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第37話:慰労会
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あれから色々と買い込んで西門の外に出た。門限もあるが、まだ日は高い。後片付けまで含めても時間は十分だろう。
で、俺は料理の準備を進めている。とりあえずフライと串焼きを作る予定だ。それ以外にも野菜を焼いたりするつもりでいる。キャンプでやるバーベキューの様相を呈してきたな。屋外なのであまり手の込んだことはできない。第一、凝ったものを作れる程の技量も経験もないしな。
準備を終えて森の方を【遠視】で見ていると、馬車と徒歩の一団が見え始めた。ルーク達の馬車と、それからレディン達も馬車を何台か持ってるみたいだな。アインファストの兵隊さん達は馬車もあるみたいだが徒歩の方が多い。
しまった、兵隊さん達のことを失念してたな。兵隊さん達は無視しても問題ないんだけどな。金をもらってるわけじゃないし。でも何かこう、もやっとするというか……うん、そっちも何とかしよう。
準備していた串焼きを火に掛ける。兵隊さん達には串焼きを1本ずつ渡して、余ったらルーク達に流そう。フライはルーク達メインってことで。
簡易調理セットじゃ追いつかないので、かまどをいくつか作ってある。素材は北の山の方へ行った時に拾っておいた手頃な石。それから精霊魔法でいじった地面だ。いや、本当に土の精霊さんは重宝するなぁ。
燃料も森に入った時に拾っておいた枯れ木がストレージにしっかり保管してある。多分足りなくなることはないだろう。
やがて、串焼きが焼き上がった頃、ルーク達が近くまで来た。
「お疲れさん、みんな」
「悪いなフィスト……って、随分な準備だなこれ」
「まぁな。お前らだけならどっかの宿で厨房を借りたんだが」
目を丸くするルークにそう言って、俺は通り過ぎようとする兵隊さん達へ声を掛けた。
「よかったら1人1本、食べていってください!」
ルーク達が前に出たから兵の被害は無しと聞いてはいる。でもだからといって兵隊さん達が何もしなかったわけでも、無傷でいられたというわけでもないようだ。それは血に汚れた装備品や疲れた顔からも分かる。きっと腹も減ってるだろうしな。
喜色を浮かべた兵隊さん達が串焼きを手に取り、口へ運んでいく。味付けは塩を強めにしておいた。大変好評のようで、酒が欲しいなんて声も聞こえるが、それは自分達でやっちゃってください。一応、彼らはまだ仕事中だろうし。
「で、ルーク達は報告とかはもういいのか?」
礼を言いながら街へと入っていく兵隊さん達を見送りながら尋ねる。雇われていた以上、報告の義務とかあるだろうし。
「ああ、その辺は同伴の騎士さんに任せて大丈夫。俺達は後日、報酬を受け取ればいいだけだよ」
ん、それなら遠慮は要らないな。
「それじゃ、フライの準備に取りかかるか。おいレディン! 材料だけは買い込んでるから、鉄板焼きとかバーベキューの準備だけしてくれればいい! 買ってきた酒はそっちだ!」
「おう、ありがとよ! お前ら、仕事終了の祝いだ! 騒ぐぞ!」
声を飛ばすと、レディンは振り返って、残った連中に叫んだ。応、と大音声が返ってくる。これが【自由戦士団】の連中か。ざっと見ると40人くらいいるな。フォレストリザード以外の食材も買ってきたから、多分足りるとは思うけど。
さて、そんじゃ始めるとしましょうか!
「フライ追加で!」
「フォレストリザードは品切れだ!」
「他の肉はねぇのか?」
「そっちで焼いてるので最後だよ!」
「酒の追加は……」
「自分で買って来いっ!」
「フィストさん、タルタルソースが尽きたと……」
「少し前に追加で渡したトマトソースは!?」
「それももう終わってます」
「塩でも振ってろって言ってやれ!」
おかしい……何でこんなに忙しいっ!? いや、連中の食欲を読み誤ったせいだけどさっ!
いやー、食うわ食うわ。前回と違って1人いくつって制限を掛けなかったせいか、連中の食が進む進む。兵隊さん達に串焼きを提供してなくても、この勢いじゃ大差はなかっただろう。【シルバーブレード】から提供されたフォレストリザードも、俺が買い込んだフォレストリザードも、俺が追加で購入してきた他の肉類も全部終わった。一部は直接鉄板等で焼き肉にしてたからいいが、フライは手間がかかってなぁ……
それに焼き肉はタレのことをすっかり忘れてた。塩や胡椒、柑橘系の果汁で適当にしてもらってたが、つい俺が肉汁ベースのソースを試してみたばっかりに勢いが増した気がする。目指したのは前回の反省からネット検索し、作り方を覚えたグレービーソースなんだが、コンソメなしの不完全品だったのに何故か売れ行きがよかった。まぁ手の込んだ料理じゃなく、野趣溢れるバーベキュー形式だからってのもあるんだろうけどな。贅沢な味を求めないから。
あぁ……醤油が欲しい! アレがあれば勝てるのにっ! 本気で自作してやろうかっ!?
