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ゲート・オブ・アミティリシア・オンライン 作者:翠玉鼬
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第38話:【強化魔力撃】

2015/1/12 誤字訂正
 
 ログイン47回目。
 今日はアインファストの北にある山へと足を運んだ。人があまり寄りつかない場所だからだ。目的は防衛戦で使った【強化魔力撃】の重ね掛けの試験。あれの威力や消耗の度合いを今の内に確かめておけば、いざという時に役に立つだろうしな。
 俺が今いるのは、かつてレイアスと一緒に来た場所。ここの岩壁が今日の相手だ。色々試して、ついでにその過程で鉱石が出るようなら持ち込みをしようという一石二鳥狙い。まぁ、拳で砕けるレベルの浅い部分に鉱石があるとも思えないけどな。レイアスも結構深く掘ってたし。
「さて、始めるか。クイン、危ないかもしれないから少し離れてろよ」
 一応声を掛けておく。クインは黙って俺から距離を取った。
 前回ログアウトした時にいたクインは、ログインした時もすぐ傍にいた。街でログアウトしたらアバターはその場から消えるわけだから、NPCであるクインはその後を自由に動き回ると思ってたんだがその様子もない。自由にしてたかと問うと、首を傾げるのだ。顔見知りの住人の何人かにも聞いてみたが、クインが歩き回ってるのを見た人もいなかった。
 ひょっとしたら、ログアウトと同時にクインも消えていたのかもしれない。テイムアニマルなんかは主たるプレイヤーと一緒に消えるらしいし。
 まあ、それはそれとして。アーツのチェックをしておくか。
 今の俺が持っているアーツは【魔力撃】と【強化魔力撃】の2つだけだ。どちらも全ての戦技系スキルで修得できるが、当該スキルでしか使えないので、現時点で俺が【強化魔力撃】を使えるのは【手技】だけだ。他の戦技系スキルで【強化魔力撃】を使おうと思ったら、そのスキルの【強化魔力撃】を修得する必要がある。
 で、アーツのリストを見ると、【手技】【足技】【投擲】の【魔力撃】と【手技】の【強化魔力撃】が――
「なんだ、これ」
 アーツ欄に妙なアーツがあった。【名称未定】って、何だこれ。説明を見てみると、

○名称未定
 爆発的な突進力を上乗せした拳撃。突進力及び拳撃の威力は調整可能。

 とあった。これってあの中級魔族にぶちかましたやつのことだよな。これって隠しアーツか何かだったのか? いや、だったら名称が未定ってことはないだろう。となると、
「クリエイトアーツ、か」
 これの正体に思い至る。
 今のところ戦技系アーツでしか確認されてないみたいだが、プレイヤーの戦闘中の行動、主に攻撃パターンがそのままアーツとして認定され、登録されてしまうことがあるらしい。アーツとなった以上、次からはMPを消費することで自由に発動できるようになるわけだ。戦闘中に技を閃くとか、どっかのゲームみたいだな。
 それはさておき、どうしたものか。まずは試してみるかね。
 いきなり岩壁に挑むのは無謀と判断し、まずは何もない場所で使ってみることにした。特に技名を叫ぶ必要もない。その意志さえあればいい。様子見で威力も突進力も最低限をイメージして、アーツを発動させてみた。
 右足と右拳に魔力の光が宿ったと同時、操られるように身体が動いた。突き進んだのは数メートルほど。アーツの発動が終わり、俺は拳を前に突き出した体勢のままで停止する。
 今のは拳も足も普通の【魔力撃】だったが、これが【強化魔力撃】になると、突進力も威力も上がるな。掲示板で誰かがこれをバー○ナックルだって言ってたが、本当にそのまんまだ。
「これ、格ゲーの技を再現とかしたら、すんなりアーツ登録される気がするな」
 例えば拳じゃなくて肘での攻撃だったら、さっきの突進系を上手く使えば残○拳だし。肘に【魔力撃】を移動させるのは無理だけど、【魔力撃】を考えなければできるよな。うむ、夢が広がる。
 でも、な。
「アーツに引っ張られてる感じがして変な気分だ」
 自分の手を見ながら、独り言ちる。
 スキルによる補正程度ならともかく、身体が勝手に動くというのは気味が悪い。慣れの問題なんだろうけど。それにアーツとして使うと【魔力撃】2発分よりも魔力消費が多い。
 まだ【魔力撃】の効果は残っているので、今度はアーツとしてではなく、踏み込みから拳撃までを自分の意志で放ってみた。結果としては同じ……いや、拳を繰り出すタイミングが合わなかった。アーツとして使った時は完璧だったんだが。でも訓練次第で、アーツとして使わなくても同等のことはできるようになりそうだ。
 【強化魔力撃】の威力と、アーツ名称未定の検証。いっちょやりますか。

