。
 さて、今回の旅については、駅馬車を利用せずに行くつもりでいる。つまり徒歩だ。
 3日も歩けばツヴァンドには着く。ということは当然途中で夜になるし、野宿も必要になる。街の中とは違い、道中は危険も伴うだろう。獣が寄ってくるとか、盗賊が襲ってくるとかが実際にあるようだ。以前は駅馬車で駆け抜けたのでそういうのはなかったが、今回は想定しておくべきだろう。それもまた、旅の醍醐味だと割り切ろう。
 アインファストの南門が見えてきた。ツヴァンドへ向かう人達はこの門から旅立っていく。プレイヤーらしい集団も住人達も数が多い。俺と同じように歩いて行くプレイヤーもそこそこいるようだ。ああ、でも、南の平原で狩りをするプレイヤーもいるんだろうな。馬とか牛とか出るらしいし。馬は積極的に狩るのに抵抗があるが、牛は見かけたら挑戦してみようか。新鮮な牛肉を狙おう。
「よし、行くか、クイン」
 さて、どんな旅路になるのやら。楽しみだな。
 
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