「終了! 終了だ! 俺が作る料理はこれで終了! 後は各自でやれ!」
えー、と不満の声が上がるが無視だ。俺は自分が食うために料理を作るんだ! 料理を振る舞う料理人じゃないんだからなっ!
「よぅし、フィストがほとんど1人で頑張ってくれたんだ、後はお前らがやれ!」
「ちょっ、団長!?」
「調理スキル持ってない私に何を求めてんですかっ!?」
「スキル持ってるって言ってもレベル低いんですから! 無茶言わないでくださいよ!」
あぁ、矛先が【自由戦士団】の団員に向いたか。しかし今ここで料理を作ったら、レベルは上がりやすいんじゃないかな。多分俺も今ので――って、何だ? レベルは上がってるが、
○料理人(星1)
自作の料理を大勢の人に食べてもらい、評価を得た者に与えられる称号
料理作成時にプラス補正
何だこの称号……いやいや、たかだか50人程に食べてもらったくらいで料理人はないだろう……判定甘くないか運営よ?
「フィスト! お疲れさん、こっち来い!」
レディンが手を挙げて俺を呼ぶのが聞こえた。まぁ、称号のことは置いとこう。
そっちには【シルバーブレード】の面々とレディン、そして見慣れぬ女性が1人。長い金髪をしたクール系美人さんだ。防具は金属製の胸甲をメインとした軽鎧。腰には長剣を提げてるな。
「そちらは?」
「おう、うちの副団長だ」
「初めまして、フィストさん。ギルド【自由戦士団】のサブマスターを務めさせていただいています、アオリーンと申します」
アオリーンと名乗った女性は深々と頭を下げた。
「この度は我々にまで料理を振る舞っていただき、ありがとうございました」
「いや、喜んでくれたなら幸いだ」
うむ、レディンと違って折り目正しいな。レディンが豪快な感じだから、補佐役がこれならバランスが取れているとも言えるか。
「まぁ座れフィスト」
木箱を逆さにした椅子をレディンが勧めてきたのでそれに座る。それに合わせてアオリーンが酒と料理を出してくれた。俺の分、取っておいてくれたんだな。気が利く人だ。
「いや、マジで美味かったぜフライ。本腰入れたらもっと美味くなるんだろうなぁ」
「馬鹿言え、これが今の俺の限界だ。これ以上を期待されても困る」
元が独身男の自分専用メシだ。どうしても限度はある。特にGAOじゃ、リアルで手軽に入手できる調味料が存在しないし、火力や設備面でもリアルとは違うんだし。
「で、巣の方はどうだったんだ?」
焼いた肉を摘まんで口に運び、問う。ん、塩と胡椒だけでも結構いけるじゃないか。
「結論から言えば、収穫はほとんどなし、だ」
スウェインが溜息をついた。
「連中の侵攻は一直線だからな。通った痕跡がそのまま残っていたので、巣そのものの発見は辿ればすぐだった」
発生地点が森だったのが幸いしたとも言えるか。これが湿地の方から来てたら、足跡なんかも消えてるかもしれないしな。
「巣は蟻の巣のようなものを想像していたのだが、地中にできた1つの空洞のような感じでな。そして、あれだけの大群が出てきたにしてはあり得ない程小さかった。それなりの規模ではあるが、私達が救援に到着した時点で残っていた魔族すら、あの中には到底納まりきらない」
ん? 巣から溢れたのが襲ってくる、ってのを掲示板で見た気がするんだが、違うんだろうか?
「一応、残党に加えて女王のようなものがいたから倒しはしたが、それがどうやって魔族を生み出したのかが分からん。今までの例に漏れず、生殖器らしきものはなかったからな。卵を産んでいたというわけでもない」
「そいつが召喚したという線は?」
「現時点ではその可能性が一番高いな。もう女王で通すが、それを倒せば二度と湧いてこないのは事実のようであるし。ただ連中の巣穴だが、今まで人が通ったことがある場所に口を開けていたのに誰も知っている者がいなかった。過去の王都の例もあるが、洞窟自体は本当に最近できたものなのだろう。そうなると、洞窟発生の仕組みが不明だがな。仮に地下にあった空洞に女王が出現し、そこから地上へ這い上がってきたのだとしても、そこに至るまでに掘ったであろう土はどこに行ったのかとか、そもそも女王はどうやってその場所を知ったのかとか、どうやってそこに辿り着いたのかとか、分からないことばかりだ」
魔族発生に関する情報はゼロか。これだと出現前に叩くなんて夢のまた夢だな。
「瘴気の濃さはどうだった?」
「かなり強かった。兵士達にはきつかっただろうな。巣の方は規模が規模だけに浄化も厳しいということで、しばらくは住人や動物が迷い込んだりしないように封鎖することになった。プレイヤーにしてみれば瘴気耐性を自動修得するのに都合がいい場所なのだがな」
あー、確かになぁ。苦行だろうけど。
「ということで、巣の調査は収穫なしだ。まぁ、また数匹を捕獲したから、しばらくは実験の日々だな」
「すまんな、攻略が遅れるだろうに」
俺が襲撃のことを教えてなかったら、彼らはそのままドラード以降の攻略を続けてた可能性が高いわけで。この件ですっかりこっちに足止めされることになってしまっているのは申し訳ない。