 
 岩壁にはいくつかの痕跡が刻まれた。俺が【強化魔力撃】を叩き込み続けた結果だ。
 【強化魔力撃】の威力は、おおよそ【魔力撃】の2倍だった。重ね掛けを1回すると3倍、2回で4倍。3回で5倍。この時点でステータスに【筋肉痛】が生じた。4回で6倍。そのまま増加していくのかと思ったら、5回で8倍くらいになった。この時ステータスに【痛覚軽減無効】が発生したのでそれ以上は中止した。というか、この時点で筋肉痛が結構酷い。【痛覚軽減無効】のせいかもしれないが、動かしたいと思えなくなるくらいには酷い。多分ここから血管破裂等のダメージが段階的に蓄積されていくんだろう。【痛覚鋭敏化】は9倍以上の領域だろうか。
 さすがにこれ以上は試す気になれない。一応、自分の中での上限は4回までにしとこう。後を引かないギリギリがこの辺りだろう。正直なところ【痛覚軽減無効】は怖い。これ、効果が腕限定じゃなくて全身だったんだよな。あの時は他に負傷がなかったから腕しか痛くなかったけど、別の傷があれば更に苦しむところだったわけだ。
 アーツ名称未定の方は何度か試してみたけど、やっぱり違和感が残った。ただ、間合いを一気に詰める手段としては使いようがありそうだ。下手するとカウンターを合わせられたりするかもしれないが。
 検証はこんなところか。今後はアーツ名称未定を自力で発動させることを目標にしていこう。
 結局鉱石は出てこなかったので実入りもない。少しこの辺を散策して獲物を探してみるか。
 クインを見ると大人しく地に伏せてこちらに視線を向けていた。時々確認した時もずっとそんな感じだった。退屈してなかったんだろうかね?
「そろそろひと狩りしてから帰ろうか」
 近付きながら言うとクインが立ち上がる。【気配察知】に引っ掛かる動物は今のところいないな。さて、どっちへ行くか。
「ん、どうした?」
 ふと、クインが首の向きを変えた。そちらを見ても森があるだけで他には何もない。もう一度クインに視線を戻すと、鼻をヒクヒクと動かしているのに気付いた。
「何か嗅ぎ取ったのか?」
 考えてみたらこいつは狼なわけで。嗅覚が優れていても不思議じゃない。
 俺の【気配察知】にはまだ何も引っ掛からない。それだけクインの嗅覚が優れているということだろう。クインの見ている方が風上だっていうのもあるんだろうけど。
「……数は多いか?」
 クインは首を横に振る。
「こっちに追い込めるか?」
 再度問うと、少しだけ嫌そうな顔をした。いや、別にお前を便利に使おうとかいうわけじゃなくてだな……
「後でちゃんと肉やるから。俺とお前は対等だ。お前を扱き使うだけなんてことはしないよ」
 クインが上手くやれば毛皮の損傷なんかも最小限なんだろうが、それだと俺のスキルが上がらないんだよな。そういうわけで、戦闘は俺メインにしたい。
 納得したのかクインは森へと踏み込んでいった。俺はここで待機。
 暴風狼が森へ消えて数分ほど。奥の方から足音が聞こえてきた。結構重たい足音だ。というか、これってどっかで聞いたことがあるような……
 記憶が呼び起こされる前にそれは姿を見せた。馬程の大きさをした牡鹿――って、こいつ、巨大ロックリザードの時に見た奴か!?
 あの時は余裕がなかったが、今は大丈夫。【動物知識】で正体を確認する。