「なに、気にすることはない。先に進めさえすればいいというものでもないしな」
「そうだぞフィスト。一番乗りってのは確かに魅力だけどさ、それも楽しめなきゃ意味がないんだから。俺はフィストが襲撃のこと教えてくれてよかったって思ってるよ」
しかしスウェインは笑って言い、ルークも真剣な眼差しをこちらへ向けた。ウェナ達も俺を見て首を縦に振る。ちくしょう、こいつら本当にいい奴らだ。
「フィストがルーク達に教えてなけりゃ、俺らも参戦してなかったろうな。ルーク達以外からは何の連絡も受けなかったしよ。お前がルーク達と繋がりを持ってたことがいいように働いたってこった。自分達を過大評価するつもりはないが、俺達が参戦してなかったら、被害はもっとでかかったと思うぜ」
レディンが言うとおり、彼らの戦力は大きかった。そのお陰で被害が抑えられたのは事実だ。この件はこれ以上、俺がどうこう言うことじゃない、か。
「そういうわけで、俺達もしばらくはアインファストへ滞在、かな。スウェインは実験にしばらく篭もることになるだろうから、パーティーもそれぞれ自由に動くことにするよ」
言ってルークがコップのジュースを呷った。そうか、全員が実験に付き合う必要もないもんな。人には向き不向きがあるわけだし。
「俺らもしばらくこっちに滞在するかな。アオリーン、契約は全て終わってるな?」
「はい。ドラード到着時点で契約は全て完了しています。今後の依頼はどう処理しましょうか?」
「そうだな……ルーク達に合わせるということでスケジュール調整してくれ」
レディン達もこっちに残るようだ。まぁ彼らは依頼がない限りは自由に動けるわけだしな。
「で、フィストよ。ちょっと聞きたいんだがな」
「何だ?」
口に運びかけた肉を止めて聞き返す。レディンの視線がある方向に向いた。そこには木箱が置いてある。そしてその後ろからほんの僅かだが、翠玉色の毛が見えた。姿を見ないなと思ったら、そんなところに隠れてたか。
「あの緑の毛玉は何だ?」
「あー、実は色々とあってな」
言う間にもウェナが立ち上がって興味深げにそちらへ近づき、
「うわーっ! 何!? 何この子っ!」
驚きの声を上げた。同時にもそりとクインが立ち上がり、面倒くさげにこっちへとやって来る。
一瞬だけ緊張感が走ったが、この場にずっといたということで無害だと察したのだろう。すぐに元の空気に戻った。いや、周囲の意識が一気に集中したな。
「テイムじゃないのか。本当にどうしたのだ?」
スウェインが興味深げにクインを見る。
「森の中で傷付いてるこいつに遭遇してな。傷の治療と瘴気毒の解毒をしてやって、それから飯をやったら何故か付いて来た」
「餌付けされちゃったのかー」
そんなことを言いながらウェナがクインに触れようとしたが、女王様は牙を剥いて威嚇した。ぴたり、とウェナの手が止まる。
「餌付けなどと心外だ、だとさ」
クインの心情を代弁してみる。多分、それ程間違ってないと思う。
「ストームウルフ……幻獣ではないか。最近、この手の話が多いな」
「そういや一角狼も狩猟ギルドに持ち込まれたって聞いたな。多いのか?」
問うと、うむ、とスウェインが頷く。
「何というか、プレイヤーと縁を持てそうな動物の出現が多いようなのだ。私達が見かけたプレイヤーは、フレイムホースという幻獣を連れていた」
炎の馬か。見てみたいな。
しかしこれは運営の仕込みか何か、なんだろうかね。イベントの一環とか。特に広報はないけど、闘技祭も魔族の襲撃も広報はなかったしな。これがイベントだとしても不思議じゃないか。
「ねーフィストー。この子、撫でさせてもらえないのー?」
残念そうにウェナが声を掛けてくる。【銀剣】の女性陣、そして意外にもジェリドが、とても撫でたそうな顔でクインを囲んでいた。
「うむ、残念ながらそいつはとってもガードが堅いんだ」
立ち上がり、クインの傍に寄って、俺は頭を撫でようと手を出した。
「今のところ、撫でることができるのは俺だけ――」
手に期待していた感触は来なかった。ま、まさか、俺の手も避けるだと?
「おい、さっきは撫でさせてくれたのに、どうしてだ?」
当然のことながら返事はない。もう一度手を伸ばすが、すっとクインは身を退いた。何だかとっても不満げな顔だ。いや、不満というか拒絶というか、とにかく今は駄目だ的な雰囲気を醸し出している。
……こいつ、ひょっとして人前でどうこうってのを嫌うんだろうか? そういや肉をやった時も、食うところを見られるのを嫌がってたな。てことは、撫でるのもそれと同じか?
「ふふ、照れ屋さんめ」
クインは何も言わずに顔を逸らした。
結局、解散するまでクインは誰にも撫でることを許さなかった。
そして、俺だけになった後も、撫でさせてくれなかった。
解せぬ。
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