○ファルーラ鹿
 草食動物。ファルーラ王国内に生息する一般的な鹿。
 食用可能。

 うん、一般的ってのは絶対嘘だ。だって、同じファルーラ鹿を俺は既に何度も見てる。ニホンジカと同じ大きさのを。どう考えたってこいつは特殊個体だろっ!? この間のロックリザードといい、この辺、動物を巨大化させる何かでもあるのかっ!?
 とにかくせっかく出会えた大物だ。何としても仕留めねば。
 大鹿はクインに追われつつ、俺の横を通り過ぎようとしている。が、逃がすつもりはない。俺は進路を塞ぐように大鹿の前に立ち塞がった。が、
「跳んだっ!?」
 大鹿は俺の手前で大跳躍。俺の『頭上を』跳び越えていった。はあっ!? どんな脚力してるんだよっ!?
「しまっ……!」
 まともに走って大鹿に追いつくはずがない。【魔力撃】による加速で何とかなるかっ!?
 しかし俺が動く前に疾風が俺の横を通り抜けた。翠玉色の風は砂埃を巻き上げながらあっという間に大鹿を追い抜き、行く手を阻む。なんて速さだ……すごいなクイン……
 続けてクインの咆哮が響き渡ると大鹿の巨躯が浮いた。暴風の咆哮による一撃だ。同じものを食らったことがある身としては、あの時のそれが十分手加減されたものだったということが分かった。あの大鹿を吹き飛ばす程の暴風、俺が食らったらどこまで飛ぶか分かったもんじゃない。
 せっかくクインが作ってくれた好機だ。俺は【強化魔力撃】を発動させた。とりあえず重ね掛けは2回にしておく。
 足にも【魔力撃】を発動させ、地面を蹴る。加速を得て前に出て、いまだ滞空している大鹿目がけて跳んだ。
「食らえっ!」
 無防備を晒す大鹿の背中に拳を叩き込む。打撃による一撃の後に魔力の爆発が生じ、大鹿の吹き飛ぶ方向が変わった。よし、手応えアリだ!
 しかし大鹿はそのまま着地。クインではなく俺の方へ向いて大きく跳んだ。今度は跳び越えるためじゃなく、俺を踏み潰すつもりのようだ。防衛戦で戦った鹿魔族の攻撃を思い出す。
 この場に留まっていれば確実に頭を踏み潰されるだろうが、大人しくそうなるつもりは微塵も無い。再度【強化魔力撃】を発動。今度も2回だ。
 一歩踏み出し、拳を引き、膝を曲げて身を屈める。上を向き、狙いを定め、思いっきり真上へと跳び、同時に拳を突き上げた。輝く一撃は大鹿の腹に突き刺さる。背より腹の方が弱いのか、骨を砕く感触が伝わってきた。
 【強化魔力撃】が炸裂し、俺はそのまま着地。大鹿の進路は上へと変わり、その後重力に引かれて俺のすぐ傍に落ちてきた。
 大鹿はまだ死んでいない。しかし瀕死ではある。二撃目で内臓が損傷したのか、口から血の混じった泡を噴いている。凄いな【強化魔力撃】の威力は。重ね掛けしてるとはいえ、こうも大ダメージを与えるとは。ロックリザードの時に覚えていたら、もっと楽に倒せてたかもな。
 俺は剣鉈を抜き、大鹿の傍にしゃがむと、急所へ一気にそれを突き刺した。びくりと巨体が震え、1つの命が終了する。
 それに対し、俺は両手を合わせた。いただきます。

 

 アインファスト狩猟ギルド。
 の、解体作業場。
「フィスト! 今度のこいつは皮も売ってくれるんだろうなっ!?」
 大鹿を見て、ボットスさんが興奮を隠そうともせずに言った。
 あの後、血抜きと内臓抜きだけして俺は大鹿をそのままストレージに収納し、ここへ持ち込んだ。ああ、内臓はクインにやった。肉だけじゃなく、そっちもいけるらしい。処理の手間が省けるな。
「ええ、皮は全部売りますよ。それから肉は半分だけ。半分は俺達が食います」
 よしっ、とガッツポーズするボットスさん。前回のロックリザードはこっちが全部もらっちゃったからな。
「しっかしお前、こうも大物ばっかり狩ってくるたぁなぁ」
「こいつ、以前ロックリザードを狩った時に見かけた奴だったんですよ。今回はクインが居たお陰で逃がさずに仕留めることができました」
 草食系の動物は基本的に俺達が近付いたら逃げるからな。狩るには色々と工夫が要るのだ。今日だってクインが居なかったらあのまま逃げられてた。
「ありがとな、クイン」
 頭を撫でようとすると、指が一瞬だけその毛に触れたが、やはり回避されてしまった。ううむ、本当に照れ屋さんだな。口にしたら拗ねてしまいそうだから二度と言わないでおくけど。
「そうか。お前とクインはいいコンビになりそうだな」
 優しい視線をボットスさんはクインに向ける。居心地が悪いのか、クインは顔を逸らした。何かこういう仕種も可愛く思えてきたな。
「で、頭なんだがな。こいつはどうする?」
「どうしましょうね?」
 でかい頭に立派な角。これを剥製にしたらかなりのものになりそうなんだが……俺にはそんな技術はないんだよな。
「例えばこれを剥製にしたとして、売れますかね?」
「売れるだろうな。それもかなりの値で」
 ほう、売れますか。
「剥製にするのはここに依頼すればできるんですかね?」
「工賃を取っていいなら、だがな」
 つまり有料で引き受けてくれる、と。
「ちなみに誰に売るつもりです?」
「高値を狙うならオークションに出すのも手だ。手数料も掛かるが、それでも結構な収入になるだろうな。手元に金が入るのは遅くなるが」
 見栄を張りたがる金持ちとかには結構な値段で売れるんだろうな。次にこんな話ができることはないかもしれないし、いい機会か。
「それじゃ、それでお願いします」
「よしきた。だいぶ先になるが、ドラードで大きなオークションがある。それに出品できるように手配してやるよ。よし、野郎共! こいつの解体に取りかかるぞ!」
 気合いを入れたボットスさんに応える声が一斉に上がる。大物を解体する時の彼らは本当に楽しそうだな。
 しかしドラードか。そろそろあっち方面に行くのもいいかもなぁ。海の幸には興味があるし、途中でグンヒルトの料理も食いたいし。まだ見ぬ食材や料理が色々ありそうだし。あ、そういやドラードの騎士に招待も受けてたか。
 まぁ、ぼちぼち拠点を移すことも考えてみようか。顔見知りもたくさんできたけど、いつまでもここに留まるのも勿体ないしな。
 皮を剥がれていく大鹿を見ながら、そんな事を考えた。
 
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